岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

1(真・進化するストーカー女編)

2019年08月01日 16時43分00秒 | 鬼畜道 各章&進化するストーカー女


鬼畜道~天使の羽を持つ子~(真・進化するストーカー女編)



 これまでの人生で、一番信頼の置ける先輩の最上さんの結婚。あとを追うかようにあのわがままな武村でさえ結婚……。
 そういう年齢に差し掛かった証拠なんだろうか? 知り合いの結婚ラッシュは俺にとって、そろそろ彼女が欲しいなあと刺激にはなっていた。今まで特に意識して彼女を作ろうとしなかったので、一緒にご飯を食べに行ったり遊びに行く異性が一人ぐらいいてもいいだろう。
 先輩の月吉さんとは近所なので、よく食事へ行く。この人も彼女をまったく作る気配がなかった。別にモテない訳じゃない。あまりそういった事に興味がないようだ。
 月吉さんは様々な知識を持っていて、一つ一つの話にいつも感心するばかりである。
「まったく武村の奴、いくら先輩だからって、やっていい事と悪い事ってありませんか?」
「うーん、確かに彼の結婚だからって、食事へ行く度に奢らされたり、いいように使われちゃ嫌になっちゃうよね」
「自分から結婚式の二次会の会場を押さえろって命令してきて、一度武村夫婦をその店へ連れて行ってご馳走までしたんですよ。この店でどうでしょうって。そしたら次の日、武村から電話が掛かってきて、『あの店は予約したか?』って。まだしてないと答えると、いきなり『何で予約しねえんだよ? 早くしろよ』って偉そうに…。まあ主役だししょうがないかと連絡してすぐ、『あ、わりー。やっぱ予約取り消して。嫁さんの友達に頼むからさ』のひと言ですよ?」
「それはないよね」
 俺が武村の愚痴を言うと、優しく受け止めてくれた。
「しかも結婚式の三次会時、自分から断ったくせに、いまいち盛り上がらない場を不機嫌そうにして、俺へ文句言ってきましたからね。筋違いもいいところです。あれでもう先輩と思わないでいいやって。付き合いも考えるようになったんですよ」
「あいつはジャイアン的なところがあるからなあ…。あ、龍ちゃん、悪いんだけどもうそろそろ食事切り上げない? ちょっとこのあと用事あってさ」
「あ、じゃあここ、俺が出しますよ。俺から食事行きましょうって誘ったんだし」
「いいよ、僕が出す」
「駄目ですよ。俺、結構稼いでいますから。出させて下さい」
「龍ちゃんはね、もうちょっと人に奢られるって事を知ったほうがいい」
 そう言って月吉さんはいつもご馳走してくれた。どうもこの人には弱い。不思議と頭が何故か上がらないのだ。おそらく俺とまったく違うものを持っていて、その部分を尊敬しているからだろう。

 多少同世代よりも稼いでいると偉そうに言ったところで、裏稼業のゲーム屋なんてやっていたら、どてもじゃないが出会いなどまずない。立場上毎日が忙しいので旅行へゆっくり行けるはずもない。そんな時だった。出会い系サイトの存在を知ったのは……。
 マイページという簡易な自分のプロフィール欄を早速作り、掲示板と呼ばれる場所にあるコメントを色々と閲覧してみる。数名の女にメッセージを送ると、何人かから返事が来た。やってみると案外面白いもので、彼氏を欲しがる女があふれている事に気付く。世の中、男と女しかいないのだ。
 文字という媒体しか表現方法がない為、自分を偽らず本音で相手には意見を書く。中には会いませんかという女もいた。俺は新宿プリンスホテルの部屋を一つ予約しておき、待ち合わせ場所へ向かった。やる気満々だったのである。
 新宿駅東口から見えるアルタ前で待っていると、お洒落な格好をした女がやってきた。俺は女の大きな胸に自然と目が行く。頭の中はやりたい一心である。格好をつけようと、新宿プリンスホテルのラウンジへ連れて行き、豪勢に食事と酒を飲んだ。
 帰り際、「もうちょっと酒飲まないか」と誘い、うまく自分の部屋へ連れ込む。下品なネオンの歌舞伎町を見ながら酒を飲み、そのまま流れに任せて抱いた。裸にしてみてビックリしたのが、本当にスタイルのいい女だったという点である。
 それからは毎週休みになると会うようになり、都内にあるシティーホテルに泊まった。毎回激しくスタイル抜群の女をやっつけてやった。
 女の話す内容はある程度決まっていて、靴を百何足持っている。ブランド物は直営店でしか買わない。私と一緒に住むのならクロゼット室も必要よなどといい気になっている。俺はただ単にスタイルのいい女とやりたいだけなので、適当に相槌を打っておいた。
 とてもプライドの高い女で、事ある毎に「ねえ、龍一さん。浮気したかったらしてもいいよ」と意味不明の台詞を言ってくる。さすがに不愉快になり、「何故、そんな事ばかり言ってくるんだ?」と聞くと、「ちゃんと私に断ってなら、遊ぶのも男の甲斐性だし」と妙に彼女面をしていた。
 男って非常に現金なもので、いくらスタイルのいい女でも数回抱けば飽きてしまう生き物である。毎週のように抱いていた俺は、最初だけ義務のように腰を振り、あとは女にマスターベーションをやらせ、それを見物した。俺に見られているという恥ずかしさを始めの内は嫌がっていたが、やがて快感になったのか、自分から「ねえ、見て…、龍一さん」なんてお下劣な言葉を言うようになった。
 一度バレンタインの日に『ゴディバ』という高価なチョコレートを買ってきたが、「このチョコレートすごい高いのよ。あ、でも龍一さん、甘いの駄目なんだよね」と目の前で食べてしまう。ホワイトデーになると、七万円もするビトンという銘柄の財布をお返しにねだられる始末だった。
「龍一さんと結婚したら、すごい幸せね」
「何で?」
 結婚願望など何もないが、とりあえず聞いてみる。
「龍一さんってお金に対して無頓着でしょ。それにブランド物にもまるで興味ないし。へそくりでシャネルのバックを買って、テーブルの上に置いておいても何も気付かなそうだしさ」
「別にブランド物を買って身につけた自信なんて価値ないと思うし、俺は自分に自信あるからなあ。それにそういう言い方って何だか馬鹿にされたようで不愉快だ」
 こいつ、散々俺にやっつけられておいて、まだ威張りたいのか? よっぱど「おまえはすぐに股を開き、指でいじりながら『見て、龍一さん』なんて言ってるくせによ」と言おうと思ったが、結構あれは見ていて興奮する。それでやってくれなくなると嫌だから、心の中で呟くだけにしておく。
「あら、別に馬鹿にしてる訳じゃなくて、それだけ男らしいなって意味で言ったの」
 いつも鼻につく言い方と自分の自慢話しかしない女に対し、苛立つ自分に気付く。あまり偉そうな事を言うので、もういいやとハッキリ自分の意見を言ってやった。
「あのさ、毎週毎週泊まっているホテル代、それとおまえがいつも食べたがる焼肉。全部俺が金を出している訳ね。それをさ、私は靴を何足持っているとか、ブランドどうのとかさ、自分で稼いでいる金をそっちにすべて回しているだけの話でしょ? それをいちいちさ、まったくそういうものに興味ない俺に、自慢している自体、人間的にとても寂しい事だと思う。そういうのが好きなら、そういう男を相手にしたほうがいい」
 そう言って荷物をまとめると、女は後ろから抱きついてきて「ごめんなさい」と泣きながら連呼した。

 川越の第一ホテルの社長と知り合いだった俺は、週末このホテルに行った。何故知り合いだったかというと、おじさん、つまり親父の弟に当たる人だが、その人が第一ホテルの社長ととても仲が良かったのだ。
「おじさん、俺、第一ホテル泊まりたいんだけど、社長さんにひと言話してもらえませんか?」
「おう、構わないよ。女とでも行くのか? 家から近いのにおまえも変な奴だな」
「へへ、まあお願いしますよ」
 おじさんの顔が利いたのか、第一ホテルでは社長割引と大きな判子を伝票に押され、ずいぶんと安くしてくれた。部屋は四階の一番右端で質素だが全体的に白く、落ち着いた広い部屋だった。
「へー、たまにはこういうホテルもいいわね。何だか私、ここ気に入っちゃった」
 ブランド女は子供のようにベッドの上に寝転がり、妙にはしゃいでいる。俺はプルンプルン揺れる胸を見て、そのまま襲い掛かった。
「やだ…、まだ化粧だって落としてないのに……」
 口じゃ抵抗しても、体ではまるで抵抗しないブランド女。俺はちゃんと服を脱がせないままセックスに没頭した。
 それからというものの川越第一ホテルに、週末はほとんど泊まるようになる。もちろん毎週やっつけてやった。ブランド女もそうだが、俺自身もこのホテルを気に入っていた。
 関東では珍しく雪が降った時だった。俺は窓を開け外を眺める。北海道時代を思い出しながら、湯船にお湯をはった。寒い時に入る熱い風呂はたまらないものがある。
 次の週も同じように泊まった。第一ホテルで気を使ってくれているのか、いつも俺たちは四階の一番右の部屋だった。近所の焼肉屋で夜食を取り、部屋に戻るとセックスに没頭。そんな単調なデートを繰り返していた。
 ブランド女に腕枕をして寝ていると、俺は声を上げて飛び上がった。ベッドは窓側の壁に密着して設置されているのだが、俺が寝返りを打ち壁に背中をつけたところ、冷たい水のようなものがついたのを感じ、飛び起きたのだ。明かりをつけてみると、不思議な事に窓側の白い壁だけ汗を掻いたかのように一面に水滴が付着している。他の三方向の壁にはそんな水滴などない。
 横で女がスースー寝息を立てて寝ているので俺は明かりを消し、再び腕枕をすると、寝る事にした。
 妙に寝苦しさを感じ、目を開ける。真っ暗な空間。ベッドのシーツが白い以外、あとは闇しか見えない。隣に眠る女の姿が何となく分かるぐらいだった。
 しばらく上半身を起こしたままボーっとしていた。徐々に夜目になってきたのか、真っ暗な空間でも部屋の状態が分かってくる。
 時間を確認すると、夜中の二時半。もう一度寝るか。再度腕枕をして横になった時だった。
「ん?」
 女の眠るほうのベッドの隅に、白い煙のようなものが目に映る。煙というよりも妙に粘っこい白いモヤのようなもの。
 一体、これは何だろう?
 その白いモヤは徐々にであるがブランド女に近づいている。俺は息を飲んでその様子をしばらく凝視していた。
 このままじゃ白いモヤは女に……。
 そう思った瞬間、俺は咄嗟に白いモヤに向かってつかみかかっていた。
「ぐぇっ……」
 声が聞こえ慌てて動きをとめる。俺は腕枕をした状態のまま両腕でつかみ掛かった為、左肩と胸の筋肉でブランド女の首を絞めるような感じになっていたのだ。
「大丈夫か?」
「何よ…、いきなり苦しいなあ…、ゴホッ……」
「ごめんごめん。大丈夫?」
「どうしちゃったの?」
 俺は明かりをつけ、部屋の中を確認するが、先ほどの白いモヤはどこにもいなかった。あれは一体何だったのだろうか?
「ねえ、龍一さん。ちょっと変よ?」
 先ほどの状況を詳しく説明した。すると女は「あなたは怖い本とかそういうのばかり読んでいるからよ」とまた寝てしまった。
 俺の気のせいだったと言うのだろうか……。
 次の週もホテルへ行き、同じ部屋に泊まる。しかし壁に水滴がつくとか、再び白いモヤがという事はなかった。

 ブランド女は毎週必ず自分の休みになると、俺に会っているくせにいつも最初に電話で「ねえ、龍一さん。私に会いたい?」と聞いてくる。下手に「どっちでもいい」なんて言うと、あとで面倒臭くなるので、俺は「うん、会いたいよ」と素直に答えた。
 一度注意してからブランド女は考えたのか、食事が終わったあとちゃんと「ご馳走さまでした」と言うようになっていた。
 でも、妙に自信満々なところは変わらず、「浮気をしていいのよ」と何度も言っていたので、頭に来た俺は頑張って飲み屋の女をとにかく口説き、一ヶ月で七人の女を抱いた。
 とどめとばかり俺は新大久保の『大人のパーティー』にも行った。
『大人のパーティー』とは何か? 3LDKぐらいのマンションの一室で行われる風俗のようなもので、まずそのマンションには中国人の女が数名待機していて、俺ら客の男たちが五、六人同じ部屋に行く。そこで酒を飲みながらどうでもいい会話をして、中国人の女で好みのタイプを選び、別室に行ってセックスをするのだ。これを計二回行うので料金は二万五千円だった。
 ブランド女と川越プリンスホテルに泊まっている時の事だった。どうも俺はプリンスという名のつくホテルを一番利用している。何故か考えてみた。
 お袋が俺ら三兄弟を捨て、出ていったあと、残された俺たちをおじいちゃんやおばあちゃん、そして親父の妹であるおばさんのユーちゃんが大事に育ててくれた。ユーちゃんは一度俺たちを池袋のサンシャインプリンスホテルと、確かプールつきの高輪プリンスホテルに夏休み連れていってくれた。豪華なバイキングに俺ら三兄弟は目を輝かせ、こうしてあの時の嬉しさは未だ心の中に残っている。
 恩返しも何もしていないな、俺は……。
 こんな「浮気してもいいのよ?」なんて馬鹿な事を抜かす女相手に、毎週焼肉屋へ行き、ホテルを泊まり歩く事に金を遣っている。ムキになって無理して他の女を頑張って抱いてみたが、また悪戯に金は出て行く。そんな事に遣うぐらいなら、どうして旅行の一つでも俺は招待してやれなかったのだろうか?
 酷い罪悪感を覚え、俺は酒をしこたま飲んだあと寝た。
 寝ていると何だか顔が痛い。目を覚ますと、女が泣きながら馬乗りになって俺の頬を何度も叩いてくる。
「何でこんなに浮気してるのよ!」
「おまえがしろって言ったんじゃねえか」
「私にちゃんと断ってからって言ったでしょ!」
 あまりにも訳が分からないので、俺は無視して家に帰った。
 数日後、女から「私も反省しました、ごめんなさい。やり直せないかしら」と低姿勢で来たので、何度もその日は抱いた。
 しかし運の悪い事に、俺が浮気した七人の女の誰かから毛じらみを移されていたようで、この日セックスした女にも当然毛じらみは移ったようだ。よくよく考えてみると、七人の女は普通の女だし、どうもあの『大人のパーティー』が怪しい。いや、逆に俺は新大久保に毛じらみを持っていった事になるかもしれない。遊ぶにしても新大久保で遊ぶのだけは今後絶対にやめよう……。
 これに対し烈火の如く怒った女は俺を呼び出した。
「龍一さん! あなた、下半身が痒くないの? どこで誰とやってもらってきたのよ!」
「な、何もしていないよ……」
 絶対にシラを切り通そう。俺は信念を固く持つ事にした。
「じゃあ何でこんな毛じらみになってんの?」
「知らないよ。俺さ、仕事で疲れてサウナにたまに泊まるでしょ? あそこでじゃないかな。大勢の人がいるし」
「医者に行って聞いたら、そんなんで移る確立なんてせいぜい二、三パーセントって言っていたわよ?」
「じゃあ、俺は運悪くその二、三パーセントに入っていたのかもなあ……」
「何をのん気に言ってんのよ?」
「うっせえなあ……」
 あまりにも口うるさいのでセックスして誤魔化し、そのまま一緒に寝た。朝起きると、下の毛がすべて剃られていた。
「これで龍一さんも浮気できないでしょ」と、余裕たっぷりの笑みを浮かべる女に、俺は怒鳴りつけ、この日をきっかけに完全に関係を終わりにした。
 一番下の弟の龍彦に第一ホテルの話をして別れた事を言うと、「寝ている時にいきなり首を絞められたら、誰だって別れるよ」とお馬鹿そうにゲラゲラ笑っていた。

 前回の高慢ちきなブランド女であまり懲りなかった俺は、また出会い系サイトをやってみた。今度はごく普通のOLと知り合う。顔も人並み。スタイルも本当に人並み。ただ性格だけはとてもいい子だったので、何度か会うようになった。一緒にいて居心地が良かったのだ。
 わがままな俺は、いつもやりたい放題。だけど彼女はいつだって笑顔で暖かく見守ってくれている。
 俺が会いたいと言えば、すぐにすっ飛んできて会いに来た。
 俺が腹減ったと言うと、夜中でも一緒に食事へ付き合ってくれた。
 俺が抱きたいと言うと、嫌な顔一つもせず大人しく抱かれた。
 ここまで従順な女もいないだろう。
 一度秩父の山奥にある温泉へ、真夏に旅行へ行き、メロンのソフトクリームを食べた。メロンが食えない俺はソフトクリームならと頼んでみたが、生々しいメロンの味がし、とてもじゃないが食べられないでいた。
 そんな時、彼女は自分の頼んだ普通のソフトクリームと交換してくれた。
「あら、こっちのメロンもおいしいじゃない」
「嫌だ。そのメロン、本当のメロンみたいな味がすんだもん」
「じゃあ、普通のにすればよかったのに」
「どんなんだか食べてみたかったんだよ」
「はいはい、龍ちゃんは王様だからね」
 何故かいつも彼女は俺の事を王様と呼んだ。一緒に風呂へ入る時も、俺の体を隅々まで丁寧に洗ってくれた。
 知り合ってしばらく経つと、彼女から「一緒に暮らさない?」と言われる。俺より三つ年上だったので焦っているのかもしれない。未だ同棲などした事がない俺。自由が利かなくなるようなイメージがあったので、自然と避けていた。
 確かにこの女は本当に性格も良く、馬だって合う。このまま一緒にいるのも悪くない。
 だけどこの同棲を許可したら、一生俺は見えない鎖に繋がれるようなイメージを持っていた。
 まあ、こんな事を考える自体、相手に失礼か……。
「一緒に住むとしたら、どの辺がいいんだい?」
 とりあえず希望を聞いてみる事にした。
「う~ん、できれば新宿、渋谷、池袋近辺が、便利じゃないかな」
 新宿で仕事をする俺は、そのほうが便利である事は確かである。彼女の勤務先は八王子なので、もっとへんぴなところを指定すると思ったぐらいだ。
 まあ、この辺の性格の良さを俺は気に入っているのだろう。ただ同棲してしまうと、その次は結婚となるだろうしなあ……。
 とりあえず居心地いいから会っているようなもんなんで、本心を言えばもっと綺麗な女と初同棲はしたい。

 そこそこの金を稼いでいる俺は、毎週になると競馬にハマっていた。
 土日で、最低十万円は使っている俺。
 この女と会うようになって、不思議とギャンブル運が急激に良くなったような気がする。
 たまにではあるが俺が大金を張り、勝負しようとすると、止める時と止めない時があるのだ。
 彼女が今回は競馬を見送ってというと、必ずといっていいぐらい俺の予想は外れた。忠告を聞かなければ、十万円は最低でも負けていた事になる。
 逆に馬連一点に五万突っ込もうとするのを止めない時は、ほとんど当たった。
 今まで競馬で負け続け、稼いだ金をドブに捨てていたような生活が、彼女のおかげで、非常に豊かな生活を送れているのである。
 だから俺がデート代や、ホテル代のほとんどを出してやった。
 女も悪いと思ったのか、稼ぎが少ないのによく自分の金で、セブンスターをワンカートンも買ってプレゼントしてくれた。
 ある日、歌舞伎町のゲーム屋へ行った事がないというので、初めて連れて行った時には驚いた。
 何故なら今までにない勝ち方をしたからである。
 この当時歌舞伎町の流行りは、レートが一円のポーカーだった。当然俺のいる店『ワールド』も一円の店である。俺がたまたま入った店は一円レートと、その倍の二円レートの台もあった。珍しいのでやってみる。横では彼女が大人しく座って見ていた。
 マックスの二百ベット。つまり金額にして二百円を毎回一ゲームにつぎ込みながら、遊んでいるとフォーカードが揃う。
「ん…、何だ?」
 画面上がいきなり点滅しだして背景が赤色で止まった。このゲームのフォーカードは五十倍だったので二百ベット賭けている俺は一万点。何故かその一万が倍の二万点になっている。店員が近づき、ちょっとした説明をしてくれた。
「この台、一応叩き台なんですが、フルハウス、フォーカードが揃うと画面が点滅して、赤で止まれば二倍。緑で止まれば三倍になるんですよ。もちろんダブルアップして叩けますよ。まあ、ほとんどのお客さんは叩きませんけどね」
 俺はそんな柔い客じゃねえぜ……。
 今テイクすれば、金額にして二万円になるというのにくだらないプライドを持つ俺は、躊躇わずダブルアップのボタンを押した。
「おぉ!」
 ダブルアップを押し画面を切り替えると、カードの上に「×5」という表記がある。
「すごいですね~。これ、当てれば二万かける五倍で、一気に十万になりますよ」
 もはや一円のレートでは考えられない配当であった。
「でも、こんなのさすがに当たらないでしょ?」
「そうですね…。さすがにこれは当たった人、見た事ありませんね」
 店員は正直に答えた。最初に入れた金額は初回の二千円だけである。これが一気に十万になる可能性があるのなら、やってみるのも一興だろう。
 彼女は俺の叩く様子を黙って見守っていた。心の中で隣に上げマン女がいるしなと呟く。
「うりゃっ!」
 気合いを入れ、ビックのボタンを叩く。
「おぉ!」
 店員たちもビックリした声を上げた。何と、俺は二万×五倍を見事当ててしまったのだ。
 横にいる彼女と手を取り合い、はしゃぐ俺たち。きっとこの女は、俺にとって上げマンなのだろう。さっきも俺が勝負に行こうとして止めなかった。本人が意識してかどうかまでは分からない。しかし、いつだって女が止めない時はこうして勝っているのが現実だ。
 店員は俺のやっているゲームの画面をポラロイドカメラで撮り、額縁に飾って店内に貼った。日にちと台の番号。そしてその横には「神威龍一様」と書かれている。
 気分を良くした俺は、これ以上この台でやっても出ないのを分かりながら、八万円突っ込んだ。最後に店員に一万円札をチップ代わりにあげ、店を出る。
 結局最初に二千円使っているからたった八千円の儲けになってしまったが、気持ち的には万馬券を取った時以上のものがあった。
「おまえ、本当に上げマンだよな……」
 顔を見つめながらマジマジ言うと、彼女は照れ臭そうにしながら下をうつむく。
「この金で、うまいもんでも食おうぜ!」
「うん!」
「何が食いたい?」
「私、ラーメンと餃子がいいな……」
「何だよ、それは? もっといいもんを食おうぜ?」
「でも~…、気分的に餃子が食べたいなあって……」
「分かったよ……」
 俺は勝った八千円の半分である四千円を彼女にあげた。なかなか受け取ろうとしなかったので、半ば強引に渡す。
「この金受け取らなきゃ、もう二度と会わねえぞ?」
「分かった…。分かったよ……」
 渋々金を受け取る女。こういった奥ゆかしい面もいい。どっちにしても欲のない女である。

 歌舞伎町内にあるラーメン屋へ入る。今まで肉食である俺の好みの店ばかりつき合わせていたが、本来こいつはこういった素朴なものが好きだったのか。
「何にするんだい?」
「私は、餃子とラーメンがあれば……」
「じゃあ、適当に色々頼むから、一緒に色々摘むか」
「そうだね」
 俺はメニューをざっと見て、店員を呼ぶ。
「すみません。え~とですね~…。餃子を二人前に、ラーメン一つ。それと春巻きに、麻婆茄子。あとは生姜焼きと、炒飯。あとは……」
「龍ちゃん、そんなに私、食べれないよう……」
「分かったよ。じゃあ、とりあえずその辺で」
「か、かしこまりました」
 彼女は困った表情でメニューを眺めている。
「大丈夫だよ。俺が残ったら、全部残さず食うからさ」
「ならいいけど……」
 俺と彼女は先ほどのゲームの話をして盛り上がった。通常ダブルアップを叩いても、一万点を超すと一気となる。なので大きな点数といっても、九千六百×五倍がいいところである。それだって普通なら当たる訳がないのだ。いきなり十万点の一気ができたのは、本当に彼女の上げマン効果のおかげかもしれない。
 こいつと一緒に同棲ってもありかもな……。
 そんな事を考えている内に、料理が次々と運ばれてきた。
 餃子のたれを作る割合だが、俺は醤油より若干酢を多め、そしてラー油は数滴垂らす。ちょっとすっぱいほうが好きなのである。
 女の分も作ろうと小皿に醤油を入れようとした時、慌てて制止してきた。
「大丈夫だよ、龍ちゃん。私、自分で作るから」
「あっそう……」
 俺は炒飯や麻婆茄子を食らい、彼女はラーメンを啜りながら餃子を摘む。
 彼女の餃子の食べ方は非常に変わっていた。普通なら醤油に酢とラー油。人それぞれ割合は違うが、中には酢は駄目で醤油だけという人間もいる。それはそれで分かる。
 だが、彼女の小皿には醤油もラー油もまったく入ってない。ようするに彼女は酢だけで餃子を食べていたのだ。
「ねえ、醤油はいいの?」
「うん、私、酢だけで食べるのが好きなの」
 このような食べ方をする人間を初めて見たので少しビックリしたが、変わっているなあと思う以外別段気にする事はなかった。
 途中で俺がラーメンを食べたり、彼女が炒飯を食べたりとしていると、さすがにお腹が膨れてきた。
「俺、あと、こっちの食べるだけで精一杯になってきた…。あと、ラーメンと餃子頼むわ」
「もういらないの?」
「ああ、腹一杯だもん……」
「ほんとにもう食べない?」
「いいよ、食べちゃって……」
 返事をするのもだるいぐらい腹が膨れている。
「じゃあ、私、食べちゃうよ?」
 くどいぐらい彼女は、しつこく聞き直す。
「いいよ、ほんとに……」
 俺がそう答えた瞬間だった。彼女の手が酢の入ったビンに伸びる。左手で蓋を外したかと思うとラーメンの丼に向かって、酢をダバダバ入れだした。
 ほぼ満タンに入っていた酢をすべてラーメンにぶち込んだ彼女は照れ臭そうに笑う。
「私、お酢大好きなんだ……」
 おいしそうに酢がたっぷり入ったラーメンを食べる彼女の姿を見て、俺は鳥肌が立っていた。

 酢を飲むと身体が柔らかくなるとよく言われるが、ぶっちゃけあれは嘘だ。酢に柔らかくなる成分など何も含まれていない。何故そう言われるかといえば、昔とても身体の柔らかいヨガの達人がテレビのインタビューで「私は毎日お酢を飲んでいる」と答えた事から、みんな間違った知識を得ているようだ。いや、そんな事どうでもいいか……。
 それよりも今、深刻に考えなきゃいけないのは彼女の件だ。
 もし、あいつと一緒に住んだら、毎日手料理を食べる事になる。
 俺は別に酢が嫌いではない。どちらかといえば好きなほうである。餃子を食べる時の割合も、酢のほうが多目にするぐらいだ。
 それにしても彼女の酢の使い方は異様である。ひとビンすべて酢をラーメンにぶち込むような女。絶対に味覚が狂っているとしかいいようがない。その彼女の手料理を毎日のように食わされるのか……。
 考えるとゾッとした。
 味覚が違い過ぎるのは、一緒になったとしても、絶対にうまくいかないような気がする。いや、その前に彼女の作る料理を口に入れたくなかった。
 寿司屋などにある酢飯は好きである。しかし、毎日のようにご飯の中に酢を大量に入れられたらどうしよう……。
 何を作るにも、調味料代わりに酢をドバッと入れられる。
「私、お酢が好きだからさ……」
 そのひと言で済まされたらどうしよう……。
 一緒に同棲してもいいかなと思っていたが、一気に反転したような感じである。危険信号がどこからかずっと聞こえていた。
 ひょっとしたら、あいつの掻く汗の半分以上は、酢でできているんじゃないだろうか?
 彼女の顔に、酢の入ったビンが一緒に重なってくる。
「どうしよう……」
 俺はこれまでの思い出など関係なしに、もう会うのはやめようと思っていた。

 あれ以来、俺からは連絡をしていない。彼女から明日空いているかというメールは、二回ほど来た。しかし俺は仕事が入っていると、適当ないい訳をでっちりあげ断っている。
 悪いとは思いながらも、もし次に会う時は俺が別れ話を切り出す時であると感じていた。
 彼女からすれば、「一体、私が何をしたの?」と思うだろう。
 性格だっていい。従順である。居心地だって良かった。
 酢をラーメンに、ドバドバ入れるところを見るまでは……。
 普通に考えれば、料理に何でも酢を入れる訳がない。そんな事は分かっている。しかし、目をつぶると部屋で立ったまま腰に手を掛け、酢のビンを一気飲みしている女の姿がリアルに頭の中で浮かんできた。
「最近どうかしたの? 龍ちゃん、ちょっと変だよ?」
 とうとう女から電話が掛かってきた。いつもなら普通に会っているのに、避けるようになって二週間が過ぎようとしている。メールでは埒があかないと電話をしてきたのだろう。
「ん、いや…、別に……」
「一緒に住む部屋なんだけどさ。高田馬場辺りでいい物件見つかったの。今日、時間あるなら一緒に見に行かない?」
「……」
 何て答えればいいんだ?
「あれ、龍ちゃん?」
 覚悟を決めろ…。今、ここでちゃんと決めないと、取り返しがつかないぞ。
「ごめん…。俺、もうちょっと競馬を一生懸命やりたいから、一緒に住むのもうちょい待って……」
「りゅ、龍ちゃん……」
 誰がどう見ても「はぁ?」と言いたくなるような訳の分からないいい訳をしながら、俺はとりあえず電話を切った。
 あいつは何も悪い事をしていない……。
 罪悪感が全身を包み込んだ。
 悪いのは俺だ。あいつは、ただ無類の酢好きというだけなのに……。
 いいじゃないか、どんな食べ方を好んだって。
 目玉焼きはどうだ。
 あれぐらい掛ける調味料が人によって分かれるものなんてないだろう。
 醤油もいればソースもいる。ケチャップだっているし、マヨネーズだっている。そういえば昔、目玉焼きを食べるぐらいで丁重に紙エプロンなんかして、アラビキコショウと天然塩を掛けながらフォークとナイフで食っていた奴がいたな。あれは何だか見ていて無性にムカついたけど。
 違う、違う……。
 今はそんな事どうでもいいだろ?
 彼女の事だ。
 あいつなら目玉焼きには……。
 おそらく酢をぶっかけるんだろうな……。
 頭の中では、彼女が風呂上りに腰に手をあてながら酢の一升瓶を一気飲みして、「プハッ」っとしている姿を想像していた……。

 競馬をもうちょっと一生懸命やりたいからって何だ?
 そんな事を言われた相手は、一体どう思うのだろう……。
 まさか原因がラーメンに酢をドバドバ入れたからだと言えるはずがない。餃子を酢だけで食べたからだなんて言えるわけがないのだ。
 いや、そんなのが原因じゃない。
 原因はこの俺の過大な被害妄想である……。
 ああ…、どうしよう……。
 俺は、毎日のように悩んでいた。
 鏡を見ると、ここ最近で白髪が増えたような気がする。
 頭の中は女が可哀相だという気持ちと、酢を一気飲みする女の姿が交互に訪れていた。
 実際に会うと、情にほだされ気持ちが揺らいでしまう。メールで別れようとうまく伝えるしかない……。
《拝啓…。ごめん、ちょっと色々自分の身の振り方を考えていく内に、俺たち別れたほうがいいんじゃないかなって思うようになった。非常に身勝手なのは分かっている。本当にすまないと思っている…。別にこれはおまえが悪い訳でなく、俺の一方的な意見だ。気を悪くしないでくれとは言わない。勝手な俺の言い分をメールで押しつけているのだから…。俺は最低だと思う。おまえは性格もいいし、人柄だっていい。俺でなく、もっといい男を見つけてくれ……。 神威龍一》
 長いメールを打ち、何度も読み直した。これであいつは分かってくれるだろうか? 仮にも一緒に住もうと思った相手からこのようなメールをもらったら、どのように感じるのか? 傷つかないだろうか?
 深い溜息をつく。
 でも、このままじゃ俺自身に危険が及ぶのだ。
 別れるなら、情を掛けるな……。
 現状のままいたいなら今すぐ電話を掛け、会いに行けばいい……。
 単純な二択。でも俺は、どちらを選択するかなど迷う必要はなかった。
「すまない……」
 俺は、メールの送信ボタンを押した。
 送信中…という画面をジッと見つめ、今ならキャンセルできると何度も思った。しかし、俺はただ、その画面をジッと見ている事しかできないでいる。
 送信完了しました……。
 無情にも携帯の画面には、その言葉が表示される。もの凄い後悔が襲ってくるが、今さら遅い。すでに送ってしまったあとなのである。
 あいつは今、どんな気持ちでこのメールを見ているのだろうか? やるせない気持ちになり、自己嫌悪に陥る。
 窓を開け、澄み切った青空を意味もなくボーっと見つめた。今は何も考えるな……。
 それだけを自分に言い聞かせながら、俺は青空をしばらく見つめていた。
 五分ほどして携帯電話が鳴る。受信音から、彼女からのメールだと分かった。携帯を取ろうと伸ばす手が、とても重く感じる。恐る恐る俺は、画面を見た。
《龍ちゃん、何かの冗談でしょ? 何かおかしいよ~。 小田郁美》
 たったそれだけの短い文章だった。その短い文章は、俺の心の中を深くえぐる。
「本当にすまない……」
 俺は、心の中で何度も懺悔をした。
 自分でもおかしい行為をしているのは自覚している。だけど、やっぱり酢を飲む女は駄目だ。自分の気持ちに正直に生きよう。俺はあそこまで酢好きじゃない女と出会いたい。
 しばらく酢女からはメールが毎日のようにあったが、時が経つにつれ一日おき、三日おきとなり、とうとう連絡は一切なくなった。
 本当に申し訳ないと思ったけど、自分の人生なのだ。罪悪感を感じつつ今日も俺は新宿へ向かう。
 後日、弟の龍也に酢女の話をすると、ヨダレを垂らしながらずっと笑っていたので、俺はケツに蹴りをお見舞いしてやった。

 ブランド女、酢女との一連の騒動にも懲りず、俺はまだ出会い系サイトからなかなか足を洗えない。
 出会い系サイトをした事ない人からは「あんなものどうせサクラでしょ?」と鼻で笑われたが、実際は違う。何故なら俺はこれまでに八人の女と、実際に会っているからだ。
 今思えば携帯電話がようやくメールやインターネットを使えるようになった時代へ突入した頃である。だから今のように悪い事に使おうだなんて奴もいないし、パケット代だけで月に数万円も請求がきた。
 元々、メールのやり取りのみでお互いの気持ちをどんどん近づけている行為な為、実際に会うと、即そのままホテルへというパターンが多かった。男が寂しいと思う分だけ、女もまた寂しいはずなのだ。
 ただ出会い系サイトで知り合った女は、可愛いと手放しで褒められるような女はいない。八人の女と会ったが、もちろんそのすべてを抱いた訳ではない。これまで八人の内、抱けたのは三人だけ。どう見ても詐欺だろって女もいた。
 芸能人の誰々に似ていると言いながら、実際に会ってみると似ても似つかない女なんてザラである。この当時は携帯電話にカメラ機能などついていないので、文字のやり取りのみである程度相手を想像しなくてはいけない。だから実際に会うという行為自体、くじ引きと同じで、当たりもあれば当然外れだってあるのである。
 これまでの当たりはブランド女と、酢女ぐらいだろう。いや、結局自分から嫌気を差して別れている時点で当たりもクソもない。
 外れの場合、待ち合わせ場所で会った瞬間、自分の携帯へメールを送って音を鳴らし、「あ、急に仕事入っちゃった、ごめん」と白々しく逃げるように帰った事もある。失礼だと思っているが、しょうがないのだ。一度曙に引けを取らないぐらいのすごい女だって来た事がある。ちょっとよそ見すると、壁に鉄砲でも「ふんっ」とか言いながら打ってそうな感じの女である。誰が俺のこの行為を責める事ができよう。
 むしろこういう外れのほうが多いぐらいだった。
 出会い系とは、携帯電話という通信手段を使ったテレクラである。これは、間違いない事実だ。顔も知らない異性に興味を抱き、どんどん相手にのめり込んでいく。多分、その過程が一番面白く感じるところだろう。だが、人間とは欲深い生き物である。俺もそうだ。危険な果実を求め、結果、傷つく……。
 そもそも出会い系で知り合うきっかけは、どちらかが相手にアプローチする事から始まる。自分の好みの条件にそった女性を探すのもいい。掲示板と呼ばれる自己紹介を見て、この子にしようとするのもいい。逆に自分に対し、アプローチしてくる女性もいる。
 この世界では何もかもが自由なのだ。お互いのフィーリングさえ合えば、すべて自由なのである。
 お互いが気になりだすと、定期的にメールやメッセージを送る。最初の頃はあまり自分を出さず、世間話的な話を……。
 その内、内容はどんどんエスカレートしていく。人間には感情というものがある。相手の事が気になりだすと、制御がまるで利かなくなってくるのだ。
 お互いがお互いを求めるようになり、まだ顔も知らない仲なのに、付き合いだしたカップルのような錯覚を感じるようになる。
 それはそうだろう。相手の顔も分からない。必然的に自分にとって都合のいいように、どうにでも想像できるのだ。これほど自分にとって理想の女はいないだろう。寂しさを紛らわせ、まだ見ぬ空想の人物にすがり、想いを寄せる。
 それは相手も同様だろう。
 俺は多数の女にメッセージを送り、やり取りをしてきた。文字だけの交流。そんな世界でもフィーリングが合う合わないは存在する。やがて、一番波長の合った相手を選択し、その人だけに没頭する。
 この頃の出会い系サイトには、妙な興奮があった。
 だいたい楽しいのはそこまで。実際に会うと、夢を砕かれる事が多い。当たり前だ。自分で相手を都合よく美化して想像を膨らませてきたのだから。第一そんな自分の理想通りの女が、出会い系サイトに登録などしているはずがないのだ。いい女は黙っていても男が群がり口説く。だから出会い系に登録する事自体、必要ない。
 それでも会う途中までのやり取りの楽しさを覚えた人間は、懲りずに何度も同じ事を繰り返していく。もちろん俺だってそうだ。
 この程度までは、出会い系をやった人間ほとんどが体験をした事だと思う。しかし中には特殊な異性もいた。


 

 

2(真・進化するストーカー女編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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