夕暮れの近い公園には、地面に座り込んでカードゲームに興じている小学生のグループ、ベンチに座ってなにやら楽しげに会話している制服姿の高校生カップル、端の草むらに寝転んでいるすっかり人生を諦めてしまったような身なりのおじさん、それぞれが他に干渉せずにそこにいる。
しかし、さとみには他にも見えている。
公園の真ん中の大木の根元に蹲っているボロボロの着物を着た老人、鉄棒の上をふわふわと漂っている白装束の三人男、その他、乱れ髪をそのままにゴザを持つ着物の女性、血まみれの抜き身の刀をぶら下げたちょんまげ侍、膝を曲げずにカツカツと軍靴の音も高らかに闊歩する軍服姿の若い男、高校生カップルを恨めしそうにそばでじっと見ている手と手を取り合った濡れそぼった男女、・・・いわゆる霊の集団だ。霊たちも他に干渉せずに漂っている。
さとみは足早に公園の真ん中の大木に近づく。そして、その前にしゃがみ込む。
根元に蹲っているボロボロの着物を着た老人に話そうと言うのだ。
大きく深呼吸をし目を閉じる。精神を統一しているのだ。やがて、時来たりと言った感じで目を喝と開く。
「ねえねえねえねえ! おじいちゃん! ちょと聞きたい事があるんだけど!」
さとみはニコニコして、はしゃいだ声を出す。
傍からは、じっと根元を見つめているようにしか見えない。
実際に霊と声を出して会話をするわけではない。住む次元の違う者同士なのだから、それは無理な話だ。だから、さとみの霊体が、さとみのからだを抜け出して会話をしている。
「・・・」老人は面倒臭そうに頭を上げる。年齢不肖な老人は、しわくちゃの口元をもごもごと動かし始めた。「・・・お前さんかい・・・ 相変わらず、わしたちの対しちゃあ、うるさいくらい元気じゃのう・・・」
「そう? わたし、おじいちゃん達と話しているほうが、ずっと楽だから」
「人に対してもそれができりゃあ、いつも一緒の娘よりもモテモテになるんじゃがのう・・・」
「人って嘘や保身ばっかりで嫌いなの」
「お前さんも、人だろうが・・・」
「そんな事はどうでもいいの! それよりも、ここの自縛霊として何百年の権吉じいちゃんに、聞かせて欲しい事があるんだけどな」
「ほう・・・」権吉老人は目を細めた。「わしはここいらの出来事は何でも知っておる。教える事にやぶさかではないが、しかし・・・」
「しかし何よ?」
「お前さんの頼む態度が気に食わん」権吉は唇をとがらせた。「確かにわしは地縛霊としてずっとここにおる。お前さんよりもはるか昔から。お前さんのひい爺さん、いや、ひいひい爺さん、いやいやそれよりずっと前のひいひいひいひい……」
「もうっ!」さとみはしびれを切らす。「何が言いたいのよう!」
「お前さんは、目上の者に対して敬意が足りん」
「……それは、失礼しました」さとみは素直に謝った。「だって、おじいちゃん、とっても気さくだから」
「それに、だ」権吉はさらに唇をとがらせる。「ついでに誠意も足りんのう……」
「誠意?」
「そうじゃ。人にものを頼むときは(「おじいちゃん、霊体じゃないのよう!」さとみは文句を言ったが、権吉は知らん顔をした)、なにがしかの誠意を示すもんじゃろうが」
「ああ!」さとみは自分のおでこをぴしゃぴしゃ叩いた。「つまり、なんかくれ、ってことね」
「そう露骨に言うもんじゃなかろうが!」
「……で? 何がほしいのよ?」
権吉は口元をゆがめた。笑っているらしい。権吉はさとみの制服を指さす。さとみは首を傾げてみせる。
「なんだか分かんないわ。はっきり言ってよ!」さとみも唇をとがらせる。「この制服がどうかしたの?」
「わしの姿を見てみろ」権吉は細い腕を広げた。ボロボロの着物から、肋骨の浮いた胸がさらけ出される。「死んだときの格好のまま、何の楽しみもなく、ここでこうしているのじゃ。ただ年月を重ね、しまいにゃ、お前さんみたいな、生意気な小娘を相手にせにゃならん。どうだ、気の毒だとは思わんか?」
「そう言われればそうね」さとみは答える。しかし、次第に苛立たしさが声に出てくる。「で? 何が言いたいわけ?」
「……わしを楽しませてくれんと、わしは答えられんのう……」
「楽しい事って?」
「そうじゃな、なんと言ったかのう……」権吉はゴクリと喉を鳴らす。「チラ? そうじゃ、パンチラをしてみせるのじゃあ!」
「馬っ鹿な事と言わないでよう!」
さとみは真っ赤になって叫んだ。
浮世でさえ、そんな真似をしないのに、どうして霊体に、それも、何百年も自縛霊をやっているじいさんに、サービスしなければならないのか。
「それにさあ・・・」さとみは公園の反対側の出入り口を指し示す。「あそこにもの凄い恰好をした人がいるじゃない」
指し示したところに、ピンクのブラジャーとパンティと言う下着姿で、あたりをきょろきょろ見回している若い女の霊がいた。
つづく
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しかし、さとみには他にも見えている。
公園の真ん中の大木の根元に蹲っているボロボロの着物を着た老人、鉄棒の上をふわふわと漂っている白装束の三人男、その他、乱れ髪をそのままにゴザを持つ着物の女性、血まみれの抜き身の刀をぶら下げたちょんまげ侍、膝を曲げずにカツカツと軍靴の音も高らかに闊歩する軍服姿の若い男、高校生カップルを恨めしそうにそばでじっと見ている手と手を取り合った濡れそぼった男女、・・・いわゆる霊の集団だ。霊たちも他に干渉せずに漂っている。
さとみは足早に公園の真ん中の大木に近づく。そして、その前にしゃがみ込む。
根元に蹲っているボロボロの着物を着た老人に話そうと言うのだ。
大きく深呼吸をし目を閉じる。精神を統一しているのだ。やがて、時来たりと言った感じで目を喝と開く。
「ねえねえねえねえ! おじいちゃん! ちょと聞きたい事があるんだけど!」
さとみはニコニコして、はしゃいだ声を出す。
傍からは、じっと根元を見つめているようにしか見えない。
実際に霊と声を出して会話をするわけではない。住む次元の違う者同士なのだから、それは無理な話だ。だから、さとみの霊体が、さとみのからだを抜け出して会話をしている。
「・・・」老人は面倒臭そうに頭を上げる。年齢不肖な老人は、しわくちゃの口元をもごもごと動かし始めた。「・・・お前さんかい・・・ 相変わらず、わしたちの対しちゃあ、うるさいくらい元気じゃのう・・・」
「そう? わたし、おじいちゃん達と話しているほうが、ずっと楽だから」
「人に対してもそれができりゃあ、いつも一緒の娘よりもモテモテになるんじゃがのう・・・」
「人って嘘や保身ばっかりで嫌いなの」
「お前さんも、人だろうが・・・」
「そんな事はどうでもいいの! それよりも、ここの自縛霊として何百年の権吉じいちゃんに、聞かせて欲しい事があるんだけどな」
「ほう・・・」権吉老人は目を細めた。「わしはここいらの出来事は何でも知っておる。教える事にやぶさかではないが、しかし・・・」
「しかし何よ?」
「お前さんの頼む態度が気に食わん」権吉は唇をとがらせた。「確かにわしは地縛霊としてずっとここにおる。お前さんよりもはるか昔から。お前さんのひい爺さん、いや、ひいひい爺さん、いやいやそれよりずっと前のひいひいひいひい……」
「もうっ!」さとみはしびれを切らす。「何が言いたいのよう!」
「お前さんは、目上の者に対して敬意が足りん」
「……それは、失礼しました」さとみは素直に謝った。「だって、おじいちゃん、とっても気さくだから」
「それに、だ」権吉はさらに唇をとがらせる。「ついでに誠意も足りんのう……」
「誠意?」
「そうじゃ。人にものを頼むときは(「おじいちゃん、霊体じゃないのよう!」さとみは文句を言ったが、権吉は知らん顔をした)、なにがしかの誠意を示すもんじゃろうが」
「ああ!」さとみは自分のおでこをぴしゃぴしゃ叩いた。「つまり、なんかくれ、ってことね」
「そう露骨に言うもんじゃなかろうが!」
「……で? 何がほしいのよ?」
権吉は口元をゆがめた。笑っているらしい。権吉はさとみの制服を指さす。さとみは首を傾げてみせる。
「なんだか分かんないわ。はっきり言ってよ!」さとみも唇をとがらせる。「この制服がどうかしたの?」
「わしの姿を見てみろ」権吉は細い腕を広げた。ボロボロの着物から、肋骨の浮いた胸がさらけ出される。「死んだときの格好のまま、何の楽しみもなく、ここでこうしているのじゃ。ただ年月を重ね、しまいにゃ、お前さんみたいな、生意気な小娘を相手にせにゃならん。どうだ、気の毒だとは思わんか?」
「そう言われればそうね」さとみは答える。しかし、次第に苛立たしさが声に出てくる。「で? 何が言いたいわけ?」
「……わしを楽しませてくれんと、わしは答えられんのう……」
「楽しい事って?」
「そうじゃな、なんと言ったかのう……」権吉はゴクリと喉を鳴らす。「チラ? そうじゃ、パンチラをしてみせるのじゃあ!」
「馬っ鹿な事と言わないでよう!」
さとみは真っ赤になって叫んだ。
浮世でさえ、そんな真似をしないのに、どうして霊体に、それも、何百年も自縛霊をやっているじいさんに、サービスしなければならないのか。
「それにさあ・・・」さとみは公園の反対側の出入り口を指し示す。「あそこにもの凄い恰好をした人がいるじゃない」
指し示したところに、ピンクのブラジャーとパンティと言う下着姿で、あたりをきょろきょろ見回している若い女の霊がいた。
つづく
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