お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシル、ボディガードになる 104

2021年05月02日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 ジェシルはエレベーターで八階に向かう。試合用のユニホームでは何も出来ないから着替えるつもりだった。八階でエレベーターが停まる。ドアが開く。唸り声や泣き声が漏れ聞こえてくる通路を歩いていると、緑のタンクトップに迷彩柄のズボンのケレスと、赤いタンクトップに迷彩柄のズボンのミルカが、大きなバッグを手にぶら下げて、ケレスの部屋から出てきたのを見た。ジェシルを含め、三人とも同時に「え?」と、驚きの声を上げた。
「あの……」ジェシルが目を見開いた顔で言う。「……二人とも、どうしたの?」
「何を言っているのよ、それはこっちのセリフよ」ミルカが言う。「あなたこそ、何をしているのよ?」
「な、ミルカ、言った通りだろう?」ケレスが言う。「わたしの締め上げが効いていなかったってさ」
「ねえ、ジェシル。ケレスの言っている事って本当なの?」ミルカは言って、じろじろとジェシルを見た。「……でも、その様子じゃ、ケレスの言っている事は本当のようねぇ……」
「まあ、ね……」ジェシルは苦笑しながら答える。「ちょっと、色々とあるのよね」
「ほうら、ケレス、わたしが言った通りよ!」今度はミルカがケレスに言う。「これから、宇宙パトロールの極秘任務が遂行されるのよ!」
「……そうなのか?」ケレスは、はしゃぐミルカとは対照的な真剣な顔でジェシルを見る。「そのために、わたしにわざと負けたのか?」
「やれやれ……」ジェシルは溜め息をつく。「ええ、そうよ。詳しくは言えないけど、そんな所よ。……それで、あなたたちは?」
「わたしは失格した」ケレスは事も無げに言う。「だから、ここに居ても仕方がないので、帰るのさ」
「わたしは……」ミルカは言いかけて、にやりと笑う。「勝者は会場に居なければならないんだけど、こんな所に来ちゃったわ。だから、自主失格って所かな?」
 二人は笑う。ジェシルはどう反応して良いのか分からず、二人を見ていた。
「……ジェシル」ケレスがふと真顔になる。「あなたが何をやらかすのか見届けたいと思ったけど、邪魔になるのがイヤでね。それもあって撤収するのさ」
「あら、ケレス、撤収だなんて、戦場じゃないわよ」ミルカがからかうように言う。「でも、それは言えるわね。……あの時も言ったけど、あなたって一匹狼でしょ? だったら、あなたの思うように、存分にやった方が良いと思うのよね」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」ジェシルは困惑の表情だ。「大会は良いの?」
「気にするな」ケレスが言う。「ミルカとも話したんだが、もう大会自体に飽きちまってさ、ちょうど潮時だよ」
「そうそう」ミルカはうなずく。「以前ほど強い連中が出場しなくなっちゃったからね。……まあ、全宇宙の男たちには悪いけどね」
「でも、ジェシルのお宝映像があるんだから、問題は無いだろう?」ケレスがふざけた口調で言う。「きっと、ジェシルの部分だけ編集したものが作られて、全宇宙を駆け巡るだろうさ」
 二人はまた笑う。ジェシルは苦笑する。
「ジェシル……」ケレスが真顔になって言う。「何をするつもりか知らないが、しっかりやる事だな」
「そうね」ミルカはうなずく。「三階の外階段から出てきた事、あれが関係しているとは思うけど、頑張ってね」
「何よ、手伝おうって気持ちは欠片も無いわけ?」ジェシルが口を尖らせる。「たしかに、わたしは一匹狼だけど、それでも助けが必要になるかもしれないわ」
「あら、わたしもケレスも一匹狼よ」ミルカが言って笑む。「一匹狼の群れなんて、訳が分からないじゃない?」
「でもさ」ジェシルは言う。「結構楽しい事になると思うけどなぁ」
「楽しいんなら、尚の事、一人でおやりなさいな」ミルカは言う。「わたしたちは、どこかの戦場で楽しむわ」
「そう言う事さ」ケレスが言う。「……それにな、わたしたち傭兵は、無料サービスはしないんだよ」
「そう……」ジェシルは笑む。「分かったわ。じゃあ、ここでお別れね。……ケレス、あなたって、筋肉質なのに胸は柔らかだったわね」
「ははは! 胸は女の命だからな!」
 ケレスとミルカはエレベーターへ向かう。ジェシルは一番奥の自分の部屋へと向かう。互いに振り返らなかった。
 と、ジェシルの背後で「え?」と言う驚きの声が上がった。あの声はノラだ。ジェシルが振り返る。
 ケレスとミルカの間を縫って、ノラが走って来る。泣いていた。ジェシルにしがみつくと、わあわあと声を上げて泣き出した。
「ジェシルさん! ああ、無事だったんですね! 良かった良かった……」ノラは泣き声の間から言った。「医療班の人たちに訊いたら、いつの間にか居なくなっていたって聞いて、それで、もしやって思って、来てみたんです……」
「ノラ……」ジェシルは言いながら、ノラの震えている背中を優しく撫でた。ノラの健気さが微笑ましかった。「心配かけたわね。……でもね、あなたとは、ここまでよ」
「え?」ノラは顔を上げる。涙でぐしょぐしょになった顔に驚きの表情が浮かんでいる。「……それって、どう言う事ですか?」
「ここからは、宇宙パトロールのジェシルなの」
「それって……」ノラは声を潜めた。「……やっぱり、極秘任務、ですか?」
「ええ、まあね……」ジェシルは立ち止まっているケレスとミルカを見た。「ねえ、ノラも連れて行ってくれないかしら?」
「それは構わないわよ」ミルカが答える。「……あなた、何か派手な事をやらかすつもり?」
「ちょっと考えているのよね」
「……分かったわ」ミルカは言うと、ノラの傍まで来る。「さあ、マネージャーちゃん、行きましょうか? ここからは大人の時間よ」
「ミルカ、頼んだわね」ジェシルの言葉にミルカはうなずく。ジェシルはノラに笑顔を向ける。「ノラ、いえ、エインドンマルシアーナビラントンヌール。楽しかったわよ」
 ノラは、ジェシルに本名で呼ばれた事、また、ジェシルが本名を覚えていてくれた事に感激し、瞳を潤ませた。
「あの!」背を向けるジェシルにノラが呼びかける。必死な声だった。「もう一度、ジェシルさんに会いたいです!」
「そう?」ジェシルはノラに振り返り、笑顔を見せる。「それなら、宇宙パトロールに入る事ね」


つづく

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ジェシル、ボディガードにな... | トップ | 番外編 ジェシル・アンの日々 »

コメントを投稿

ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)」カテゴリの最新記事