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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 171

2020年10月30日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「それでは、話をさせてもらおうか……」
「イヤだね、聞きたくない」ケーイチは即答する。「オレはお前さんの話は聞かないよ」
「この話はケーイチ博士にも興味があると思うがな」
「どうせ、お前さんのようなヤツの考える事は分かっているよ」ケーイチはつまらなさそうな表情をする。「時間を思うように扱いたいって言うんだろう?」
「そこまで分かっているのなら、何も言う事はない」
「じゃあ、オレはそんな事に協力しないって言うのも分かるだろう? どこかへ行ってくれ」
「歴史とは何だと思う? ケーイチ博士?」声は静かに語りだす。「歴史は人間の失敗と後悔の積み重ねでしかない。多くの連中は、あの時こうしておけば良かったと思っている。個々のレベルでそう思うならば、大きな歴史の流れであれば尚更だ。人間は実に多くの失敗を繰り返して来た。博士も知っているだろう? 戦争がそうだ。環境破壊がそうだ。もちろん他にもあるだろう。それと共に後悔もある。あの時の判断、あの時の行動。小さな出来事が歴史の歯車を違う方向へと動かしてしまったことの何と多い事か…… それらが無ければ、もっと良い進歩が出来たのではないか? ……そうは思わないか?」
 ケーイチは答えない。じっと光を見ている。
「……幸いにしてタイムマシンが出来た」声が続ける。「確かに、パラレルワールドを生み出すだけかもしれない。しかし、それだからこそ、理想の歴史を作りたいとは思わないか? 今、こうして我々が出会っているこの世界の歴史だけでも、理想の歴史としたい。苦しみの無い世界だよ」
「ふむ……」ケーイチは腕組みをして考え込む。「……パラレルワールドの一つとしての理想の歴史世界と言うのなら、それはそれで面白い……」
「そう言ってくれると思っていたよ」
「だがな、その逆に悲惨な歴史を辿っている世界もあるだろう。そこにも、オレが居て、お前さんの居るだろう」
「それはそうだな。そうであるからこそ、一つでも理想の歴史世界を作るのは問題はないだろう?」
「それが問題なんだよ!」ケーイチは急に語気を強めた。「良く考えてみろよ。幾つも幾つも、それぞれ違う歴史が並んで存在するって、変な話だとは思わないかい?」
「そう言うものだろう? そんな世界を作り出したのは、他でもない、ケーイチ博士とトキタニ博士だ」
「そう! まさにそうなんだよ!」ケーイチは一歩前に出る。「オレもトキタニ博士も、最初はそうなるなんて思っていなかった。だが、結果として、タイムマシンはパラレルワールド製造機になってしまった。トキタニ博士はこの事に注目しなかった。いや、気が付かなかった。何故なら、トキタニ博士は純粋にタイムマシンを作りたかったからだ。オレもそうだった。タイムマシンが出来さえすれば、それで満足だったんだ」
 ケーイチの饒舌に気圧され、声の方が黙ってしまった。
「オレは思ったよ」ケーイチは続ける。「オレの時代じゃ、タイムマシンを作る道具も装置も無い。タイムマシンを作れる環境に行きたいって、いつも思っていた。でも、そんな環境に行けたとしたら、それはすでにタイムマシンが存在している事になる。大いなる矛盾だ」
「……何が言いたいのだ?」声にいらいらした色が濃くなって来た。「博士、あなたは話が下手だな。要点が見えない……」
「まあ、聞きな……」ケーイチは平気な顔で続ける。「オレは偶然、混線してきたトキタニ博士の電話に出て、博士の悩みを聞いた。タイムマシンの話だったから、オレは乗り乗りで応対した。しかし、早とちりをした博士はオレの最後まで話を聞かなかった。そんな状態で博士はタイムマシンを作った。だから、パラレルワールドを生じるようなタイムマシンになったと思った。話だと、企業が博士を買収してタイムマシンが大量生産された。タイムマシンの数だけ世界が増えることになった」
「今更、教えてもらう必要は無い。誰もが知っている事だよ。そして、タイムマシンは娯楽の一つになっている」
「それが変なんだよ。タイムマシンはおもちゃじゃない。しかし、パラレルワールドのせいで娯楽になってしまった。トキタニ博士がある数値を間違えたからだ。オレの話を最後まで聞かなかったからだ」
「ますます要点が分からないな」
「オレはここで研究を続けた。そして分かった事がある。それは、オレがトキタニ博士に伝えようとした数値を使っても、やっぱりパラレルワールドを作ると言う事だ。何度検証してもそれは変わらなかった」
「それで話は終わりかな?」声はうんざりしている。「生産性の無い話は疲れるのだが……」
「言いたい事はな、パラレルワールドを生み出すタイムマシンは偽物だってことだよ……」ケーイチは言うと、大きくため息をついた。「だがな、オレにはどうしようもない。タイムマシンはパラレルワールドしか作らないとあきらめたよ。やっぱりな、って感じさ」
 そこまで言うと、ケーイチは黙ってしまった。
「話は終わりかな?」声は言う。ケーイチは面倒くさそうにうなずく。「……なら、わたしの話を続けよう。……わたしが博士に頼みたいのは、理想の歴史を他のパラレルワールドにも反映させることが出来ないかと言う点だ」
「ほう……」ケーイチは感心したようにうなる。「それが出来れば、悲惨な歴史世界は無くなる事になるな。……まあ、出来ない話ではないな」
「それは心強い」声が快活になる。「では、話を進めよう……」


つづく

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