さゆりは右脚を上げると、思い切り床を踏みつけた。床が、いや、校舎自体が大きく揺れた。さゆりが踏みつけた所を中心に亀裂が縦横に走った。その亀裂に霊体どもが落ち込んで行った。
校舎の揺れは皆にも伝わったようだ。朱音としのぶが悲鳴を上げて抱き合った。アイは体勢を崩すまいと両脚で踏ん張っていた。麗子は座り込んだまま両手で床を押さえて悲鳴を上げた。松原先生も座り込んでしまった。片岡と百合恵は霊体がここまでの事が出来るのかと揺れの衝撃に驚いている。
さとみだけが動かずにじっとさゆりを見つめていた。
あらかたの霊体どもは亀裂の中へと消えた。残った霊体どもは大慌てで空間の亀裂の中へと駈け込んで行った。
残ったのは、ユリアとみつたちだった。
「ははは、これで振り出しだ」さゆりが楽しそうに言う。「さあて、ユリア、もうおしまいだねぇ……」
「畜生……」
「ユリア、あんたは頭を張れるような器じゃないんだよ。強いのかもしれないけどさ、それだけだもんね」さゆりは笑う。「頭を張るには、人望が無きゃ、ダメさ」
「人望だぁ?」ユリアが呆れた顔をする。「さゆり、あんたに言われたくないよ。あんた、たまたま、使われただけじゃないか!」
「そうだよ」さゆりはあっさりと認める。「だから、わたしは頭を張る気なんか端っからないわ。あんたみたいな勘違いどもが、おこぼれ欲しさに寄って来るけどね」
「馬鹿にすんじゃないよ!」
「じゃあ、どうしろって言うのさ? 浅知恵の馬鹿女をどうしてあげれば良いのさ?」さゆりはわざとらしく小首を傾げてみせる。「まさか、頭にして崇め奉れって言うのかい? たった今、みんな逃げ出しちまったじゃないの? 亀裂に落ちて行ったヤツらを助けることも出来なかったじゃないの? さらにさ、生身からも抜け出せなくって困っているじゃないの?」
「うるさい!」
「分かったよ、じゃあ、黙っているから、何とかしなよ」
さゆりは言うと本当に黙ってしまい、じっとユリアを見ていた。
さゆりが黙ったからと言って、ユリアに出来る事はなかった。みつたちは、手ぐすね引いて霊体で出て来るのを待っているわけだし、かと言って、このまま生身でいれば、さゆりが手を出さないにしても、アイが仕掛けて来るだろう。さゆりはそこまで分かっていてじっとしているのだ。分かっているだけではない。この状況を楽しんでいる。さゆりの口元が次第にほころんできているからだ。
「……くそう……」
ユリアの口から悔しそうな声が漏れる。
「……でさ、さっさとどうするか、決めてくんない? 好い加減、飽きちゃったからさ」さゆりは冷たく言う。「どっちにしてもおしまいよ」
「くわああああっ!」
ユリアは叫ぶと立ち上がり、さゆりに向かって駈け出した。生身である限り、みつたちは手が出せない。ならば、ぎりぎりまでさゆりに近づいて、一気に霊体を抜け出させ、得意のチェーンクロスを撃ち込めば、勝てるだろう。ユリアはそう思ったのだ。
みつたちは手が出せなかった。さゆりも突然の事で驚いた顔をしている。……勝ったわ! ユリアはチェーンクロスを振り上げたまま、谷山先生のからだから霊体を抜け出させた。だが、その瞬間、さゆりがにやりと笑んだ。さゆりに行動が読まれていたのだ。……しまったぁ! ユリアは後悔したが遅かった。
さゆりの全身から青白い気が発散された。谷山先生から抜け出た赤いセーラー服のユリアは、その気に呑み込まれるように包まれた。さゆりの気が消えた。ユリアもそこにはいなかった。ぐったりして動かずに倒れている谷山先生がいるだけだ。
「……あなた、何をしたの?」
さとみが強い口調で、さゆりに訊く。
「え? 見てただろう? あんたたちの手間を省いてやったのさ」
さゆりが笑顔で答える。
「……消しちゃったって言うの?」
「どうせ、そこの女侍たちに始末されちゃうんだろ? だったら、同じことさ」
「まだ、あの世へ逝けるように言えたかもしれないじゃない!」
「そうだったのかい、そりゃ、悪い事をしたねぇ。……でもさ、ユリアって、本当に根っからの悪人だよ? 改心なんて絶対にしない。だからさ、消えちゃったほうが、世のため人のため、霊体どものためなのよ」
「そんな勝手な……」
「まあ、今さら何をどう言ったって、仕方がないわ。わたし自身、あんなのにうざうざと絡まれるのは面倒だったからねぇ……」さゆりは言って、じっとさとみを見る。「まあ、あんたなら絡まれても良いかな?」
「馬鹿な事言わないで!」
「あら、怒った? わたし、結構真面目に言ったんだけどなぁ……」
「もうっ!」
「もうっ! は、牛だよ」
さゆりは楽しそうに笑う。みつたちも、どう対処してよいのか分からず、戸惑っている。「百合恵会」のメンバーたちもただただ動けずにいた。
皆の注意がさとみとさゆりに向いている中、片岡が静かに動き始めた。
つづく
校舎の揺れは皆にも伝わったようだ。朱音としのぶが悲鳴を上げて抱き合った。アイは体勢を崩すまいと両脚で踏ん張っていた。麗子は座り込んだまま両手で床を押さえて悲鳴を上げた。松原先生も座り込んでしまった。片岡と百合恵は霊体がここまでの事が出来るのかと揺れの衝撃に驚いている。
さとみだけが動かずにじっとさゆりを見つめていた。
あらかたの霊体どもは亀裂の中へと消えた。残った霊体どもは大慌てで空間の亀裂の中へと駈け込んで行った。
残ったのは、ユリアとみつたちだった。
「ははは、これで振り出しだ」さゆりが楽しそうに言う。「さあて、ユリア、もうおしまいだねぇ……」
「畜生……」
「ユリア、あんたは頭を張れるような器じゃないんだよ。強いのかもしれないけどさ、それだけだもんね」さゆりは笑う。「頭を張るには、人望が無きゃ、ダメさ」
「人望だぁ?」ユリアが呆れた顔をする。「さゆり、あんたに言われたくないよ。あんた、たまたま、使われただけじゃないか!」
「そうだよ」さゆりはあっさりと認める。「だから、わたしは頭を張る気なんか端っからないわ。あんたみたいな勘違いどもが、おこぼれ欲しさに寄って来るけどね」
「馬鹿にすんじゃないよ!」
「じゃあ、どうしろって言うのさ? 浅知恵の馬鹿女をどうしてあげれば良いのさ?」さゆりはわざとらしく小首を傾げてみせる。「まさか、頭にして崇め奉れって言うのかい? たった今、みんな逃げ出しちまったじゃないの? 亀裂に落ちて行ったヤツらを助けることも出来なかったじゃないの? さらにさ、生身からも抜け出せなくって困っているじゃないの?」
「うるさい!」
「分かったよ、じゃあ、黙っているから、何とかしなよ」
さゆりは言うと本当に黙ってしまい、じっとユリアを見ていた。
さゆりが黙ったからと言って、ユリアに出来る事はなかった。みつたちは、手ぐすね引いて霊体で出て来るのを待っているわけだし、かと言って、このまま生身でいれば、さゆりが手を出さないにしても、アイが仕掛けて来るだろう。さゆりはそこまで分かっていてじっとしているのだ。分かっているだけではない。この状況を楽しんでいる。さゆりの口元が次第にほころんできているからだ。
「……くそう……」
ユリアの口から悔しそうな声が漏れる。
「……でさ、さっさとどうするか、決めてくんない? 好い加減、飽きちゃったからさ」さゆりは冷たく言う。「どっちにしてもおしまいよ」
「くわああああっ!」
ユリアは叫ぶと立ち上がり、さゆりに向かって駈け出した。生身である限り、みつたちは手が出せない。ならば、ぎりぎりまでさゆりに近づいて、一気に霊体を抜け出させ、得意のチェーンクロスを撃ち込めば、勝てるだろう。ユリアはそう思ったのだ。
みつたちは手が出せなかった。さゆりも突然の事で驚いた顔をしている。……勝ったわ! ユリアはチェーンクロスを振り上げたまま、谷山先生のからだから霊体を抜け出させた。だが、その瞬間、さゆりがにやりと笑んだ。さゆりに行動が読まれていたのだ。……しまったぁ! ユリアは後悔したが遅かった。
さゆりの全身から青白い気が発散された。谷山先生から抜け出た赤いセーラー服のユリアは、その気に呑み込まれるように包まれた。さゆりの気が消えた。ユリアもそこにはいなかった。ぐったりして動かずに倒れている谷山先生がいるだけだ。
「……あなた、何をしたの?」
さとみが強い口調で、さゆりに訊く。
「え? 見てただろう? あんたたちの手間を省いてやったのさ」
さゆりが笑顔で答える。
「……消しちゃったって言うの?」
「どうせ、そこの女侍たちに始末されちゃうんだろ? だったら、同じことさ」
「まだ、あの世へ逝けるように言えたかもしれないじゃない!」
「そうだったのかい、そりゃ、悪い事をしたねぇ。……でもさ、ユリアって、本当に根っからの悪人だよ? 改心なんて絶対にしない。だからさ、消えちゃったほうが、世のため人のため、霊体どものためなのよ」
「そんな勝手な……」
「まあ、今さら何をどう言ったって、仕方がないわ。わたし自身、あんなのにうざうざと絡まれるのは面倒だったからねぇ……」さゆりは言って、じっとさとみを見る。「まあ、あんたなら絡まれても良いかな?」
「馬鹿な事言わないで!」
「あら、怒った? わたし、結構真面目に言ったんだけどなぁ……」
「もうっ!」
「もうっ! は、牛だよ」
さゆりは楽しそうに笑う。みつたちも、どう対処してよいのか分からず、戸惑っている。「百合恵会」のメンバーたちもただただ動けずにいた。
皆の注意がさとみとさゆりに向いている中、片岡が静かに動き始めた。
つづく
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