「内部告発と権力と組織」
兵庫県知事に対するパワハラの内部告発と、告発者である元県民局長の死をめぐって、このところ連日のように報道がなされている。
報道によればこの問題の経緯は次の通り。
3月中旬、元局長が告発文書を県議などに送る
3月27日、知事は元局長を解任し、3月末の退職を取り消す
4月初旬、元局長は県の公益通報窓口にも同じ内容を通報
4月16日、告発文書にある「物品の受取」について、県産業労働局長が受け取っていたことが判明
5月7日、知事は元局長に対して、停職3ヶ月の懲戒処分を行う
5月21日、知事が第三者機関による調査を表明
6月13日、県議会で百条委員会の設置が決まる
7月5日、県議会事務局が元局長に対して告発文書などの提出を要請
7月7日午前、元局長は告発文書をメールで県議会事務局に送信
7月7日午後、元局長の死亡が判明
朝日新聞は7月12日の社説で次のように書いている。(抜粋)
「(告発)文書の内容を見極めるだけでなく、県が男性にとった対応が適切だったかどうかの検証を忘れてはならない。
県は3月末、男性が文書を出したことを認めたとして、処分の検討に入った。斎藤知事は会見で「業務時間中に、嘘八百含めて、文書を作って流す行為は公務員として失格」と厳しく非難し、懲戒処分を行う方針を表明。4月の会見では「当該文書は、県の公益内部通報制度では受理していないので、公益通報には該当しない」と述べた。
男性はその後、県への公益通報手続きを行ったが、県の人事課は調査を続行。「文書の核心部分が事実ではない」として、5月に他の理由も併せて男性を停職3カ月の処分にした。」
ここでの問題は、告発文書に書かれた知事の言動は勿論だが、当方がそれ以上に問題と思うのは、県庁内部の組織の対応である。
元局長の当初の告発が公益通報に当たるかどうかは今後の判断を待つとしても、その後元局長が県の公益通報窓口に手続きをした後も、県は公益通報窓口とは別に内部調査を行い、告発内容を真実ではないとして、元局長を停職3ヶ月の懲戒処分にしている。(その後告発内容は事実との証拠も出てきている)
内部告発とその後の組織の対応については、「鹿児島県警問題にみる権力と報道の問題点」のところでも述べたが、この時は、鹿児島県警の前生活安全部長が県警本部長が署員の犯罪を隠蔽したとして内部告発したが、県警はこれに対し告発者である前安全部長を守秘義務違反として逮捕・起訴している。
(*鹿児島県警の問題については、大手メディアはさほど大きく取り扱っていなかったが、今度の兵庫県知事の問題についてはTVも含め連日報道している。この違いは何だろうか。
鹿児島県警問題の報道は地方のウェブメディアから端を発しており、大手メディアとしては二番煎じとなるような報道にはあまり身が入らないということなのだろうか。)
今回取り上げた2例はいずれも権力を持つ相手を内部告発したものだが、通常、告発の対象者が権力者や組織の上層部ともなれば、告発したくても余程の覚悟がない限りなかなか出来るものではない。(これ迄述べてきたようなケースがその結果を如実に示している。)
*兵庫県知事問題では、元局長は「死をもって抗議する」という趣旨のメッセージを残しているが、今思うと凄い迫力である。(遺族はこれを百条委員会に提出している。)
この2例に共通しているのは、告発者がそれぞれの組織の幹部で、60才という定年退職の直前に内部告発をし、これに対して告発された「長」の部下たちが、告発者の処分に組織ぐるみで動いたということ。
告発した人たちは「長」たる人の行為に問題があると分かっていても、家族の生活などのこともあり、退職の間際でなければこのような内部告発は難しかったのではと思われる。
7月12日付朝日新聞には次のような記事もあった。
「公益通報者が処分を受ける事例は相次いできた。消費者庁が弁護士チームに依頼して2006年以降の裁判例を集めたところ、解雇や配置転換など、不利益な扱いが争点となった訴訟が84件あり、うち44件の判決で処分無効などの判断が示された。」
今後これらの問題がどのような結果になるかはまだ分からないが、内部告発者を守るという観点では、今の制度ではまだ不十分と言わざるを得ない。
(*改正公益通報者保護法が2022年6月に施行されたが十分に機能しているとは言えず、引き続きの検討が必要である。)
(参考)
「公益通報と内部通報の違い」
公益通報と似た言葉に内部通報がある。 よく混同されるが、内部通報は、企業内部の問題を知る労働者から、違法行為等に関する情報を早期に入手し、未然防止・早期是正を図る仕組みのことで、法律で定められた用語ではない。 一方、公益通報は、公益通報者保護法によりその定義が定められている。
「公益通報者保護法」
公益通報は「労働者などが、不正の目的でなく、組織内の通報窓口や権限のある行政機関、報道機関などに通報すること」と定めており、通報を理由とする降格など不利益な取り扱いを禁じている。
(*「不正の目的でなく」というのは「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的、その他の不正の目的でなく」という意味。)
「百条委員会」
自治体の事務に関して疑惑や不祥事があった際、事実関係を調査するため、地方自治法100条に基づいて地方議会が設置する特別委員会。 関係者の出頭や証言、記録提出を求めることができるなど強い調査権限を持つ。