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コーイチ物語 「秘密のノート」 133

2022年09月25日 | コーイチ物語 1 15) 二人の京子 
「でもね」ブロウが優しい口調でコーイチに語りかけた。「この人たちとコーイチ君が決定的に違う点があるのよ」
 頭を両手で抱えオロオロしていたコーイチは動きを止め、ブロウを見た。そして、跳びつくようにして、その両肩をつかみ、激しく揺すぶった。
「その違いってのは、どう言うものなんだい? 悲しい結末を迎えなくても済むのかい?」
「まあまあ、落ち着いて、落ち着いて……」
 ブロウは笑顔を作りながら肘を曲げ、両肩をつかんでいるコーイチの両手首を軽く握った。
「いてててて……」
 コーイチは顔をしかめた。
「あら、ゴメンなさい」
 ブロウはぺろりと舌を出し、手を離した。……相変わらず力加減が出来ないんだな。赤くなってじんじんしている手首を見ながらコーイチは思った。……でも、可愛いから(年齢は敢えて不問に付して)許しちゃおう。
「二人で遊んでいないで、どう言う事かおっしゃいよ、ブロウ」
 シャンがじれったそうに口をはさんだ。
「えへん!」ブロウはわざとらしく咳払いをして話し始めた。「いわゆる、悲しい結末を迎えた人たちは、たまたま手に入れたペットノートに、最初から最後まで書き続けた人たちなの。でもね……」
「でも……?」
 コーイチがごくりと喉を鳴らして聞き返した。
「ペットノートとは言っても、ノートはノート。何も知らなければ『ちょっと変わった帳面』にしか見えないわ。だから、普通のノートとして、メモを書いたり、日記帳にしたり、絵を描いたりするわけね。書かれれば嬉しがるペットノートだけど、名前を書かれる嬉しさには程遠い……」
「じゃ、ページは埋まっても、名前じゃなければ満足はしていないって事か……」
「さすが、コーイチ君! その通りよ! やっぱり、わたしが惚れ込んだだけはあるわぁ!」
「ブロウ、のろけてないで、先を続けなさいよ!」
「ふん! お姉様のやきもち焼き!」
「何ですってぇ!」
「まあまあ」コーイチはあわてて割って入った。「ここはシャンさん(「ちゃんって読んで!」シャンが文句を言った)もブロウちゃん(「呼び捨てでいいのよ、そんな娘!」シャンが文句を言った)も、仲良く、仲良く……ね?」
 ブロウはシャンをにらみつけた。シャンはそっぽを向いた。
「……で」ブロウは続けた。「満足しなかったノートは、わざと最後のページに記名欄を作り出すの」
「そんな事が出来るんだ……」コーイチはスミ子をまじまじと見ながらつぶやいた。「やっぱり、魔法のノートだな。すごいと言うか、おそろしいと言うか……」
「やがて最後のページに辿り着く。そこには記名欄がある。魔力のせいもあって名前を書きたくなる。そして実際に書いてしまう。自分の名前ですもの、しっかりくっきりと…… ずっと溜まっていた不満のせいで赤く縁取られる。その後は……」
「悲しい結末!」
 シャンが楽しそうに言った。コーイチはまた両手で頭を抱えた。
「でも、コーイチ君の場合は、最初に書いたものは……」
「忘れもしない」コーイチは手を下ろして答えた。「吉田部長の名前だ」
「最後は……」
「ボ、ボクの……」コーイチはまた頭を抱えた。「ボクの名前だ!」
「つまり」ブロウは悩めるコーイチを心配そうに見つめながら言った。「スミ子は大好物の名前だけしか書かれていないのよ。コーイチ君の名前が赤く縁取られたのは、途中のページに何も書かなかったからよ。だから、飛ばした途中のページを名前で埋めて行けば……」
「スミ子、大満足って事ね!」
「そう言う事よ、お姉様! 全部名前で埋まるなんて、ペットノート冥利に尽きるわ。そうなれば、きっと私達の言う事を聞いてくれるわ。『赤から金に変えてちょうだい』って」
 ブロウはそう言うと、胸に抱えたスミ子を両手で高々と差し上げた。

       つづく

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