2024/09/11 wed
2013年8月5日
※いずれ先の話になるが、作品に書くだろう内容の記述
横浜福富町のインターネットカジノで働く俺。
この街は非常に特殊で、客層の九割はヤクザ者か薬物の売人ばかり。まともな客などほとんど来ない。
日付けが変わったばかりの真夜中、一人の客が店を出た。
売人をしているのでこの客は何度も出入りが激しい。
ピンポーン……。
数秒もしない内に彼はまた戻って来る。
「あれ、テツさん忘れ物ですか?」
俺が入口を開けながら声を掛ける。
「外に警察がいっぱい!」
そう言ってテツは慌てふためく。
店内は7名の客…、それぞれが一斉に立ち上がった。
店内は一気にパニック状態になる。
情報では手入れの話など何も入っていない。
もし何かあるとしても、別件でうちとは関係ない話。
こちらがそう思いでんと構えていても、店内のヤクザ連中はどこかへ電話を掛けたり、持っているシャブを隠そうと大慌て。
「大丈夫ですよ。うちには情報入ってないし、別件ですから」と諭しても連中は、まるで聞く耳持たず。
錯乱状態で一人はテッシュ箱の中身を取り出し、紙と紙の間へパケに入ったシャブを詰め込みだした。
「何をやってんですか!」
「隠してんだよ!」
十人十色の慌てふためきようが面白いので、俺はしばらく見物しながら吹き出しそうになるのを必死にこらえた。
すると廊下を映すモニターに、警官と私服警官らしき人物二人が映る。
制服を着た警官なら当店とは完全な別件。
うちの店のドアをノックしているが、もちろん開ける気など毛頭ない。
制服がいる時点で生活安全課ではないし慌てる必要性などどこにもないのに、ヤクザ連中は様々な行動をしながらパニックに陥っていた。
再度ノックをする警察官。
俺は返事もせずそのままモニターを見ながら眺める。
入口前にいた警官らは少しして諦めた様子で戻っていく。
肩を叩かれたので振り返ると、ヤクザ者の女の一人が「おしっこちょうだい!」と涙目で口を開く。
「静かにして下さい」
俺はその大声で、せっかく去っていく警官が再び戻ってくるのを避けたい。
「お願い! おしっこ! おしっこを!」
おしっこ?
まったく意味不明の言動に対し、俺は「さっきトイレ行ったばかりだから無理ですよ」と爽やかな笑顔で明るく答えた。
するとその女はバックからコンドームを取り出し、「お願いだから、この中におしっこしてきて! 入口ギュッと縛って私待っているから」と懇願してくる。
「だからですね…。先程自分は……」
「懲役に行くかどうかの瀬戸際なの!」
なるほど…、彼女らは全員が全員シャブ所持者。
店まで警察が入ってくると恐怖感のあまり、錯乱状況になっているのである。
捕まると必ずあるのが尿検査。
その結果次第で命運が分かれるのだ。
「お願いだからおしっこちょうだいっ!」
「分かりました。でも今は出ないので、もし警察がドアをこじ開けるようになったら、すぐにそれに出しますから」と言って、ひとまず安心させた。
何が原因か分からないが、うちの店に警察が来るなんてまずないのになあ……。
「何であなたはそんな冷静なの!」
ヤクザ者の女は不思議そうに俺を見る。
「大声出さなきゃ大丈夫ですから、安心して下さい」
後ろを振り返ると、背の低いチビッ子ヤクザが、8卓の椅子に乗り天井を見上げている。
手にはパケに入った数個のシャブ。
上には天井裏へと繋がる通気口があるが、チビヤクザは背が低過ぎるのでまるで天井には手が届かない。
シャブを天井裏に隠したいのだろう。
彼は椅子からテーブルの上へのぼり両手を伸ばすが、それでも天井とはまだ五十センチぐらいの開きがあった。
いくら背伸びしたところで、まったく届いていない……。
「ブッ……、ゴホッ、ゴホッ……」
俺は危なく吹き出しそうになるのを咳払いで誤魔化す。
セカンドバックに入れてあるデジタルカメラへ、そっと手を伸ばす。
できればこの面白過ぎる光景の動画を撮っておきたい……。
また別の卓に座っていたヤクザ者、表情だけは澄まし落ち着いた雰囲気を醸し出す。
しかし怯えているせいか手は震え、カバンの中身を床にぶちまけた。
バラバラと転がる注射器。
アワアワしながら拾う姿は滑稽以外の何者でもない。
こいつら、いつもそんな物騒なものを持ち歩いているのか……。
一番奥の席にいたヤクザ者の親分はみんな慌てようを見て、黙ったまま席を立ちあがり、しれっとしながらトイレへ入っていく。
昔テレビで放送していた『とんぼ』の長渕剛を意識したような髪型。身体の細さも似ているが、表情はもっとしょぼくれている。
こいつ、うちの便所の中に変なもの隠そうとするなよな……。
とりあえず外から連絡が入った。
原因はうちのビルの七階の店のセコムの警報が鳴ったらしく、それで各階を警官らが調べているようだ。
まったく人騒がせな……。
店内からでは外の様子が分からないので、知り合いからの電話で状況を把握できた。
「今なら外は制服が二人しかいないそうです。みなさん、急いで出て下さい」
俺は安全を確認すると、客を外へ出そうと促す。
蜘蛛の子を散らすようにヤクザ者は店を飛び出した。
客が一人もいなくなった店内。
俺は従業員と目を合わせると、自然と大笑いした。
数分経ち、先程いた長渕剛を意識した親分から電話が入る。
「あのさー、おまえらがガサだなんて言ってるから、こっちは慌ててトイレにブツを流しちゃったじゃねえか。店でその損失を何とかしてくれよ」
「……」
何とち狂った事を抜かしているのだろうか、この馬鹿ヤクザは……。
店側からは一度だってガサ入れだと言っていない事、勝手に勘違いして焦り、トイレにブツを流したのは自己責任だという説明を伝え、面倒なので手短に電話を切る。
うん、横浜って平和で笑える街である。
おわり
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