2024/12/27 fry
前回の章
俺はぎーたかからもらったメールを見返す。
どれだけいるか分からないが、俺が一番気になっているのは、ぎーたかだった。
この子の性格に、とても惹かれている。
二千十年三月十一日
でもあたしは、活字になった時に岩上さんの鬼畜道を読みたいです……。
ゼロと一で表現されたものに何の興味もないのです……。
下らないブログとか……。
読みたい!
…てゆーか覗きたい気持ちを抑えながら、岩上さんの本が世に出た時に、触れたいです。
こんな事を言いながらも『鬼畜道 〜天使の羽を持つ子〜』の最終章を読みやがった。
そしてコメントまで残してくれた。
二千十年九月九日
感動しました。
プライド高きゆえあまりにも孤独すぎる主人公。
誰かに認めてもらいたいという衝動で動いていく。
最後に気づく。
そうではない。
一番大切な事は、誰かを認める事、すなわち感謝なのだ、と。
これは、この作品の主人公にしか言えないです。
絶対に本にすべきだと思いました。
本当に彼女には申し訳ない。
すべては俺の力不足で、作品を本にできていないのだ。
できれば俺だって本にしたいさ。
頑張っていない訳じゃない。
努力だってしているつもり。
俺は彼女宛にメッセージを送る事にした。
先日あのような形で最終章を読ませてしまい、すまなかった。
もちろん俺だって本にはしたい。
でもその手段がないのは事実。
だからとりあえず自分でこうして本を作ってみた。
以前約束したから受け取ってほしいんだけど、もちろん無理強いはしない。
いらないなら、他の欲しがる人にあげるから心配しないで。
もしもこのような行為が迷惑なら、ハッキリ言ってもらえれば、このような事はもうしない。
考えるのは構わないけど、いずれイエスかノーの返事はほしいと思っている。
それにこれで、約束を果たしたとも思っていないから。
ひょっとしたら岩上智一郎でなく、ペンネームは変えるかもしれない。
できればいつも笑顔でいたいから、余計な災いを招くような真似を今後は極力控えようと思ってね。
何気に誹謗中傷が多いので、それがやっかみかどうか分からないけど、もうつまらない事であまりイライラしたくないんだ。
俺なりに考えた『沈黙は金なり』かなと思ってね。
まあおそらく作品自体の質は、名前変えても何も変わらないだろうけど。
岩上智一郎より
ぎーたか
岩上先生。
嬉しいお言葉、ありがとうございます。
せっかくのことですが、プレゼントは辞退申し上げたいと思います。
私はこれまでどおり陰ながら、応援させて頂きたいです。
岩上先生が描く「孤独の世界」はきっといつかまた世に出るものと思っています。
そのときはぜひ、一番最初に手に入れることが出来たらいいな、と。
岩上智一郎
まずは返事をくれて、ありがとう。
分かっていたつもりだけど、やっぱ頑固な女だ。
まあその辺のところは気に入ってはいるけど。
まあ世にひとえに出すと言っても、何かしらの作品をどこかの賞へ応募してまた獲るしか方法はないと思っている。
だけどぶっちゃけ賞とかって興味、あまり実はないんだよね。
あれは作品の中身ももちろんそうだけど、ある程度運とタイミング的なものしかないから。
本来、出版が決まると大抵は出版社から寄贈用として数冊もらえるんだけど、ただ一番最初はちょっと難しいかも……。
もしもそんな日が来たら、俺はその時点で一番近くにいる女を大事にするだろうから、格好つけながら「おまえにこれを一番初めにやる」とか言いそうだし。
約束はできないけど、その時が来たら、その寄贈用の本はプレゼントしたいとは考えているよ。
先日の最終章のコメントでは自分で書いておきながら、ぎーたかさんのコメントで気付かされた部分もあるしね。
そういった事と、何て表現したら分からないけど、剥き出しの心からの叫びってものは感じるから、君には感謝はしているつもり。
名前も顔も知らないけどさ、かなりいい女なんだなって感じるしね。
男はいい女の前じゃ、格好つけたい動物だし、別に君だけの為になんて思わないけど、いつか格好つけたいとは思っている。
最終章読んで、直に「読んでて疲れました」っていう意見も個人的に聞いたし、万人に受ける作品ってのは難しいものだあと痛感もしている。
感動を与えようと思って書くつもりはこれからも毛頭ないし。
あ、あとここ最近の記事で一つ嘘をついている事がある。
俺は才能がない……。
悪いけど、あれは嘘だ。
俺なりにぎーたかへ気を使って返事を書いた。
でもこんなもの絶対彼女の心には届かないんだろうな……。
あくまでも彼女の関心は、俺の根底から絞り出した声しか興味がないのだから。
どんなに芽が出なくても、俺は書き続けるよ。
川上キカイで働き出してから、加藤皐月の一件を除けば平穏無事に過ごせている。
上司の小田柳は常に俺を立ててくれ、仕事でのストレスはまるでない。
この辺は彼の好意に感謝している。
俺はできる限り自身の心を乱さず、それを文字に変えていかなきゃいけない。
以前同級生の荻野力ことおぎゃんに言われた事を思い出す。
『岩ヤン、今週のチャンピオン見た? 刃牙の作者にパクられているよ 荻野力』
もちろん知っていた。
不動の人気連載漫画『範馬刃牙』。
愚地克巳が真マッハ突きをマスターしたが、白亜紀の生き残りピクルには通用せず敗北。
その彼を主人公範馬刃牙がお見舞いに行った週のチャンピオンである。
不自然に刃牙は、新聞紙を丸める仕草を見せた。
この週の連載がやる前……。
当時俺はこんな記事を書いた。
この当時TBSから連絡を受けていた俺は、クレッシェンド第三弾『新宿プレリュード』を二千八年十月六日「第二回ドラマ原作大賞へいっぱい出そう!」で発表。
そしてその前では、二十八年九月二十九日「ゴリ伝説、プレリュード、クレッシェンドを使った凄い話」記事を書き……。
・TBSのドラマ
・ヤングジャンプ
・総合格闘技
・新宿歌舞伎町
・新宿クレッシェンド
これらが混ざったら面白くない?
それをテーマに書く。
そのすぐあとで……。
おぎゃんから「岩ヤンの作品を板垣(刃牙の作者)がパクっているよ!」と連絡が入る。
【新宿プレリュードより一部抜粋】
大して力も使わないのに、先端が細いと簡単に人間の皮膚など突き抜ける。
針で刺すというのを打撃の理論で当てはめると、相手に当てる面積が狭ければ狭いほど、威力は大きい。
右手を開いてジッと見つめる。
俺の利き腕はもちろん右である。
指先をそろえ、抜き手で相手へ突き出す……。
いや、まだ弱いものがある。先端が細ければ細いほどいい。
五本ある指の中で、一番細いのは小指……。
しかし、それでは弱過ぎる。
以前、指立て伏せをする際、試してみた事があった。
親指なら左右の二本でできた。
親指以外の四本指で左右、腕立て伏せの姿勢をとる。
それでやろうとしても、起き上がれず途中で潰れてしまう。
結論として、親指一本のほうが、他の四本指よりも力は強いという事になる。
そこで俺は徹底的に、右の親指のみを鍛え抜いた。
まず、広げた新聞紙の端を右手で持ち、グチャグチャと片手で丸めていく。
一枚だけなら、そんな辛くはなく普通に丸める事ができた。
しかし、新聞紙を二枚重ねて、同じ事をやろうとすると、なかなか大変な作業になる。
家でとっている朝刊、夕刊すべてを毎日、右手を使い丸めた。
そして左右親指のみの指立て伏せ。
毎日何回と決めるのではなく、暇があって指に余力があれば、出来る限り繰り返し反復する。
疲労を覚え、身体が動くのをやめようとするが、脳みそから出る命令に逆らい、ひたすら限界を超え続ける。
バケツいっぱいに小石を詰め、そこへ親指を突き刺す練習をした。
さらに鉄の柱目掛けて同じ事をする。
当然、親指の爪は割れ、血は吹き出す。
痛いのは当たり前。
痛い事をあえてやっているんだから……。
俺は歯を食い縛って、毎日続けた。
こうして、俺の親指は凶器となっていった。
卑怯極まりなき打撃技の完成。
これを俺は自分で『打突』と名づけた。
真正面から繰り出す通常の打撃とは違い、クリンチ状態になった時のような密着戦において、初めて真価を発揮する打撃技。
相手の完全な死角、真横から鍛え抜いた親指をそのまま突き刺す卑劣な技である。
俺は当時こんな抜粋部分をネット上でアップした。
そして次週発売された秋田書店発行『週刊少年チャンピオン』。
刃牙:「以前は決して隠す事のできなかった一枚の新聞紙。今は完全に拳の中へ隠し事ができる」
地上最強の生物と戦う前に、何故かいきなりこんなパフォーマンス……。
おいおい、地上最強レベルを謳っていながら、いきなり新聞紙一枚を丸める?
突然の意味不明なストーリーバランス、読者はこのシーンを見て、「はあ?」ってみんな思ったところだと思うよ。
まあ、向こうは売れっ子だから何でもありなのかもしれないけどさ、俺の魂を汚すなよ、ボケ。
誕生日がやってきた。
これで俺も三十九歳。
四十歳まであと僅か。
俺は九月十三日に生まれた。
ジャンボ鶴田師匠は五月十三日に亡くなった。
三沢光晴さんは六月十三日に亡くなった。
十三日の金曜日は縁起が悪いなんて言うが、俺にとって親しい人が二人もその日に亡くなった現実。
何となく五、六月以外の月の十三日が来るのが怖い。
まあオカルトチックな事を考えていても意味が無いか。
影原美優から連絡が入る。
俺は車で迎えに向かう。
彼女は美容師の資格を生かし、ようやく働きだした。
その初任給が入ったのもあり、俺の誕生日にご馳走したいと連絡してきたのだ。
古木と同棲する女。
古木は相変わらず煙たがっている。
パソコンのデータを復旧してもらって以来、古木からも影原に関する愚痴の連絡がまた来るようになった。
二人共俺に陰で愚痴をこぼすくらいなら、とっとと別れればいいのにと思う。
牧田順子はすべてのアドレスから、ブロックしてあるのであれ以来連絡は届かなくさせた。
以前隠れて牧田と会っていた古木も、ここ数ヶ月は会わなくなったようだ。
理由を聞くと、俺に言われた二年がもうじき近付いているが、一向に動きの無い古木に対し、会うと常に苛立ちをぶつけられるらしい。
元々は性格の不一致から、二股になったのだ。
何故彼が牧田順子をずっと求めていたのか不思議でしょうがない。
影原美優の話によると、牧田はネットの掲示板に古木のした事を暴露したようで、それで嫌になったと聞いた。
まあ俺にはどうでもいい話である。
それにしても影原はどういうつもりなのだろうか?
俺の誕生日を祝いたいという気持ちは素直に嬉しく思う。
だが、以前ラブホテルの密室で悶々となり、俺が抱くのをやめなければ抱かれていた事になる。
あの妙な一件以来、俺も少なからず影原を異性として若干意識するようになっていた。
あの時俺は影原美優の秘部に触れ、ビチョビチョに濡れていたのを知っている。
古木英大がこれまで彼女にしてきた所業を振り返ると、罪悪感はほとんど無かった。
俺は何を考えている?
抱きたいのか、あの子を?
これまでの感謝から純粋にお礼をしたいだけかもしれない。
変な事を考えるなよ。
車は古木のマンションへ到着した。
影原美優はどこでもいいと言うが、そんな高価なものをご馳走になる訳にもいかない。
適当に車を走らせ、目についたロイヤルホストへ入る。
「好きなもの頼んで下さいね」
「このハンバーグでいい」
「岩上さんの誕生日なんですよ? もっと何か別のものも……」
「俺はね…、今まで女性に出してもらう事なんて絶対になかったの! 俺が金払っていいなら、好きなもの注文するよ。ただ、影原さんがご馳走すると譲らないから、今回は甘える事にした訳で」
「はいはい、岩上さんの性格ぐらい分かっていますよ」
何だか楽しい。
俺はここ数年こういった和気藹々とした時間を送っていなかった。
ここにいるのが、ぎーたかだったら最高のシチュエーションなんだけどな……。
「岩上さん、誕生日おめでとうございます」
「あ、ありがとう。もう四十手前だから、めでたくもないけどね」
いや、こうしてせっかく誕生日を祝おうとしてくれている影原に失礼か。
古木との生活を聞いてみる。
相変わらずぎこちない日々なようで、影原と二人きりの時の古木は常にストレスを抱えているようだ。
「仕事初めて良かったでしょ?」
「そうですね」
「何で牧田と切れたのに、彼はそうストレスを溜めるんだろうね? それでもまだ古木との生活がいいんだ? 好きだから?」
「うーん…、まあ君がそう思うなら、俺からは何も言えないけどね。愛されているねー、古木は」
「岩上さん……」
「ん?」
「私…、好きとは言いましたけど、愛しているとは言った事ありませんよ」
「……」
どういう意味合いで彼女が言ったのかは分からない。
しかしそれを詳しく聞くとなると、俺もまた違った覚悟が必要になるかもしれない。
深く追求するのが怖かった。
「岩上さん」
「はい、どうした?」
「何であの時、あんな事しようとしたんですか?」
下を俯いたまま口を開く影原。
ラブホテルという密室で、悶々としたのは事実。
ただ何だろう。
性欲だけじゃないような気がする。
「変な言い方になるけどさ…、多分あの時ああしないと、君が壊れるような気がした……」
「……」
「ごめんね、迷惑だったよね?」
「迷惑だったら、こうして会ったり、連絡したりしていません……」
一体影原美優は、どういうつもりなんだろうか?
「ちょっとタバコ吸ってくるよ」
俺は喫煙ブースへ行く。
ガラス越しに遠くから彼女の姿を眺めた。
ひょんな事から気付けば共に食事へ行くような仲になっている。
古木とあんな関係がなければ、きっと俺は口説いていただろう。
顔だってスタイルだって、レズの牧田順子よりも全然影原美優のほうが可愛いし女性らしい。
何故古木はあの時、牧田のほうを選んだのが不思議でしょうがない。
席に戻り、コーヒーを飲む。
先ほどの沈黙とは打って変わり、影原は俺の小説の感想を色々話してきた。
レストランを出る。
会計時、俺が払おうとすると影原は譲らず「誕生日だからご馳走するって言ったじゃないですか」と強引にご馳走してくれた。
古木英大の女である影原美優。
俺の立ち位置は、古木から見れば頼れる兄貴分的存在。
影原から見れば、相談相手。
以前ラブホテルへ行ってから、俺の中で面倒だっただけの彼女の見方が変わっていた。
「あ、岩上さん……」
「ん、どうした?」
「良ければでいいんですけど、腰が私結構悪くて」
「治すのはいいけど、場所はどこで? ラブホテルとかやっぱりマズいでしょ」
「車が停められるところで、後ろの座席でも構いません」
「了解」
俺は車を伊佐沼の方向へ運転した。
あそこなら人気も無いし、車を停められるスペースなど腐る程ある。
車を停め、影原を後部座席へうつ伏せで寝かせた。
ジーパンを履いているので、指先で血流を診る事が難しい。
「ごめん、影原さん。ズボンのベルトとボタンを外してもらっていい? 感触が分かりづらい」
「……。はい……」
彼女のズボンから右手を入れて、太腿のつけ根に指を置く。
左手は骨盤の横の骨へ指を入れる。
「かなり固まっているな…。これじゃあ腰痛かったでしょ」
「ええ」
「ちょっと痛いけど、我慢してね」
鎮定法プラス二点療法。
片側の指を強く押し込み、もう片方の指で経絡を押さえ血流を見る。
左腿のつけ根へ指をずらす。
影原美優の下着へ指が微かに触れた。
「……」
少しだけ指をまたずらす。
何で彼女はこんなに下着が濡れているのだ……。
気付かないフリをして、真面目に施術する。
駄目だ……。
理性が保てない。
俺の手は、影原美優の下着を弄っていた。
ビチョビチョに濡れた股間。
「ん……」
影原は口に手を当て、声を押し殺している。
俺は彼女を欲していた。
古木じゃこの子を幸せになんて絶対にできない。
「俺が…、俺がおまえを幸せにしてやる……」
今、俺は何を口走ったのだ?
自然に声にしていた。
「……」
影原は無言のままだった。
俺は下着の隙間から指を入れる。
「だ…、駄目!」
急に起き上がる彼女。
俺はゆっくりと優しく抱き締めた。
自分でも、何故こんな行動をしているのか分からない。
十分ほどこのままの体勢でお互い黙ったままだった。
タバコに火をつける為、彼女から離れる。
「今日はありがとう…。送っていくよ」
古木のマンションまで送り届けても、影原はずっと無言のままだった。
俺は熱く滾った股間が収まらず、部屋に帰るとマスターベーションをした。
顔も知らぬぎーたかへ惹かれていた俺。
影原の事は、相談に乗っていてどこか見下したところがあった。
それは古木英大にも、牧田順子にしてもそうだ。
間違いなく俺は、あの三人を見下していた。
影原美優の見方が変わったのは、いつからだ?
ラブホテルで抱こうとして未遂に終わってから……。
あれ以来どこかで俺は、彼女を抱いてみたかったのだ。
影原美優の陰りのある孤独。
何とかしてやりたかった。
馬鹿な……。
この俺がか?
売れもしない小説を延々と書き続けて一文無しになり、ようやく派遣会社で最近になって働きだした俺が何を偉そうに……。
こんな現状で、どう彼女を養うのだ?
何故、影原美優を欲した?
あの馬鹿げた一直線ぶり。
どれだけ滑稽でも愚直でも、自身の信念を貫いているからだ。
あの子なら、俺を裏切らないような気がした……。
ここ数ヶ月間、俺が自身の心に素直にならなかっただけなんだ。
俺は間違いなく彼女を求めている。
自殺未遂もして、子供もおろした。
離婚歴有りで、娘まで前の旦那に取り上げられている。
世間的に見たら、かなりだらしない女に見えるだろう。
それでも彼女は孤独なりに生きている。
古木を好きとは言ったが、愛しているとは言っていない。
そう彼女はハッキリ言った。
無意識の内に、俺を求めていたからこそ、あんな事を言ったんじゃないか?
指先についた彼女の愛液。
俺は鼻に近付け匂いを嗅いだ。
抱きたかった。
あの子を抱いて、俺も孤独を埋めたかった。
影原美優の濡れた下着を思い出し、何度もマスターベーションをした。
遣る瀬無さと悶々とした性欲。
小説を書けるような心境ではなかった。
百合子と別れ数年経つ。
望がその隙間を埋めて癒してくれた。
今はもうその望もいない。
俺は淋しかったのだ。
以前群馬の先生から言われた。
俺はこれから愛に苦しむと……。
部屋に籠もり小説を書く生活が主体になっていたから、出会いがまず無い。
仕事も定まらず転々としている。
だから金も無い。
今の俺は作家でも何でもなく、社会の底辺。
家族から蔑まされ、世間からは嘲笑を浴びるような存在。
何が自流の流れに乗ってだよ……。
ただのクソ野郎に過ぎないじゃないか。
かろうじて川上キカイの仕事がまだあるからマシなだけ。
何でこんな風になってしまったのだろう?
我ながら情けなかった。
もうじき四十。
いや、あと一年の猶予はある。
しかしこんな俺に何ができる?
原稿用紙六千枚以上の長編小説を書いたところで、何が起きた?
ただ長い小説を書いたというだけ。
アクションの編集平田からは、あれから連絡一つ無い。
才能など、俺にはまるで無いのだ……。
いい加減自覚しろよ。
しほさんは「私が保証します」と言った。
でもその彼女は今や俺から離れて行った。
俺の才能が無いからだ。
セクラクララは俺の作品を読み、感動したと言ってくれた。
でも去った。
みゆきは人妻になっていても、俺の応援を一生懸命してくれていた。
抱かれろと俺は彼女に言い、呆れたのかみゆきは去っていった。
ぎーたかは違う。
今でも残っている。
でも彼女が求めるのは実在の俺などでは無く、根底の声を絞った作品だけ。
新しく出会ったみゆきは、まだ残っている。
でも彼女は遠く離れた愛知県に住む人妻に過ぎない。
影原美優を求めようとして、土壇場で去られた。
心が苦しい。
すべてを包み込むような癒しが欲しかった。
一人で孤独感を覚え、この状態が溜まらなくなる。
俺はゴリに電話を掛けていた。
誰かにこの苦しさを伝えたかった。
「おう、智いっちゃん。じゃあ飯でも行くか? 食いながら話を聞くよ」
三十九歳になった翌日、俺は悪友のゴリと安い焼肉の店へ行く。
俺は影原美優との事を正直に話した。
「うーん、それってあれだろ? 前におっぱいを揉んだぐらいじゃ割に合わねえなーって言った子でしょ?」
「ああ……」
「何だよ、いっちゃんらしくねえじゃん」
「俺らしくか……」
お袋を亡くしたゴリは、時間が経ってもゴリのままだった。
「まあ、どんどん肉食えよ。食って元気出しな」
「食えよって、ここ食い放題じゃねえかよ! おまえが奢る訳でもあるまいし」
「よし、じゃあ俺が元気が出るように、久しぶりに歌でも唄っちゃうか」
「……」
手拍子を叩き出すゴリ。
「智いっちゃん、馬鹿いっちゃん、クソいっちゃん、阿呆いっちゃん、智いっちゃん……」
「止めろ! こんな店の中で恥ずかしいだろ。他のテーブルの連中が不思議そうに見てるじゃねえか」
「ほら、元気出た」
思わず吹き出してしまった。
「まああれだよ…。パンツの中に手を突っ込んだまでは良かったけど、そこで拒まれたってだけじゃん。別にフラれた訳じゃないんだし、智いっちゃんもめげずにまた行きなよ」
過去散々フラれまくった男の言葉は、妙な説得力があった。
そうだよな……。
俺は影原美優にハッキリフラれた訳じゃない。
とにかく今は川上キカイで日々働き、金を得る。
まずはそこからだ。
脳天気なゴリに触発されたのか、少しは元気が出てきた。
自分の気持ちを誤魔化すのはやめよう。
今の心境を正直に影原へ伝える。
そしたら彼女も俺の元へ来てくれるかもしれない。
そうなったら俺は小説に拘らなくてもいい。
汗水垂らして働き、共に生活をしていく。
それで充分俺は幸せだろう。
同級生の飯野君にも、正直に現在の心境を伝えた。
「何だか格好悪いけどさ……」
「岩ヤンが自分でそう思う事なら、それはそれでいいと僕は思いますよ」
飯野君らしい言い回し方。
影原美優とうまくいったら、きっと飯野君もゴリも祝福してくれるだろう。
俺の誕生日に祝ってもらってから、彼女からの連絡は無い。
自分からしてみるか?
いや、あくまでも向こうから何かしらの連絡が来るのを待とう。
『鬼畜道 〜天使の羽を持つ子〜』の執筆を再度開始する。
芽が出る出ないでなく、この作品はとにかく書き切ろう。
まだ書きたい事が全然書けていない。
もう小説家でも物書きでもなくていい。
ただ書く人。
それでいい。
才能なんて無いさ。
でも俺は書く。
みんな離れて行くけど、それでも書き続けてみよう。
ミクシィの影原美優送ってきた以前のメールを見る。
いい加減あんな男やめればいいのに……。
花(影原美優)
> 俺は古木君に対し、俺に言っている愚痴などが本当なら……。
私的には、外向けに何と言われてるのか知りたいところですね。
酒呑んで暴れるについては分かりかねますが。
毎回その前にきっかけとなる一言、出来事がある事も。
> 古木君が今までと違うスタンスで対応したというのなら、この二年で初めての事なんじゃないの?
そこは寛大な気持ちになって、自分のしてきた事も、相手にされた事もひとまず置いといて、お互いの膿を出し合う時期に来たんじゃないかな。
そうですね。これまでにはない対応でした。
話を聞いてくれる。
なので私も思ったことを半分くらいは上手く伝えられたかと思います。
> だから、じゃあ彼を動かすしかないんだなと裏で行動したまで。
一つヒントを言えば、「彼は女の金など受け取らない」というプライドがあったようだけど、家賃を二ヶ月以上滞納していたのは事実でしょ?
簡単に言えば、切羽詰っている状況ね。
影原さんからの金は受け取らないけど、影原さん自身が大家さんのところへ行って「すみません、滞納してしまってて」と勝手に払うような行為をしていたら、古木君もそれまでの行為を考え直すだろう。
彼と色々話して性格は分かっていたつもりだから、影原さんに仕事をして、そのようにしてみたら?と、あの頃は直に言いたかっただけ。
そんなことしたら家で『恥かかせやがって』と暴れる姿しか想像できませんねぇ……。
数百円ですらそんな感じでしたから……。
今はどうか分かりませんが。
> だから前に言ったろ?
俺は別に君の敵ではないと……。
体調不良、精神状態を理由にしても、何の解決にもならないしね。
まあサイコロは振ってしまったんだ。
せっかくだから、つまらない自我を取り払って、思う存分話し合う事を願うよ。
そうですね。
そのようにしたいと思います。
精神状態については何とも言えませんけど……。
同じ話聞いても真逆にとらえることによくなりますので。
俺も随分格好つけた言い回しをしたものだ……。
彼女の相談に乗り、古木からの相談も受ける。
みんながみんな、俺へ依存していた頃のメール。
少なくとも影原は今、美容師として働き出し前を向いてはいる。
古木を好きだけど、愛してはいないと言った彼女。
それを俺へあえて言葉にした真意は?
俺は気付けば影原美優へ電話を掛けていた。
そして先日の非礼を詫び、自分の気持ちを正直に伝えた。
頑張って俺が守るし、幸せにしてやる。
決意表明もした。
「……。ごめんなさい…。岩上さんの事嫌いじゃないんです…。でも、どうしても子供をおろす前の出来事がフラッシュバックのように出て来てしまい……。気持ちは本当に嬉しく思います…。でも、岩上さんとの今後は、ちょっと今は考えられません……」
「じゃあ何故俺に連絡をしてきた?」
「……」
「答えろ! 俺は当初、みんなに言ったはずだ。誰と誰がくっつこうが、俺にはまったく関係ない事で、無理やり三角関係へ巻き込まれただけだと。牧田順子は切った。君も切ろうとした。それでも何度だって俺へ連絡してくる。フラッシュバック起きるぐらいなのに、何故俺に関わった?」
「岩上さん、甘えていたかった…。多分私はずっとこのまま甘えていたかった……」
「だから言っただろ? 俺が幸せにしてやるって」
「ごめんなさい…。私が少し浅はかでした……」
目の前が真っ暗になった。
確かに彼女の子供をおろすよう画策したのは俺だ。
当事者では無いが、みんなをそのように操ったのは俺。
彼女が当時の地獄のようなフラッシュバックをするのも無理はない。
俺が関わると、いつだって……。
何が悪魔的思想だよ。
本当に俺は馬鹿だな……。
俺はフラれたのだ。
せめて潔くしよう。
影原美優をミクシィのマイミクから外す。
これ以上俺は、彼女に関わってはいけない。
メールもすべてブロックして、彼女から届かないようにした。
以前執筆した作品『忌み嫌われし子』の台詞を思い出す。
俺は久しぶりにミクシィで記事を書いた。
我に流れし血、呪いの血脈なり……。
我、忌み嫌われし子。
誰からも必要とされず、故に一人孤高に生きる。
今からもう四年ほど前に書いたこの言葉。
もちろん作品の上でだが、やっと分かった。
俺は考えたのでなく、こうなると予言していたんだろう。
自身の書いた文章…、自身が発した言葉で、一人の人間に対し取り返しのつかない事をしてしまった。
俺のせいでおかしくなる人間関係。
これからも周りが、どんどんそうなっていくのだろうか。
ならば一人でいい。
孤高に生きよう。
「あなたはこれから愛に苦しむでしょう」
本当に群馬の先生が言った通りだ。
俺は愛に苦しんでいる。
ならば俺は今後、愛など求めてはいけない。
何故なら愛など語る資格さえ無いのだから……。
とても惨めだった。
一人で勝手に盛り上がっていただけ。
飛んだピエロである。
自惚れているからそうなるのだ。
俺など底辺。
人間の中の最下位。
常にそれを自覚しろ。
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