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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 126

2020年09月08日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「……まったく、人騒がせね!」
「タロウさん、笑えない冗談だったわ!」
「インチキオジさん!」
 アツコ、逸子、チトセに散々に言われ、すっかり落ち込んでいるタロウに、コーイチは並んで歩いている。三人娘は先へとすたすた歩いている。タロウの重い足取りにコーイチは辛抱強く合わせている。
「でもさ、タロウさん。あの時は男だなぁって思ったよ」コーイチは励ますようにタロウに話しかける。「いくら板を胸に当てていたとしても、ボクには出来ないな」
「……ボクもね、何かの役に立ちたいって思って。そうしたら、アツコが危なかったんで、それで……」タロウは弱々しく話す。「でも、結果として罵られることになってしまった……」
 タロウは先へ行く三人娘の後ろ姿を見て、ため息をついた。
「そう自分を卑下することないよ。みんなだって、口でなあんな事を言っているけど、感謝しているはずだと思うよ…… きっと、多分、おおよそは……」
「ははは、コーイチさんは優しいね……」タロウは力無く笑う。「でも、アツコから言葉として聞きたかったなぁ……」
「それにしても、思い返せば思い返すほど、タロウさんは勇気があるよね」コーイチは言う。「やっぱりボクには出来ないよ」
「そうかなあ? あれは充分計算した上で飛び出したんだ。相手は矢の名手っぽいから、からだを開いて飛び出したら、必ず胸を、それも心臓を目がけて矢を放つだろうってさ。……まあ、矢の勢いを考えなかったから気を失っちゃったけど」
「へぇ、そこまで考えてたんだ。大したものだよ!」
「そんな、感心されるような事じゃないよ」
「いやいや、ボクだったらさ、矢が頭に当たったらどうしようって考えちゃうよ。タロウさんは胸に当たるって確信していたんだろうけどさ、万が一って事もあるからね」
「え?」タロウの足が止まった。「……考えもしなかった……」
「まあ良いじゃないか、計算通り胸に矢が飛んで来たんだし」
「……そうか…… 頭って可能性も十分にあったなぁ……」
 タロウはそうつぶやくと、急に顔が青ざめてがたがたと震えだした。
「……そうか、それを考えていなかった…… もし、頭が狙われていたら…… ひ、ひぇぇぇぇ!」
 タロウは悲鳴を上げると座り込んでしまった。コーイチはやれやれとばかりに、大きなため息をついた。
 山を下り、街道に戻り、そのまま宿場へと向かった。コーイチは何とかタロウを立たせて歩いていた。タロウはまだ「頭が…… いや、腹だって、いや手足が……」とぶつぶつとつぶやきながら、ふらふらと歩いている。前方を見ると、三人娘は笑ったり、背中を叩いたり、きゃあきゃあ騒いだりと、いつの間にか仲良くなったようだった。年も時代も離れているのにな、とコーイチは思った。女の人の本質は変わらないものなのかもしれない。もちろん男の本質もだ。女の人のアピールしようとして失敗する点なんか変わっちゃいない。コーイチはそうも思った。
 やがて宿場に着いた。棟梁をはじめ、大工たちが皆、無事に戻って来たことを喜んでくれた。アツコが山賊のことを話すと、旅籠の建築に立ち会っていた旦那衆の一人が役人の所に行って、捕える手筈を整えてくれた。
「……で、この子、チトセって言うんだけど……」
 アツコはチトセを棟梁に示し、チトセの事を説明した。棟梁は驚いていたが、仕舞いにはうんうんとうなずいていた。
「そうだなぁ…… もちろん、こんな子供を役人に渡すつもりはねぇ」棟梁はきっぱりと言った。「渡すつもりはねぇが、どうしたもんかあなぁ……」
 チトセはきょろきょろと辺りを見回している。ずっと山賊のアジトで過ごしてきたので、見るもの聞くものが珍しいようだ。と、急に皆から離れて大工たちの中に入って行った。そして、大工道具の事を聞いている。大工たちも自分の娘や妹みたいなのが聞いて来るのが嬉しいらしく、あれこれと教え始めた。チトセは使い方を教わって試したりしている。そんな様子を棟梁が見て、目を細める。
「……ほう、なかなか筋が良さそうだ」棟梁はうなずく。「そうだ。ここで大工仕事を仕込んでやろう。ははは、女大工のチトセなんてよ、こりゃあ名が知られると面白れぇことになるぜえ」
「じゃあ、チトセは棟梁に預けても良いの?」
「おう、任せてくれい!」棟梁は自分の胸をどんと叩いて見せた。「……で、大工たちはどうする? 家を建てるのに、もう少し連れて行くかい?」
「……その事なんだけど……」アツコはちらとコーイチを見た。コーイチは逸子と話をしていた。「ちょっと考え直しているの。家、建てないかもしれない……」
「おや、そうかい……」棟梁はアツコの視線を追い、コーイチと逸子を見て、何かを察したようだ。「まあ、色々あらあな……」
「うん…… 向こうへ戻ったら、大工さんたちこっちに返すね」
「そうかい。……でもまあ、今日の所はゆっくりして行きな」
「……うん、ありがとう……」
 アツコは力無く笑った。


つづく



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