印旛沼陽一は営業畑一筋二十五年のベテランだが、趣味の手品のほうがはるかに上手でベテランだった。営業先で手品を披露し、そちらに熱が入りすぎて肝心の仕事の話を忘れてしまう事も度々で、吉田課長にしょっちゅう怒鳴られている。
しかし、そんなことには全く頓着せず、新しいネタを仕込むとコーイチを最初の客にして披露する。コーイチは目を輝かせて「すごい、すごい」と驚く。すると印旛沼は「君のその単純明快な呆れるほどに素直な性格は、近来稀に見る希少価値だよ。ふわっ、ふわっ、ふわっ」と、褒めているのか馬鹿にしているのか分からないことを言う。
そうか、このノートは印旛沼さんの手品道具かもしれないぞ。こんな妙ちきりんな物、よく考えたら他に考えようがないじゃないか。
「散々心配させてくれたな! でも、これはすごい手品だな。どんな風になってるんだろうな」
コーイチは笑いながら、ノートの表紙を親指と人差し指とで摘み上げ左右に振った。
するとノートがパタンと勢い良く閉じ、コーイチの親指をもの凄い力で挟んでしまった。
「いてててて! なんだ、ノートのくせに噛み付いてきたぞ!」
コーイチはあわてて挟まれた方の手を振って振り落とそうとしたが、びくともせず、かえって余計強く挟みつけてきた。
「いったいどんな仕掛けになってんだ!」
コーイチは必死になって反対の手でノートを引き離そうと力任せに引っ張った。
「うぎぎぎぎぎぎ……」
そして、何とかノートを引き離し、床に叩きつけた。挟まれた親指をさすりながらノートを睨みつける。ノートは何事もなかったように閉じている。
「こりゃあ、印旛沼さんのじゃあ無さそうだな……」
じゃあ、やはり清水さんか林谷さんか。でも、秘密兵器は噛み付きはしないか。となると、やはり清水さん系の物か……
突然、ノートの表紙がばっと開いた。コーイチはとっさに親指を隠す。表紙が閉じる。隠した親指をゆっくりと晒す。また開く。とっさに隠す。また閉じる。ゆっくり晒す。また開く…… ノートとコーイチの遣り取りが続く。
「なんなんだよう!」
コーイチは恐ろしくなって部屋から逃げ出そうとした。だが、外に出ようとするとノートをまたぎ越して玄関まで行かなければならない。とてもそんなことは出来ない。またぎ越そうものなら今度はどこを挟まれてしまうか、想像するのも恐ろしい……
コーイチは布団を頭から被った。
「コーイチはいません! コーイチは布団です!」
コーイチはノートに聞こえるように叫んだ。
つづく
しかし、そんなことには全く頓着せず、新しいネタを仕込むとコーイチを最初の客にして披露する。コーイチは目を輝かせて「すごい、すごい」と驚く。すると印旛沼は「君のその単純明快な呆れるほどに素直な性格は、近来稀に見る希少価値だよ。ふわっ、ふわっ、ふわっ」と、褒めているのか馬鹿にしているのか分からないことを言う。
そうか、このノートは印旛沼さんの手品道具かもしれないぞ。こんな妙ちきりんな物、よく考えたら他に考えようがないじゃないか。
「散々心配させてくれたな! でも、これはすごい手品だな。どんな風になってるんだろうな」
コーイチは笑いながら、ノートの表紙を親指と人差し指とで摘み上げ左右に振った。
するとノートがパタンと勢い良く閉じ、コーイチの親指をもの凄い力で挟んでしまった。
「いてててて! なんだ、ノートのくせに噛み付いてきたぞ!」
コーイチはあわてて挟まれた方の手を振って振り落とそうとしたが、びくともせず、かえって余計強く挟みつけてきた。
「いったいどんな仕掛けになってんだ!」
コーイチは必死になって反対の手でノートを引き離そうと力任せに引っ張った。
「うぎぎぎぎぎぎ……」
そして、何とかノートを引き離し、床に叩きつけた。挟まれた親指をさすりながらノートを睨みつける。ノートは何事もなかったように閉じている。
「こりゃあ、印旛沼さんのじゃあ無さそうだな……」
じゃあ、やはり清水さんか林谷さんか。でも、秘密兵器は噛み付きはしないか。となると、やはり清水さん系の物か……
突然、ノートの表紙がばっと開いた。コーイチはとっさに親指を隠す。表紙が閉じる。隠した親指をゆっくりと晒す。また開く。とっさに隠す。また閉じる。ゆっくり晒す。また開く…… ノートとコーイチの遣り取りが続く。
「なんなんだよう!」
コーイチは恐ろしくなって部屋から逃げ出そうとした。だが、外に出ようとするとノートをまたぎ越して玄関まで行かなければならない。とてもそんなことは出来ない。またぎ越そうものなら今度はどこを挟まれてしまうか、想像するのも恐ろしい……
コーイチは布団を頭から被った。
「コーイチはいません! コーイチは布団です!」
コーイチはノートに聞こえるように叫んだ。
つづく
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