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【なんじゃこりゃ?⑥】世界の大失敗発明品10選【理解できん!】 第6回(10回シリーズ)

2017-07-16 01:19:58 | 歴史

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(担当S)
 
 
※本記事は2016/12/08に投稿した記事に、修正を加えて再投稿したものです。 


 世の中の発明品の中には、作っている本人は大真面目でも、端から見ると「……」としか言いようの無い発明品が数限りなくあります。
 そこで今回は、そう言った発明品の中でも、特にぶっ飛んだ発明品を、担当Sが独断と偏見で選んで紹介していきたいと思います。
 
 
 
■「これはアカンやろぉ…」思わずドン引きする世界のぶっ飛んだ発明品10選 (10回シリーズ 第6回)
 
 
●プロペラで推進する鉄道(写真は旧ソ連で開発されたアエロワゴンと開発者のアバコフスキー)

 鉄道は誕生して暫くは、それまで人類が作り出した移動手段の中では最も速度が速い移動手段でしたが、20世紀に入ると、まず自動車に最速の座を奪われ、次に飛行機にも速度の面で大きく水を開けられるようになります。
 ライト兄弟が1903年に初飛行に成功させたライトフライヤー1号の速度は、せいぜい50km/hも出たらいい所でしたが、10年も経たない内に飛行機の最高時速は200km/hを超えるようになり、その後もどんどん速度記録を更新していきます。
 しかし、当時の飛行機は、速度は速くても鉄道のような旅客輸送が行えるような実用性はなく、鉄道の優位性がすぐさま飛行機によって脅かされるような事態にはなりませんでした。
 それが1919年にドイツでユーカンスF.13と言う名前の旅客機が開発された事により、にわかに状況に変化が訪れます。
 ユーカンスF.13は密閉された客室を持つ旅客機の先駆者的存在であり、乗客は4人にしか乗せられなかったものの、最高速度はこの時代のいかなる特急列車よりも速い173km/hを発揮しました。
 当時としては非常に優れた性能を持っていたことから、ユーカンスF.13は300機以上も生産されたベストセラー機になり、産声を挙げたばかりだった飛行機による旅客輸送の発展に大きく寄与しました。
 その後も旅客機は進化を続け、更に多くの乗客を更に速い速度で運ぶようになります。
 旅客機の成功を草葉の陰で見ながら、それを面白く思っていない人達がいました。そう、それは鉄道関係者の面々です。
 鉄道は長らく、蒸気機関の発達と共に速度とサービスの向上を図ってきましたが、20世紀に入ると蒸気機関の性能向上も頭打ちになり、速度の向上も限界に近づきつつありました。
 このまま速度の向上が図れないと、近い将来に旅客機に客を奪われてしまうと考えた鉄道関係者は、蒸気機関よりもパワフルな動力源はないかと、他の動力源を模索するようになります。
 候補として挙げられたのは内燃機関(※ガソリンエンジンやディーゼルエンジンの事)と電気モーターでしたが、そのどちらも20世紀初頭には技術的信頼性に欠け、特に後者は送電の為のインフラが必要になるので、長距離を結ぶ旅客列車に使うには超えなければならないハードルが幾つもありました。
 そこで手っ取り早く「ライバルである飛行機の技術を、そのまま鉄道に持ってくればええんとちゃう?」と言う発想の元、鉄道の速度を向上させる為に開発されたのが、今回紹介するプロペラで推進する鉄道達です。
 現代人の感覚からすれば「搭載したエンジンでプロペラなんかを回さずに、そのまま車輪を回せばええんとちゃうの?」と、つい考えてしまいますが、この当時はエンジンで生み出された大パワーを車輪に伝える技術がまだまだ未熟で、それを鉄道のような重量が何十トンもあるような乗り物で実用レベルに使えるようにするには、技術的な課題が沢山のこされていました。
 その点、プロペラによる推進なら、エンジンからトランスミッションを介して直接プロペラに動力を伝達することが出来るので、技術的なハードルはかなり低めでした。
 このプロペラで推進する鉄道に、世界でも早い段階で開発に乗り出したのが旧ソ連で、1920年代には当時の鉄道としてはそこそこ速い140km/hの最高速度を発揮するアエロワゴンを開発します。
 冒頭の写真が、そのアエロワゴンなのですが、見た目からして「…」となるような、なんかやっつけ仕事で鉄道車両に適当にプロペラを付けたようにしか見えない姿形をしていますが、実際の運用実績についても「…」と言わざる得ない、散々たるものでした。
 アエロワゴンを開発したのは、ヴァレリアン・アバコフスキーと言う名前のラトビア(※当時はソ連邦を構成していた1カ国)生まれの若者なのですが、彼は高速列車の試作車両として1910年代後半から1920年代始めにかけて、このプロペラが付いた車両を製作します。
 1921年に行われたアエロワゴンの試験走行では、22名の乗客と共にモスクワからおよそ170km離れたトゥーラと言う街までの走破に成功しますが、その帰り道に悲劇が起こります。
 スピードを出しすぎたアエロワゴンが脱線し、この事故により7名の乗客が帰らぬ人となりました。
 その命を落とした7名の中には、アエロワゴンを開発したヴァレリアン・アバコフスキー本人も含まれていました。彼は僅か25年という短い人生を、自身が発明した乗り物による事故により閉じたのです。
 この非業の事故により、プロペラ推進の鉄道車両の開発者を失ってしまった旧ソ連は、以後、同様の車両の開発については下火になりますが、今度はドイツが似たような鉄道車両の開発に乗り出します。
 ドイツがプロペラで前に進む鉄道車両の開発を始めた最大の動機は、ズバリ「打倒!旅客機!!」です。しかし航空機(※ツェッペリン飛行船等)による国際線の旅客輸送のパイオニアだったドイツで、このような目的の鉄道車両が開発されるのは何か皮肉めいたものを感じてしまいます。
 上の写真が(※PCで閲覧している場合は右)が、ドイツで開発されたシーネンツェッペリンと呼ばれる鉄道車両ですが、前からみると昔の新幹線にそっくりです。
 作られた動機といい、この鉄道車両は、なんか新幹線によく似ていますね…
 速度も相当速かったようで、第二次世界大戦が始まる8年も前の1931年に最高速度230.2km/hを叩き出し、この記録はその後23年間も破られる事はありませんでした。
 と、速度にだけスポットを当てたら、とても優れた鉄道車両に見えるシーネンツェッペリンですが、実用性には大きな問題点がありました。
 写真で見ても分かる通り、シーネンツェッペリンはプロペラが車両の後ろについているのですが、このレイアウトのせいで普通の鉄道みたいに車両を何両も連結することができませんでした。
 その為、輸送力は大幅に制限されてしまいました。
 更に安全性にも問題がありました。
 シーネンツェッペリンはプロペラが剥き出しの状態で取り付けられていたのですが、これは回転する凶器をブン回しながら走っているようなものです。
 混雑した駅とかだと、プラットホームに立っている乗客が回転するプロペラに巻き込まれる恐れがあり、ドイツ国鉄からも危険だと判断されました。
 上の写真を見て分かる通り、下の方に写っているホームの乗客なんかは余りにもプロペラに近すぎて、今にも切り裂かれそうな不安を覚えてしまいますが、当時のドイツ国鉄のエライ人も同じように感じていたようです。
 幸いな事に、シーネンツェッペリンによる死亡事故は一件も起きていませんが、もう、この頃になるとエンジンで得た大パワーを車輪に効率よく伝える技術が既に実用レベルに達しており、危険性が高くて輸送力も大したことがなく、スピードが速いこと以外は何の取り柄もないプロペラ推進の鉄道を、わざわざ使う意義が薄れていました。
 こうして、あっという間にプロペラで推進する鉄道は廃れてしまいましたが、戦後になっても突発的に、プロペラ推進鉄道の類似品であるジェットエンジンの推進力で前に進む鉄道車両とかが試作された事がありました。
 …が、普通の鉄道車両と比べて優れた点が殆ど無かった為に、鉄道にジェットエンジンを使うと言うアイデアはすぐにお蔵入りになってしまいました。
 技術の過度期に作られ、そして消えていったプロペラ推進の鉄道ですが、担当Sの目から見ると安全性に対する配慮とかもうちょっと何とかならんかったのかなぁ~、と言う気がせんでもないですが…
 
 
 
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