今日の午後「南砺市森林整備策定協議会」なるものに代理で出席した。
南砺の山々~メンバーはこの点では素人で、幼稚な知識しか持ち合わせていないが、森林整備の経費もさることながら基本的な意識と生活様式からして、ナカナカ名案は出難いという気はする。
森林税のようなものを多くの県民が了解したが、個人所有の山を管理するための新税となるとヤヤ疑問も湧くし、個人の利益になるような使い方はご法度のようだ。
自治体や国が所有する山もあるが、当面整備が必要なのは民間が所有する、しかも自分の土地がどこかも曖昧な所有者の土地である。
そんな放置山でも、誰かが木を切ったりすと裁判を起こしてでも金にしようとするから、うかつに間伐の相談にも行けない。
いまさら一部の人を指して、利己的な国民だと批判しても仕方が無い。
間伐は採算が合う合わない以前の必須作業だが、危険な重労働であり苗木を植えるイベントとは比較にならない。
海外の安い木材が輸入され国内産の材木が売れない・ダ・カ・ラ・人工林の管理費などは回収の見込みが立たず、枝打ち間伐がおろそかになる・ダ・カ・ラ・戦後植林された杉などは使い時にも拘わらず管理もされていないし、売れない・ダ・カ・ラ・人工林の地表に光が届かず木の根張りがわるくなり、材質も落ちる・ダ・カ・ラ・付近の竹薮が広がり人工林を侵食し始める。竹も使われなくなり木も使われないから、山は荒れ放題。
大方の人はこの理屈を知っているが、地元の木材で家を建て・・・と言う人は極めて少なく、本音と各論が勝る。あ~難題だ(〃´o`)=3
南砺の山々~メンバーはこの点では素人で、幼稚な知識しか持ち合わせていないが、森林整備の経費もさることながら基本的な意識と生活様式からして、ナカナカ名案は出難いという気はする。
森林税のようなものを多くの県民が了解したが、個人所有の山を管理するための新税となるとヤヤ疑問も湧くし、個人の利益になるような使い方はご法度のようだ。
自治体や国が所有する山もあるが、当面整備が必要なのは民間が所有する、しかも自分の土地がどこかも曖昧な所有者の土地である。
そんな放置山でも、誰かが木を切ったりすと裁判を起こしてでも金にしようとするから、うかつに間伐の相談にも行けない。
いまさら一部の人を指して、利己的な国民だと批判しても仕方が無い。
間伐は採算が合う合わない以前の必須作業だが、危険な重労働であり苗木を植えるイベントとは比較にならない。
海外の安い木材が輸入され国内産の材木が売れない・ダ・カ・ラ・人工林の管理費などは回収の見込みが立たず、枝打ち間伐がおろそかになる・ダ・カ・ラ・戦後植林された杉などは使い時にも拘わらず管理もされていないし、売れない・ダ・カ・ラ・人工林の地表に光が届かず木の根張りがわるくなり、材質も落ちる・ダ・カ・ラ・付近の竹薮が広がり人工林を侵食し始める。竹も使われなくなり木も使われないから、山は荒れ放題。
大方の人はこの理屈を知っているが、地元の木材で家を建て・・・と言う人は極めて少なく、本音と各論が勝る。あ~難題だ(〃´o`)=3
「山」と聞くと 夏の暑い日に
おじいちゃんの引くリヤカーを
汗だくだくで押したことを思い出す。
父と母は 母の里の山にもでかけて
風呂の焚き木用にカヤをもらいに
リヤカーを引いたと言っていた。
昔 山があった頃は家族総出で
おにぎりを持って 一日山に入った。
伐採した枝などを斜面を利用して下まで
勢いよく落とす作業は おもしろかったし
陽が射して 円を描くように広くそこだけ
明るい山の下地を見ると不思議さを思った。
姉や友人が先導で 年下の私たち数人を
引き連れて リュックかついで山を歩いたことも
懐かしい。今なら 親から許可ももらえない行動
だろうが 探検をするようによく山を歩いた、というか お姉ちゃんが連れて歩いてくれた。
だから 山は薄暗くてこわいもの、ではなくて
ふところの様にぬくいのだが それも
そびえるような山ではなく 里山だからだろう。
とにかく、ちょっと風がふくと、杉林の中で、簡単に木が倒れてるんです。台風の後なんて、見える範囲で10本以上、斜めになっていたりしますもの。いくら針葉樹と言っても、あの程度の風で倒れる訳もなく、その前に、何らかの理由で木が弱っているんだなあと思います。
むずかしいですねえ。手後れになった頃、やっと“じたばたし”始める。人間って愚かな生き物です。
”環境に優しい”のはかなり定着したのでしょうが、まだまだごまかしの優しさなのでしょう。
排気ガスなども、もっと何とかしなければ・・・。