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ジェシル、ボディガードになる 97

2021年04月24日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 ドアがノックされた。余りにしつこさにジェシルは目が覚めた。……ノラね。ジェシルは面倒くさそうにベッドの上で上半身を起こす。ノックは続いている。ジェシルは頭を掻きながらベッドを降り、ドアへ向かう。
「……ノラ?」ジェシルが言う。自分でも驚くくらいの寝呆け声だった。幾度か咳払いをして整える。「……そろそろ時間かしら?」
「そうです! ジェシルさん、急いで下さい!」ノラの声は必死だ。「三試合後に出番ですよ!」
「まだ先じゃないの!」ジェシルは口を尖らせる。「それに、試合は無制限一本勝負なんでしょ? そんなに慌てなくても良いんじゃない?」
「でも、無制限一本勝負だから呼びに来たんですよう!」
「……意味が分かんないんだけど……」
「試合を見ていたら、一発で決まる事もあったし、両者がへろへろになっても決着が付かない事もあったし…… とにかく、はっきりと時間が分からないんですよう!」
「分かった、分かったわ」ジェシルはうんざりしながら答える。「今、部屋から出るわね」
 ジェシルは大きく伸びをしながらあくびをし、それからドアを開けた。ノラがほっとしたように笑顔を見せる。右手に大きめな布袋を提げている。
「あ、これは……」ジェシルの視線に気が付いたノラは、袋を持ち上げ、顔を真っ赤にする。「……ジェシルさんの、洗濯の終わったものです……」
「あら、ありがとう」ジェシルは袋を受け取ると部屋の中に入れた。「……さあ、行きましょうか」
 ジェシルは言うと通路を歩き出す。ノラはその後について行く。
「あなたの配信、ちょっと見たわよ」ジェシルはノラに振り返って言う。「『格闘技観戦女子』って呼ばれて人気者になっていたようね」
「え、そうなんですか?」ノラは驚いている。「ミルカさんに言われて、必死でやっていたんです。そんな呼ばれ方をしていたなんて、全然知りませんでした。でも、どうしてそう呼ばれたんでしょうか?」
「後で自分の映した分を見てみると良いわ」
 二人はエレベーターに乗り込む。
「あのう、ジェシルさん……」ノラがジェシルに向き直る。「ジェシルさんって、緊張とかしないんですか? これから試合なのに……」
「そうねぇ……」ジェシルは腕組みをする。「緊張はしないわねぇ。その代り、やってやるわって言うような気合いや興奮も無いわねぇ」
「そんなんで、試合は大丈夫なんですか?」
「まあ、仕事が仕事じゃない?」ジェシルは笑む。「宇宙パトロールなんて、緊張も興奮も、下手をすれば命取りだからね。もちろん、兵隊なんかもそうだろうけどね」
「そんな人ばかりの大会なんですね……」ノラはうなずく。「わたし、単にお祭り大会みいたいなものだって思っていました……」
「そんな連中もいるかもしれないけど、敗退確定でしょうね」
「……それで、対戦相手のケレスさんなんですけど」ノラが急に話題を変える。本当はこっちの話がしたかったようだ。「あの人、本当に強いようです。調べてみたんです」
「あら、それは優秀なマネージャーね」ジェシルは言う。「それで、何か良い対策案でも出来たのかしら?」
「……すみません、出来ませんでした……」ノラは残念そうに答える。「調べれば調べるほど、ケレスさんって、オールマイティに強いって事が分かったんです。素手でも武器を使っても。たった一人で百人からの敵部隊を全滅させた事があったんだそうです」
「それは凄いわねぇ……」ジェシルは溜め息をつく。「そんな凄い人が相手じゃ、わたしに勝ち目は無いかもね」
「そんな弱気な事を言わないで下さい!」
 ノラは自分が言った事を棚に上げて、ジェシルを励ます。ジェシルにはそんなノラがおかしかった。だが、一生懸命なその表情に笑みを漏らすことはしなかった。
「そうね」ジェシルは答える。「やるだけの事はやってみるわ」
 エレベーターが停まった。扉が開く。会場の歓声が流れてくる。
 通路には調整している者たちに混じって、頭や腕や脚や胴体に包帯を巻いてぐったりとしている者たちも居た。試合の敗退者たちだった。敗退者で無傷なものは居なかった。
「何だか、大変な景色ねぇ……」ジェシルは通路を見回しながら言う。「でも、この程度のケガで済んでいるんなら良いんじゃない?」
「いえ、ここに居る人たちは軽傷ですよ」ノラがイヤそうな顔をしながら言う。「重傷者は一階の医療エリアに運ばれます。……すでに何人か亡くなっているんだそうです……」
「あらそうなの? 大変ねぇ……」そう言うジェシルの表情は変わらない。「気を付けなくっちゃね」
「そうです!」ノラはジェシルの前に立つ。「本当に、気を付けて下さいね! ジェシルさんは確かに強いです。でも、相手が相手ですから……」
「ケレスか……」
 その後、二人は無言で通路を歩く。負傷者が目につく。ノラの顔が青褪めて行く。最悪の事態を思い描いているのかもしれない。
 会場のすぐ手前の壁に寄り掛かってケレスが立っていた。すっかり調整が完了し、今は精神の集中をしているようだ。目を閉じ、ゆっくりと深呼吸を繰り返している。ジェシルはケレスの前で足を止めた。気配を察したケレスが目を開ける。
「仕上がりは上々って言った感じの様ね」ジェシルがケレスに言い、笑みを浮かべる。「お手柔らかに、って、無理のようね」
「そうだな……」ケレスは静かに言う。「まあ、覚悟をしておいてくれ」
「わたしを倒すと、全宇宙の男性から嫌われちゃうわよ」
「ははは!」ケレスは笑う。「それでも構わないさ。……まあ、中にはこんなわたしを好きになる変わり者もいるかもしれないだろう?」
「凄い自信ねぇ……」
 ジェシルは呆れたように言う。 


つづく

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