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霊感少女 さとみ 2  学校七不思議の怪  第五章 駈け回る体育館の怪 33

2022年04月10日 | 霊感少女 さとみ 2 第五章 駈け回る体育館の怪
 後の事はお任せくだせぇ、豆蔵がどんと胸を叩いて請け負ってくれ、皆もうなずいてくれたので、さとみは霊体を生身に戻した。
 途端に全身が重く感じた。さとみは、持った事はなかったが、鉛のような重さとは、この事を言うんだろうなと思った。
 午後の授業の最中だったが、起きていられなかった。机にうっ伏してしまった。左頬を開いたノートの上に乗せ、半開きにした口から、ちょっと大きめのいびきが漏れた。
「綾部! いびき!」
 教壇から数学の高島先生が怒鳴る。生徒たちはくすくすと笑っている。しかし、さとみは反応しない。麗子がいれば、さとみを叩き起こしてくれるだろうが、今日は休んでいる(ズル休みだ)。
 高島先生は教壇から下りた。もうそろそろ退官が近いおじいちゃん先生だが、剣道部の顧問をやっているので、身のこなしは軽やかだ。すたすたとさとみの傍まで来る。さとみは気がついていない。いびきは何時しか、すうすうと言う穏やかな寝息に変わっていた。高島先生はじっとさとみを見つめている。
「……よっぽど疲れているようだな……」高島先生はさとみの寝顔を見ながらつぶやく。「単に授業がつまらなくて寝ているのではなさそうだ……」
 回りの生徒はざわざわとどよめく。
 高島先生の授業で寝ているのが見つかると、寝ている生徒の机を問答無用で力いっぱい叩いて、文字通り叩き起こすからだ。そして、放課後に数学準備室に呼ばれて『鬼の百問』と言われて恐れられている、先生の作った計算問題百問を、全問正解するまでやらされる。過去には泊りになった生徒もいたとの伝説もある。
 高島先生はそのまま教壇に向いた。武道を嗜む者として、さとみの様子にただならぬものを感じたようだった。
「……先生」男子生徒の一人が手を上げて言う。「綾部、そのままにしておくんですか?」
「ダメか?」
 先生は手を上げている生徒を見る。眼光が鋭い。
「いや、……だって、先生は寝ているヤツを見ると、その……」
 男子生徒は、高島先生の眼光に押され、次第に萎縮して行く。
「ほう……」高島先生はにやりと笑う。笑ったのは口元だけで、目は笑っていない。「じゃあ、君が綾部の代わりに、君たちの言う『鬼の百問』を受けるかね?」
「いやいやいやいやいや!」
 男子生徒は叫びながら、残像が見えるほどに激しく首を左右に振り続けた。その様が可笑しかったので、クラス中が笑った。
「……んむぁ……」
 さとみが変な声を出しながら顔を上げた。さすがにクラス中の笑い声では起きてしまう。まだ開き切らない、とろんとした目で教室を見回している。さとみの様子に、皆の笑い声が止んだ。不意に静かになったので、さとみは再び机に伏した。その際におでこを打ち付け、大きな音を立てた。女生徒に数人がその音に驚いて小さな悲鳴を上げた。しかし、さとみはそのまますうすうと寝入ってしまった。

 さとみが目を覚ましたのは、アイに肩を揺すられた時だった。アイの横には朱音としのぶが立っている。
「……んむぁ……」
 さとみはまた変な声を出して顔を上げた。
「会長、やっとお目覚めで」アイがほっとしたような顔をする。「起きてくれるまで、ずいぶんと掛かりましたよ」
「……ああ、アイ……」さとみはもごもごと何度か口を動かして、やっと発音した。「どうしたの……?」
「どうしたじゃありませんよ、会長」朱音が割って入って、ぐっと顔をさとみに寄せる。「もう放課後です。いつものように来てみたら、会長、寝ているんだもの、びっくりしました」
「クラスの方に訊いたら」しのぶもぐっと顔を寄せてくる。「午後の授業中お休みだったそうじゃありませんか」
「え? そうなの?」さとみはまだ寝呆けているようだ。「どうして誰も起こしてくれなかったのかしら……」
「クラスの方のお話だと」しのぶが言う。「あまりにも疲れ切った様子で寝ているから、そっとしておかれたんだそうです」
「そう……」さとみは言うと、大きなあくびをした。「実はね、例の体育館の出来事、解決できたのよね」
「ええっ!」しのぶが『心霊モード』に入った。「解決したんですか! さすが会長ですね! じゃあ、色々と詳しく!」
「ええ、そうね……」
「おい、しのぶ」アイが言う。「どこをどう見ても、会長はお疲れだ。今日はこのまま解散して、会長が元気になったら話を聞かせてもらおうじゃないか。松原先生と百合恵さんも交えて」
「それが良いですね」朱音もうなずく。「その時は、どこかのファミレスで食事会をしながら聞きたいですぅ」
「そりゃ良いや」アイが笑う。「費用は松原先生持ちでな」
「そうしましょう!」朱音が手を叩く。「それまでには、会長のおでこのたんこぶも直ると思いますから」
「はあ?」さとみは言って自分のおでこを触る。真ん中あたりがぷっくらとしている。「……いつの間に?」
「まあ、とにかく、今日は帰りましょうや」
 アイの言葉でさとみは帰宅準備を始めた。まだからだが重いわ。さとみは思った。  

つづく

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