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コーイチ物語 「秘密のノート」 8

2022年08月24日 | コーイチ物語 1 1) 黒皮表紙のノート 
 ちょっと待った! コーイチはシャープペンをノートから離し、横に置いた。
「吉田課長」と書いて良いんだろうか。「人の名」と言うからには役職名はまずいかもしれない。やはりフルネームじゃないと「人の名」とは言わないな……
 コーイチは辺りを見回した。玄関脇に一メートル近く積み上げている、読み終わった雑誌や新聞の束を見た。確かあの一番下に在ったはずだ。にじり寄って、束の一番下へ手を差し入れる。目当てのものを掴むと、ゆっくり引っ張り出そうとした。が、束の塔が前後に揺れ始めた。あわてて手を止める。しかし間に合わなかった。どさどさどさっと束の塔が音を立てて、コーイチの頭めがけて崩れ落ちた。
「いやいやいやいや、まいったなあ」
 ぶつかった時に偶然開いた雑誌を手ぬぐいのように頭にのせ、散らかった新聞雑誌を見ながら、苦笑いを浮かべ誰に言うわけでもなく言った。それでも目当てのものはしっかりと手に持っていた。今年度の会社の社員名簿だった。全社員の所属や役職名が記載されている。それもフルネームで……
 コーイチはさっそくページを繰り、営業四課を探した。見つけた途端に笑ってしまった。 
「営業四課課長 吉田吉吉(よしだ・よしきち)」
 「吉吉」とは課長の親もずいぶん思い切った名前を付けたものだ。課長の屈折した少年時代がしのばれた。コーイチはにやにやしながらシャープペンを拾い、ノートに近づけた。
 ちょっと待った! コーイチはシャープペンをノートから離し、横に置いた。
 万が一このノートが、清水さんか林谷さんかどちらかのものだったら、課長の名を書いて残すのは如何なものか。コーイチは清水と林谷の話を思い出し、ぶるっと身震いをした。
 でも、書いてみたい……
 そうだ。誰の名前を書いたのかわからないくらい薄く書けばいいんじゃないかな。薄ければ、ちょいと転ぶくらいですむだろう。薄ければ、読み取りエラーになって暗殺者名簿には載らないだろう。きっとそうだ、そうに決まった。
 コーイチはシャープペンを取り上げ、ノートに近づけた。芯の先端が触れるか触れないかくらいにして「吉田吉吉」と書いた。と言うよりシャープペンを動かした。
 シャープペンをノートから離す。線が所々に見えている程度で、何を書いたのかは全く解らない。
 課長の名をこの妙なノートに書いたのは事実なのだから、しっかりと書けなかったのは不満だが良しとしよう。それに、後になって揉めたりするのは願い下げだから、これでいいのだ。コーイチはノートを見ながら自分に言い聞かせていた。
 突然、
「うわあっ! うわあっ!! うわあっ!!!」
 ノートを見ていたコーイチが、悲鳴を上げた。

        つづく

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