「こっちで暮らさないか?」
彼は空を見上げるようわたしに促しながら、ちょっとついでに、という感じで何気なく言った。
あの夏の日のことを忘れない。
その夜わたしは初めて見る一面の星空に圧倒されていた。見上げた途端、うるさいほどに鳴っていた虫の音が遠くに消えた。北斗七星が闇の壁をしょってのしかかってくるようだった。
とうに燃え尽きたはずの巨石たちが、今やっとこの星にその幻影を現し、幾筋にも空をこぼれては消えて行く。
彼は草むらにまでこぼれ落ちて舞う光のひとつをひょいっと手にとり無邪気に笑う。
「おれ、動物にも子供にも好かれるんだよねぇ。最近は虫まで寄ってくるよ」
うーん、動物や子供ならいいけど虫はちょっと苦手だなあ。
「こっちでやっていけそうなの?」
試したわけじゃなかった。少し考えたかった。考えるふりをしたかっただけかもしれない。選びたいものを選ぶ術をあのときは知らなかった。
でも、「ほら」と手の中の光をわたしに差し出した彼に、咄嗟に一歩退いてしまったとき、既に答えは出ていたんだ。わたしは彼の光を受け取らなかった。
「なぁんだ、苦手なのかよ」
彼は残念そうに薄緑の光を手の平や指に遊ばせ、
彼は空を見上げるようわたしに促しながら、ちょっとついでに、という感じで何気なく言った。
あの夏の日のことを忘れない。
その夜わたしは初めて見る一面の星空に圧倒されていた。見上げた途端、うるさいほどに鳴っていた虫の音が遠くに消えた。北斗七星が闇の壁をしょってのしかかってくるようだった。
とうに燃え尽きたはずの巨石たちが、今やっとこの星にその幻影を現し、幾筋にも空をこぼれては消えて行く。
彼は草むらにまでこぼれ落ちて舞う光のひとつをひょいっと手にとり無邪気に笑う。
「おれ、動物にも子供にも好かれるんだよねぇ。最近は虫まで寄ってくるよ」
うーん、動物や子供ならいいけど虫はちょっと苦手だなあ。
「こっちでやっていけそうなの?」
試したわけじゃなかった。少し考えたかった。考えるふりをしたかっただけかもしれない。選びたいものを選ぶ術をあのときは知らなかった。
でも、「ほら」と手の中の光をわたしに差し出した彼に、咄嗟に一歩退いてしまったとき、既に答えは出ていたんだ。わたしは彼の光を受け取らなかった。
「なぁんだ、苦手なのかよ」
彼は残念そうに薄緑の光を手の平や指に遊ばせ、
「やっていくよ。決めたんだ」
そう呟く横顔は、これから始める不安は見ないように、ひろがる暗闇ではなく手の中の光を見つめている。
そう呟く横顔は、これから始める不安は見ないように、ひろがる暗闇ではなく手の中の光を見つめている。
ふいっとその小さな光が彼の手を離れる。ひゅんとうねり折れながら、薄緑の玉が尾を引き夜に消えていくのを黙ってふたりで見ていた。
あのとき、彼の道はひとすじに伸び、私の道はまだ幾重にも別れていた。
否。
幾重にも別れた道のひとつを選び決意した彼と、選びきれずに後ずさりしただけの私だった。
虫の音がまた近くに戻ってきて、ふたりの道を鈴なりに遠くへ押しやる。
空にも地上にもこぼれては消える光の筋。
あの夜を忘れない。