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ジェシル、ボディガードになる 142

2021年06月16日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 全員が外に居る。全員が地に置かれている宇宙葬用の棺を黙って見つめている。棺はムハンマイドが用意した。
 ミュウミュウの話で、皆が持った互いへの疑心は消えた。そして、今、リタのための葬儀を行う所だったのだ。
 棺は透明なカバーになっている。そこから見えるリタは、ミュウミュウが精一杯リタを整えた事もあって、穏やかな表情で、眠っているような、今声をかければ起き上がりそうな様子だった。
「リタ様……」ミュウミュウは涙を流す。「このような淋しいお見送りとなってしまい、申し訳ありません……」
 リタほどの貴族であれば、相応の儀を行なうべきなのだろうが、それは叶わない。また、室内での葬儀も考えられたが、異次元空間を自在に往来するベスタ一味を避けると言う意味合いもあって、こうして外に居るのだ。
「ミュウミュウ、君は出来るだけの事をしたじゃないか」オーランド・ゼムが優しい口調でミュウミュウに言う。「リタだって、リタを心から愛する者に見送られるのだから、許してくれるさ」
「そうだぜい!」アーセルがうなずく。さすがにこの場にボトルは持って来ていない。「そのうち、オレもヘレンデへ行くだろうからよう、その時には、また文句の言い合いの続きでもやろうじゃねぇか……」
「おや、アーセルは信仰心が強かったのかね?」オーランド・ゼムは笑む。「ヘレンデ信仰があるとはなぁ……」
「うるせぇな! 年取りゃあ信仰心ってものが湧くじゃねぇか!」アーセルはオーランド・ゼムに食って掛かる。アーセルの顔が赤らんでいるのは酒のせいではない。「お前ぇにだって信仰心の一つや二つはあるだろうがよう!」
「残念ながら無いのだよ」オーランド・ゼムは棺を見ながら答える。「わたしの種族は長命だ。いや、長命過ぎると言って良いかな。だからなのか、死後の世界とか救いの神だとかには関心が無くなっているのだよ。生きている内が全て、死は次へのステップでは無くて、お終い、なのさ」
「何でぇ、夢も希望も無ぇ話だぜぇ……」
「それだけ、生きている時間が長いのさ。生きるって事に飽きが来るのだよ」
「おう、若造!」アーセルはムハンマイドに顔を向ける。「お前ぇはどう思う?」
「ボクは正直、信仰なんて考えた事も無いな」ムハンマイドは関心が無さそうに答える。「生命と言うのは現象だ。だが、あまりにも出来過ぎているとは思う。生命を維持するための身体の無意識の機能を思うと、そこに何か意図的なものがあるような気がしないでもない。でもさ、生命の誕生の瞬間なんて、誰も見てはいないのだから、本当にヘレンデの神がいて生命を造ったのか、それとも、良く言われている進化なのか。どっちも、より確かな証拠はないからね。はっきりとした事は言えない。そうなると、単なる好き嫌いとか自分の都合に良いとかの、個人のレベルになってしまう。だから、今は、どう考えたって良いんじゃないのかな」
「でもよう、生きているって言うのが現象ならよう、生きている意味なんて無ぇじゃねぇかよう」
「だからさ、ボクにも分からないんだって言いたいんだよ。分からない事に解答は出せない。あまりにもデータが少な過ぎる」
「ふん! 大天才でも解けねぇのかい!」アーセルは毒付くと、棺に目を向けた。「まあ、少なくとも、お前ぇは生きていた。オレは覚えているぜぇ……」
「……あの……」ミュウミュウが言う。皆は口を閉じ、ミュウミュウを見る。「……そろそろ、いかがでしょうか? リタ様をこのままには出来ません……」
「そうだな……」オーランド・ゼムはうなずき、棺にからだを向ける。「……リタ、若い頃に君を悲しませてしまった事を詫びるよ。この数日でそれを取り返せたとは言えないだろうが、君はわたしの永遠の恋人だよ……」
「ばばあよう……」アーセルが棺にからだを向ける。「本当はよう、オレはお前ぇが気に入っていたんだぜ。こんな事になっちまってよう……」
「アーセル。君は信仰心があると言っていたが、お祈りくらいは出来るだろうね?」オーランド・ゼムはアーセルに言う。「わたしには出来ないのでね」
「ふん! 出来たらやってやるけどよう……」アーセルの声が弱くなる。「オレも出来ねぇよ。昔はよう、相手の命を奪う時に『おう、お祈りでも唱えやがれ!』なんて言っていたけどよう、自分じゃ出来ねぇんだ」
「……では、僭越ですけど、わたくしが……」ミュウミュウが控え目に言う。「一応、典礼の心得を学んでおりますので……」
「そうなのか、それは良い」オーランド・ゼムはうなずく。「ミュウミュウに送られるなら、リタも本望だろう」
「あれ?」ムハンマイドがオーランド・ゼムを不思議そうに見る。「あんた、信仰心が無かったんじゃないのか?」
「ははは、やはり、そうは言っても、気持ちは別なんだねぇ」オーランド・ゼムは笑う。「……じゃあ、ミュウミュウ、頼むよ」
 ミュウミュウは棺の前で左膝を突き、左腕を棺の上に置いた。それから、空を見上げ、静かに祈りの言葉を唱え始めた。典礼用の古い言葉だった。ミュウミュウの祈りは、美しい旋律の様に、居合わせる皆の耳に、心に浸み渡って行く。
 ジェシルは、そんな様子を少し離れた所から見ていた。熱線銃を右手に持ち、万一の事態に備えていた。ミュウミュウの言っていた事が正しいとすれば、常にシンジケートの連中に監視されていると考えられる。隙を見せると命を奪われかねない。ジェシルは緊張していた。……さっさと出て来て! 引き金を引いてやるから! ジェシルは内心では、久し振りのこの感触を楽しんでいた。全身の血が喜びに沸き立っていたのは事実だった。
 ミュウミュウの祈りが終わった。しばらくの沈黙の後、ムハンマイドは、棺に付いているロケット発信装置を作動させた。棺は音も無く、ゆっくりと上昇し始めた。皆が棺の行方を目で追っている。次第に点になって、見えなくなった。星の大気圏を抜け、重力の影響を抜けると、棺の発信装置は止まり、棺は広大な空間を漂い続ける事になる。
「……さあ、次は宇宙船の修理だな」ムハンマイドは言う。「ハービィを待たせているからね。ボクはこのまま行くよ。皆はどうする?」
「一緒に行動するのが良いと思うわ」ジェシルが言う。「だから、あなたについて行くわ、ムハンマイド」
「……そうか、分かった」
 ムハンマイドは歩き出した。その後を皆が続く。


つづく

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