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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 117

2020年08月28日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 三人が歩いていると、左手には田んぼが広がり、右手には藪の茂った山と言った風景になった。山と言っても登山をするようなものではない。薪を拾ったり、小さめの材木を切りだしするような山で、藪や木々が陽を柔らかに遮っているが、田んぼにはかっとした陽が注がれている。田んぼはまだ青々としていた。
 先頭の逸子が足を止めた。山の一点を見つめている。そこには、切り倒された細めの樹が数本と鋸や鉋などの大工道具が散らかっていた。松が言っていた場所とは、ここの事のようだ。三人は山を登り始めた。ぽきぽきと枯れ枝が踏まれる度に鳴る。胸元までの高さのある草を分け入る。
「……ねぇ、タロウさん……」逸子は最後尾のタロウに振り返る。「どう思う?」
「え? 何が……?」タロウは逸子の言っている意味が分からず、ぽかんとしている。「……あの、何を思えと?」
「分からないの?」アツコもタロウに振り返る。「わたしだって、どう思っているか聞きたかったわ」
「……ごめん、何の事かさっぱり分からないんだけど……」
「あ~あ」アツコがわざとらしく大きなため息をついた。「こんなんだから、タロウはリーダーになれないのよ。リーダーって言うのは、いつも周りを見てなくちゃ」
「……そうなのかい……」
「そうよ!」逸子が言う。「それで? わたしの言った事、分かってくれた?」
「はあ……」タロウは腕組みをし、じっと瞑目する。やがてぱっと目を開けた。「……やっぱり、分からないです……」
「やれやれ……」アツコはわざとらしく肩をすくめてみせた。「あのねぇ…… どうして女性に先頭を歩かせているわけぇ?」
「え? いや、それは、何となく、そんな順番になっているから……」
「男なら、女を守るくらいの気持ちを持ってよね」アツコの言葉に逸子もうんうんとうなずいている。「そう言う事よ。分かったでしょ?」
「そう言う事なので……」逸子は言うとタロウに先に行くように手で促した。「よろしくね」
 タロウは黙って先頭に立ち、黙って草木を分けて進んだ。
「ねぇ……」アツコがタロウに声をかけてきた。「山の右の方を登ってみない? そっちに山賊が居そうよ」
「いいえ、左よ!」逸子がきっぱりと言う。「わたしには分かるわ。左を登って行けば良いの」
 逸子とアツコは右だ左だとぎゃあぎゃあ言い合っていた。やがて、二人そろってタロウに顔を向けた。
「タロウ、右へ行くのよね?」
「左よね、タロウさん?」
 二人ににらまれたタロウは、大きなため息をついた。
「このまま真っ直ぐ登るよ。もう少し行けば見晴しが良くなりそうだ。そこまで行ってから右にするか左にするか、あるいは別の道があるか、考えれば良いさ」
 タロウは言うと、真っ直ぐ登り始めた。二人はその後ろ姿を見ていた。
「……ふん、何さ!」アツコがぷっと頬を膨らませ、不満そうな顔をする。「タロウのくせに生意気よ!」
「でも、間違ってはいないわね」逸子は感心している。「頭が良いって言うのは、本当なのね」
 二人はタロウの後を追った。
 しばらく登ると、木々が少なくなって、周囲が見渡せた。ここが山の上のようだ。なだらかな稜線が左右に続いている。三人はきょろきょろと見回す。
「あ、あれ!」
 アツコが下の方を指差した。山を下りた辺りが開けていて、掘っ立て小屋が大小幾つも並んでいる。煙が立ち上っている小屋もあった。この離れたとこらから見ても厳つい男たちの集団が、小屋の外でわあわあと騒いでいる。
「あそこが山賊のアジトね……」
 つぶやく逸子の全身からオーラが揺らめき立つ。アツコもオーラを揺らめかせ出した。
「行くわよ、アツコ!」
「ふん、言われなくても行くわよ!」
 駈け出そうとする二人の前にタロウがすっと出て、両手を広げた。
「ちょっと待って!」


つづく

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