花菖蒲

日常やら何やらかんやら気儘に綴ります。気儘に。

三毛猫の考察(?) 其の参

2020-10-13 13:38:00 | やつがれシリーズ~心を捜して~
無理ゲー領域突入。
今のやつがれに
一体全体
己の何が「わかる」と
云うのだろうか…?

三毛猫
真逆の傷心に陥る。
と、云うよりは
自信喪失が正解だろうか…?
キャラ崩壊
トチ狂い気味になりつつも
何とか正気(?)を保って
思考する。
「何が」を考えるより
「何に」を考えた方が無難?
ほんの少しの違い。
けれどこの違いは
もしかすると大きな何かを
与えてくれる
かも知れないし
そうじゃないかも知れない。
「何が」を考えると
結局は輪郭が掴めず
全てが曖昧になる。
意外と「何が」と
云う枠は広範囲に及ぶ。
だとすれば
「何に」を考える方が
まだ多少なりとも
範囲や事象を限定し易い様な気にもなる。
似て非なる一個人。
ボヤッとではあるが思い至った事を
口にしてみる。
けれどコレが決定打にはならない。
「何に」該当するだろうけれど
少々、弱い様な気もする。
ほんの少しの違い。
兎に角
思いつく事を
思いつく限り
口にしてみる。
抽象的で曖昧な
それを形にしなきゃ
分からないまま。
自由気儘で捉え所が無い。
けれど何となく捉えられる。
どんどん
思考がこんがらがる様な
呟きを繰り返す三毛猫。
けれど
それは三毛猫の中で着実に
パズルのピースを嵌め込んでは居る。

まだ何か足りないなぁ…これ。
何だろう?

三毛猫の考察(?) 其の弐

2020-10-12 22:33:00 | やつがれシリーズ~心を捜して~
未だ嘗て
叫び疲れる。
そんな体験を
した事があっただろうか…?
答えは
否である。
何が楽しくて
叫ぶなんて
不毛な行動を取ったのか。
それもまた不可思議である…。

無意識のうちに色々と変化していた。
この事実は
三毛猫からしたら不可思議で
戸惑うばかりである。
表層的な部分ならば
多少だが自覚はあった。
しかし根本的な
本質に近い部分にもとなると…
事は少し角度が変わってくる。
根本まで変わる様な出来事なんてあったかなぁ…?
問題は其処である。
頑固で拘りがつよい三毛猫。
そんな三毛猫が揺れ動いて
変わると云うのは
余程、インパクトが無ければあり得ない。
のだが…
うん、分かんないわ(*ノω<*) アチャー
こんな始末である。
塵も積もれば山となる。
そんな感じだろうか?
小さな出来事が
積み重なって
浸透したならばインパクトに欠けるのも
不思議ではない。
それにしても無自覚過ぎるのは
如何なものだろうか。
己に関してのみ
本当に鈍い三毛猫である。
ありきたりな様で何かが違ってた?
時を遡り
思考を巡らす。
己にとって白狐と過ごしてきた時間が
どんなものだったのかを。
ボヤーっと
輪郭を捉えきれないまま
曖昧な部分を探る。

えっ!?これまた無理ゲーの粋じゃ!?
捉え切れないかも。。。


三毛猫の考察(?) 其の壱

2020-10-10 18:46:00 | やつがれシリーズ~心を捜して~
啓蒙思想家ですら
己に道標を
提示出来ない様な事態を
想像した事はない。
幼少期より
啓蒙思想家は己にとって
知的好奇心を満たすと同時に
何かしら与えてきたからだ。

三毛猫は只管に考える。
はてさて己の根底を
変えた何かをどうすれば
知れるのかを。
他者の考察に関しては
得意な方ではあるが
己となると
別問題だと思う。
其の理由は
己を客観的に見てると段々、嫌気と
嘔気に満ちてくる。
と、云う全くを以て一般的な
回答からかけ離れた理由である。
大体の場合、客観的に見るのが難しい
そんな理由なのだが…。
何処までも一般的って云う
枠組に収まれない三毛猫である。
何か変わった事をしたっけな…?
取り敢えず此処最近
己がどんな行動をしたかを
軽く振り返る。
1ヵ月、2ヵ月、3ヵ月…
どんどん遡るが
コレと云う何かに引っ掛からない。
あれ?特に何も無い…?
面白いくらいに何も引っ掛からず
終いには1年近く遡ってある事に気付く。
あ、彼奴かぁぁぁぁぁ!!!
気付いた瞬間
三毛猫は叫ぶ。
力一杯、叫ぶ。
一頻り叫んで
落胆する。
変わったのではなく
変えられたのである。
それを認識した三毛猫は
現実逃避を若干、かましつつ
何がそうさせたのかを
考える事にした。
このまま事実のみを認めるのは
少し三毛猫にしてみれば
悔しいのである。
基本的に三毛猫は
染めるのが好ましいので
染められるのは決して
好ましくはないのである。
そんな己をよく識るからこそ
三毛猫は疑問になった。
こうも自然に何にも意識しないまま染まるものか!?
そう三毛猫にはそれが不可思議で仕方ない。

本来なら
こんな不可思議に感じる様な事では
おそらく無いのだろう。
しかし己は様々な意味で
世間って云うものから
かけ離れ
欠如し
足りないものだらけ
欠陥だらけ
故に不可思議なのだろう。。。

三毛猫の哲学 其の弐

2020-09-23 15:32:00 | やつがれシリーズ~心を捜して~
幸せってカテゴリーについて
思考を巡らせるも
纏まらない三毛猫。
論点を間違えた事に気付いたものの
答えが見付からない。
些細な出来事にすら
幸せを感じるタイプ
なんて分類される事がある事を不意に思い出すと
己にとってそんな風に感じる事柄があるかを
検証し始める。
甘いものと可愛いもの…
この2つだけは
至福を覚えるな
そう感じた三毛猫。
甘いものを食べる事
これは三毛猫にとって心身共に癒やされる貴重な
行為である。
可愛いものを集める触る見る
コレも三毛猫の心身を癒す。
けれど可愛いものは偶に飽きてしまう。
それを踏まえると三毛猫にとって
些細な出来事での幸せを感じる
と、云うシチュエーションは
甘いものを食べてる時
こうなるのだろう。
甘いものは別腹…
漸く少しだけ答えが見えたが…
根本的な解決にはならない。
また別の方向へ
視点を変えてみる。
アリストテレスの著書は読んだ事ないな…
啓蒙思想家達の考察
アリストテレスだけではなく
ソクラテスなんかも幸福について
考察を遺して居る。
ヘレニズム期には
ストア派、エピクロス派
このニ派にわかれてしまってたり
仏教経典の1つである
法華経は人々の真の幸福と安心の為に
説かれた。
等々…
様々な参考になりそうなものに
軽く目を通したが…
ふむ、珍しくこれと云う決定打がないな。
決め手に欠ける。
こう云う考察や教えがあるのか。
と、知識的に蓄えるものの
己の探してる答えには繋がらない。
啓蒙思想家からヒントを得れないのは
三毛猫にしては珍しい事。
何か気付かないうちに根底が変わった?
思い掛けず三毛猫は
今の己が数年前と少し違う様な
そんな違和感を感じたのだ。
幸福がどうよりも
気になることが見つかった三毛猫は
己の何が変わったかを
妙に識りたい気持ちになった。

幸福
それよりも興味が湧いたもの
もしかしたら
それがわかれば
今の己にとっての幸福が
何なのか
識れるかも知れない。

三毛猫の哲学 其の壱

2020-09-22 09:53:00 | やつがれシリーズ~心を捜して~
幸せ
って何だっけ?
そもそもそう感じる時って
どんな時だっけ?
思考を巡らせど
記憶を手繰り寄せど
曖昧で
ぼやけたまま
判然としない。

幸せ。
これをどんな時に感じるか…
三毛猫は悩んで居る。
側から見て
現在、幸せそうに見えるらしいのだが
三毛猫はあんまり意識して居なかった所為か
いまいちピンとこない。
けれどその問い掛けは
三毛猫が思考を巡らせる
その理由には十分で
考え込んでみる。
矢張り幸せって感覚がよくわからない。
その事に気付いた三毛猫は取り敢えず
片っ端から記憶を探る事にした。
幸せを感じている
そんな思い出はひとつくらい
たったひとつくらい
ある筈だ!
三毛猫は意気込んで探し出す
無駄にいい記憶力を誇る
脳内から引っ張り出す。
あれでもない。
これでもない。
これも違う。
あれも違う。
純粋に幸せを感じた様な記憶が
物心が付いてから一切無い。
なんて事は先ずあり得ない。
そう強く感じるのだが…
コレだ!
と、断言できないのだ。
つまり根本的に思考を巡らせる事柄を
三毛猫は間違えたのだ。
久々に詰んでるパターンきたな…。
そう漏らし乍ら
じゃぁ何処に焦点を向けて探さなきゃならないのか
その判断基準に迷いが生じる。
幸せって事柄を理解してないからか?
論点が判らないので
手当たり次第、思い付いた事柄に手を出して征く。
抑に於いて
人が動物が幸せを感じる瞬間と云うものは
計り知れないものだし、個体によって千差万別。
生きてきた環境
価値観に左右されるものだ。
つまり比較する対象なんて有りはしない。
と、なると…
幸せについての批評を下すには
己の価値観、捉え方、生き方…
それ等をハッキリさせなきゃ
くだせない。
と、云う事だと気付く。

え?これ、久々に無理ゲーの域じゃ…!?

続く。