新月のサソリ

空想・幻想・詩・たまにリアル。
孤独に沈みたい。光に癒やされたい。
ふと浮かぶ思い。そんな色々。

『川瀬巴水・特別展』へ行く

2024-11-27 07:00:00 | weblog

先週末、大阪歴史博物館にて開催されている、木版画家・川瀬巴水の特別展へ行った。
知らなかったが2021年から全国巡回をしていたらしく、この2024.大阪での開催が一連の最終地となる。

  

約150点もの大展覧会。大阪での大規模な巴水の展覧会は10年ぶりとのこと。どれもこれも足を止めたくなる作品がずらり。途中、化粧室への導線の空間で制作工程の動画上映があり、座ってひとやすみできる。

カテゴリーにもよるが、好きなものはひとつかふたつあればいい主義の私。そんな、あまり多くのものを取り込めない自分だが、川瀬巴水は群を抜いて間違いなく別格だ。私の中の特別室に彼はいる。
以下、褒めまくる。

丸眼鏡の巴水先生。何がいいって、線がいい。青がいい。朱がいい。雪がいい。そしてささやかな営みの温かさ。

変な言い方かもしれないが、巴水先生の描く線は「かわいい」。なんだろう、とよくよく作品を観ていくと、エッジがないのだ。柱や屋根など真っ直ぐに描かれている線と線が交わる角が、その線がずっと先まで伸びてゆく交わりの一点ではなく、習字でいうところの「とめ」がある。伸び行く枝先は、空に向かっているにも関わらず、そこに〈今〉を留めている。
本当に版画なのか? 漫画やアニメのような、筆やペンで描いたように緻密で、それでいてふんわりと全部をまるく愛おしく慈しむような目線で描かれた線に惹きつけられる。川瀬巴水のフィルターを通して描かれる世界はとてもやさしくて細やか。そしておおらかに伸びてゆく。伸びてゆく〈今〉だ。移ろいゆく〈今〉を残そうと、その眼は見つめている。
この線を見事に現す彫師の匠。あっぱれ。

そして摺師の妙ここに。
まずは青。青。青。夜の墨垂れ、藍から青へ、水色へ。
川面が、空が、家々が、木々が、全ての青が優美でその青は温かい。青だけで描かれた町の一角。その中心で小さな小窓から漏れる灯。垣間見える川面に映る光。一見、画面全体は寂し気なのに、その一点の光が人の気配を宿し、途端、人々の暮らしの中に溶け込むような錯覚に陥る。しみじみとした静かな暗夜の中の救い。まるで自灯明のように訴えかける小さな灯。光を包むのは、青。

朱。薄明り、光の予感。朝焼けの雲。淡い夕暮れ。と思いきや寺や塔の、目の醒めるような鮮やかな朱。時を忘れていつまでも見入る。言葉にするには美しすぎる。

積もる雪。青の上に、朱の上に、こんもりとまるく白く。岩に、枝葉に、連なる屋根に、今にも崩れ落ちそうな白は、やはりそこに留まっている。静けさに耳が凍る。自分の吐く息が白く映るのではないか。
吹雪く町。厳しい寒さに急ぎ行く親子、艶やかな女の傘が風を受け耐え歩く。風の音が聞こえる。
しんしんと降り積もる静けさに川のせせらぎ。石段を上り雪を踏みしめる微かなる音。

ほかにもいろいろ言いたいがキリがない。雨もいい。橋もいい。舟もいい。
巴水先生の作品の物語には市井の人々への愛がある。ただの風景かと思えば手前に人影、奥に動物、とそこに万物の営みがある。
雨が降る。しとしとと土に沁み込む。駆ける足が跳ねる飛沫。屋根や葉を打つ。音が聞こえる。手を伸ばせば一粒の雫を掴むことができる。知らぬ間に彼の世界に自分が立っている。芒が揺れる。風に触れる。それは命の星での物語。
圧巻の川瀬巴水、ここに在り。

     






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日曜劇場「海に眠るダイヤモンド」

2024-11-13 09:39:09 | weblog

前回の「景色の中で」は、日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』第三話を見ながら、浮かぶに任せて書き留めたもの。ショートに仕立てる前のただの素材メモなのだけれど、たまにはいいか、と書き留めたそのままを載せてみた。

『海に眠るダイヤモンド』は、出演陣に好きな顔ぶれが多かったので見始めた。
見てみると一話一話の物語としての影と光の対比やグラデーションが心地よく濃密で、まだ三話目だとは思えない。
映像にも叙情的な美しさと閑散と裏びれたものが同居していて云々カンヌンと書きかけて、コレってもう使い古された評だよね、と手が止まる。でも見終わると不思議な感覚が芽生えているのは本当。何かが心に触れる。昭和あるあるかもしれない。醸し出されるものがただ懐かしいだけなのかな。
面白いか、と訊かれれば答えに瀕するが、観たくなる。

物語を乗せた大きな揺りかごの底にある暗いものが、明るい場面や騒々しい賑わいの隙間をスルスルと流れていて、抜け出したい場所、逃げ込みたい場所、諦めた場所、当たり前の場所、離れられない場所、と各々の思いが交錯する様が妙という印象。ドラマというより関連づいたオムニバスの短編映画を観ているよう、とは言い過ぎだろうか。
閉ざされた炭鉱の島での、在りし日の暮らしに思いを馳せつつ、世間的には成功した今の自分の在りようにジレンマを抱える老いゆく女の思惑。女の過去を呼び起こす若い男。
過去と現在を呼応させながら、少しずつ開いていく物語。
第三話の一番最後の過去シーン、神木くんと杉咲花ちゃんが可愛くてほっこり。
今のところ過去の物語に主軸がありいい感じだけれど、現在の展開の如何次第ですべてが決まるんだろうな。期待していいのかどうか迷うところ。

気に入ったドラマや映画は、何度も何度も観返してしまうが、このドラマはそういうのとも少し違う。今のところ。
二度目を見るまでに、少し時間が欲しいと思ってしまう。時間をかけないと、自分の中に芽生えたものが育たない。そんな気がする。
「そんな気がする」ままの展開で物語が進めばいいのにな、と思う。



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景色の中で

2024-11-11 14:41:00 | ショート メモ

山桜がひっそりと葉を色づかせ、誰の目にも触れることなくその葉を風に落としていく。
それはさみしいことだろうか。
そんなことはきっと考えない。知っているから。

山桜の周りにはシダや楓や樫の木や草花が同じようにひっそりと集まり、そのすべてが誰かの心の深い場所と繋がっている。
見ようとすればその場所はすぐ目の前に、枯れ葉の揺れる風音と共に現れる。
それはとても美しい。

どちらが幻だと言うのだろう。
瓶に手紙を詰め、人知れず海に流す。その気持ちと散り行く山桜と、どちらもがシンとした景色の一部に違いはない。
さみしいのは寧ろ、波に瓶を託したその手に残ったものではないか。

山の奥深くでまたひとひらが土に還る。その声に目を閉じる。
手のひらに浮かんだ青き星をそっと握る。



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懐中時計

2024-11-07 11:07:00 | Short Short

懐中時計の表面を指でなぞり胸ポケットにしまう。彼はその指で帽子のツバを深く下げて顔を伏せた。
悔しい時、いつもそうする。ツバで隠した唇はぎゅっと固く結ばれているんだろう。
だから私もいつものように彼に背を向け歩き出した。目の端で彼がとぼとぼと ついて来るのを確かめて声をかける。


思いがけず押し寄せるあの頃の思い。
戸棚の奥に仕舞いこんでいた古い箱を開けると、あの懐中時計が目に飛び込んできて、私は潮風に吹かれた。
人はなんてたくさんの瞬間を、無造作に置き去りにしていくのだろう。

あの時、自分がなんと言ったのか、もう忘れてしまった。
でも私たちはあの後、並んで歩いた。
港を遠目に橋の上から行き交う船の灯りと色走る水面の揺らぎを交互に見ながら、ふたりで一緒に彼の悔しさを月白のしじまに流していった。
それからまた歩いて歩いて、駅近く踏切がカンカン鳴りだすと、私たちは顔を見合わせ走り出しくぐり抜けた後ろを列車が突風みたいに過ぎて行く風圧に、なんだか可笑しくなって笑っていた。

ひそやかに時を蓄えた懐中時計が映す可惜夜の風の匂いがいくつもそこに、ただそこにある。


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ふたつめ

2024-11-04 11:00:00 | Short Short

大きな翼の影が地上を走る。

薄暮れの中、石の灯篭が続く道にぼくは居た。
そこは真新しいふたつめのステージ。ひとつめの奥に潜んでいた真実が現れたふたつめの世界。これまでやりくりしてきた全ては崩れ去った。

石畳の回廊を守り人たちが、まるでふたつめの歩き方を示すように、道の両側に並んだ灯篭に順番に明かりを灯し始め、照らされた道の先へとぼくを誘う。

やり方なんてわからない。始まったばかりのこの道を、どうやって進めばいいのか、未だ混乱の中にいる。
水晶の夜にぼくの過去は知らないものになった。見えていたものは外側の張りぼてに過ぎず、けれど透き通った灯の道を、一歩、また一歩、足を前に踏み出し、ただただ歩いて行く。石畳に揺れているのが光なのか影なのか、陰陽の思惑も異質な揺らぎを放つこの道を。

翼の影が辿り着く場所は、ぼくの行く道と同じだっただろうか。
響く靴音に、語りかけるのは、誰。



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