風のアルバム

些細な記憶の断片
或いは今日の雑感

赤いシャツ

2025-02-24 07:07:31 | 日記

 

〜1975年3月(12才)のできごと〜

小学校の卒業式が間近に迫っていたある日のこと

母が町の洋服屋さんで、卒業式に着て行く私の服を

買って来ました

紺のブレザーでした

下着と体操服以外をお下がりの服でやりくりすることに

やりがいを感じていた私でしたが、やはりおニューの服は

嬉しいものでした

しかしここで問題発生です

ブレザーの下に着るYシャツがないのでした

兄や父のものはまだ大きすぎましたから

姉たちのを借りることになりましたが、

ピンクや黄色やフリルやらのシャツではどうも…

その中からこれが1番いいのではないか、と

やたらと襟の大きな赤のオープンシャツが選ばれました 

 

数年後、テレビでは内藤やす子が

似たような服装で「弟よ」を歌っていました

 

 

 

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ふと思い出す

2025-02-22 17:04:22 | 日記

 

〜1977年(15才)頃のできごと〜

 

**君、

君には才能がある

(今はどこにあるのかわからないが)

頑張れ!

 

当時大学生の次姉に来た年賀状の一文です

(私に来た年賀状ではありません)

送り主は同じ大学の1学年先輩 

後に次姉の旦那様になります

この時はもうお付き合いが始まっていたと思います

2人とも大学の陸上部で専門は中長距離

私も走っていましたから、3人で何度か同じ大会に

出たりしていました

万事に手を抜かない次姉と

そんな姉を時々優しく諭す(後の)義兄

 

ああ、思えば当時から私は二人にたくさんお世話になった…!

ふっと思い出した記憶をきっかけに

懐かしい当時を思い返していますと

素直にありがたい気持ちが私を満たしていきます

そして清々しい今を作り出してくれる

私にとって記憶が財産である所以です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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刑事コロンボ

2025-02-21 21:33:26 | 日記

 

ー1975年(13才)頃のことー 

当時、土曜日のゴールデンアワーにNHKでは

「刑事コロンボ」を放映していました

これまでになかったストーリー展開の面白さと

コロンボの魅力が受けたのでしょう 人気番組でした

我が家もご多聞にもれずコロンボブーム

 

ある土曜日の晩、祖母が旅行に行ったのをいいことに

おでんをつっつきながらのコロンボ鑑賞をしました

鬼の居ぬ間に、というわけです

テレビの置いてある父の部屋にちゃぶ台を持ってきて

熱々おでんの詰まった鍋を父母と次兄、私の4人で

突っつきながら刑事コロンボを観たのでした

楽しかった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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たまご爆弾 (late 1980’s)

2025-02-20 13:29:01 | 日記

 

ミスドで大学時代の友人を待っていました

フランス語をちょっとかじってみようと思いたち、

真剣に学び続けている友人にフランス語のイロハを

教えてもらおうと、約束を取ったのです

しかし待てど暮らせど友人は現れません

まだ携帯電話が普及していない時代

ただ待っているしかありませんでした

2時間が過ぎて友人はようやく現れました

遅れた理由がシュールと言いましょうか

「古くなったたまごが冷蔵庫の中で爆発した

それで悲しくなって動けなくなった…」

 

私はあんぐり

フランス語はそれきりになりました

 

 

 

 

 

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謎の光 (early 1970’s)

2025-02-19 18:02:38 | 日記

 

眺めのいい台所の窓から外を見ていました

すると野原の向こうに建つ一軒家から光が

ピカピカと私の顔を照らしてきたのです

鏡の反射光です

私は置き鏡を持ってきて、負けじと反射光を

やり返しました

光の戦いはしばらく続きましたが、私はだんだん

気味が悪くなってきました

小さな畑にストッキングで囲いをする隣のオニババ

みたいな大人だったら怖い…と思ったのです

私は窓から離れ、奥の部屋に引っ込みました

 

 

 

 

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