西川行則はコーイチより十歳年上だ。精悍な顔立ちで、いつもパリッとしたスーツを着込み、背筋をしゃんと伸ばし、カツカツと靴音高く大股で闊歩する。真面目が服を着ていると言われるくらいに冗談が嫌いだった。
ある時「もし明日死ぬとしたら何を食べたいか」というふざけた話をしていると「明日死ぬのなら食べるという生存行為は無駄だ。僕なら食べない」と言い放った。
またその颯爽とした姿故に、吉田課長と一緒に得意先を回ると必ず相手は名刺をまず西川に渡して「これはこれは課長様じきじきのお越しとは、いやはやありがたいことで」などと言う。そのたびに西川は「私は課長ではありません」と真面目な顔で答える。相手は気まずそうな顔をするが、誰がどう見ても西川の方が格上に見える。こんな事が続いて、ついに吉田課長は西川を連れ歩く事をやめてしまった。
真面目だし頼りになる先輩だ、コーイチはまた一人で頷いた。でも待てよ…… コーイチはある出来事を思い出した。
一度西川がコーイチのアパートに来た事があった。コーイチがドアを開けた途端に西川が「なんだこれは!」と叫んだ。部屋の汚さを指摘されたのだ。コーイチはすぐに部屋の外に立たされた。西川が掃除を始めたのだ。時々ドアを開けてはどこそこ社の台所洗剤を買って来いだの、なんとか社製のトイレ用ブラシを買って来いだのと買い物に走らされた。どれもこれもびっくりするような値段だった。確かにとてつもなく綺麗になった。しかし、かかった費用は全部コーイチ持ちだった。……あの月は結構厳しかったなぁ……
西川は綺麗好きだった。ただ度が過ぎている。噂では毎日大掃除をしているとか、下着をたたむのに定規を使っているとか…… あれだけの人なのに女性が言い寄らないのはそのせいだろうな、並の女性じゃ太刀打ちできないだろうし。
コーイチはふと掃除の後の一言を思い出した。西川はコーイチの肩に手を乗せて「いいか、この状態をキッチリと維持するんだぞ。汚い環境はその住人の心もからだも汚くしてしまうのだからな!」と強く言っていた。
ノートの話をしたら、当然アパートに来るよな。ドアを開けるよな。当然「なんだこれは!」となるよな。きっとまた大掃除が始まるよな。そうなれば話どころじゃなくなるよな……
コーイチは悲しそうに頭を左右に振った。
つづく
ある時「もし明日死ぬとしたら何を食べたいか」というふざけた話をしていると「明日死ぬのなら食べるという生存行為は無駄だ。僕なら食べない」と言い放った。
またその颯爽とした姿故に、吉田課長と一緒に得意先を回ると必ず相手は名刺をまず西川に渡して「これはこれは課長様じきじきのお越しとは、いやはやありがたいことで」などと言う。そのたびに西川は「私は課長ではありません」と真面目な顔で答える。相手は気まずそうな顔をするが、誰がどう見ても西川の方が格上に見える。こんな事が続いて、ついに吉田課長は西川を連れ歩く事をやめてしまった。
真面目だし頼りになる先輩だ、コーイチはまた一人で頷いた。でも待てよ…… コーイチはある出来事を思い出した。
一度西川がコーイチのアパートに来た事があった。コーイチがドアを開けた途端に西川が「なんだこれは!」と叫んだ。部屋の汚さを指摘されたのだ。コーイチはすぐに部屋の外に立たされた。西川が掃除を始めたのだ。時々ドアを開けてはどこそこ社の台所洗剤を買って来いだの、なんとか社製のトイレ用ブラシを買って来いだのと買い物に走らされた。どれもこれもびっくりするような値段だった。確かにとてつもなく綺麗になった。しかし、かかった費用は全部コーイチ持ちだった。……あの月は結構厳しかったなぁ……
西川は綺麗好きだった。ただ度が過ぎている。噂では毎日大掃除をしているとか、下着をたたむのに定規を使っているとか…… あれだけの人なのに女性が言い寄らないのはそのせいだろうな、並の女性じゃ太刀打ちできないだろうし。
コーイチはふと掃除の後の一言を思い出した。西川はコーイチの肩に手を乗せて「いいか、この状態をキッチリと維持するんだぞ。汚い環境はその住人の心もからだも汚くしてしまうのだからな!」と強く言っていた。
ノートの話をしたら、当然アパートに来るよな。ドアを開けるよな。当然「なんだこれは!」となるよな。きっとまた大掃除が始まるよな。そうなれば話どころじゃなくなるよな……
コーイチは悲しそうに頭を左右に振った。
つづく
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