「スミ子に名前を書いたってぇ!」
ブロウが大きな声を出した。
「そうよ、記念にしようと思ってね」シャンが答える。ブロウは心配そうな表情だ。「……何よ、何か問題でもあるのかしら?」
「……それで、コーイチ君の名前、何色になったの?」
ブロウはシャンの質問には答えずに、そう訊いた。
「色? 色は赤だったわ」シャンがコーイチの顔を見る。コーイチは何度もうなずく。「ほら、コーイチ君も認めているわ」
「赤……、赤……」
ブロウは繰り返しながら、心配そうな眼差しをコーイチに向けた。……なんだ、なんだ、赤って、良くないのかぁ? コーイチの心にイヤな風が吹き始めた。
「お姉様!」ブロウは突然こわい顔をしてシャンの方に向き直った。「コーイチ君の名前、スミ子のどこに書いてもらったのよ?」
「何よ? そんなこわい顔して訊くような事なの?」
シャンはむすっとした顔でブロウを見る。
不意にブロウは心配そうな顔でコーイチを見た。コーイチは心配させまいと笑顔を作ってみたが、引きつったものにしかならなかった。
「スミ子のどこに書いてもらったのよ!」ブロウは再びこわい顔をしてシャンをにらんだ。シャンはむすっとした顔のまま答えない。ブロウは急に暗い表情になり、小声でつぶやいた。「まさか……」
「まさか……って」シャンも、ブロウにつられて、心配そうな表情になる。「どこだと思ってるわけ?」
「コーイチ君!」ブロウはシャンには答えず、必死な眼差しをコーイチに向け、必死な声で言った。「コーイチ君に答えた欲しいの!」
「は、はい……」
ブロウに圧倒されたコーイチは、布団の上に正座し直した。ブロウもコーイチの正面に正座した。
「……スミ子の機嫌がさっきからずっと良くないの(そうなんだ…… おとなしくブロウに抱きかかえられているスミ子を見てコーイチは思った)。……確か、最初のページには吉田って人の名前を書いたのよね」
「そう。〝みだりに人の名を記す事なかれ〟って書いてあって、逆に書いてみたくなってしまった……」
「とっても薄く書いたんでしょ?」
「そう。それでボクの名前を書くときに、シャンさん(「わたしもシャンちゃんって呼んで!」シャンが楽しそうに言った。ブロウがにらみつける)……シャンちゃんが、最初が薄かったから、最後はしっかりくっきり書こうって……」
「最後はって……」ブロウがおそるおそる言った。「最後はって、最後のページって事かしら?」
「最初のページと最後のページは特別なご馳走で、最初のページは薄くてスミ子は満足していないから、最後のページは豪勢なご馳走にするために、しっかりくっきり書こう、そうすればスミ子は大満足、金色に縁取られるのは間違いないって……」
「シャンお姉様がそう言ったのね?」
「そう…… 金色は何でも願いが叶うって……」
「そして、コーイチ君は最後のページに名前を書いた……」
「そう…… いつでも会えるようになるからって……」
「お姉様!」ブロウはほとんど泣き出しそうな顔でシャンを見上げた。「……本当なの?」
「そうよ」シャンは平然と答えた。「でも、金色の効果は間違ってはいないでしょう?」
「そうだけど……」大粒の涙がブロウの瞳を覆った。「他のページには何も書いてもらわなかったの?」
「そうよ。何か問題でもあったかしら?」
「大ありよ!」ブロウはそう叫ぶと顔を覆ってわっと泣き出した。「最後のページは…… 最後のページは……」
「ちょっと、ブロウ……」シャンはブロウの横に立膝になり、ブロウの震える肩を軽く優しく叩き続けた。「泣いてちゃ分かんないでしょう?」
「最後のページは……」ブロウは泣きじゃくりながら言った。「他のページ全てに書き込んでから書くものなのよ……」
「あら、そうだったの」シャンは驚いた顔になった。「……知らなかったわ」
「最後のページは最後のご馳走。もうこれでおしまいって事なのよ。だから、他のページが全部埋まってから書く所なのよ。それではじめて満足してくれるものなのよ……」
「そうしなかったら?」
「まだまだ書ける所があるのに、もうこれで最後ってなったわけだから、当然腹を立てるわ……」
「えっ!」
コーイチは驚いて叫ぶと立ち上がり、押入れまで後ずさった。ぶつかったふすまがゴトゴトと鳴る。
「じゃあ、じゃあ……」ブロウとスミ子を交互に見ながらコーイチは言った。「『赤』って言うのは、怒ったぞって意味なのかい?」
「ええ、そうなの……」ブロウは涙で濡れた顔をコーイチに向けた。「そして、『赤』は怒りが最も強い事を示しているの……」
ブロウはそう言うと、また激しく泣き出した。
つづく
ブロウが大きな声を出した。
「そうよ、記念にしようと思ってね」シャンが答える。ブロウは心配そうな表情だ。「……何よ、何か問題でもあるのかしら?」
「……それで、コーイチ君の名前、何色になったの?」
ブロウはシャンの質問には答えずに、そう訊いた。
「色? 色は赤だったわ」シャンがコーイチの顔を見る。コーイチは何度もうなずく。「ほら、コーイチ君も認めているわ」
「赤……、赤……」
ブロウは繰り返しながら、心配そうな眼差しをコーイチに向けた。……なんだ、なんだ、赤って、良くないのかぁ? コーイチの心にイヤな風が吹き始めた。
「お姉様!」ブロウは突然こわい顔をしてシャンの方に向き直った。「コーイチ君の名前、スミ子のどこに書いてもらったのよ?」
「何よ? そんなこわい顔して訊くような事なの?」
シャンはむすっとした顔でブロウを見る。
不意にブロウは心配そうな顔でコーイチを見た。コーイチは心配させまいと笑顔を作ってみたが、引きつったものにしかならなかった。
「スミ子のどこに書いてもらったのよ!」ブロウは再びこわい顔をしてシャンをにらんだ。シャンはむすっとした顔のまま答えない。ブロウは急に暗い表情になり、小声でつぶやいた。「まさか……」
「まさか……って」シャンも、ブロウにつられて、心配そうな表情になる。「どこだと思ってるわけ?」
「コーイチ君!」ブロウはシャンには答えず、必死な眼差しをコーイチに向け、必死な声で言った。「コーイチ君に答えた欲しいの!」
「は、はい……」
ブロウに圧倒されたコーイチは、布団の上に正座し直した。ブロウもコーイチの正面に正座した。
「……スミ子の機嫌がさっきからずっと良くないの(そうなんだ…… おとなしくブロウに抱きかかえられているスミ子を見てコーイチは思った)。……確か、最初のページには吉田って人の名前を書いたのよね」
「そう。〝みだりに人の名を記す事なかれ〟って書いてあって、逆に書いてみたくなってしまった……」
「とっても薄く書いたんでしょ?」
「そう。それでボクの名前を書くときに、シャンさん(「わたしもシャンちゃんって呼んで!」シャンが楽しそうに言った。ブロウがにらみつける)……シャンちゃんが、最初が薄かったから、最後はしっかりくっきり書こうって……」
「最後はって……」ブロウがおそるおそる言った。「最後はって、最後のページって事かしら?」
「最初のページと最後のページは特別なご馳走で、最初のページは薄くてスミ子は満足していないから、最後のページは豪勢なご馳走にするために、しっかりくっきり書こう、そうすればスミ子は大満足、金色に縁取られるのは間違いないって……」
「シャンお姉様がそう言ったのね?」
「そう…… 金色は何でも願いが叶うって……」
「そして、コーイチ君は最後のページに名前を書いた……」
「そう…… いつでも会えるようになるからって……」
「お姉様!」ブロウはほとんど泣き出しそうな顔でシャンを見上げた。「……本当なの?」
「そうよ」シャンは平然と答えた。「でも、金色の効果は間違ってはいないでしょう?」
「そうだけど……」大粒の涙がブロウの瞳を覆った。「他のページには何も書いてもらわなかったの?」
「そうよ。何か問題でもあったかしら?」
「大ありよ!」ブロウはそう叫ぶと顔を覆ってわっと泣き出した。「最後のページは…… 最後のページは……」
「ちょっと、ブロウ……」シャンはブロウの横に立膝になり、ブロウの震える肩を軽く優しく叩き続けた。「泣いてちゃ分かんないでしょう?」
「最後のページは……」ブロウは泣きじゃくりながら言った。「他のページ全てに書き込んでから書くものなのよ……」
「あら、そうだったの」シャンは驚いた顔になった。「……知らなかったわ」
「最後のページは最後のご馳走。もうこれでおしまいって事なのよ。だから、他のページが全部埋まってから書く所なのよ。それではじめて満足してくれるものなのよ……」
「そうしなかったら?」
「まだまだ書ける所があるのに、もうこれで最後ってなったわけだから、当然腹を立てるわ……」
「えっ!」
コーイチは驚いて叫ぶと立ち上がり、押入れまで後ずさった。ぶつかったふすまがゴトゴトと鳴る。
「じゃあ、じゃあ……」ブロウとスミ子を交互に見ながらコーイチは言った。「『赤』って言うのは、怒ったぞって意味なのかい?」
「ええ、そうなの……」ブロウは涙で濡れた顔をコーイチに向けた。「そして、『赤』は怒りが最も強い事を示しているの……」
ブロウはそう言うと、また激しく泣き出した。
つづく
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