きまぐれ日記2

気まぐれに日々感じることをデータや情報を調べながら自身のためになるよう、なるべく読みやすいよう書いてみます。

新型コロナ感染爆発第3波における政治的責任

2020-11-23 00:31:43 | 日記
新型コロナ感染者数の増加が止まらない。もちろん検査数の増加が感染者発見を促進している側面はある。だがそれと同時に感染が疑われる症状を持つものが増えているため検査が必要になっているということもまた事実であろう。
私は3月にここで記事にした際。検査数は必要がある患者が受けられれば検査数はそう増えなくていいと書いた。それには前提があり我々日本国民全員が感染のリスクを負っているということを理解し不顕性の感染者である危険性を十分理解するということである。
PCR検査は微小な遺伝子を検知する検査である。当然新型コロナに感染して不顕性で抗体ができている検体でもウイルスの死骸があれば検知される。特に若年層は免疫が強くそうなる可能性は高い。
だから必要なのは症状発症した感染者の周囲をきちんと感染判別し、その後感染者の追跡調査をするのに必要な検査数を確保することである。3月当時に比べてその必要数は増大しているのでそういう意味では検査数は必要とはいえよう。
だが一方で自分に症状がなく周囲に感染者もいないのに感染が心配という人が検査を受けるのは止めるべきだと思う。必ずこの手合いの人がいるのだがPCRはあくまでその時点でのウイルス検出である。極端なことを言えば検体採取した時点では陰性でもその帰宅途中に感染することも十分ありうるのだ。
wikipediaでウイルスを引いてみると「細胞を構造単位とせず、自己増殖はできないが、遺伝子を有する」とある。基本的構造はタンパク質と核酸(DNAあるいはRNA)からなる。細胞構造を持たないので代謝や自己増殖できず他生物の細胞に寄生することでのみ増殖可能とする。
つまり新型コロナウイルスのようにヒトに感染するということはヒトの接触あるいは飛沫によってウイルスが他人の中に入り込みそこで増殖することである。つまりヒトを媒介として飛沫感染するウイルスを感染抑制するには他人にうつさないことが必要なのである。
うつさなければ不顕性感染の人の中では抗体が産生されウイルスを排除する。症状が出てしまった人は医療により低下した免疫や生体機能を補助することで排除する。
横浜クルーズ船での感染蔓延および飛沫感染での感染経路が判明した時点で爆発的感染の危険性は容易に予想された。だから私も3月の時点で世界の感染状況を人口密度と平均気温でその時点での感染の偏在を指摘した。
つまり感染と人口密度は明確に相関し、人が集まれば感染は増えるわけである。だからGotoキャンペーンというのは感染のアクセルを踏むことと等しくなる。
私の周囲でGoto利用したという方たちの話を聞いていれば多くが複数の人と利用している。京都でも10月の人出が多いという話は聞いていた。だから9月の4連休を契機に感染者数が増加し、テレビでGotoを取り上げることで密集する場面が激増したのである。
更に気温も重要な意味を持つ。8月の第2波の感染増加は緊急事態宣言の解除による活動の再開で感染者数の増加が起因していた。だが夏季ということで気温が高く湿度も高かったので大きな感染増加までは至らなかった。
気温が低いということは恒温動物である人類は基礎代謝をして体温を維持する。ということは日常が運動や入浴後の状態と等しいということだ。運動後や入浴後に体を冷やすと風邪にかかりやすいよう冬季はウイルスに対する感染防御が低下する。だからまず感染爆発が気温の下がった北海道から顕著になったのだ。
私は3月の記事で国民の理解能力で感染の防御は決まると書いた。それはマスクをしない欧米と日本をはじめとしたマスクをする国々との感染数の差が示している。
大統領自ら感染確認後自粛しないでマスクなしで動き回る国ではそれにふさわしい感染者と死者数が示されている。そして日本でも同じだ。行動自粛8割を実践した4・5月は気温上昇とも相まって感染の抑制を実現させた。
だがこれはウイルスが消滅したわけではない。不顕性の感染状態でヒトからヒトに移りわたって生存し続けていた。現代のようにヒトの密集が避けがたい社会では容易に想像できることだ。
だから複数の識者が数年にわたりコロナの感染は続くと指摘している。現在ワクチンが開発されているが現時点で3種類存在すると報じられているよう変異による適応力もかなり強いと思われる。
さらに欧州型と呼ばれる予後の悪いタイプが存在するよう変異によりより重篤化する症状を発症させる亜種も発生しうる。さらに治療薬やワクチンに関して非常に速い臨床承認が行われている。検体数が2桁3桁で承認しようとしている。その期間も短い。副反応の危険性は否定できない。
かつて公明党が推進し副反応が問題になった子宮頸がんワクチンという例もある。現在これは積極的に推奨していませんと厚生労働省は表明している。ただでさえ不明な部分の多い新型コロナウイルスに対して性急な対応をしている世界の企業に対して非常に緩い承認過程を各国が提示している。

医師会はGoto開始時から警告を示していた。だが政府が政治判断で実施した政策だ。ここで学術会議の問題を書いた際に記したよう、政府は様々な学術団体が政府の施策に対して各分野から提言をしている。その中には政府の判断に反するものもある。それを政治家が判断したうえで政策を実行する。
菅政権というよりは任命自体は安倍政権が学術会議で政府に否定的見解を示した6人を任命拒否したよう政権交代以降自民党政権は自分に耳障りのいい人間しか周りに集めない政治をしている。
だから今回のように少しウイルスや医学に知識がある人間なら容易に想像できる事態が忠告する人間を置かないので防げない。これは学術団体が悪いのではなくそれを軽視した政治の責任である。
もし100年に一度の大雨が1年間降り続けると判明したら旅行したり会食したりとか考えるだろうか。おそらく日々の買い物など必要最低限の外出に留めるよう自粛する方々が大多数であろう。
コロナ禍は自然の引き起こした産物である。一部に中国がばらまいたという意見があるが昨秋のヨーロッパやアメリカの検体をPCR検査したら検出されたという報道もありやはり天災というべき側面が強い。
天災は人間の都合など考慮しない。当然経済もだ。だから天災を前に「経済が」と言うのはナンセンスなのだ。自然に合わせて対応しなければならないのである。
地球温暖化に対してペンシルベニアでバイデンが支持を獲得したよう人類はこれまで自然に行ってきた仕打ちに対してその反作用を受けることを考慮しなければならない。だからいつまでも化石燃料の産業を保護できないと発言したバイデンを化石燃料が基幹産業であるこの地でも選ばれた。
人類は自然に作用し続けた。その結果としてこのようなウイルスも含めた自然の反作用が発生している。それに対して人類側から対応せざるを得ない事態は今後増え続けるであろう。それは有権者が選んだ政治によって行われるのが民主主義だ。

私自身は今なお8割自粛を心掛けている。旅行もしていない。外食も8割自粛だ。おかげさまで今のところ発症はしていない。だがそれとて不顕性の感染は十分ありうると自己認識している。
だから人と接触する可能性のある場所では必ずマスクはしている。手洗いなどは今まで以上に励行している。それでも完全な感染予防は困難だと感じている。だからGotoなどは決して参加しない。
今問われているのは我々のウイルスに対する知識力と認識だ。コロナ感染者が一時期ネットなどで叩かれたことが問題となった。今でもあるかもしれない。これは自分は感染していないししたくないという前提で行われているのだと思う。
だがウイルスの性状や日本の社会形態を考慮すれば誰でも感染の危険性に瀕しているという認識が欠如しているのだ。人の集まる場所に出向けば必ず感染リスクは高まる。満員電車に乗れば感染リスクは高まる。会食や団体旅行をすれば感染リスクは高まる。気温が低下し空気が乾燥すれば飛沫感染の危険性が上昇する。
そのうえでずっと引きこもっていれば精神的に抑うつ状態になる。8割自粛で感染予防が出来るならば今までの5分の1の外出や旅行・会食にすればいい。それも連休など混むのがわかっているときは避けてである。
今の日本に欠けているのは自分が不顕性の感染者であるというリスクから目を背けていることだ。もしその意識があれば第3波は防げたはずだ。
今の日本の社会構造上全てをリモートワークにはできない。そうである以上通勤通学など密集状態を回避することは困難だ。治療薬及びワクチンが確立するまではウイルス被曝を回避することは出来ない。
テレビのワイドショーに乗せられGotoだと踊りはやされていてはいつまでたってもこのコロナ禍への対応はできない。もちろん経済のためにこの程度の犠牲は仕方ないと考えるなら別だがだ。
欧米に比べれば感染規模は桁違いに少ない。だが指定感染症であるが故感染が確認されれば仕事や業務に支障が出る。そういう様々な不利益と感染による人的被害を併せて日本経済への影響とどちらを重視するか、それを政治が判断しなければならない。
現在までは菅政権は経済が大事だと言い続けてきた。感染者が爆発的でないとも言い続けてきた。それはこの犠牲者数なら日本経済の方が大事だと政治判断してきたということだ。
だからGotoというアクセルを踏みながら各自(利用者と業者双方)でブレーキを踏めと人任せな方針を放置し続けてきた。この週末にきてようやく方針転換をするようだがおそらくこの3連休がカウントされるであろう12月初旬には更なる感染者増大が予想される。京都も観光ハイシーズンだから感染者が増え続けるであろう。
常に自分が感染しているリスクを認識していればこの自然災害ともいえる人類が防衛手段を持てない事態にどう対処すればいいか、想像できるのではないであろうか。

コロナとは関係ないが日本の少子高齢化社会は深刻だ。現在世界第4位の日本のGDPは30年後には第7位に落ちる。世界に対するGDPの比率は現在の6割程度に低下する。
そのとき日本は今のコロナ禍のような事態が起こるのではないかと私は想像する。多くの娯楽やサービス業が需要を落とし必要最低限な産業のみに限定されていくという予想だ。
外食よりも自炊となり医療介護など人の生き死にに関係する産業および1・2次産業に集約しなければかつて200万人生まれた時代から85万人しか生まれない時代の労働人口移行への対応はできない。移民政策の転換がない限りはだ。
これから30年生きる人たちはそういう覚悟をもって生活をするべきだと思う。おそらくコロナ禍は数年で収まるであろう。だが安倍政権で失った1.5兆ドルのGDP、20兆円の輸入超過、アメリカを超える金融緩和などに加えて今回大増刷された国債が加わり未曽有の経済困窮が予想される。
今回の行動自粛は来たる時代の予行演習になるのではないかと私は考える。もともと内需が主体の日本に金融緩和という名で円安誘導し日本資本を減少させた。輸出額は増大したがそれを上回る輸入額が生活費を増大させている。いずれコロナ禍のような生活抑制が必要になるだろう。
民主主義の日本においてそれを選んだのは日本人自体だ。というより政権交代以降選挙を放棄した1600万人の有権者と言った方がいいかもしれない。この京阪神の人口に相当する有権者が導いた結果を我々は甘受しなければならない。
今回のコロナ禍においてもここに至るまで政治が決断して日本医師会の警告を無視し経済を優先させて医療関係者の多くが危惧していた事態を招いた。それが自分に聞こえのいい意見ばかりを採用した政治の結果だ。
これから気温が下がる。おそらくこのキャンペーンをしている限り地方へと感染は波及するだろう。特に北の方はだ。
そして大阪万博開催のため自粛を控え感染爆発を認めたくなかった大阪府もとうとう東京を追い越す感染者を発生させるに至った。これは大阪都構想の住民投票なども無関係ではないはずだ。
政治が行った結果はきちんとその生活に反映される。コロナ下での住民投票があの時点で必要だったのか、維新の行動責任はないのであろうか?
政治を行うのは政治家だ。そしてその政治家を選択するのは有権者だ。あなたの選んだ政治家が今の日本を反映している。コロナ禍でなお上昇し続ける株価とそれを支える金融緩和、そしてそれをアベノミクスと呼び経済成長という政治が正しい姿に思うであろうか。
コロナの行く末もあなたが選んだあるいは選ぶことを放棄したことで発生した政治家が決めていく。そしてその結果を一番深刻に受け止めるのはいつも弱い市民たちだ。
大阪を借金まみれにした太田房江は論功行賞で自民党の参議院を2期務め議員年金をもらいながら優雅な老後が確定している。それを決めたのは大阪府民だ。そして大阪府民が選んだ維新がコロナ禍での住民投票で500人近い感染者を出した。人口が1.5倍以上の東京都と同じレベルの感染者をだ。
大阪府知事の発言通りおそらく緊急事態宣言に近いものが発令されるだろう。それは大阪府民の総意が生み出したということを忘れてはならない。
政治を軽視すること、選挙を真剣に考えないこと、その意味をもう一度皆さん自身で問いかける時が来ているのではなかろうか。

デイリー新潮「本当は日本で働きたい…」中国「千人計画」参加者の本音 ノーベル賞・本庶教授も日本の現状に警鐘 に思う

2020-11-01 12:57:41 | 日記
表題の記事がyahooに掲載されていた。私がここで何度も記事にしていることが書かれている。国立大学の独法化による研究資金の抑制が15年以上たって現在の日本の研究能力の低下に重くのしかかっている。
何度も書いて申し訳ないが日本の現在の論文業績は科学分野で現在世界5位だ。10年前は2位であった。そこから中国・ドイツ・イギリスに抜かれて現在の位置にある。
これも何度も書いていることだが日本の論文業績は圧倒的に国立大学で支えられている。早慶でさえ筑波大学や岡山大学の後塵を拝している。その国立大学の研究予算が減少し研究者が自らの研究を十分にできない現状が存在する。
ノーベル賞を受賞しその賞金を若い学者のための基金にすることを表明された本庶先生はその現状を理解している。そのことは表題の記事にもコメントされている。

 18年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑・京都大学特別教授(78)も、

「私が免疫の研究を志したのは1972年のこと。オプジーボの基になったPD-1という分子を発見したのが92年で、それをがんの治療に使う原理を見つけたのが02年。製薬会社が薬にして認可されたのが14年ですから、トータルで40年かかった。もっとも生物学のような分野では、そのぐらいのタイムスケールは当たり前なのです」

 そう指摘した上で、

「研究者になる上での最大のメリットは、若いうちから好きなことができること。サラリーマンなら30代までは会社の使い走りですが、実力のある研究者なら35歳にもなれば好きな研究に打ち込める。私も東大で研究を始めた頃は30代でしたが、年間500万円ほどの運営費交付金という自由な研究費をいただけたことで、なんとか生き延びることができました。けれど、今の日本では40代以下の研究者は大変つらい思いをしていると思う。彼らの環境を整えなければいけません」

 加えてこう提言する。

「マラソンにたとえるなら、今の日本は優勝争いを繰り広げる先頭集団の最後尾にいる状況。一度でも脱落すれば、挽回には大変なエネルギーが要りますから、今がまさに、我が国の科学技術政策を見直すラストチャンスなのです」

 図らずも「千人計画」のベールを剥いで見えてきたのは、我が国の目を覆いたくなる構造的な惨状だった。


私は国立大学で博士課程を卒業している。まだ20世紀の話だ。同期入学の友人は私立大学で博士課程に進学していた。話をするとその待遇に大きな差があることが私は理解できた。私は必要と認められた試薬類は全て購入していただき研究に支障はなかった。だが友人は試薬の購入さえ自腹を切ることがあったとのことだ。
2004年国立大学は独法化され我が母校では助手(有給の国家公務員)が任期制に変わった。私立の大学では教授でさえ任期制になったと聞いた。
これは任期中に成果を出せということだ。ということはスケールの大きな実験は事実上若手研究者には無理ということだ。私の指導教授が教授会で新規教授を選考する際「(候補者の)研究は地味だけど…」と漏らしていたがその先生はきちんと教授に就任で来た。
そういう素地が研究能力を支えている。上記の引用コメントでもあるよう研究というのは一朝一夕でなるものはほとんどない。地道な研究とそれを支える環境がそれを成立させることがほとんどだ。多大な失敗や試行錯誤がそれを成就させる。それを数年の任期で納めろと言えばスケールの小さな研究しかできない。


最近科学軽視を象徴するような出来医ごとが日米で発生している。日本では菅首相の日本学術会議での一件だ。学術において意見の多様性というのは欠くことのできないものである。全員が政府に賛同する意見しか言えないのならそれは中国や北朝鮮と変わらない。政府には耳の痛い意見でもそれを聴いたうえで政治家が判断するというのが本来あるべき姿だ。
安倍前首相がマスクを配布するとした際誰の意見も聞かず側近の総理秘書官とで独断したことが報じられている。このように耳障りの良い意見ばかりに傾倒すると裸の王様になるのである。
アメリカはトランプ大統領のコロナ感染に対する対応だ。明らかに自身の都合のいい論理にすり替え学術を軽視し、国民の代表という立場でコロナ感染後の行動を国民に示した。おそらくそれをまねする国民はかなり発生するだろう。これがアメリカでのコロナ終息を一層遠ざけることは想像に難くない。

日本の科学研究予算は平成に入り国立大学の独法化された2004年まで3倍近く上昇している。だがその後はほぼ横ばいで推移している。さらに平成30年の間に大学は50%増え学生も同様に50%増えている。だが世代出生数は約3分の2に減っている。つまり世代における大学生の占有率が2倍以上に増えたにもかかわらず学術論文数は減り続けているのである。
これは何を意味するかは何度も書いてきたとおりである。加計の獣医学部問題で示されるよういわゆるFラン大学の雨後のタケノコ様の増殖だ。これには当然教育予算がついて大学の建設費や施設建設さらには学生に充てられる私学助成金が払われる。
だが同時に国立大学の運営交付金は減少の一途だ。2004年に対して2017年には2000億、率にして20%の減少となっている。当然これは金額なので物価上昇を鑑みればさらに研究者の雇用状況は圧迫されている。

当然そうなれば海外から特に中国から誘いがかかればそれを考慮する研究者も出てくるだろう。2004年というのは小泉改革で支出の抑制が図られている時期でもある。
それ自体は必要なことである。だが何故私立大学が次々新設される一方国立大学の予算は減り続けているのであろうか?それは文科省利権というのが答えだろう。私立大学だけでなく森友でもわかるよう新設には様々な予算が付く。
森友の設立の際に鴻池祥肇が口利きしていたことからわかるようこれは利権である。政治家にとっては金になるので私立大学の新設はありがたいのである。一方文科省にとっては天下りポストでもある。両者の利害が一致し250もの大学が平成30年間に新設されたのである。

現在国立大学の授業料は我々の頃の2倍近い。当然物価上昇分もあるのでその通りとは言えないが納付が厳しいのは事実だろう。奨学金に関しても多くの卒業生が苦労していることを報道で見た。そんななか国立大学での親の高収入化が進んでいる。
受験の費用、授業料それに対する親の収入格差の進行、これらから大学入学者の格差も進行している。親の収入で進学できるかが決まると言うことは学生の多様化を制限することにもなる。それは学問に対する多様化の抑制でもある。

現在日本は世界GDP第4位だということは皆さまご存知であろうか。現在3位はインドである。さらに30年すれば日本は第7位にまで落ちることが予想されている。その間世界のGDPは3倍になり日本は1.8倍である。こういう予想がすでに世界ではされている。
さらに少子高齢化で30年後には約4割が年金受給者となり現在の倍程度の現役世代の負担が発生する。それはひとえに出生数の減少が原因である。
2019年の出生数は約86万人、一方彼らが30歳になるころの後期高齢者は世代人口200万人である。このことは強烈な国力低下の要因となる。
移民という手段を取らなければ若者の多くが医療介護や農業などの人の生き死にに従事せざるを得なくなる。ということは研究開発にかけられる人材も予算も苦しくなるということである。
それに加えて現在の研究者の置かれている実情を併せれば、国民一人当たりのGDPを上昇させるために必要な技術革新は困難と言わざるを得ない。

マスコミに与えられることで全てを判断していても今の日本は判断できない。現実アベノミクスで皆輸出が伸びたて良くなったと思っているだろうが実は2013年からの6年で日本は輸入超過になっているのである。それは為替政策のもたらした負の遺産である。
もともと日本は内需国であり、エネルギーや食料を輸入に頼る国である。当然円安誘導で輸入食品やエネルギーコストは増大している。6年で20兆円も資産が流出したのである。年換算で消費税1%以上である。
しかし輸出企業は消費税戻しなどで国にその利益を十分還元していない。逆に役員報酬や内部留保、株式配当に費やしている。その役員報酬も外国人が多く含まれる。
さらにいうと物価上昇が約5%に対して食料品は14%の上昇だ。代表的なのはラーメンなどの小麦粉だ。こういうことは報道されないが政府の出す資料を見ればわかることだ。
大学生が増えても選挙にもいかないし、こういった不思議にも興味を持たない、その犠牲に日本の研究者の窮状は深刻化し、頭脳は海外に流出しようとしている。
小泉改革の時、企業はリストラに熱心であった。その結果日本の多くの研究従事者が海外とくにサムスンなどに吸い取られた。その結果今の日本の現状がある。

私はこのことを随分警告してきたがことコロナ禍でそれも手遅れとなっているように思う。日本は2050年をピークに少子高齢化は深刻化していく。そしてこの研究能力の低下はこれから30年ボディーブローのように効いていく。
更にコロナ禍は100兆を超える債券を発行している。これは全体の10%を超える。ただでさえ世界の中で異次元の債券発行をしているのにこれからの高齢化社会での社会福祉増大に際してこの残高が国債発行を制限させる危険性は十分ある。
さらにアベノミクスで市場に出回っていないマネタリーベースが300兆を超える額で存在する。これは現在流通する紙幣貨幣量の3倍近い額である。
このマネー量が日本が見切られたとき強烈な円安となって日本を襲う。80円から105円で20兆の資産が海外に流出し食料が14%上昇した。これが仮に200円とでもなったらどうなるだろうか。

菅政権は安倍政権を継承すると表明している。ということは今後も加計学園のような新設私立大学が乱立し、入学生はアジアからの留学生が多数を占め、彼らが東京福祉大学のように仮面留学で仕送りするような国となる。
そしてコロナ禍のような局面で食い詰めた留学生が群馬の豚泥棒のような形で生活する。学問は政府に都合の良いものばかりとなり多様性をなくし国力は衰退していく。
それをマスコミは報道しない。そして国民もおかしいと考えない。考えることを放棄しているので状態は放置される。アメリカの半分は科学より宗教が正しいと信じている。やがて日本もそういう国になっていくだろう。

アメリカが研究で優秀なのはアメリカ人が優秀だからではない。アメリカでは研究が比較的自由にできる環境が揃っているから世界の頭脳が集結しているのである。私の先輩であったベネズエラ人も日本のキャリア後アメリカで教授となった。
中国もおそらくそういう形をとりながら、アメリカ同様中国の研究成果として自国の発展を遂げるであろう。中国自体はの多様性への寛容さはないがおそらく研究に関してはそういう方向にもっていかざるを得ないであろう。
一方日本は政府が学問に注文を付ける。そして同じく少子高齢化となった英独にも置いて行かれ新潮の記事にある通り先頭集団の最後尾にいる。私はその現実を皆理解すべきだと思う。そしてそれを変えるのは選挙でしかできない。日本は戦国時代ではないのだから。
でも誰も選挙に興味がなければ仕方が無い。泥船に沈むまで乗るしかない。そのころには私は生きてはいまい。あとは自分で選んだ結末を十分堪能していただくしかない。そのとき安倍晋三は大勲位を頂き満面の笑みであろうがだ。

Time /Pink Floyd ~前記事を書いていま思うこと

2020-09-20 22:13:44 | 日記
ピンクフロイドの名盤 THE DARK SIDE OF THE MOON (邦題「狂気」)の4曲目に収録されている TIME という曲がある。その歌詞は PINK FLOYD TIME LYRICS で検索を掛ければすぐに見ることができる。You Tube でも簡単に聴くことができる。

その内容は

誰かが自分の進む道を示してくれることを期待しながらまだ若いからと暇をつぶすように適当に毎日を生きていた男の時間はあっという間に10年も過ぎ去ってしまった。誰も出発の時など教えてくれない。君はスタートの号砲を聞き逃したのだ。
そのとき男は上がってしまった太陽を追っかけようと必死に追いかけたが陽はすでに沈みつつある。だが次の日また陽は上り再びあなたを背中越しに追い抜いていく。同じように日々は続くように見えるかもしれない。けどあなた自身は日々年を取り死に近づいていく。
時が日に日に短く感じていく。だけどスタートのタイミングは見つからない。色々考えるがどれもダメになるかページの半分ほどしか埋まらない落書き程度のものにしかならない。
静かに絶望しながら耐えるのがイギリス流儀だ。時は過ぎ、人生という曲は終わる。もっと言うべきことはあったはずなのに。

懐かしいあの頃の故郷の家にもう一度帰りたい。もっとそこで過ごしたい。それが出来れば疲れ冷え切った身体を暖炉が温めてくれるはずだ。
今はあの家からもう遠く離れてしまった。私の死を告げる鐘が忠実に膝まづく神の信徒に届く。弱々しい私の呪文を届けるために。


というものだ。私が意訳した部分があるので実際は少し違うものかもしれない。
これは私は今の日本を表しているのではないかと考えてしまう。
その詳しい内容はこの記事の一つ前に記した。かなり長い記事だし、数字を多用しているので読みにくい文章かもしれない。だがよければ読んでいただけたらと思う。

日本は民主党の政権交代の失敗から政治を多くの人があきらめ7年半以上の時間をアベノミクスというマジックスペルにかけられる状態で過ごした。
そして金融緩和というおそらく大きな禍恨を残す政策に踊らされ、本来備えるべき2030~2050年の日本に対する対策を何ら打たずに時を過ごしてしまった。
コロナは偶発的要素だがこういう事故のようなものはこれからも訪れる。だがそれ以前に2018年(2度目の消費増税より前)までの6年で物価は5.2%上昇、食料は14%上昇したのに対して賃金は3.4%しか上昇しなかった。金融資産のない世帯も22・5%➡30%と4割増加した。一方株価は2倍近くになり銀行預金残高は20%上昇した。
金融緩和で輸出金額は増加したが円安誘導の結果輸入額も大きく増加した。その収支は安倍政権下で20兆円の輸入超過となった。1年あたりで約3兆円消費増税1%分の国力が流出していった。
でも世論は株価しか言わない。なんとなく好景気ではないかという呪文だけが世間を漂い実態が一切見えない状態でこの7年以上の時は過ぎた。
多くの選挙が行われたが政治を諦めた1600万人の京阪神人口に相当する有権者が選挙を放棄しこの状態を放置した。結果安倍政権は7年もの間衆議院3分の2参議院過半数という全権委任の権力を持ち自分の名前の付いたアベノミクスに邁進・慢心した。
これは安倍の責任はもちろんだがそれを放置した有権者の責任も逃れえない。政府の政策の原資はすべて税金だ。なぜなら政府は金儲けをしていないからだ。その政策の結果が実質賃金の減少と物価高。格差の拡大だ。そして怖ろしい量の金融緩和・債権残高という爆弾を抱える事態となった。

おそらくこの先の日本は沈みゆく太陽を追いかけ、疲れ果てたところでまた次の朝太陽に追い抜かれ絶望の日々が来るのではないかと想像する。すでに日本のGDPは世界4位だ。インドに抜かれている。30年後にはインドネシア・ブラジル・メキシコに抜かれると予想されている。
ふとある時懐かしむのだ。ジャパンアズナンバーワンと言われた時のことを。そして小渕政権から始まる未曽有の国債発行、アベノミクス、止めようとすれば止められたものを放置した結果を甘受させられるだろう。
そして2050年死にゆく私たちの世代は社会福祉の維持が困難になり沈黙の絶望を胸に抱きその最後の鐘に恨み節を流すことになるのだろう。

安倍政権が残した足跡とそれを継承する菅政権

2020-09-19 22:03:10 | 日記
8月28日金曜昼頃職場で流れているNHKラジオで安倍晋三内閣総理大臣が辞職の意向であることが報道された。一部ネット筋ではその前の週の時点でそういう予想が出されていた。また前回も自身が都合が悪くなると病気を理由に退陣していたので別に不思議なことではない。
新型コロナ感染の再拡大が報じられても国会は開かない、見解を示すこともない。いくらマスクをはじめとした感染対策が杜撰で批判されるのが前提とはいえ首相としての体は成していないのだから仕方ないだろう。
私は安倍政権特に第2次ほど酷い政権は見たことがないので全く評価していないのだが、同時に7年間も衆議院3分の2参議院過半数という何でも出来る権力を持った者の政治の結果としてこれから起こるであろう日本の没落に対する審判を受けて欲しかったと思っている。
さて表題だが好き嫌いの感情を抜きに民主党政権末期の2012年末と最新の結果が出ている2018年末時点での日本の数字指標を羅列したいと思う。数字の左側が2012年、右側が2018年だ。


名目GDP 500兆円 ➡ 530兆円
為替レート 80円・ドル ➡ 110
実質GDP 6.25兆ドル ➡ 4.88兆ドル
国民一人当たりGDP 50万ドル(世界12位) ➡ 39万ドル(26位)


株式市場時価総額 300兆円 ➡ 600兆円(米・中国・香港に次ぐ第4位)
株式外国人投資額 90兆円 ➡ 180兆円
国内投資額 210兆円 ➡ 420兆円(210兆円増)


マネタリーベース 132兆円 ➡ 494兆円(362兆増)
紙幣(日銀券)発行高 84兆円 ➡ 107兆円(23兆円増)
貨幣発行高 4.8兆円 ➡ 4.5兆円
日銀当座預金総残高 44兆円 ➡ 382兆円(338兆円増)
日銀当座預金民間銀行残高 40兆円 ➡ 335兆円(295兆円) 
マネタリーストックM1現金通貨紙幣量 87兆円 ➡ 110兆円(23兆26%増)
マネタリーストックM1預金通貨紙幣量 466兆円 ➡ 670兆円(204兆円像)
マネタリーストックM3(預金を含む) 1130兆円 ➡ 1350兆円(220兆増)
マネタリーストック広義流動性(株債権含む) 1520兆円 ➡ 1780兆円(260兆増)


消費者物価指数 96 ➡ 101 (2015年100として。以下同じ)
食品物価指数 92 ➡ 105(14%増)


銀行預金残高 597兆円 ➡ 744兆円(147兆円増)
銀行貸付残高 428兆円 ➡ 498兆円(70兆円増)
現金流通量 80兆円 ➡ 102兆円(22兆円増・郵便貯金は微増ということ)


という具合だ。これはコロナ発生以前、それどころか消費増税の前での数値である。
政府日銀は金融緩和と称して株債権を買いまくった結果お金の総量は民主党政権時の4倍近くに膨れ上がった。だが紙幣の発行量は3割程度しか増えていない。だから金融緩和をしたからと言って市中にお金が劇的に増えたわけではない。
そのほとんどが日銀の当座預金(民間銀行)に溜まっているのである。だから市民にはそのお金が回った実感はほとんどないはずだ。
金融緩和量が362兆で日銀の当座預金が338兆増だから市中には24兆しか回っていない。これは紙幣流通量が23兆増えていることとほぼ同期している。
ではその23兆はどこに行ったのか、だ。GDPが30兆増えているので国内の家庭消費に回っていると想像されているかもしれないが残念ながらそうではない。
GDPの輸出が占める割合は2018年で15%程度で輸出額は日本円で2012年の63.7兆が2018年には81.4兆と17.7兆の上昇だ。
2012年のGDP500兆のうち内需は少なくとも(おそらく輸出割合は15%以下なので)425兆円である。この間に消費抑制が掛からなければ、これに物価上昇指数96➡101を加味すれば447兆円になるはずである。増加分は22兆円である。輸出増加分17,7兆と合わせてGDPは40兆程度の増加分が見込まれるはずだ。
だが実際の増加分は30兆円だ。ということは消費増税にもかかわらず物価上昇による内需の押上げは11.3兆(30ー17.7)と半分程度にとどまっている。その分消費抑制が機能したことになる。
実際2人以上の1世帯当たり(全世帯の3分の2)の消費支出は343万4026円➡344万7782円と0.4%(1万3750円)しか上昇していない。消費支出の対象である2人以上の世帯数は約3600万世帯だ。1万3750円の家計消費上昇で0.5兆なので家計支出による23兆円の上昇分への影響はほとんどない。上昇分は輸出が主に構成されていることがわかる。
23兆円の紙幣流通増加分はほとんどGDP上昇分には寄与していないと思われる。おそらくそれは多くの国民が実感する感想だと思う。
実際食料品の物価指数の上昇率は上に記したよう(92➡105と)14%の上昇だ。これは輸入金額が70.7兆➡82.7兆と17%上昇している影響もあるだろう。
それでも家計消費が大幅に増加しないのはその分を余暇や趣味などの削減できるところで調整したり貯金を取り崩したりしている可能性が高い。実際金融資産を持たない世帯の比率は2012年の22.5%から30%以上に増えている。にもかかわらず預金残高の総額はこの間147兆も増えているのである。
一方当座預金に莫大な当座預金を有する民間銀行は本来その多くを民間に貸し付けることを期待されているのだが貸付残高は70兆(16%)しか伸びていない。これは紙幣発行量増加分27%にも及ばない。株式市場が国内だけで210兆円も拡大しているのでここに吸収された分は少なくないだろう。
そのため日銀はマイナス金利を発動し日銀当座預金を目減りする仕組みで民間融資を期待しているのだが効果はないようだ。おそらく投資家への融資くらいしか伸びていないのではなかろうか。

そして輸出の増加が起こったにもかかわらず実質GDPは22%も低下している。ちなみに安倍政権の2013~2018での貿易収支は輸出計448兆、輸入計470兆と20兆円余りの赤字となっている。
輸出も上昇しているが為替による輸入価格高騰分を輸出では補えていない。だから数値上名目GDP増加分の多くを占める輸出額の増加が起こっても実質GDPの減少で実際日本の資本が減少しているということだ。
そして輸出企業がその利益を国内で還元していれば多少の国内景気浮上に寄与するのだがおそらくそれは配当や内部留保、役員報酬に移行していると思われる。
先日役員報酬1億円以上の開示に関する記事があった。その1位の住友不動産の高島準司元会長の22億5900万円だった。
だがほかの上位5人は2位ソフトバンクグループのマルセロ・クラウレ副社長COOの21億1300万円、3位武田薬品工業のクリストフウェバー社長の20億7700万円、4位ソフトバンクグループのラジーブ・ミスラ副社長の16億600万円、5位トヨタ自動車のDidier Leroy元副社長が12億3900万円と全て外国人だった。
2012年の平均賃金が296.2万、2018年が306.2万と3.37%の上昇に比べて物価上昇は消費者物価指数が2012年の96%➡101%と5.2%上昇、食料品に限れば92%➡105%と14%の上昇だ。
これは円高での利益が役員報酬しかも外国人役員に偏在していることに他ならない。これでは一般消費につながるはずもない。同様に企業内部留保は2018年の時点で7年連続過去最高を更新している。これはバブル期の銀行の貸し剥がしなどを考えての自衛手段とも捉えられなくもない。だがその規模を必要以上に拡大させている可能性はある。

アベノミクスは金融緩和で株を買うことで株価を上昇させ、円安誘導したことで輸入材の高騰が起こり物価上昇した。だが上記の通り物価上昇に賃金が追い付いていない。実質賃金が下がり続けている。上に示した通り物価上昇は96%➡101%だが食料品に限ると92%➡105%と14%も上昇している。
生活にかかるコストは上昇し、さらに消費税も上昇した。だが賃金上昇はそれに追いつかない。さらに働き方改革と称して残業が減り残業代も減少した。それがこの7年間の実態だ。
毎日食料品を買い物する方なら実感していると思うがパンや即席麺など小麦粉関連の値段が上昇している。さらに牛肉も以前から比較して高騰している。これらは輸入品依存度の高い食品だ。牛肉の場合は飼料だと思われる。円安で起こる弊害である。本来は電気代なども上昇しているはずだが電力の自由化で価格競争が起こりあまり目立たないのだと思う。
私の実感ではスーパーでの値引きシールを張るのを待つ人が増えていると思う。近所の郊外の深夜営業のスーパーには夜10時半過ぎてシールが貼られる。このことを知っている人はその時間に車で来て惣菜を買っていく。その時間帯には駐車場が賑やかになるのだ。そしてそのためにその時間帯でも店員が多めに配置されている。
家計消費に回らなかった23兆円の行方を考える際に見るべき点が預金残高の上昇及び株式市場の急拡大だ。それに不動産価格の高騰なども同種だろう。つまり金融緩和したお金のうち市場に回ったほぼ全量が預金や投機に回っていると私は考える。
これがアベノミクスと言われるものの実態だ。市中に緩和した金融が回ることはない。だが一部の投資家には回ってきている。その結果近年の競走馬の価格高騰など全然庶民生活とは関係のないところでバブルが発生しているのが現状だ。
リーマンショックの発生した2008年の平均株価は8860円だ。前年が15000円台だったのが一時は7000円を割り込んだ。その後10000円程度に上昇したが東日本大震災で再び8450円に落ち込んだ。そして翌年同じように10000円台に回復した。
今回のコロナによる経済損失はリーマン以上というのが世間の評価だ。だが株価は一時16000円台まで落ち込んだが現在もうコロナ以前に近い水準まで復活している。
さらに言えば日本は昨秋の消費増税で経済停滞がすでに発生している。だが株価はずっと20000円台を維持している。実体経済とかけ離れてだ。
それは国(年金)と日銀が株を買い支え続けているからだ。その結果日銀と年金(GPIF)がいまや日本株式市場の2大株主となっている。

国民年金保有資産 150兆円(円高で海外資産が26%減)
保有国内債券残高 42兆円
年金運用機構保有株式 35兆円(2019年。全株式の5.4%で1位)
日銀保有株式 28兆円(全株式の4.7%上場企業の50%の大株主。年間6兆円購入)

年金と日銀で10%を超える株式を保有している。これは投資家には知られた事実である。だから政府の方針が変わらない限り下がった株を買えば日銀などが買いに入ることで上昇して利益を得ることができる。その原資の一部が我々が払う年金ということだ。
更に言えばこの危うい綱渡りを日銀と年金が行っているが3割を占める外国株主が自国の経済危機や日本への将来不安で売り抜けたら一気に年金資産は減少することになる。さらに日銀はその資産が減少することから円に対する信頼性が損なわれる。
円への信頼性が損なわれれば円安が進むことになる。もともとGDP4倍のアメリカと同量のマネタリーベースを有する日本は信頼を失われば円安に動くことは想像に難くない。
またそのほとんど日銀内にあるとはいえ日銀がその価値を保証する紙幣と同等のものが民間銀行名義の当座預金として300兆円以上の紙幣発行されていない資産が存在している。経済実態と大きく離れた金融量を持っていると判断される危険性は常に付きまとう。
現金流通量が2012年末の80兆から2018年末には102兆に増えた。それにあわせて為替が80円・ドルから110円・ドルに推移した。
現在為替は105円・ドル程度だが本来は10万円の給付金を配ったので102兆から12兆円程度増加しているはずだ。為替はそれに合わせて120円程度になってもおかしくないのだがおそらく世界各国で金融緩和や給付金を行っているので反映していないのだろう。
一方で国債を買い続けた日銀は安倍政権下で国債保有率が11.5%が4倍以上になっている。ほぼ半分の国債を日銀が保有しているのは国際的な信用性としていかがと思われる。
その資金量の膨大さと国債保有率の半分を引き受けているという不健全さを実質GDPが下がり続ける現状と勘案して国際社会がどう見るか。それが日本の運命を決めるであろう。
ちなみに金融の引き締めは徳政令でも出さない限り金利上昇で行われるはずだ。現在金利上昇が起こればどうなるか、想像に難くないはずだ。それに国債を発行することで予算を成立させている政府にとって金利上昇は更なる国債の発行の増加を要することとなる。実際は不可能ではないかと私は考える。
かといって現在の金融量である2012年の10倍近い国力を持つことが可能だろうか?それは言うまでもない。

安倍首相が常々自信をもって成果だと言い張るのが失業率と株価だ。
株価は国と日銀で買い支えて官製相場を作り上げた。だが実際の景況は様々な指標を見るまでもなく消費増税ですでに傾いていたのをコロナがダメ押ししている状態だである。
その結果日経平均株価はもはや景気実況とかけ離れた数値を維持している。NHKラジオでもすでに経済評論家は実体経済と乖離していると現在の株価を評している。
そして雇用だがこれはもっとシンプルだ。世代人口によるマジックだ。現在65-70の世代人口はおよそ200万人だ。それに比べて20-25歳の人口は120万程度だ。
毎年定年と入社で自然減が80万(全員が働くと仮定すればだが)も生じる。実際はもっと少ないだろうがそれでも確実に人材減が発生する素地がすでにあるのだ。
だから求人が必要となる。実際人材減で困る職場が続出している。この労働人口の減少は深刻である。すでに日本の10年後30年後の将来予想は悲劇である。
まず現状で日本のGDPは世界第4位だ。それが2015年時点の予想で2030年は辛うじて4位、2050年には7位と予想されている。世界に占める日本のGDP占有率は2014年で4.7%から2030年委は3.3%に、2050年には2.7%になると予想される。
日本を追い越す3つの国はインドネシア・ブラジル・メキシコだ。前2つの国は現状で人口が日本の2倍ある。メキシコは現在ほぼ日本と同じ人口だがこの先まだまだ増える。
日本と同じように人口が減るロシアが8位だが現在日本の方が30%以上高いGDPが30年後はほぼ同じになる。9位のナイジェリアなど現在日本の2割強しかないGDPがほぼ9割程度まで肉薄される。この時ナイジェリアの人口は世界3位となり現在の2倍程度になっていると予想されている。
もっともこれは2015年の為替での予想だ。105円・ドルでの計算である。これが円安になればさらに大きく下がるということを忘れてはいけない。120円台になればさらに12.5%減少するということだ。当然輸入品の高騰もそれに同期する。

日本の少子高齢化というのはもう何十年も前からわかっていたことである。もちろん出生率を上げる努力は必要だろう。だが日本の国土や資源を考えた時今の日本を支えるだけの出生率があるということは更なる将来の資源などの問題が生じることにもなる。
人口減少を見据えた国策が必要となるのが21世紀の日本に求められるスタンスだ。7年間も安定政権を率いた安倍首相にはそれが十分できる時間も政治的パワーもあった。
だが現実は目先の指標(株価)を操作することに終始した。その結果実体経済が弱体化し、何よりも日本の国力が実質GDPで2割も減少させてしまった。
日本が食料エネルギーを自前で用意できる国であるならばそんなに気にしなくてもよかろう。だが現実はそうではない。円安が進めば今以上に物価の上昇が起こる。だが日本の国力は人口減少で縮小し続ける。
減る人口、下がる国力それが7年間で安倍政権が行った結果だ。人口減少はおそらくここ30年では解決できない。今年の出生数は86万人だ。今20歳と比べて7割程度しかない。30年後に後期高齢者になる世代人口はおよそ200万人だ。
どう考えても扶養される人口が賦課する人口を強烈に圧迫する時代が避けられない。今日本に出来ることは何か、その視点が安倍政権にはあったのだろうか?
私はここでも何度も記事にしているが何が必要か考えればまず少人数でも国力を維持できる方法である。
一つはルクセンブルグのような金融国家になることだ。だが現状でトランプの下足番のような経済交渉をしている安倍内閣に出来るとは思えない。
ではその次に考えられることは移民だ。これは現実必要になるだろう。だが現状の留学生の置かれた実態、東京福祉大学のような偽装留学で日本に来た留学生は過酷な処遇下で働いている。
それを放置している国の体制を見ていると誰も日本で移民として働きたいとは思わないだろう。今より国力が下がるとき、日本に来てくれる人はかなり少なくなると思えてしまう。
さらに日本人の異国人に対する認識も阻害するだろう。地方参政権も持たせてもらえない人が長く働き暮らしたいと思うだろうか。もしあなたならば。
残された最後が研究や技術で他国の持てない希少性を持つことだ。それにはそれを育てる研究や訓練が必要になる。
だが研究という点でも日本は凋落の一途をたどっている。少し前まで日本は研究業績は世界2位だった。それが安倍政権下でどんどん低下していき現在は5位だ。
これは文科行政の失策の結果だ。日本は平成の30年間で大学を増やし大学生を増やし続けた。大学や学生は50%も増加し、その世代人口は逆に3分の2に減少した。
当然大学生の世代占有率が上がったのだから研究などの能力も上がると思いきやそうならなかったのはその多くがFランと呼ばれる私立大学が占めたこと、そしてその大学設立や私学助成のため国立大学の独法化をして予算を減らしたことが原因だ。
論文業績を調べればすぐわかるだろうが上位のほぼ全てが国立大学である。早慶ですら筑波大学や岡山大学の後塵を拝している。
その国立大学が独法化により任期制になり継続的な研究が困難になっているのである。任期制ということは決められた期限で結果を出すことが求められる。だが研究というものはトライアンドエラーで生まれるものが多い。結果として大きな研究というものが困難になる。
現在日本は多数のノーベル賞科学者を輩出している。それは研究室でじっくりと研究のできた世代の科学者である。現状科学論文が減少しているということはそういった受賞者が今後減少するということだ。さらに小保方問題のような質の問題もある。
安倍内閣で大学といえば加計学園問題がまず出てくる。その経緯からいくつも疑惑の出てきた案件だ。この大学の問題は図書館の蔵書もなく研究施設として申請していたものも揃わないまま開学したということだ。
つまりこの大学は開学することが目的なのだ。そうすれば国から多額の補助金が学校法人に支払われる。私学助成金も入る。
森友問題で鴻池祥肇参議院議員が口利きしたようこれは政治家にとっても利権案件だ。こういった口利きが安倍1強を支える政治資金となる。
こういう大学には文科省OBも天下りするだろう。政官の都合で250もの大学が平成に作られた。だが大学生が増えたにもかかわらず選挙投票率は下がる一方だ。いったいどれほどの人が大学卒業に相応しいといえるだろうか。
安倍政権下国債残高は増え続け、二階肝いりの国土強靭化計画で何兆も公共事業が行われた。これもアベノミクスの一環だ。本来これから10年後に必要となる国債発行のため緊縮財政を引くべきところを加計問題のような放漫財政出動を繰り返した。教育は低下し、経済の危機感は増した。政治の透明性は下がり各所での隠蔽改ざんが行われた。それが安倍政権の足跡と言えよう。

安倍晋三という人物はとにかく自らの過ちを認められない人だ。だから一旦方針を出してそれが間違いであったとき方針転換ができない。それはコロナの対応を見ればわかるだろう。
私が見聞きした歴代総理の中でも突出して安倍首相の国会答弁は酷い。自分の意見の表明だけでなく質問する下っ端議員にも称賛をさせる。そして一方的に民主党政権を悪夢と称す。
国会の質疑で野党に追及されると質問の言い直しや全く関係のない答弁で時間を稼ぐ。その質疑時間も民主党時代に自民党にきちんと論戦できるために増やした時間を短くした。
それゆえ現在の国会の与党の時間は北朝鮮の国営放送のような時間と化した。以前から公明党が使う手段である。一方で自身に都合の悪いことは決して答弁しない姿が国会で何度も見られた。上述した実質GDPの数値を野党議員から数値を教えてくれと質問されたが最後まで言い訳をして数値は決して言わなかった。

安倍政権はおそらく官房機密費を大量にマスコミにばらまきメディアを封殺した。報道特集で評していたが報道の自由度は民主党政権では20位前後だったのが現在60位台だ。
報道特集でメディアの猛省を促していたがその親元の毎日新聞も財務省の文書改ざんで自殺した赤城氏の遺書を入手したが封殺した。
メディアが篭絡された結果安倍政権は息を永らえ7年という貴重な時間をすべきことをせずに過ごした。一方東京オリンピックという終了後の経済不安しか生まない外患を誘致し、コンパクトといった決意表明と真逆の膨大な予算を消費しそしてその開催すら危ぶまれている。
国力とりわけ金融緩和という大きな爆弾と研究能力の低下という将来不安を残した罪は大きい。ここで失った時間と生じた病巣の大きさは深刻なダメージを与えるだろう。
それを放置したのは私たち有権者だ。誰もそれを止めなかった。その機会だけは民主主義で与えられていたのにだ。
安倍政権を信じて現政権を支持した人達は良いとは思わないがまだ仕方なさを感じる。だが考えることを停止して投票を放棄した人間がいる。特に民主党政権発足時投票しながらそれ以降選挙に行かなくなった1600万人の有権者には大きな責任がある。
そのつけは私たち自身が背負うことになる。電通が中抜きした支援金や怪しい会社(今はもうないらしい)が関わったアベノマスクの代金は政府のプレゼントではない。きちんと税金で回収される。なぜなら日本政府は営利企業ではなく100%原資は税金だからだ。
少子化で税収減・社会保障費増大する中、本当に国債を発行しなければならない時これまで発行した国債及び金融緩和という負債が日本を襲うだろう。
その時安倍政権の7年間の意味を我々は知ることになる。だが安倍晋三のお腹は痛くても財布は苦しくなることなどない。
自身の最長在任期間終了まで辞めなかった姿に表れているようにこの人にとって大事なのは面子である。その命を懸けることもなく2度も放り出した。国が重要な時に頑張れない時点で政治家は辞めるべきだと思う。どうしても改憲したいなら政治家としてでなくオブザーバーとして自民党で意見すればいい。
だが後世にはおそらく自身が思う姿とは真逆の評価がいずれ下されるであろう。ちなみに首相辞任表明後には早速会食をしてコース料理を堪能したそうだ。都合のいいお腹だと思う。

テレビで第1次政権の顔の表情と現在の姿を見比べてみて思った。第1次もいいとは思えないがまだ本人の真剣さが伝わる表情であった。だが民主党政権でヤジ将軍と化して以降総理在任期間を通じてその表情の陰湿さがすごく気になった。
いろんな疑惑の対応方法などその表情にマッチした対応ぶりである。生き方が表情に出た感じである。おそらく政治を諦めていないと思うので自分にとって都合の悪い問題が解決したらおそらくキングメーカとして暗躍したいと思っているだろう。あるいは恥知らずで第3次なんて考えているかもしれない。
だがこれからの苦境を自分が原因だとは決して認められない。そういう弱い人間だ。だから辞めた方がいいと思う。自身でその顔を見直した方がいい。そのおぞましい現在の顔を。せめて第1次政権くらいの表情になるまでは政治の舞台にいてはいけない。
どんなに自分を高く良く見せようとしても時間がそれを評価することは避けられない。歴史となったとき長く在位した分これからの責任も問われる。その時政治に関われば今どころではない精神的肉体的苦痛を味わうだろう。全てを放り出した方が楽だろう。見ないふりをして隠遁することをお勧めしたい。

そして後継と目されていた岸田を裏切って実質の後継指名をして選ばれたのが菅義偉だ。その表情に現われているようおそらく策略家で陰険というイメージが窺える。
民主党も政権時代進めた官邸主導という手法自体はおそらく間違ってはいないと思う。ただしそれは官邸がまともできちんと政策立案能力がある場合に限られる。
安倍政権時代、菅官房長官及び官邸は独自の考えを官僚に実行させ困らせられたことが報道されている。内閣が変わったことで上記のような状況を継続させることを明言している内閣に60%も期待している世論調査のままではどうにもならないだろう。
政治空白を作ってはいけないと議員主体の総裁選挙を急いで行いながら国会を首班指名などで開いただけで一切国会審議しないのほ安倍末期と何ら変わらない。それは安倍追及される石破を落としたいに他ならない。
私はおそらくもう2030~2050年代の日本の苦境は不可避だと思っている。人口構成、研究能力、財政状態、為替、GDP、全てにおいて希望的観測はない。そしてそれが起こるまでに打てる手立てはこの7年の間に失われ続けた。
2021年には東日本大震災で発行された国債の償還がやってくる。すでに2018~9年にはリーマンの際の国債償還が来ている。消費増税は2019年行われた。そして2030年委はコロナでの大量の国債が召喚されるはずだ。それを乗り切るにはおそらく消費増税は不可避だ。
菅も安倍ほど馬鹿ではないからそれは一度は口にした。だが10年はしないと言いなおした。と言うことは2030年には消費増税なく本年度発行した200兆以上の国債の償還が求められる。
日本の現在の通常状態での国家予算が100兆円程度だ。その倍に相当する国債の一部とはいえ10年後には償還しなけRばならない。そういう事態下で電通の丸投げ補助金などこの期に及んで利益誘導を考えている政権を引き継ぐ菅内閣に何が期待できるのだろうか。
日本は軍事国家ではない。ということは国民の過半数が大学卒業している日本の若い人はきちんと現在の事情を評価し自身の未来のため政治を監視する必要があるし、それを可能にする知識はあるはずだ。だが政権交代以降投票率は下落している。
企業票・団体票・宗教票を母体とした現政権下では少なくとも投票しないことが現状承認であることくらいは大学生ならば理解できるはずだがそれをしないということは未来を白紙委任することと同様だ。そしてそれは自らの未来で支払うことになる。
おそらく来年で政権交代は起こらない。ただ起こったとしても膨れ上がった債権、下がる人口と国力、堕ちた倫理観、これらを解決することは相当の困難が予想される。そして我々自身の受けるべき苦痛も大きくなり避けられない。
私はそれを民主党の政権交代時に予測し記事にもした。残念ながら日本国民はそれ以上の行動を示せなかった。そしてこの期に及んでアベノミクスは良かったと未だに言っている。年間3兆円という消費税1%分の国力を輸入超過で減らしながらも。
菅内閣を信用し任せるということはどういうことか、これを読んだ皆様は各自自身で調べて評価して欲しい。大切なのは自分で調べて考えることだ。ワイドショーが教えてくれるのではない。
給料(税収60兆)の20倍以上の借金残高(1200兆)を持つ家に銀行は貸してくれるだろうか?世界という銀行が国債という融資をしてくれる状況が永遠に続くというならば菅という名の舟に乗ればいい。泥船か丸太船かは自身の未来が証明してくれる。未来を掛けるのだから自身で現状を知るくらいはした方がいいと私は忠告したい。

低下の一途をたどる日本の研究力

2020-05-11 21:21:39 | 日記
研究力ランキング、日本勢初のトップ10陥落…中国勢が躍進 という記事が本日読売新聞に出された。私が以前から口酸っぱく指摘していることだ。今年はイギリスにも抜かれて世界第5位に落ちた。
過去に私の記事を読んで頂いた方には同じことを書いていて申し訳ないが再度指摘しておきたい。

日本の大学数は平成の30年間で499校から782校に増えた。学生数は206万人から290万人に増えた。その大部分は私立大学の増加で364校から603校に増えている。
それに対して政府の研究負担費は2000年にピークを迎えた後緩やかに減少している。現在3.3兆円程度だ。それに対して中国インドはこの20年余りで3倍に増えている。

その予算の中に私立大学の増加が関係している。加計学園の獣医学部の成り立ちでも明らかになったよう私立大学には多額の補助金がついている。特区ならば文科予算だけではないかもしれないが増えた多くの私立大学の場合は文科予算から出ているであろう。
そして増えた大学生の数に比例して私学助成金が振舞われる。これも文科予算だ。だが文科予算全体は増えていない。ということはどこかがしわ寄せがきているということになる。それが2005年に行われた国公立大学の独立法人化だ。

私の在籍していた大学でもこの独立法人化で助手が任期制になった。任期制ということは任期内に論文で結果を出せなければ次期に採用されるかが不透明ということだ。
研究というものはすぐに結果の出るものもあればトライアンドエラーから生み出されることもある。また基礎研究などはじっくり腰を据えて取り組まなければならないこともたくさんある。これにより研究者が不安定な状態で研究従事させられることになった。さらに私の知る研究講座では人数も減らされていた。

こういうことはすぐには結果が出ない。現在15年経ちそれが顕著となっている。現在ノーベル賞を受賞している研究業績はほぼ全て昭和から平成初期に行われたものだ。山中教授のIPS細胞も平成に入っての研究だが米国留学から日本に帰ったときの研究環境の落差に驚いたとwikiにある。
この30年間で大学も学生数も1.5倍以上に増えた。一方1世代当たりの人口は平成元年の20歳人口は約200万人に対して令和2年に20歳となる人口は120万強だ。大学生密度はおよそ2.5倍程度に膨らんでいる。にもかかわらず学力の低下は止まらない。

それは加計の獣医学部や東京福祉大学の外国人留学生大量失踪、明浄学園の紛争などでわかるよう私学を食い物にしている輩が政治家と結託して補助金を詐取しているからである。
現在新型コロナの問題が深刻化している中、国の感染予防対策予算が減少され防疫体制が不十分であることが指摘されている。これも教育ではないが科学に対する予算の締め付けの一端だ。
感染症などはいわゆる公衆衛生学の現場最先端の部署だ。当然検査機器や人員の確保が必要とされることは明白だ。だが現実はPCRといった基礎的な手技を行える人材さえ枯渇している。

国はGDPが平成の30年間で32%・136兆円も増加し一般会計予算が65兆円から100兆を超えるに至ったのに研究予算は一定のままで経過している。
その一定の予算の中から増え続ける私立大学の助成金が出ている。この30年で1.5倍に増えた大学に対して私学助成金も20%程度上昇している。その実情は東京福祉大学のように外国人留学生を入れてあとは放置し実際は生活費のために働かされている環境を作り出している。
一方で研究者の少なくない人数が研究を諦める事態となっている。その結果研究の裾野が狭まり大きな成果が出にくくなっている。現状はまだ平成初期の余勢を駆って業績はある程度出せるであろう。だがこれから10年経つとどうなるだろうか?現実ネイチャー誌にてその危うさが指摘されていると記事にされている。

3年前に日本が4位に転落したことを(ここではない)以前のブログで記事にした。だがあっという間にイギリスに抜かれ5位となった。この先はもっと悲惨な結果が待ち受けているであろう。
日本は少子高齢化が避けられない。10年後には人口が1億2000万人となりGDPは1.25倍と予測されている(2014年の為替レートで)。だがその間に世界全体のGDPは1.8倍に成長する。つまり日本の実質的に占める割合は3割減少するのだ。それでも世界第4位は辛うじて死守している。
更に30年後は人口が1億600万になりGDPは1.65倍になる。だがこの時世界全体は3倍に成長している。日本の占める割合は現在の半分ちょっとになる。このときGDP順位で日本は世界7位だ。これは2014年の為替レートで出しているので円安の現在を基に計算すればもっと悲惨な数値となりうる。
これが世界の日本に対する見方だ。人口が少なくなったのなら技術や特許など科学研究の占める部分が今以上に多く必要となるはずだ。だがその時代に日本は研究分野から完全に脱落している可能性がかなりあることがご理解いただけるだろうか?

あなたのまわりに大学生と称する人はあるいは大卒である人は相当数いるはずだ。そしてその中に少なからず最高学府を経たと称するにふさわしい知識や観察力などをお持ちの方がおられるはずだ。だが一方で本当に大学を出たのか疑わしい人材も目にすることも事実だ。
大学の中には3単元のSや因数分解を教えている大学があると聞く。趣味で補習塾に通うなら構わない。だがそのなかに税金が投じられている。そしてそんな大学の目論見は学生の知識向上ではなく補助金で金を回して懐を潤すことなのではなかろうか。東京福祉大学の件では露骨に留学生で補助金を取れと指令する大学関係者の声が報道されている。
実際自民党議員を中心に客員教授などを務める者が多い。更に文科省の天下りとしても格好の食い扶持繋ぎだ。文科省の許認可事業である以上大学側も抵抗はしないだろう。

その結果が冒頭の研究論文の低下だ。日本の論文業績の順位を見れば大学はほぼ国立が占めることが理解できるはずだ。私立トップの慶応が15位早稲田は17位だ。その上に筑波や岡山といった地方大学が名を並べている。
国立大学の独法化とそれと並行して行われた研究資金の減少が如実に論文減少とリンクしている。ノーベル賞を受賞した本庶氏はその賞金を研究者支援のための基金創設に使うと表明された。すでに研究者の世界ではこれは危機的状況であるという認識があるのだと思う。
現在120万人世代×4年=480万人の内290万人が大学生である。そしてすでに志願者数が募集定員に満たない大学があまたにある。それほど多くの大卒がいても選挙投票率は下がる一方だ。

新型コロナウイルスはおそらくその後の日本の在り方を変える可能性が高いと思う。ウイルスの感染力の強さや変異能力、世界の感染状況を考えれば今を乗り切ればという話にはならないだろう。そして確実に訪れるであろう経済的な危機を前に今まで政治に無関心でいたこの8年間を総括されるときが来る。
衆議院3分の2参議院過半数を7年間も有して数々の法案を強行採決してきた安倍政権が何をもたらすかが示される。オリンピックという不況因子をこの先抱え、人口減少と更に増加する債券負担および回収できない金融緩和と向き合うことになる。この状況下もはや研究業績の回復は困難となるだろう。

今回国民に配られる一人10万円計12.5兆円はそのまま日本市場の流通紙幣貨幣量を1割増加させる。それは流通量が84兆から107兆に増えた安倍政権下で為替が80円から110円に移行したよう120円程度の円安となる可能性が高い。つまり輸入品の値上げである。
すでに小麦関係は値上げが著しい。輸出企業は喜ぶかもしれないが日本ののGDPの16%に過ぎない。内需が下がることの意味がどれほど大きいかご理解いただけるだろう。
だが給与が上がることはないだろう。すでに日本もアメリカもこういうコロナ状況下に便利な非正規雇用を充分循環させているので人員カットは容易だ。鬼畜犯科帳こと竹中平蔵がほくそ笑んでいるだろう。

失業の増加はおそらくより社会を閉塞化させヘイト運動や犯罪などが増えるであろう。たった1ヶ月自粛要請で他府県ナンバーの車を非難する声がネットに渦巻く時代だ。おそらく寛容さは持てないだろう。
テレビ番組は日本すごい的なマスタベーションを垂れ流しているがその現実はこんなものだ。一人の天才が一瞬でこの状況をひっくり返すというような夢は現実的ではない。
こういう状況を放置してきたのはすべて日本人自身だ。国民が思考を持たない限り為政者が自分に都合の良い政治をしても気づくことができない。こんなに大学生が増えてもだ。
そして政権交代時に投票した有権者が(京阪神の字人口と同じ)1500万人以上選挙に行かない現実がこの状況を放置している。あとで文句を言う人がいるだろう。だがこうさせたのは選挙に行かない人自身だということは忘れてはいけない。