あの時、喫茶店は満席だった。俺が一人でリラックスしながらコーヒーを飲んでいると、突然、横に女性が立っていた。
「すみません、相席いいですか?」
俺は店内を見回す。確かに満席だ。パッと見、いい女だというのが第一印象だった。
「ん、ああ、どうぞ……」
「良かった……」
「え、何が?」
「満席で……」
「はぁ?」
一体、何を言いたいのであろうか?
俺には意味が分からない。満席で相席になったぐらいまでは分かるが、何故、それがいいのだろう?
「あ、あの~…、おっしゃる意味が分からないのですが……」
俺がそう言うと、女性は恥ずかしそうに微笑んだ。
「あのですね……」
「はい?」
「私、美和って言います」
いきなりこんな状況で、自分の名前を名乗るのはどうかと思った。お見合いなら分かる。しかし、この状況は喫茶店で、たまたま相席になっただけなのだ。
「外を歩いていて窓越しに、あなたの姿が見えたんです。つい、中に引き寄せられるように入ってしまいました。そしたら満席で…。私、これでも今、緊張してるんですよ」
「……」
何て答えていいか、分からない。
確かに美和と名乗る女は、誰が見ても綺麗だ。こんな女から告白めいた事を言われ、正直、嬉しくも感じる。だが、性格的にはどうなんだ。この状況で考えると、デンジャラスな香りがしてくる。
「あ、一人ですみません…。ペラペラと……」
「いや……」
「実はですね……」
「ええ」
「以前からあなたの事が、気になってたんです……」
「はぁ?」
「よくここにいらしゃいますよね?」
「まあ……」
「私、窓越しにですけど、よく見かけていたんです。それでいいなあと思っても、なかなかきっかけがつかめなくて……」
「はぁ……」
俺はこの喫茶店の常連でもあった。
クラシカルな雰囲気が漂う店。昔から建っているせいか、よく見かける常連客も多い。近年、漫画喫茶というものが主流になりつつある中、このような本来の喫茶店は、どんどんなくなっている。
そんなに儲かる商売でもないのだろう。
この店のコーヒーがというよりも、店の雰囲気が好きで、通っているようなものであった。
「それで今日こそはって、勇気を振り絞ったら……」
「満席だったと……」
「はい……」
素直に嬉しく感じた。俺にとっては初めてでも、彼女にとっては、自分の中でとっくに出会っていたのだ。確かに最初のおかしな言動も、ここまで聞けば理解できる。
「良かったら、何か酒でも頼むかい?」
「え?」
「ここは俺がもとう。偶然的な事が色々重なって起きた現実に、乾杯って感じかな」
「ありがとう……」
美和は、満面の笑みで喜んでいた。
何度かこの喫茶店で回数を重ねて、会うようになり、気付けば付き合うようになっていた。
腹も満腹になったので、レンタルビデオ屋へ行く事にした。もちろん美和も一緒である。昨日の公園を越えて、近所のレンタルビデオ屋に向かう。
公園を通る途中、昨日の変な臭いは全然しなかった。
俺は真っ先にホラーものの置いてある棚へ進んだ。
怖がりの美和は、新作コーナーに行くと言い、別行動を選択する。
ホラーもののDVDのジャケットを見るのも、嫌なのであろう。まあいい、人はそれぞれ感覚が違うのだから……。
昨日の絡まれた件で、俺は美和との付き合いを前向きに考えているのかもしれないな。一緒にホラー系を見られれば、本当に文句がないのだが……。
その点では友人のゴッホも、美和と似ている。笑えるぐらい怖がりな点。
以前、ゴッホと一緒にレンタルビデオ店に来た時、あいつは、真っ先にエロビデオコーナーへ行った。
あいつの趣味というのもあるが、ホラーもののコーナーには、絶対に近づきたくないとでも言っているようだった。
ホラーもののコーナーを見ていて、一つのDVDに目がとまる。
何十種類もあるのに、そのDVDだけ、自然と目がとまった。
不思議な感じがするジャケットのデザイン。普通の背景が写っているだけの質素なジャケットだった。その普通さが、気味悪く感じる。
『一般人投稿の不可解な映像』 …と、いうタイトルだった。
これだ。
これしかない……。
吸い寄せられるように、俺はそのDVDを手に取った。
ジャケットをしばらく眺め、説明書きの文章を読む。
普通の一般視聴者から当社に送られてきた不可解なビデオやDVD。今回は多数の応募があった中から、三点の映像を選んでみた。どの作品も奇妙というしか言いようがない。さて、あなたはこの恐怖に堪えられるだろうか?
ゾクゾクするものがあった。作り物なんかじゃない。このような日常を映していたら、何故か不可解なものが映っていた。そんな映像を俺は、ずっと待ち望んでいたのである。
実際に霊体験をした事のない俺。こういう間接的な関わり方でもいいから、自分の欲望を少しでも満たしたかった。
「雷蔵、選び終わったの?」
棚の向こうで美和の声が聞こえる。
「ああ、いいのがあった」
俺は、『一般人投稿の不可解な映像』を借りて、レンタルビデオ屋をあとにした。
美和は新作のラブロマンスを借りていた。
「おい、おまえ、そんなもん借りたって、俺は見ないぞ」
「いいですよーだ。一人でこれは見るから」
「…と、言う事はだ。おまえ、こっちのホラーは一緒に見るって事だな」
「えー……」
「俺とこれからも、一緒にやっていきたいんだろ?」
「うん、それはそうだけど……」
「じゃあ、今回ぐらいは見るの、付き合えよ」
「……」
困った美和を見ながら、いじわるそうに笑った。
DVDプレイヤーにセットして、テレビ画面を見つめる。ワクワクするものがあった。俺の横で、美和は顔を強張らせながら緊張している。
「視聴者のみなさま方、こんにちは」
低音で静かな声のナレーションが流れ出す。俺は耳を澄ませた。
『今回の一般人投稿の不可解な映像。それは普通に生活している一般の方が、日常の様子をビデオやDVDに納めておこうとした映像の集まりです』
ひょっとしたら、ただのクソビデオかもしれない……。
そんな予感が頭をよぎった。
『ただし、本作品に収められたその映像。それは通常の何気ない日常に、不可解なものが映りこんでしまった映像ばかりを厳選しました』
前置きが長過ぎるんだよ……。
少しばかりイライラしてくる。ナレーションの声は、ハッキリとして聞きやすいのだが、話速度がゆっくりなので、苛立ちを覚えてしまう。
『なお、このDVDは、お払いなど、特別に済ませておりません』
え……?
普通はしてなくても、お払いはしたとか伝えるものじゃないのか?
『これから映す三つの作品。これは我々の想像を超えた映像でした。もし、この作品を見て、視聴者の方に、何かしらの災いが訪れても、当社は一切、苦情等を受け付けません。それでもよろしい方のみ、これからの映像をご覧下さい』
うまい具合に脅し文句を使ってやがる。少しは楽しめそうだ。
『それでは、心してどうぞ。最初の投稿作品は、Aさんからの投稿です』
薄暗かった画面は、急に切り替わる。
次に映ったのは、普通の部屋だった。目線にモザイクのかかった三十台ぐらいの女性が出てくる。下のテロップにAさん(仮名)と表示してあった。
「うちの娘が小学に上がったので、電子ピアノを購入しました。まあ、娘がピアノをやりたいと、自分から言ってきたので、ちゃんとしたピアノを買ってあげたかったのですけどね。娘は喜んで毎日のように弾いています」
辛気臭そうなA。自分の娘の話をしているのに、少しも嬉しそうな表情は見せていない。
「はい、それからどうしたのですか?」
画面には映らないが、Aさんと対面するような位置に、インタビューの役割も兼ねてスタッフがいるのだろう。こういった作品に、似合わない明るい声だった。
「ええ、娘が楽しそうに弾いているものでして、ビデオカメラで撮っておこうかなって、思ったのです。娘は鼻を膨らませながら、興奮して張り切っていました」
「そうですか」
「…で、そのあとの話なのですけど……」
「ええ」
「いまいち機械の使い方を私、分からなかったのです」
「ビデオカメラですか?」
「はい、そうです。もちろん、ちゃんと娘がピアノを弾いている姿は撮れました。そのあと、電源を切ったつもりで、テーブルの上に置いておいたのです」
「はい、それで?」
「カメラの方向は、電子ピアノを向いていていました」
「はあ……」
「誰もいない部屋で、ビデオカメラは無人のピアノを録画していました」
「ええ、それで?」
「あとで、録画した映像を家族で見ている時に気づきました」
「何をですか?」
「部屋の明かりの消えた状態で、映像に映っていました。薄暗いピアノが、誰もいないのに、勝手に音を鳴らしだしたんです」
Aさんの表情は、その時の光景を思い出したのか、恐怖で歪んでいた。
「誰もいないのに、ピアノが音を…。そうですか。それではみなさん。これから、その不可解な映像を流したいと思います」
横で見ている美和は、ブルブルと震えていた。無理もない。どうしょうもないようなホラー作品でも、まともに見られないぐらいの怖がりである。
いくらインタビューが下手クソとはいえ、これから映し出される映像を正視していられるのだろうか。強引に自分の趣味を付き合わせた美和に対し、少し哀れに感じた。
「おい、美和」
俺は一時停止ボタンを押した。
「な、何……」
「強引に押し付けたけど、無理して見なくてもいいぞ」
「でも……」
美和は不安そうな表情でつぶやいた。
「大丈夫だよ。あとで文句言ったりしないからよ」
「ほんと?」
「ああ、向こうで昼食の用意でもしてればいいよ」
「ありがとう」
嬉しそうな顔で美和は、その場から消えた。
よほど、怖かったのだろう。自分以外は誰もいない部屋。これで美和を気にせず見られる。
俺は再生ボタンを押し、続きを見る事にした。
Aさんの映っている映像から、画面が切り替わる。真っ暗な画面。真ん中のほうから、奇妙な音と共に白い渦巻きみたいなものが、ゆっくりと出てきた。
―― 誰もいない部屋で勝手に音がなるピアノ ――
赤い文字で、テロップが浮き出される。
始めに映ったのは、Aさんの娘がピアノを楽しそうに弾いている映像だった。
たまに、撮影している母親のほうを振り返りながら弾く娘。見ていて、幸せそうな雰囲気が漂っていた。
「はい、上手ねー。●●ちゃん」
一曲の演奏が終ると、Aさんの声が聞こえる。振り向く娘の顔の目線には、モザイクがかかっている。しかし、誰が見ても、母親に褒められて、照れ笑いをしているのが分かるだろう。
何曲か演奏を弾いて、母親はビデオカメラをテーブルの上へ置いた。
「偉いわね、●●ちゃん。お腹、減ったでしょ?」
「うん」
「じゃあ、ママが腕によりをかけて、おいしいもの作るわよ」
「うん」
親子の会話はそこで終わり、部屋の明かりが消えた。画面には薄暗い状態で、ピアノだけが映されている。
編集で手直しはしているので、実際にそこまでの時間はかかっていないが、そのままの状態で一時間は経っていた。
ホラーに興味のない人間が見たら、何てつまらないビデオだろうと思うはずだ。それくらい何の変化もない映像だった。ピアノの上に置いてあるくまのプーさんのぬいぐるみが、寂しそうに見えた。
突然、急にピアノを奏でる音が聴こえてくる。
何かの曲ではない。ただ、単音をたまに鳴らしている。そんな感じだ。
誰もいない部屋で、弾かれるピアノ……。
音に合わせて、鍵盤まで勝手に動いていた。
俺は少しだけ、背筋に冷たいものが走った。
いい……。
こういう映像を俺は望んでいたのだ。
音は不規則になり続けていた。単音で、『ド』と鳴らすと、次は『ラ』『ファ』といった具合に……。
不思議な光景だった。
高級なホテルのティーラウンジとかなら、自動で鳴るピアノがるのは知っている。ただ、今、映っているのは普通の電子ピアノなのである。もちろん、電子ピアノだって、自動で曲を鳴らす機能がついたタイプもあるだろう。しかし、それはあくまでも曲だ。こんな不規則な音ではないはずだ。
十分ほど、その光景が映し出され、画面が切り替わった。
美和が、この映像を見ていなくて、本当によかったと感じる。俺でも、少しばかり恐怖を感じたぐらいだ。これは、残り二作品も相当期待できそうだ。
今頃、美和は、キッチンで鼻歌でも歌いながら、笑顔で料理を作っているのだろう。
Bさん(仮名)という、同じようなテロップで二作品目が始まる。
今度は四十台の男性だった。当然、目線にモザイクがある。
「この作品を応募されたきっかけって、何なのでしょうか?」
「うーん、ワシはよー、霊だとか、お化けってのは、まったく信じない性質なんだわ」
「ええ。でも、それで何故、応募を?」
「仕方ないんだわ。ワシの飼っている犬なんだけども……」
「はい」
「それを散歩させている時、ビデオカメラ回してたらよー、おかしいんだわ」
「どのようにですか?」
「うーん、うちの犬。名前、コロって言うんだけども、撮っている時は何も思わんかったけど、あとで見たら、足、消えてんのさ」
「足…。そのペットの犬の足が消えてると?」
「ああ、そうなんだ。ただ、さっきも言ったべ。ワシは、霊とか信じんって……」
「はい」
「数日してから、コロが車に跳ねられてな……」
「……」
「どういう訳さ、知らんけども、コロの消えていた足が切断されてて……」
俺はまた、背筋に冷たいものが走る。
Bさんは、今にも泣き出しそうだった。映像に収められたのを見た時、異変に気づいていれば、コロを助けてあげられた。そんなせつない気持ちのような気がする。
「では、続いて映像に移らせてもらいます」
―― 事故の前触れか?ペットの足が消える ――
「ほれ、コロ。もっとさ、走れ」
田舎の田んぼ道を散歩する映像が映し出される。
真っ白な犬のコロ。舌をハァハァと、出しながら懸命に走っている。
画面には映らないが、撮影者のBさんは自転車に乗っているのだろう。コロの走るスピードで分かった。
しっぽを振りながら走るコロ。Bさんの運転する自転車に負けまいと、頑張っている。
ひたすら田んぼ道を走る退屈な映像だった。
十分ほどして、コロの前足が消えたように見える。後ろ足は、はっきりと映っていた。前足だけが、見事に透明であった。その前足が映っている部分に、景色が普通に映っている。
ただの映像トラブルというだけで、こんなに都合よくなるのだろうか?
消えていた時間は、だいたい一分ほど。現代の映像技術を使えば、このようなものも多分、作れるはずだ。
しかし、誰がこんなものを作って得をするというのであろうか?
実際にコロは、この数日後に車で跳ねられ、前足を切断して亡くなっているのである。
まるで、これから何かがあると、警告しているようにも見えた。
かなり大きめの犬だったが、Bさんは非常にショックだったであろう。
この映像のあと、コロがこれから事故に遭い、両足を切断されるのだ。
見ていて奇妙に感じるDVD。
素直にそう感じた。
投稿作品自体は、不可解なものばかりだ。
ただ、そのあと、どうなったのか。スタッフは投稿者に、何のアドバイスもしていない。これじゃ、見世物にされたのも同然だ。あとで、謝礼でも渡しているのだろうか?
しかし、これを借りてきて正解だった。ベタなホラーなどよりも、このような作りのほうが面白い場合もある。俺はそう感じた。
近年、ワーとか、ギャーといった驚かせばいいという作品が多くなっている。ホラー好きの俺は、それでも楽しく思う。それでも俺は何故、もっとホラーを求めるのか?
それは俺が、本当の霊体験を味わいたいからだ。
その点では、この作品はかなり合格ラインに達している。少し、物足りないといえば、実際に霊が映っていないところである。
薄暗い中、勝手に音を奏でるピアノ……。
散歩中に、前足が消えた犬……。
それだけなのだ。あとは無駄な映像があるだけのDVD。
三つ目の投稿作品は、是非とも霊が映っていてほしい。
真剣に心の中で祈った。
今度の投稿者は、モザイクがかけていなかった。
年齢は二十台半ばといった感じの綺麗な女性。美和と比べても、遜色がないくらい、いい女だ。ただ、どこか陰りがあるような表情。まあ、このようなDVDに投稿するぐらいだから、本人にとってはいい思いではないはずである。藁にもすがる思いなのであろう。
Cさん(仮名)というテロップが表示され、スタッフとの会話が始まった。
「こ、こんにちは…、はじめまして」
「はじめまして…。さて、今回はどのような経緯で、作品を投稿したのでしょうか?」
「はい…。私には、三歳の子供がいます。男の子なんですけど、元気がいっぱいな盛りです」
「ちょうど、可愛い時ですよね」
「あ、ありがとうございます」
ウェーブの掛かった綺麗な茶色いロングヘアー。パッチリとした二重まぶたの瞳。整った端正な顔立ち。どれをとっても、いい女である。
だけど、陰りのせいか、暗いイメージしか湧いてこない。内面にかかえている問題からか、そのすべてが綺麗さを台無しにしてしまっている気がした。陰湿な黒いオーラが、彼女を包んでいるみたいに感じる。
「それで?」
「ええ、実はアパートに住んでいるんですけど、隣の住民の方に、ビデオカメラをお借りたんです」
「それは、親切な方ですね」
「……」
Cさんの表情は、さらに暗くなったように見えた。これだけの女だ。
隣の住民とは男で、下心丸出しだったか何かに違いない。
いや、待てよ……。
隣の住民と言っているだけだから、男と決まった訳じゃないのか。俺は自分勝手な想像をしていた。
「おや、どうしました?」
「あ、はい…、親切な方でした。その人、向こうから私に言ってくれました」
「何てです?」
「お子さんが可愛い盛りだし、映像に収めておいたらどうですかと……」
「きっと、子供好きな方なんですよ」
「はぁ……」
「はい、続きをどうぞ」
「ええ、それで録画したら、隣の人がDVDにしてあげると言ってくれたので、その好意に素直に甘えました。やっぱり自分の子供の成長記録がほしいって……」
「全然、悪い事じゃないですよ。世の中の親、すべてそう思いますよ。子供が恋しくない親なんていませんよ。目に入れたって、痛くないんですからね。だから、日本は平和な国なんですよ」
勝手な事、言ってやがる。俺は、インタビューでペラペラと話す軽薄そうなスタッフを睨んだ。
だったら、何で世の中、子供の虐待があるんだ?
中にはとんでもない親だっている。無責任な発言を簡単にしやがって……。
「ありがとうございます」
「はいはい、それで?」
「はい、何度か、その方にはDVDを作ってもらいました」
「ほう、それは良かったじゃないですか」
「はい…、その点はとても嬉しかったでした……」
そう語る表情はとてもじゃないが、嬉しそうには全然見えない。その点はと、短い台詞の中で、わざわざそれを自己主張しているような……。
しかも、過去形で話している。
嬉しいではなく、嬉しかったと…。
「では、本題に進めましょう。その中で何かがあったのですね?」
「……」
下をうつむきながら、考え込んでいるCさん。
「●●さん?」
「あ、はい…。そうです……」
実際、Cさんの受けた衝撃はそれほど、強かったのであろう。前の二作品とは、比べものにならないほど、物凄いものが映っているのだろうか?
不謹慎ながら、俺はワクワクしてきた。
「何があったんですか?」
「子供が、いつものように近所の公園で、遊んでいるところなんですけど……」
「ええ」
公園で、昨日殴られた事を思い出す。ちっ、あの二人組め……。
「すべり台でうちの子が遊んだあと、ブランコほうへ行く時に……」
「はい」
「ブランコで首を吊っていたようなサラリーマン風の男が……」
「え、ハッキリと映っていたんですか?」
「ハッキリというよりかは、うっすら透明にといった感じです」
「でも、●●さんは、それを見ながら撮影していた訳ですよね?」
「もちろんです! ただ、私からはその時、何も気づきませんし、何もなかったんです!本当ですよ? 信じて下さい!」
「落ち着いて、落ち着いて……」
急に取り乱すCさん。スタッフは、慌ててなだめていた。
「す、すみません……」
「では、その問題のシーンを拝見いたしましょう」
慌てたスタッフは、半ば強引に、画面を切り替えたようだった。
―― 公園に映るブランコで首を吊った男 ――
近所の公園で無邪気に遊びまわる男の子。三歳というだけあって、見ているだけで微笑ましい光景である。
母親にビデオカメラで撮られるのを嬉しそうに、元気いっぱいはしゃぐ子供。
砂場で山を作って遊び。
ジャングルジムを頑張って必死に登る。
どこかで見たような風景である。気のせいだろうが、見ていて他人事のように見えない。不思議な気持ちだった。
ジャングルジムについているすべり台から、大声を上げながら滑り降りる男の子。
すべり台つきのジャングルジム……。
これも見覚えが……。
子供は、ブランコのほうへ駆けていく。
確かにブランコの上の棒で、紐をくくって、一人の男の姿が見える。うっすらと透明に……。
俺がびっくりしたのは、幽霊みたいな首吊り男を見たからではなかった。
この公園……。
俺のマンションのすぐ近くの公園じゃないのか……。
子供が走っている際、右から映りこむブランコ。通常の一人乗りのブランコではない。二人が向かい合って座るタイプのブランコだ。
そして、少しだけ映った赤いベンチ。
間違いない……。
この公園は、うちの近くの公園だ。昨日、ラーメン屋で揉めた二人組に連れて行かれたあの公園だ。思わぬ展開に、鳥肌が立つ。
何という偶然だろうか。
怖さも感じているが、それ以上に感動があった。こんな近場に霊の出た場所があったなんて……。
俺はもう一度、映像を見直した。
ブランコでうっすら映るサラリーマン風の男。
どう見ても不自然な映像だ。俺はデザイン会社で働いているから、このぐらいの映像を作ろうと思えば、作れるスキルはある。
パソコンのフォトショップを使えば、心霊写真を作ることなど、容易いものだ。それを動画にうまくはめ込めば、この映像は人工的にでも作れる。ただ、誰がこんな事をするというのだ?
いくら何でも、こんな事は、誰も考えつかないだろう。
この映像は間違いなく霊が映ったものである。俺はそう信じたい。興奮で体が震えていた。
それに昨日、公園で匂った臭い……。
あれは気のせいではなかったのだ。
あと少しで、このブランコで首を吊った男と、遭遇できたのかもしれない。もっとよく確認すれば良かった。非常に昨日の行動が悔やまれる。
俺の頭の中は、この公園に対する好奇心でいっぱいだった。あんな場所に霊がいたなんて……。
美和が昼食を作り、テーブルに運んできた。
「もう、見終わったの?」
「ああ、すごい……」
言い掛けて、思わずやめた。この事を美和に話しても、いたずらに怖がらせるだけだ。
「すごい…。すごいどうしたの?」
首を傾げながら、美和は笑顔で聞いてきた。
「すごい…、クソビデオだったよ……」
「ありゃ~」
「まあいい、充分に暇つぶしはできたしな」
「なら、いいけどね」
「お、昼はパスタか」
「うん」
テーブルに次々とおかれる料理。本当に料理が好きな女である。
クリーミーなカルボナーラのパスタ。
様々な野菜を使ったシーザーサラダ。
中に入っている材料は、玉ねぎとわかめだけのシンプルなコンソメスープ。
デミグラスソースをかけた王道のハンバーグ。
ジャガイモから、ちゃんと作ったフライドポテト。
甘く煮たニンジン。
おいしそうな湯気を出す炊き立てのご飯。
毎度の事ながら、よくもあれだけの時間で、こんなに作れるものである。素直に感心する。これだけ尽くしてくれる美和に対して、俺はかなり酷い台詞を吐いたものだ。
心の中で頭を下げた。人間、なかなか言い出せない言葉があるものである。
「雷蔵が喜んでくれて嬉しいわ」
そう言って、美和は嬉しそうに喜んだ。
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