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ジェシル、ボディガードになる 96

2021年04月23日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 ジェシルはせかせかした足取りで、武装警備員たちの前を通り過ぎる。
「おい、待て!」茶髪の警備員が、ジェシルを呼び止める。「どこへ行くつもりだ?」
「……はい、ミュウミュウさんに諭されて、深く反省しました……」ジェシルはしおらしく答える。「すみませんでした。自分の担当場所に戻ります……」
 茶髪は何か言おうとしていたが、悠然とした足取りで戻って来たミュウミュウを見た。ミュウミュウは大きくうなずいた。
「……ミュウミュウさんに良くお礼を言うのだぞ」茶髪はジェシルに言う。「以後、気をつけるように」
「は~い……」
 ジェシルはぺこりと一礼すると、小走りにその場を離れた。カーブを曲がった所で振り返る。警備員もミュウミュウも見えない。
「やれやれ……」ジェシルは壁に凭れかかって、大きく息をつく。「さあて、どうやって二人を救出しようかな?」
 ジェシルは天井を見上げて思案する。しばらくして、頭を振り始めた。
「やっぱり、考えても無駄ね。いつもの『出たとこ勝負』で行くしかないわね……」
 ジェシルはそうつぶやくと歩き出した。
 出入り口のドアの所に居るアンドロイドに手を振って見せた。アンドロイドは手を振り返してきた。声は発しない。ジェシルの言った極秘任務遂行中他言無用を貫いているようだ。
 ジェシルは外階段に出ると、三階に戻る。縛り上げた臨時の警備員はまだ気を失っている。ジェシルは警備員の制服を脱いで、ユニホーム姿に戻る。脱いだ制服は転がっている警備員に掛けてやった。
 ジェシルはドアを開け三階通路に出る。会場の歓声が響いてくる。ジェシルは無関心なまま通路を歩く。八階の部屋まで行こうかと思い、エレベーターの前に立つ。
「あれ、ジェシル、部屋に戻ってたんじゃなかったの?」声をかけられた。ジェシルが声の方を見ると、ミルカがスクワットをしていた。「何かしてたの?」
「……まあ、ね」ジェシルは曖昧に答えながら、ミルカに近付く。「ちょっと、ね……」
「調整してたんでしょ?」ミルカはスクワットを続けたままで言う。「やっぱり、じっとなんかしていられないものねぇ……」
「そうね」ジェシルは笑む。ミルカの勘違いに乗る事にした。「わたしも出場者だしね」
「そうそう、そうでなくっちゃ倒されちゃうわよ。……何しろ、相手はケレスだからねぇ……」
「そうね…… ミルカ、あなたの出番は?」
「もう少し先よ。あなたのマネージャーちゃんが、頑張って撮影してくれているわ」スクワットを続けるミルカは足元に視線を向ける。そこには小型のコンピューターがあった。ジェシルが覗き込むと、会場内が映し出されていた。「最初はひどかったけど、段々と良くなってきたわね。撮影しながらマネージャーちゃんの声が入っているのよね」
 ジェシルが画面を観ていると、時々「やっちゃえ!」とか「あ~あ、何やってんのよう!」とか「そこはキックでしょ! キック!」とか「行けぇ! 殺せぇ!」など、ノラの声が聞こえる。
「……ノラ、何をやっているんだか……」ジェシルは呆れた顔をする。「全宇宙に恥を晒しまくっているわねぇ」
「でもね、それが面白いって、視聴カウントが上がってきているのよね。『格闘技観戦女子』って名前がついて人気上昇中なのよ」
「ふ~ん、何が人気になるかなんて、分からないものね」
 ジェシルは言うと、ミルカから離れた。
「ちょっと、ジェシル……」ミルカに呼び止められた。ジェシルが振り向くとスクワットを止めたミルカが真顔になって立っている。「調整してたって嘘ね。あなた、外階段のドアから出て来たでしょ? ちゃんと見てたわよ」
「……そう?」ジェシルはそっと身構える。「それで?」
「別に、何もないわよ」ミルカは笑う。「まあ、あなたが大会だけのために来たとは思ってはいなかったわ」
「どう言う意味?」
「だってさ、あなたは宇宙パトロールじゃない? で、ここはシンジケートの大ボスのアジトよ。何かあるって思わない方がおかしいわ。……まあ、ここの連中はみんなおかしいから、何とも思っていないようだけどね」
「それで、わたしをどうするつもりなの?」
「だから、どうもしないって言っているじゃない?」ミルカはウインクして見せた。「人は人、わたしはわたし。わたしは闘いに集中したいから、他の事には関心が無いわ。好きにしてって感じね」
「じゃあ、なんでそんな事を訊くのよ?」
「単に野次馬根性よ」ミルカは笑む。「何かありそうだって分かれば、それで良いわ」
「……信じて良いのかしら?」
「それは、あなた次第よ」
 二人は目つめ合う。ふとジェシルは全身の力を抜いた。笑みを浮かべる。
「分かったわ。あなたを信じるわね、ミルカ……」
「そう、それが良いわね」ミルカは言うと、再びスクワットを始めた。「……でもね、あなたに何があっても、わたしは何もしないわよ」
「あら、冷たいのねぇ」
「どうせ、あなたも一匹狼なんでしょ?」
「まあ、ね……」
「わたしもよ。いえ、この大会の参加者は、みんなそうかな? だから、自分の身は自分で何とかしてね」
「素晴らしいご忠告に感謝するわ、ありがとう……」
 ミルカはすでに自分に集中していた。ジェシルを見る事もしない。ジェシルが通路を見ると、皆、黙々と調整に励んでいる。
「ま、良いや……」
 ジェシルはつぶやくと、エレベーターに向かった。そして、八階の宿泊エリアへと昇って行った。


つづく

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