岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

フェイク 11

2023年03月14日 14時43分36秒 | フェイク(クレッシェンド4弾没作品)

 

気がつくと、俺は光太郎におんぶされていた。状況がよく掴めない。考えをまとめようにも、まだ頭がガンガンする。

「おい、光太郎…。」

「や、やっと、気付いたか…。」

「何で俺、おまえにおんぶされてんだ?」

「た、大変だったんだぜ?いくら声掛けても全然起きないから…。あっちこちゲロ吐きまくるしよ…。よし、やっとついたぜ。ほら、重いから降りてくれよ。」

 着いた場所はファッションヘルスだった。店の名前はモーニングぬきっこ。舐めた名前の店だ…。こんなとこに連れて来て、光太郎はこれからどうするつもりなんだろうか。

「兄貴、まあ、入んなよ。ほれ、早く。」

 言われるまま店の中に入ると、メガネを掛けた男の従業員が声を掛けてくる。

「いらっしゃいませー。お二人様ですか?あっ、毎度どうもありがとうございます。」

 従業員は光太郎の顔を見るなり、態度を変えてくる。

「ね、ねぇ…。モモって子、今、出勤してる?」

「はい、出勤されてますよ。」

「その子、とりあえず俺の連れにつけてやって。この時間じゃ、すぐつけられるでしょ?ほら、これで早めに頼むよ。五万ぐらいあればいいでしょ?モモって子に渡してくれよ。うんとサービスしてやってくれって…。それと、これはお兄さんへのチップだ。」

 何でこんな羽振りがいいのか知らないが、光太郎は五万円とは別に従業員へ一万円を手渡していた。

「いいんですか?ありがとうございます。かしこまりました。」

 従業員が去るのを待ってから光太郎に声を掛ける。

「おい、光太郎。おまえは一体何を考えてんだ?」

「ようやく意識がしっかりしてきたみたいじゃねぇか。まだ女の事を引きずってるみたいだからさ…。」

「俺、こういうところはいいよ。おまえ、先に行って来いよ。」

 初めてファッションヘルスに行った時の記憶が蘇ってくる。髪型だけ泉に似たポニーテールの太目のヘルス嬢。エッチな事をほとんど何も出来ずに金だけ取られ、ビビリながら帰った情けない記憶。それ以来、俺は女がらみの店には懲りたのか、一度も行っていなかった。今も心臓が破裂しそうなぐらいドキドキしていた。

「何、言ってんだよ。俺は兄貴を元気付けようと、ここに連れて来たんだろ。女の事は別の女でしか忘れられないんだって。いいから四の五の言ってないで素直に行って来な。」

 泉の顔が脳裏に浮かんでくる。思い出せば思い出すほど、憎悪が湧き出てくる。光太郎の言う通りかもしれない…。泉の事は他の女でしか忘れられないのか…。

「お待たせしましたー、御客様。御案内致します。」

 従業員が出迎えに来ると俺は息苦しさを感じ、極度の緊張状態になっていた。

「ほれ、兄貴。さっさと行って来いよ。」

 光太郎の俺に対する心遣いが嬉しかった。弟代わりに思って可愛がってる奴にここまでされて、その心遣いを無下にしたら俺は男じゃない…。俺は精一杯、余裕そうな作り笑いをする。

「悪いな、じゃー…、行ってくるぜ。」

「あいよ。帰りはここでお互い待ち合わせしよう。」

「おう。じゃあ、お先。」

 歩きながらすぐ自分の着ている服が違う事に気付く。

「光太郎、何で俺、服違うの着てんだろ?」

「ゲロ吐いて、汚かったから俺が服買ってきたんだよ。一度、部屋まで担いで着替えさせて、結構大変だったんだぜ。」

 光太郎と会い、初めてキャバクラに行ってから、ここまでの記憶がスッポリと頭から消えていた。

「悪かったな。何かおまえに色々と迷惑掛けちゃったみたいで…。」

「今更、馬鹿言ってんなって。」

「あ、ああ。」

 俺は一体、光太郎にどれだけ迷惑を掛けてしまったのだろうか。

「あー、兄貴。ちょっと待ってくれ。」

「何だよ?」

「これ預かっといてくれよ。ほれっ。」

 光太郎は俺にセカンドバックを放り投げてくる。

「何でこんなもんよこすんだよ。」

「俺の方、結構待ち時間ありそうだから…。」

「だから何だよ?」

「今、猛烈に眠いんだ…。睡魔と闘ってる。ここで待ってる間、寝ちゃったら他の客も来るだろうし物騒だろ?もし最悪、強盗がここに来て万が一、俺が殺される事でもあったら、そのバックの中身ごと兄貴にあげるよ。」

「いきなり何を言ってんだか。」

「早いとこ行って来なよ。もう睡魔に勝てそうもない。待ち時間、俺は寝てるから。」

「分かったよ。時間来るまで寝てなよ。責任持ってバックは、俺が預かっとくよ。」

「サンキュー…。」

「じゃーな。」

 渡されたセカンドバックを持ち、従業員に案内されながら歩きだす。目の前にはベージュのカーテンが閉まっている所まで来ると、従業員は声を掛けてくる。

「大変お待たせ致しました。モモさんです。ごゆっくりどうぞ。」

 ベージュのカーテンが開くと俺は一瞬、体が固まってしまった。俺の相手をしてくれるモモというヘルス嬢は、今までに見た事がない美しさをまとっていた。何故こんなとこに、こんな女がいるのという感じだ。

「本日は御指名ありがとうございます。いらっしゃいませ。」

「あ…、は、はじめまして…。あ、赤崎隼人と申します…。」

「アハハ…。やだ、いきなり名前を名乗られるなんて初めて。お客さん、面白いね。私はモモです。よろしくね。」

 甘ったるい小鳥の囀りのような可愛い声だった。今までにないトキメキを俺は実感している。このモモという子と比べたら、泉なんて鼻クソ以下だった。

「あれー…、どうしたんですか?」

 俺の顔を覗きこむようにして見てくるモモ。ヤバイ…、俺はすっかりその神秘的な瞳に参ってしまったようだ。本当に一目惚れってあるんだな…。モモは夢見心地の俺の手を引いて、六と書いてある部屋に連れてかれる。さっきの酔いも手伝ってか、頭がボーっとなっている。気付いたら俺は素っ裸になっていた。慌てて前を隠すと、モモはニッコリ微笑んでくれる。嬉しいやら恥ずかしいやら、夢の中にいるみたいだった。

「シャワーに行きますよ。」

 目の前で服を脱ぎだすモモ。あまりの興奮に、俺の股間はギンギンではちきれそうだ。モモは顔もそうだけど、スタイルも声もすべてにおいて完璧だった。

 

 赤崎を見送ると、急に眩暈がしてくる。無理もない。そろそろ意識も朦朧としてきていた。赤崎を案内した従業員が戻ってきた。

「すいません。お待たせしました。今日はまだ千絵さん出勤されてないのですが…。」

「ああ、全然構わないよ。今日は俺、連れをここに紹介しただけだから…。それともプレイもしないで客面してここにいるのは駄目かい?」

「いえいえ、御客様に対してそのような失礼な事は思ってもみないです。ん?何だか外が騒がしいですね。お客様はどうぞここでごゆっくりしてて下さい。私、ちょっと外を見てきますね。」

ファッションヘルス、モーニングぬきっこの待合室でいても、外が騒がしくザワザワなってるのが聞こえる。俺は煙草に火を点けて静かに吸いだす。

「うーん、何だかうちの店の前辺りに血の垂れた跡があるとかで、野次馬連中が騒いでましたよ。向こうから血痕が続いて、うちの店の前でその血痕が途絶えてるらしいのですが、一体何なのでしょうねー?どっちにしても営業の妨げですよ。」

「へ…、へー…。そ、そうなんだ…。」

「お、御客様。御客様。御煙草が落ちましたよ。」

「あ、ありがと…、う…。」

「うわっ、煙草に血がついてる…。大丈夫ですか…。おきゃ…」

 目の前の視界がどんどん薄れていく。従業員の声も聞こえなくなってきた。さっき康子に刺された横っ腹が痛みから寒さに変わっていた。あのバカ野郎、いきなり人の体をブッ刺しやがって…。今まで歯を食い縛り何とか平静を保ってきたがそろそろ限界だ。俺の人生って一体何だったのだろう。少なくても赤崎と会ったこの数日間と、美千代との事は最高に楽しかった。赤崎とつるんでもっと一緒に色々な事をしたかった。でも、それはもう叶いそうになかった。

「あ、兄貴…。も、もう…。俺は駄目みたいだ…。あばよ…。」

 美千代…、今からおまえの傍に行くからな…。やっと逢えるな…。

 

 これまでにない快感が俺の体を支配する。モモは俺の悲しみをすべて受け入れてくれた。今までで最高のSEXだった。光太郎が金を遣ってこうなるようにしてくれたのだろうか…。あいつには感謝してもしきりない。モモは俺の腕枕で横たわっている。

「ねぇ、お兄さんて何者なの?受付の子がいきなりプレイ時間が二時間なんて言うから、ビックリしちゃったよ。」

「あ、ああ…。」

 モモは意地悪そうな顔を向けてくる。

「でもいっぱいいっちゃったね。」

「ああ、すげー気持ち良かった。」

「凄い激しいんだもん。私もいっぱい感じちゃった。でも本当は本番、ここじゃ駄目なんだよ。つい勢いに押されちゃったけど…。」

 確かに自分の性欲というか欲望を止められなかった。それだけモモは魅力的だった。

「ご、ごめん。」

「まっ、タイプだからいっか。」

 そう言うとモモはギュッと俺に抱きついてくる。幸せだった。この女なら嫌な事をすべて忘れさせてくれる。いや、それどころか俺の心の支えになってくれる。今日起こった嫌な出来事など、今はとっくにどこかへ吹き飛んでいた。

「ね…、ねー。」

「なーに?」

「俺と付き合ってくれないか?」

「何、言ってんのよ。」

 モモは俺の腕枕から離れ、上半身を起こす。

「嫌か?」

「私はこういう商売の女よ。分かってるの?」

「もちろん。」

「色々な男の性欲を満たし、解放してあげるのが私の仕事なんだよ。」

「それでも好きになっちゃったんだ…。仕方ないよ。」

「馬鹿ね…。」

「ああ、俺って大馬鹿なんだ。」

 俺も体を起こし、真剣にモモの目を見つめる。

「もー、困っちゃうなー。」

「ああ、困らせてる。でも真剣な気持ちなんだ。今日逢ったばかりだから説得力ないかもしれないけど…。」

「ううん…。」

 モモがいつも俺の傍にいたら、どんなに素敵な日々を送る事が出来るだろうか。この出逢いを無駄にしたくなかった。

「ガーッて言っちゃってるけど、すごい今、必死なんだ。君に対して…。」

「でも今日…、しかもさっき会ったばっかりでしょ?」

「それはそうだけど、でも…。」

「何かあったからじゃないの?何か見ててね、風俗に来そうなタイプには見えないもの。何かあって、ここに自棄になって来た感じがしたから…。」

 風俗に来そうなタイプじゃない。褒め言葉として受け取っていいのだろうか。意味はよく分からないけど、モモにそう見られて素直に嬉しかった。

「うん…、一緒に同棲してた女に浮気されたんだ…。とてもとても暗い気分だった。連れが俺を元気付けようと飲みに行って、ベロンベロンに酔っ払った。でもまだ嫌な気持ちは吹っ切れなかった。勢いでここに来て、君に逢ったらそんな事どうでもよくなってしまったんだ。君みたいな子が俺の傍にいたら、どんなに素敵だろうってね。」

「ありがとう。そう言ってもらえてすごい嬉しいわ。でも彼女はどうするの?」

「もう、あんな奴はいいんだ。」

「どうしても許せないの?」

「じ、自分の…、お…、お、弟と…、う、浮気されてまで…。」

 モモは俺を優しく、そして力強く抱き締めてくれた。荒んだ神経が和らいでいく。

「ごめんね。変な事を聞いちゃって…。辛かったよね。悲しかったよね。私には理解出来ないかもしれない。」

「君にこう優しく抱き締められるだけで、俺はとても落ち着くよ…。」

「そう?」

 何とも言いようのない気分だ。ずっとこうしていられたら、どんなに幸せだろう。

「今度、食事でもしながらゆっくり話しないか?」

「ごめんね…。私にも事情があるの。だからこんな仕事をやってる。」

「俺じゃ、何とか出来ないか?」

 モモの顔を見ると、とても悲しそうな表情をしていた。何だかとても悪い事をした気分になってくる。

「あなたのお名前は?」

「お、俺?赤崎隼人って言うんだ。」

「格好いい名前ね。お母さんとお父さんに感謝しなきゃね。」

 複雑な心境だ。今回の悲劇の連続は、あの忌々しいお袋がすべての元凶だと感じるからだ。もし、親父が生きてたら俺はどうなっていただろうか…。

「親父はとっくに亡くなってる…。」

「え…、ごめんなさい。」

「お袋は俺が小四の時に家を出て行ったよ。今も生きてるが、俺とは二度と関わる事のない人間だ。俺にとって色んな元凶を巻き起こした最も憎むべき存在なんだ。」

「ねえ、今度…、今度お互いの時間が合ったらご飯食べようか?」

「えっ、ほんとに?」

 嫌な思いも散々してきたけど、一筋の光明が見えたような気がする。この子が傍にいてくれるなら、俺の未来は明るい。希望を持って生きる事が出来る。

「もう、そろそろ時間なの。あなたともう少し話してみたいなと思って…。」

「じゃあ、延長するよ。」

 モモは静かに首を振る。

「ここでする話じゃないと思うの…。だから今度ゆっくりお話したい。もちろん私の事も話すよ。色々話し合ってみたいの。駄目かな?」

「全然…、是非逢って話したいよ。俺の連絡先を教えるから。」

 お互いの携帯番号を交換する。さっきまでの塞ぎ込んだ気持ちは、どこかへいってしまったようだ。こんなウキウキしてくるなんて、本当にしばらくぶりだった。

「今日は本当にありがとう。モモちゃんに逢って俺は幸せだよ。」

「あのね。」

「何?」

「私の名前はモモじゃないの。あくまでも店での名前なんだ。」

「うん。」

「本名はむつきって言うの。」

「むつきちゃんか…。すごい似合ってるよ。」

「ふふ、ありがと。今度電話するね。」

「ああ、待ってる…。」

「じゃ、ごめんね。時間が来ちゃった。」

「大丈夫だよ。またね。」

「うん、ありがとう。」

 むつきに手を引かれて通路を歩き、カーテンのかかる入り口まで来ると、何やら向こうでザワザワしている。何かあったんだろうか。

「あれ?何か騒がしいね…。」

「とりあえず俺は行くよ。じゃーね。」

「うん。」

 カーテンを開いて受け付けの方へ行くと、待合室に沢山の人だかりが出来ていた。この店はこんなに忙しい店だったのか。時計を見ると朝の七時だった。近付くと少しおかしい事に気付く。人だかりは男だけでなく、店の女の子や白衣を着た人などもいた。何か事件でもあったのだろうか。

「どいて下さい。どいて下さい。」

 白衣を着た人や救急隊員が大声で怒鳴っている。担架で誰かをこれから運ぶところらしい。俺は背伸びして様子を見る。

 一瞬、息が止まり倒れそうになった。間違いない…。担架で運ばれていったのは、間違いなく光太郎だった。俺は人込みを掻き分けて強引に前へ進んだ。

「光太郎―っ。光太郎―っ。」

「静かにして下さい。」

 俺は担架で運ばれる光太郎のところに近付き、体を思い切り揺すった。俺がいくら揺すっても叩いても、光太郎は何の反応も示してくれなかった。

「光太郎。光太郎―っ。おい、目を覚ませよ。」

「止めてください。離れて。少し落ち着いて。」

「何があったんですか、光太郎に…。」

「あーあー…、こんなに血が付いちゃって…。」

 救急隊員の言葉で自分の手を見ると、血で真っ赤になっていた。何だ、この血は…。あれからあそこの待合室で何があったんだ。

「光太郎は…。」

「左の横下腹部をナイフのような鋭利な物で刺されてたんですよ。」

「いつ?何で?」

「よく分かりませんが、出血しているのに数時間放って置いたみたいです。もっと早くくれば何とかなったのに…。」

「えっ?」

 今、この人は何て言ったんだ。

「光太郎は助かるんですよね?助かるんですよね?」

「遅かったんです。我々がここの店員に聞いて、駆けつけた時にはもう遅かったんです。出血があまりにも酷いのに、何でまたこんな場所に…。」

「光太郎が死んだ…?。嘘だーっ!何、嘘ついてんだよ!」

 目の前が真っ暗になっていく。もう光太郎の顔を見る事は出来ないのか。話をする事も一緒に飯を喰う事も…。

「落ち着いて下さい。」

「おまえ、こんなんで人生終わりにしちまっていいのかよ。早く起きろよっ!目を覚ませよっ!光太郎―――――――――っ…。」

 

 今日は雨が降っていた。大粒の雨だ。光太郎が亡くなってから一週間。俺は北方に事情を話して、今まで仕事を休んだ。あいつが最後に放ってきた黒のセカンドバック。中身を見ると八百万以上の金が入っていた。あいつは一体、何の為にこのバックを俺に渡したのだろう。

 

「今、猛烈に眠いんだ…。睡魔と闘ってる。ここで待ってる間、寝ちゃったら他の客も来るだろうし物騒だろ?もし最悪、強盗がここに来て万が一、俺が殺される事でもあったら、そのバックの中身ごと兄貴にあげるよ。」

 

 光太郎の最後に話した台詞が、頭の中で何度も何度も繰り返し木霊していた。すでにあの時、光太郎は自分がもう助からない事を知っていたような気がする。ハッキリした事は分からないが、俺とキャバクラに行った後で光太郎は誰かに刺されたはずだ。それまでは何もおかしい様子はなかった。俺が酒に飲まれて、あんな状態にならなかったら…。あいつはあの状況で酔った俺を背負い、むつきのいるヘルスに連れて行った。俺の気を紛らわせてくれる為だけに…。

「隼人。まだ、考えてるの?光太郎君の事…。」

 むつきが心配そうに話し掛けてくる。光太郎が亡くなってから今まで、発狂寸前だった俺を支えてくれたのは、むつきだった。こいつと出逢ってなかったら多分俺は壊れていただろう。

「うん、本当に短い間だったけど、俺と光太郎はお互いを分かり合ってたんだ。変な縁で繋がっていたような関係だったけどね。弟のように思ってた…。」

「そう…。ねえ、隼人。」

「なんだい?」

「私とは分かり合ってないの?」

「馬鹿な事、言うな。」

「ちゃんと言って…。」

 むつきはちょっと不機嫌そうな顔をしてむくれる。まだ、むつきとは知り合って一週間だが、毎日のように一緒にいて、とにかく色々な話をして過ごした。

「当たり前だろ。おまえは俺とずっと一緒に協力していくんだろ。ずっと俺の傍にいてくれよ。そしてお互いを理解し合いながら頑張って人生を生きていこう。」

「うん。」

 俺の言葉にむつきは満面の笑みを浮かべる。自然に手と手が重なり合い、俺たちは手を繋ぎながら歌舞伎町の街をゆっくり歩いた。

 光太郎が繋いでくれた俺とむつき。俺がこの街に来てからまだ半年ちょっとしか経ってないのに様々な事が起き過ぎた。最初の店で知り合った店長の岩崎の死。その友達の勝男との出会い。あの時は金を変に追い過ぎて俺は狂っていた。そのせいで勝男との仲もギクシャクして、後輩の神威との殴り合いまでに発展してしまった。それからすぐに光太郎と会い、美千代の存在を知り、むつきと付き合うようになった。

 今の自分は嫌いか…。少し自分自身を振り返ってみる。今は自分を好きな方になるだろう。そう思えるのも全部、むつきと光太郎のおかげだ。妹の愛も天国で俺を笑顔で見守ってくれるだろうか。

「何、さっきから黙ってるの?」

「い、いや…。むつきと一緒にいれて俺は幸せだなあと思ってさ。」

「こんな借金もあって、子持ちの私なんかで本当にいいの?」

「仕方ないだろ。それでもおまえの事が大好きなんだからさ。そりゃー、何も無い方が良かったかもしれないけど、早いとこおまえの借金返してさー。実家にいるむつきの娘も取り戻して三人で仲良く一緒に暮そうよ。な?」

「ありがとう…。ありがとう。」

 一番街のど真ん中で、俺に抱きついてくるむつき。俺は人目も気にせずに思い切りむつきを抱き締めた。嫌なことばっかじゃない。頑張って生きていこう。

「光太郎。おまえの金、むつきの借金の返済に当てさせてもらうぜ。」

「どうしたの?」

「ん、いや、何でもないよ。おまえも早いとこ、あんな店辞めちまえ。俺が何とかするから。分かったな?」

「はい。」

 俺たちの行く道はまだまだ現実的な困難が山積みだ。でもむつきと一緒なら俺は頑張ってやっていける。

 もう、いくら耳を澄ましても愛の声は聞こえない…。

 

 

2004・3・2~2004・8・10

 

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