新月のサソリ

空想・幻想・詩・たまにリアル。
孤独に沈みたい。光に癒やされたい。
ふと浮かぶ思い。そんな色々。

「坂の上の雲」子規逝く(後編)・オマージュ

2025-02-19 03:20:00 | オマージュ

軒下の鐘が鳴った。
それは彼の胸を打った。
駆け降りた坂を振り返り、仰ぐ空にそれは響いた。
庭の糸瓜のその雫の尽きるまでと、微笑む深みに感慨し、彼らは世界を分かち合った。

ふわりと光った。
それは君の輪郭をなぞった。
駆けてゆく下駄の音が遠くへ、遠くへ、
またそぞろ近づくまではと、存分に声をあげてすがろうとも

君はどこへ、あの人に会いにゆけたのか
君はどこへ、ひとつ残らず写し取れたのか

時計台の鐘が鳴った。
鳥が風の渦を舞った。
これから上りゆく坂の景色もまだ見ぬうちに、君だけがあの白い雲の元へ先に行くのか。

ふわりと光った。
月水の鹿威し夜を叩き、君の御霊が月明をゆく。


鶏頭の花赤く、白き御袖に守られてなお
かりそめの世に別れ難き瞼の内に秘めたる君の道、幾許か。
況や、君の影懐かしむ陽がその場所を差し、次の世を紡ぐ者たちに宿る君の光、幾許なるものか。



       ・・・

※原作は読んでいません。
ドラマが素晴らしかったので。




コメント (2)
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ぼくの部屋

2025-02-14 04:50:00 | Short Short

眠ってしまっていた。
暗くなった部屋で目を開けると、開いたままのブラインドから夜の光が点々と見え隠れし、暗い部屋を彩っていた。
春はまだ遠く、寒々しく物悲しいと感じていた夜の部屋は、ぼくの勝手な思い込みだったんだな、と光を見つめながらぼんやり思う。
この部屋は日中の陽射しに明るく照るだけでなく、目を凝らせば、そのままの美しさをぼくに与えてくれる……。

否。そうじゃない。
頭の中の霞が晴れるようだった。

暗い冷気に満ちた中に差しかかる明かりは、凛と静かに独特の煌めきでもってぼくに迫る。
今この部屋はぼくに、「ひとつ」許し、新しく別の姿を見せたのだと閃きが言った。
もう一度深くその光景を目に刻む。

それからいつもの部屋にするためにブラインドを閉じ、カーテンを引いた。いつもの間接ライトを点ける。カチ、カチ、カチ。三つのライトが部屋を灯す。一瞬で日常に戻る。
部屋の奥に目を遣ると、シンクに活けたグラジオラスが、零れた光に薄く映っている。
まんざら日常も、美しい。

そうやってぼくはこの部屋に馴染んでいく。
そしてときどき、訊ねてみるんだ。
ねえ、出口は、どこにあるの?



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潜る

2025-02-07 06:16:26 | Short Short

潜っていく。潜っていく。
沈んでるんじゃない。自分でどんどん潜っていくんだ。

白いのか青いのか、見えそうで見えない濁ったところを、目指す方へ迷わず進む。このまま曲がらず真っ直ぐに行けば、澄んだ場所にたどり着くはずだと、あの子は言った。

「濁っているものに染まらないよう、真っ直ぐにね」
ぼくは彼女にうなづく。「絶対とか、自信ないけど」
「濁った中に、粒みたいに光っているものを見失わなければ大丈夫。少しくらい染まっても、少しくらい違っても、それはいいの」
彼女はぼくの背中に手を添えやさしく押し出した。


先の見えない濁りの中で、ぼくはずっと言い聞かせてる。ぼくにはぼくしかいないから。
でもふっと、意識に隙間が出来て、濁色の中にどっぷり沈み込みそうになる。もうすっかり諦めて最後の最後にはこの濁りの中に身を任せてしまおうかと、目を閉じそうになった。

すると、見えない先で何かが光った。
朦朧とした眼前の白濁を突き抜けて、あの光が真っ直ぐにぼくを見つめていることに、そのとき気づいた。
ここだよって語りかけてくるあの無垢な光を喜ばせたい。
だからなんとか気を確かに取り直して、ぼくは今日も自分の内側の奥へ奥へと潜っていく。
あの光を目指して。



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煉瓦

2025-02-03 03:25:00 | Short Short

屋上のまるい煙突カバーから煙が出ていた。
それはただの通気口だったのかもしれないが、古い煉瓦造りの、1メートルほどの四角柱の突起上にかぶせたアールデコ調のカバーが、なんだか煙突の方が似合っていると思った。

いくつもの淡い煙が屋上にふわふわと、ビルが吐いた息のように白く漂い、私は、自分がその中に身を隠していられるこの時間が、あまり残されていないのだとわかっていたけれど、そのときは唯一ここにいることが、落ち着きを取り戻すただ唯一の方法に思えた。
実際、もう半日もここを動けずにいる。

暗くなる頃、彼が屋上の扉を開け、暮れ行く空の下に佇む私を見つけた。
どうしてここだと分かったのか、あちこち探したのか、それは訊かない。きっと私を見つけてくれると思っていた。そういう人だから。

私の時間は終わった。
もう決めなければいけなかった。

彼がそばに居る。悲しくも寂しくもない。
ただ、自分の価値がひどく落ちぶれてしまったような無力感が、彼のやさしさを上回った。
「大丈夫だよ」と彼は言う。
「そうね」と私も言った。

そうね、でもその先に言葉が何も浮かばなかった。
屋上の端に、夜のあわいに湧く白い煙にまぎれて、打ち捨てられた煉瓦がひとつ見えた。その一片がいつかどこかで、役に立つことがあるのだろうかと見つめるうちまた煙に消えた。

やさしいことが辛くなる。
自分の存在理由は、自分で保っていたかった。
私もいつかあの煉瓦のように、ただそこに在ることだけで時間が過ぎ、これまでの何もかもが徒労に終わる日が来るのではないかと、立ち並ぶビルの明かりを見下ろす足がすくんだ。

「心配ないよ。家に帰ろう」彼が言う。
私は彼に向き直り、「そうね」と微笑んだ。




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雨音

2025-01-28 00:50:00 | Short Short

「最近、雨の動画見てるの」
曇天の中、部屋に寄ってくれた友人に言った。
「流行ってるみたいだね。いいの?」
「うん、なんか落ち着く」
「どれ」
「これ」
私はノートパソコンを開いて、いつもの動画を彼女に向けた。

「雨音ってさあ、雨に音はなくて、雨粒が物にぶつかる音だよね。ネーミングが『靴下』みたいだなっていつも思ってたんだ」
そう言って彼女は隣に座り、私が食べかけていたスナック菓子に手を伸ばした。
「靴下と同じ理由だと思ったことはなかったなあ」
私は彼女のコーヒーを淹れに立ち上がる。
お湯を沸かしながら、突然彼女が来てくれたことが心強かった。
靴下ねえ。
雨音が聞こえるというのは、そこに何かがある、ということだ。
ふーん、靴下かぁ。
マグカップを硝子棚から取り出し、ドリップの袋を破る。
ほらまた。香はいろんな思いを運んでくる。


哀しい夢だった。
心を開いてよ、と彼は言う。やっと、まともに話が出来たけど、私を取り巻くバリアを私は破れずにいる。寝る前に観た映画のせいかもしれない。
心を開いてもいいのかな、って思ったけど、あれ? この人、違うよね。あの人がいるんだよね。
今は昔。
もう過ぎたこと。ここにはなにもない。
薄く意識が戻り、こんな哀しい気持ちも目が覚めると忘れていくのか、と、夢がまだ近くにあるうちに寝ぼけた頭で私は書き留めた。
この気持ちを忘れてしまうのは、私の大切なものをひとつ失くすようなものだ。


マグカップを彼女の前に置く。また並んで座る。
ふと無造作に放ったままだったマフラーを掴んで手繰り寄せ、もうどこにもない匂いを嗅ぐ。
鼻先の肌触りが懐かしく、脳内でガランと音が聞こえてきそうだ。
「本物の雨、降ってきたね」
彼女がカップに鼻を寄せいい顔で笑う。
音はまだ小さかったけど、窓の向こうを斜めに走る筋が見えた。

そこに何かがある、と知らせてくれる雨。
ノックしているのはどちらだろう。
そこに何かがあると知っているから、多くの人が雨音に癒しを感じるのだろうか。それともただの 1/F?
画面を見ると、再生回数がくるんと更新した。ひとりきりではない。だけど冷たいときもある。

「ねえ」
動画を観ていた彼女が、コーヒーを啜りながら横目で私を見る。
「ひとりで落ちそうだったら、いつでも電話してきな」
そう言って私が握るマフラーを自分の方へ引き寄せ、同じように匂いを嗅ぐ。
「こういうのより、ちょっとはマシだよ」
穏やかなはずなのに少しだけ涙が出た。
「うん」
今日の雨は、あたたかいみたい。




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