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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 25

2020年02月23日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 周囲を包んでいる光が徐々に薄れて行く。それにつれてぼんやりと人の姿をしたものが見え、車の音のようなものが聞こえて来た。風景はよりはっきりとしたものとなった。ここはコーイチの勤める会社へ行く途中だと逸子には分かった。
「さあ、着きました」ナナが言って光の中から一歩外へ出た。逸子とケーイチに振り返る。「大丈夫ですよ」
 逸子は光から出た。と、その途端に、目の前に眠そうな顔をしたおじさんが立っていた。出勤途中の会社員なのだろう。始発くらいの電車に乗ってほぼ立ちんぼのままでやっと辿り着いたという感じだった。おじさんと逸子はしばらく見つめ合っていた。……わっ! いきなりおじさんの前に目の前に現われちゃった! これは大騒ぎになるわ。仕方ない、真風会館空手奥義『記憶飛翔』で、この出来事を忘れさせなければ! 逸子は引きつった笑みを浮かべつつ身構えたが、おじさんは何度か眼をぱちぱちさせて、無言のまま逸子の横を通り過ぎて行った。
「……なによ、あれ?」逸子は不思議そうにつぶやく。「でも、びっくりして大声出されるよりは良いかな……」
「逸子さん、すみませんでした」ナナが言う。「急いでいたので出現場所をきちんと決められませんでした。普段なら、周囲への影響を最小限に抑えられる場所を選ぶんですが、今回は人通りの少ない歩道を選ぶのが精一杯でした……」
「そんな、気にしないで」逸子はナナに笑顔を向けた。「いざとなったら、真風会館空手奥義『記憶飛翔』があるから…… それにしても、誰も気にしないわねぇ。突然目の前に人が現われても、ナナさんの服装を見ても……」
「朝は、時間までに会社へ行くことが最優先なんでしょうね」ナナは言った。ナナの白いコンバットスーツのような服をちらと見る人は居るが、そのまま行ってしまう。「変な事に関わって遅刻したくないんでしょうね」
「ナナさんの時代もそうなの?」
「そうですね、それほど変わっていませんね」
「そうなの? わたしは、全てロボットがやっていて、人はその管理をしているだけって思っていたわ。それに、仕事をするにしても、在宅になって、会社へ出勤なんて無くなっていると思っていた」
「たしかに、そう言った働き方は増えています。でも、会社は存在していますし、出勤の風景もさして変わりませんね」
「そうなんだ……」
「在宅勤務は基本一人で仕事をするわけですから、孤独になりがちで、それが耐えられないと言う人も少なくないんです。また、家庭や住宅の事情でどうしても仕事のスペースを確保できない人もいるんです」
「大家族とか狭い家とかって事ね……」逸子は言う。「未来でも、人の基本って変わらないものなのね」
「機器の進歩は目を見張るものがあるんですけどね……」ナナはため息をついた。「わたしの少し前の世代くらいまでは、逸子さんが言っていたように、機械化が進んで人は管理をするって言うシステムになったんですけど、そうなると人は暇を持て余し、やる気のない状態になったり、遊び呆けてしまったり、良からぬ事をしたりと、悪い傾向が現われました。そのために、敢えて機械化を減らしたんです。そう言う意味では、わたしの時代はバランスが取れていると思いますね」
「やれやれ……」逸子はため息をついた。「『杉太郎は泳がざるがごとし』ってわけね。ほどほどが一番ね」
「お~い……」
 不意に声がした。光の中からだった。
「あっ! 忘れてた!」逸子が言う。「お兄様……」
「そうでした!」ナナが言う。「ケーイチさん!」
 二人は光の中を見た。
 中には、気分がすぐれないのか、青い顔をしたケーイチが、力無く手を振っている姿があった。逸子とナナはケーイチを引っ張り出した。
「いやいやいやいや、まいったなあ……」ケーイチは歩道に座り込んだ。「だから言っただろう? オレは乗り物酔いが激しいんだよ……」
「お兄様」逸子がきっぱりと言う。「そんな時は動けば直ります。さあ、コーチさんを助けるために行きましょう!」
「そうです」ナナもきっぱりと言う。「もたもたしていると、早い時間に来たのが無意味になってしまいます」
 二人は先に歩いて行く。タイムマシンの光が消えた。ケーイチはよろよろと立ち上り、楽しそうに話している二人の後を、よたよたと付いて行った。


つづく

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