新月のサソリ

空想・幻想・詩・たまにリアル。
孤独に沈みたい。光に癒やされたい。
ふと浮かぶ思い。そんな色々。

言い訳

2025-01-22 01:33:11 | Short Short

朝、布団の中で目を覚ました時、頭をよぎったのは
「俺はなんのために起きるんだろう」だった。
なんのために、誰のために。
自分のため? どうしてそれが自分のためなんだ?

夢見が悪かったのかもしれない。気怠い体を持ち上げ、ベッドの縁に座る。立ち上がる気がしない。起き上がる気力を何とか奮い起こしたばかりで、どうして立ち上がれるもんか。

しばらくじっと座って、窓からの明るい日差しに芽吹く水差しの植物たちを見ていた。

こんな日もある。でも、「誰にでも」じゃない。

みずみずしい若葉を見ていたらいくらか気分が和んできた。もう一息。
そうだ、この前録画したボン・ジョヴィをもう一度観ようか。カッコよくて、なに言ってんだか分らんのに目が離せなくて、バラードなんて何故かあの頃のトム・ウェイツと重なって、ああ、きっとあいつもコレ録画したんだろうなあ、なんて思ったりして。

あいつ、生きてんのかな。
ちゃんとどっかで立ち上がって歯磨きして、メシ食ってんのかな。

今でも「きっとこの番組観てんだろうな」なんて思う相手は、俺にとってあいつしかいない。もう10年以上音沙汰もないのに、ふとした瞬間にあいつの顔がよぎる。
会わなくなった理由も忘れた。たぶん、つまらん喧嘩でもしたんだろう。

あいつ、本当は激情型の激アツ男のくせに、いつも客観的に自分を見ては本音を抑えて気を遣う、変なヤツだった。
俺たちはあの時期、いつも一緒だったな。若くて金がなくて、勢いだけはあって。なんにでもなれる気がして、しんどいことでも笑い飛ばす気合があった。
今の俺を見たらがっかりするかもしれないな。そう思ったら余計連絡する勇気もなかった。もう、あんまり時間、ないんだけどな。

仕方ない。ボン・ジョヴィは諦めて、今日は歩こう。あいつに連絡する言い訳を探しに。遠くまでは行けないけど何度でも、台風が来る頃までには何とかなるだろう。そう言えばあいつ、台風のたびにオケラがどうしたとか訳の分からん事言ってたよな。よし、決めた。台風が来る前に。そしたら俺にも「起き上がる」理由が出来る。言い訳は短くていいんだ。ちょっと笑って一気に昔にかえる。そして俺はこう言う。


覚えておいてほしい。
後になってお前のところに、俺の噂が流れ着くかもしれない。最期はひとりで悲惨だった、とかさ。でもそんな噂を耳にしても、かわいそうだなんて思わないでほしいんだ。
俺は他のヤツらみたいにうまくできなくて、下手くそだから足がもつれて転んで、その勢いでまた立ち上がったりもしたけど、足元はフラフラでまたすっ転んで、精神論じゃなくて結局肉体的にも期限が付いちまって、今度は崖の下に転がり落ちて、それで最後かもしれない。
でもさ、そのとき突っ伏した地面の先に小さな花が咲いていたならきっと、きれいだなって俺は思うだろう。
もし深い深い穴に落ちてしまっても、見上げた空が丸く切り取られて、白く光っていれば、やっぱり、ああ、きれいだなって、俺は思うんだ。
そんな自分だってことを知ってる。うまくは出来なかったけど、俺の魂は汚れてなんてない。キズもついていない。ぴっかぴかに輝くモノが自分の中に在る。俺はそれを知ってる。
だからどうか覚えておいてほしい。
俺が、俺たちが、一緒に笑った日のことを。


なんだ、わざわざ言い訳なんてしなくても、はじめからこう言えばいいんだ。
だけど俺は歩くよ。明日もその次の日も歩いて、やっぱり、短い言い訳を考えることにする。
第一声、お前に笑ってほしいからな。

出かけよう。いい天気だ。



〈関連話・風の夜に




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面影

2025-01-16 18:00:00 | Short Short

ああ、そうか。舞っていたのは雪だったのか。
いやに寒くて冷たくて、でも風の形に降る白が軽やかで華やかで、うっかり桜のことを思ったんだ。
あれはとても寒い春の日だったから、ついそう思ってしまった。

眩しさも冷たさも変わらないのに、ぼくたちは随分遠くまで来てしまったね。
同じ笑顔で微笑む君は、そんなぼくをやさしく包んでくれるけど、ぼくは君に温もりをちゃんと届けられているのかな。

年が明けたよ。また新しいことをたくさんしよう、君と一緒に。
コーヒーをふたつのカップに注ぐ。
明るい部屋に充ちる香りに、戯言だと君は笑うだろうか。

ふたりで近所を歩く。
家々の庭先に咲く花の名を、君はひとつずつぼくに教えてくれる。冬の花は強い。枯れたような町を明るく彩る。君みたいだ。
季節が変わると、ぼくはその花たちの名をいつも思い出せずにいた。そんなことを繰り返して、ぼくらは季節の中でたくさん笑った。

風が鳴いている。電線が揺れる。影が、揺らぐ。

そうか、桜じゃなかったのか。
空に流れる薄雲がまぶしくて、ぼくは眼を細めた。
そうか、桜じゃなかったんだな。
滲んだ白の中で咲いているのは、君。




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粉雪

2025-01-10 00:45:00 | Short Short

まだドアの取っ手に手をかけて、そっと握っただけなのだけれど。

少しずつノブを回して、ガチャっと音がしたら、少しだけそのドアを押してみよう。少しだけ。
そして、その隙間から覗いた景色が心地よければ、またもう少しだけ押してみよう。
時間をかけて、ゆっくりでいい。


目の端に異変を捉えた。
顔を向けると晴れたブラインドのまにまに、ちらつくものが見えた。
雪だ。
窓のそばへ行き、ブラインドを開く。
晴れた光の中を粉雪が散り乱れる。
綺麗だ。
深く息を吸い、目を見開く。
向かいの高架線路を列車が行くと、光が陰った。
過ぎた車両は、粉雪も一緒に連れて行ってしまった。

清々しく、とても寒い。


少しずつ、時間をかけて、ゆっくりでいい。
違ったら、気づかれないようそっとまたドアを閉める。それだけのこと。
そのときは、光に散ったあの粉雪を探しに出かけよう。
春は、まだ先だ。




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渡り鳥

2025-01-07 15:15:00 | weblog


=2013年03月22日=

凍る風が吹く頃、その川に彼らがいたのはほんの数日のことだった。
渡り鳥。
寒さに耐えうる気温に違いはあれど、みな暖かさを求めて海を渡り山を越える。
その川にいたのは鴨だった。彼らはずっと北の方からやってきて、日本の冬で寒さを凌ぎ、そして春にまた北へと帰っていく。春が北上するのに合わせ、一足先に彼らは北を目指すのだろう。

鳥になりたいか?
手が使えないのは嫌だ。でも彼らが一生をかけて渡る距離を、風を、体感してみたいとは思う。きっと世界は今よりぐっと近くなり、生きているという実感も、きっと内側と一体となるのだろう。そんな気がする。

どうしてだか、いつの頃からか、その場所に居続けるという意識が希薄な子どもだった。何処にいても自分はいつかそこからいなくなるのだと、いつも思って生きていた。転校すると聞かされたとき、表面上の態度とは裏腹に、内心では知っていたことのように受け入れていた。ほら、やっぱりそうなんでしょ、と。違う場所に移り住むことが、自分にとってはごく自然で、当たり前のことなのだと。

悲しきジプシー。モンゴル移動民族。流浪の民。
砂埃の風の匂いや新しい夜明け、最後の夜。そういう少し乾いたセンチメンタルが心の片隅にいつもあった。
でももうそろそろ、ずっとその場所にいようと思えるところへ辿り着きたいと思い始めている。
ずっとその場所で、羽を休め、同じ朝を迎える日々を。

何年か前に、友人が『今年はここに根をおろそうと思います』と年賀状に書いてよこした。何年もそこに住んでいた彼女がわざわざそれを言うのは、もしかすると彼女もずっと、何か私と似た感覚を持ち合わせていたのかもしれない。
そしてそれが緊張を孕んだ覚悟なのか、安らぎを見出した決意なのか、とにかく彼女は背負っていた荷物を下ろし、「う――ん」と大きく伸びをして、まっすぐな眼差しでその荷を解いたのだろう。たぶん、少し微笑みながら。

季節が巡り、また吹く風が凍りその川が彼らを迎える頃、私はその場所を見つけただろうか。

(過去別サイトにて投稿分を修正)



=2025年01月07日=

12年の月日を経て、今もなお問い続けていることに少々戸惑う。
問い続けることが、飛び続けることが、実のところ自分の本来の安らぎなのだろうか。
年明け早々、腕を組む。




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元日の午後

2025-01-03 20:00:00 | weblog

冬ざれの遊歩道を行く。
晴れて川音が心地良く、水面の青がきれい。
   

一糸まとわぬ冬の桜並木。
近づけばもう固く小さな塊にとじこめた春がある。
     

脱ぎ捨てた寂しさよりも、潔く伸びゆく細枝の先は未来を向いて脹らみ、自分もまたそんな風に季節を亘ってゆけたならどんなにいいだろう。
じきにまた咲き誇るであろう木々に新春の歓びを授かる元日の午後。


本年もどうぞよろしくお願いいたします。



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