お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

裏シャーロック・ホームズ その12

2009年04月07日 | 裏ホームズ(一話完結連載中)
「ホームズ、最近の話題なんだけど・・・」
「ああ、あれかい」ホームズはうんざりした顔を私に向けた。「例のフランスの泥棒野郎の事だろう?」
「そうだよ」私は言った。この話題を出すたびに、ホームズは不機嫌になる。私にはそれが中々面白い。ホームズも人の子だと思えるからだ。つい、からかいたくなる。「でも、泥棒野郎は言い過ぎだな。本国じゃ、怪盗紳士と呼ばれているらしい」
「基本、紳士はフランスには存在しないさ!」ホームズは吐き捨てた。「・・・でも、あんな刹那的で享楽的は国民性なら、ちょっとマシな服装をしていれば、紳士と呼ばれるんだろうな」
「ちょっと良い過ぎじゃないか?」私は言った。ここまで侮辱的なことを言うホームズは初めてだ。「話だと、殺人はしない、金持ちからしか盗まない、義賊って呼ばれているそうじゃないか」
「・・・ワトソン、どう言い訳しても、泥棒野郎は泥棒野郎だよ」
 と、その時、ドアが開いて、一人の紳士が現われた。マントを羽織り、シルクハットをかぶり、モノクルを付けている。気取った仕草でハットを脱ぐと、これまたどこぞの王侯貴族のように恭しい礼をして見せた。 
「ムッシュ・・・いや、ミスター・ホームズ」紳士は穏やかな声で言う。「あまり、我が国を侮辱なさらんでもらいたいですな」
「・・・君は!」ホームズは上着の内ポケットから素早く銃を取り出すと、銃口を紳士に向けた。「おっと、動くなよ。ワトソン、その紳士を取り押さえてくれ」
「ホームズ・・・」私は紳士に近づきながら言った。「この男は・・・」
「そうだ」紳士は叫ぶと、突然、私に跳びかかって、床の上に押さえ込んだ。「僕がホームズだよ、ルパン君。上手くワトソンに化けたね。だが、本物のワトソンはホームズに化けていたのさ。君を捕えるための作戦さ」
「おい、ホームズ。作戦変更じゃなかったのか?」私は身動きできない状態で叫んだ。「君がホームズそのままで、私もワトソンそのままで、ルパンを待つ事にしたんじゃないのか?」
「なんだって! 君は本物のワトソンか! じゃあ、あのホームズは・・・」
「そう・・・」銃を構え直したホームズ――実はルパン――が言った。「私がルパンだよ、ホームズ君。噂に聞いたのとは大分違うね。こんな初歩的な失敗をするなんてね。・・・心配する事はない。今日の失敗は黙っているよ。ただし、条件がある」
「・・・なんだ」諦めたように、よろよろとホームズは立ち上がった。私も立ち上がる。「言ってくれ」
「私の国でも、君の評判は高い。私とどちらが上かと議論も多い。そこでだ・・・」ルパンがウィンクして見せた。「私の記録作家のルブランにこう伝えるのを快諾して欲しい」
「言ってみたまえ」あくまでも毅然とした態度のホームズだった。これが真の英国紳士だ。私は惚れ直した。「聞かなければ快諾も出来はしない」
「内容はこうだ」ルパンは楽しそうに言った。「『英国の探偵をどんな形で使っても決して文句を言わない』って内容だ」
「なんだって!」私は叫んだ。「お前は、ホームズを笑いものにするつもりなのか!」
「心配はするな。本名は出さないよ。『英国の探偵』とだけにしておこう」
「・・・分かった」ホームズは口惜しそうに言った。「分かったから、君も約束を守ってくれたまえ」
「もちろんだ、約束する」
 ルパンは言って、悠然と部屋から出て行った。
 それから後、フランスで出版されたルパンの話の中に『英国の探偵』が何度か顔を出していた。実名を出された事があり、イギリス国民が相当に非難の声を上げた。その後、名前は変えられた。それは「エルロック・ショメ」だ。誰が見てもホームズだと分かるはずだ。非難の声は上がったが、当のホームズは何も言わなかった。英国人はこの大人の対応に賞賛を表わし、以後、騒ぎ立てる事を止めにした。
 本当のところは、ルパンがあの日の約束を守っているからだったが・・・




web拍手を送る



にほんブログ村 小説ブログへ



にほんブログ村 小説ブログ ミステリー・推理小説へ



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« コーイチ物語 2 「秘密の... | トップ | お詫び »

コメントを投稿

裏ホームズ(一話完結連載中)」カテゴリの最新記事