新月のサソリ

空想・幻想・詩・たまにリアル。
孤独に沈みたい。光に癒やされたい。
ふと浮かぶ思い。そんな色々。

石段の先

2024-09-08 11:28:28 | Short Short

ふわりと髪が赤く陽に透けて、その向こうの噴水の飛沫がまた陽に透けて粒立って輝き、時計台が五時の鐘を打って、申し合わせたみたいに鳩が飛び立つ。
黒猫がブロック塀の上をしなり歩き、子供たちが笑い転げて駆けて行く。

黄金色に染まる景色を目の前に、お伽の国ってこういう感じかなぁ、と何気なく振り返ると、後ろには今のぼってきた石段がずっと長く茂みの影に続いていて、これまでの道のりが嘘のように長かったんだと、感慨と共に実感する。

でもこんな景色が見られるなら、少しくらい長くてもそれはそれで、その分素晴らしく晴れやかなものに向かっていたのだと僕はまた前を向き、彼女の赤く透けた髪を見て嬉しくなった。

「ねえ、ちょっと早いけど何か食べに行こうか」
「うーん、今日はもういい、かな」前を向いたままの彼女が言う。
「どうしたの?」
「だって、見てよこの光景。なにもかもが輝いて、なんだか今わたしたちお伽の国にいるみたいじゃない? それだけでなんだかお腹いっぱいなの」
そういうときって「胸がいっぱい」とかじゃなかったっけ。そう思いながらも彼女の横顔に、僕はまた嬉しくなった。

僕たちはふたりでしばらく黙って目の前の景色を見ていた。
彼女の揺れる髪が淡く暮れてゆく。
噴水にライトが点って、また新しいページが開いた。
そのうち隣で小さくお腹が鳴るのを、いつ言うべきかと僕は思いを巡らせている。




風の夜に

2024-09-07 10:35:05 | Short Short

今夜は風が強い。天気予報を見ていなかったので、激しい風の音に戸惑う。
強く風が吹く夜を、怖いと思う日が来るだなんて、あの頃には想像もつかなかった。

子供の頃は大人たちがそばに居て、子どもたちはどちらかというとはしゃいでいたのを叱られていたように思う。
決まって大人の誰かが「風が吹くと桶屋が笑う」と言ってはその意味を揚々と話した。幼かった俺は「風が吹くとオケラが笑うのかぁ」と意味不明な場面を想像した。
それから地上では地球を何周も渡る風が吹いた。

あいつと暮らしていた時も当然、怖いと感じることはなかった。
何年か部屋をシェアしていたあいつ。元々地元の連れではあったが、一緒に住んでみると、それまでよりもふたりの距離が近くなったと実感したものだ。

あいつは気が小さいくせに男らしさやクールで大胆な雰囲気に憧れていて、何とか自分をそのように見せたくて、結果、それが友人たちには「かわいいヤツ」と映るらしく、あいつの尊厳は別の形に変換されてその存在を護っていたように思う。

今夜ひとりで聞く風の音は、言いようのない不安を含んで俺の夜を脅かす。
理由は分かっている。
そこから逃れるために、もう少しだけ、あいつとの日々を思わせてくれ。

楽しい時間、というお題が出た時、いつも同じ光景が脳裏に浮かぶ。
確か、何人かで海に行った帰りだった。俺たちは当然ふたりで行った車に乗り込み、それぞれの車が途中で別れて行く度クラクションを軽く鳴らした。
高速道路を行く夏。黄色い車。運転席のあいつ。レゲエ音楽が響く車内。それらを見る視点がぐんと高く昇って、ぱきりと晴れた空の上から走り行く黄色い車を見ているその光景。いつもそう。

その場面が頭から消えてしまう前に俺は布団に潜り込んだ。




リアクションとコメント閉じます

2024-09-07 10:28:00 | weblog

一旦、リアクションとコメントは閉じます。


2024.09.09 追記
スマホの不具合にて、文字化け、訪問先不明など、原因わからずまだしばらく閉じます。すみません。





薄いベールの向こうから end

2024-08-30 09:50:50 | Short Short

朝、シャワーから出ると《ピンクの象》が来ていた。
油断していたので「おっ!」と一瞬のけぞったが、そう言えば現れてもおかしくはない頃合いか。

今日はいつもと違う出で立ちだ。年明けの挨拶のつもりだろうか、正装しているみたいに厳かに見える。
背中に薄いピンクの上品な凝った織の布を掛け、頭にはビーズで飾られた浅い円柱帽をのせて、いつもよりもいくぶん機嫌が良さそうにのしのしと、いつもよりもいくぶん軽やかにそこいらを踏みつけてまわっている。

新年にピンクの象が来るのは初めてではなかろうか。
背中の布には細部に花や幾何学の丁寧な刺繍もほどこしてあり、金や朱や鮮やかな色どりが、いかにもおめでたい雰囲気を無愛想なピンクの象にふりかけ、少々の違和感を感じるものの、それでもそんな恰好で挨拶に来てくれたのかと思うと、穏やかな陽の暖かさとともに心が和んだ。
それにしてもこの衣装のせいなのか、いつもよりなんだか可愛げまであるように感じる。やはり新年を迎えるというのはこのピンクの象の不機嫌まで軽やかにしてしまうのだろうか。
そう言えばチビピンクは今日は一緒だろうか、と部屋を見渡し「うっ」と息を呑んだ。

窓際でさんさんと光を浴びながら渋めの装飾と織の布を背中にかけたピンクの象が、どっしりと座っていかにも不機嫌そうな面持ちでこちらをじっと見ていた。
「あ、」なるほど。
チビはいつまでもチビではないのだ。ピンクと思った初めの方がチビだったのね。道理で軽やかに可愛げがあると思ったのにも合点がいく。
新年だろうが衣装で着飾ろうが不機嫌なピンクの象はあくまで不機嫌なピンクの象なのだ。御見それいたしました。

チビが軽やかにのしのしとピンクの方へ歩み寄る。相変わらずしっぽを魅力的に振りながら時々ふんふんと鼻を鳴らしている。甘えるようにピンクにまとわりつき、促されてピンクはゆっくりと立ち上がった。
ゆっくりと立ち上がったのだが、なんだかいつもと様子が違う。部屋を歩き回ることもせずチビを守る為に威嚇することもなく、ただじっとこちらを見据えている。不機嫌な眼の奥に、いつもとは違う光が。

そもそも考えてみれば、ピンクが座っているのも初めてのことだ。
目をそらすことも出来ずじっとピンクを見つめているうち、なんだか胸の奥がざわめき始めた。ピンクの瞳の奥から放たれる不確かで微妙な光は、不確かにこちらの胸をかき乱し、そうしてはっきりと確かなことを示唆していた。

「お別れ、なんだね」
ピンクはコクリと首を振ることもなく、シンとした表情でただじっとこちらを見つめている。いつもはシンパシーを感じないなどと思っていたはずなのに、何も言わずともピンクの言いたいことが分かってしまっている自分に少なからず驚き、しかし付き合いはずいぶん長いのだから、当然と言えばそりゃあ当然じゃないか、などとよく分からない言い訳じみた『感情』と呼ぶにはまだ完成されていない ほつれたままの言の葉がゆらゆらと頭の中にただ揺れている。

ピンクはチビと交代するのだ。
そうか、新年を祝う衣装ではなかったか。知らず涙がこぼれ、また驚く。
特に感情移入していたつもりもなく、いつも不機嫌でしかないこのピンクの象が来なくなるからといって、なんら悲しいことなど何ひとつないはずなのに、やがて静かに背を向け遠ざかっていく後ろ姿から目をはなすことが出来ない。

薄れゆくピンクの後ろからチビがまだやはり幼い足取りでついて行く。チビを先に行かせ、いよいよピンクの姿も白く薄くなった頃、ピンクが不意に立ち止まって振り向いた。じっとこちらを見つめ鼻を少しだけ上げ、ありたけの不機嫌をかき集めているかのようだ。

いつものように、見ようによっては寂しそうでもあり、ほっとしているようでもある。ひとしきりの沈黙を交わしたあと、いつもの調子でぷいっと背中を向け、不機嫌にしっぽを2、3度振り、それからピンクの象はあちら側へとすっかり消えた。
交わした沈黙の影から「さようなら」と聞こえたような気がした。




※ご訪問ありがとうございます。
  では良き頃合いにいつかまた。




星の形

2024-08-28 05:55:55 | Short Short

その日、五芒星を額に刻んだ小山羊が木漏れ日を避けるように、藪の中へ隠れてしまったんだ。カナリアが歌い続けて小山羊はやっと戻ってきたけど、額の星は六芒星になっていた。

とうとうキミに旅立つ時がきたんだね。
ならボクのカナリアを連れて行くといい。きっとキミの力になってくれるよ。
ボクは彼女を小山羊の背中にそっと乗せた。ボクたちは少し見つめ合って、キミははじめて笑ったね。

じゃあ、と去って行く後ろ姿に、ボクは声をかけなかった。
キミが振り返らないのを知っていたから、ボクも黙って見送ったんだ。
少し風の力を借りはしたけれど。

カナリアがずっと額の星を讃えて歌い続けてくれるさ。
彼女は六芒星のメロディを歌ってる。星々がキミの行く道を明るく示すように。

どうかキミの探し物が見つかりますように。
ボクはキミの星の形を忘れない。旅を終えたカナリアがボクの枝に戻って来るとき、きっとまたキミと会わせてくれるだろう。

ボクらはみんな同じ風の音を聞いていたね。
キミは今夜、ボクの木陰に抱かれる夢を見てくれるかい。