一〇六三 〔これらは素樸なアイヌ風の木柵であります〕 五、九、
これらは素樸なアイヌ風の木柵であります
えゝ
家の前の桑の木を
Yの字に仕立てて見たのでありますが
それでも家計は立たなかったのです
四月は
苗代の水が黒くて
くらい空気の小さな渦が
毎日つぶつぶそらから降って
そこを烏が
があが . . . 本文を読む
一〇六二 〔墓地をすっかり square にして〕 五、九、
墓地をすっかり square にして
古くからの馬頭観音はとりのけたし
枝垂れの巨きな桜はきれいに伐ってしまった
その崖下を昔からのけはしい山川が
春は春らしくながれてゐる
小林区が行ってしまってから
苗圃は荒れた粟畑になり
腐植も減っ . . . 本文を読む
一〇六一 〔ひわいろの笹で埋めた嶺線に〕 五、九、
ひわいろの笹で埋めた嶺線に
ぼしゃぼしゃならんだ青ぞらの小松である
その谷がみな蔭になり
その六方石谷みな蔭になり
お辰のうちのすももの花がいっぱいにそこにうかんでゐる
一尺角の木の格子で組みあげた
実に頑丈な木小屋である
下の温泉宿の看板娘は嫁に行き
. . . 本文を読む
一〇六〇 〔苹果のえだを兎に食はれました〕 五、九、
苹果のえだを兎に食はれました
桜んぼの方は食ひませんで
桃もやっぱり食はれました
そらそら
その食はれた苹果の樹の幽霊が
その谷にたっていっぱい花をつけてゐるでないか
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《鈴木 守著作案内》
◇ この度、拙著『「涙ヲ流 . . . 本文を読む
一〇五九 〔芽をだしたために〕 一九二七、五、九、
芽をだしたために
大へん白っぽく甘酸っぱくなった山である
このわづかな休息の時間に
上層の風と交通するための第一の条件は
そんな肥った空気のふぐや
あはれなレデーを
煙幕でもって退却させることである
……川なめらかにくすんでながれ……
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一〇五九 〔芽をだしたために〕 一九二七、五、九、
芽をだしたために
大へん白っぽく甘酸っぱくなった山である
このわづかな休息の時間に
上層の風と交通するための第一の条件は
そんな肥った空気のふぐや
あはれなレデーを
煙幕でもって退却させることである
……川なめらかにくすんでながれ……
実に見給 . . . 本文を読む
一〇五七 〔古びた水いろの薄明穹のなかに〕 五、七、
古びた水いろの薄明穹のなかに
巨きな鼠いろの葉牡丹ののびたつころに
パラスもきらきらひかり
町は二層の水のなか
そこに二つのナスタンシヤ焔
またアークライトの下を行く犬
さうでございます
このお児さんは
植物界に於る魔術師になられる . . . 本文を読む
一〇五六 〔サキノハカといふ黒い花といっしょに〕
サキノハカといふ黒い花といっしょに
革命がやがてやってくる
ブルジョアジーでもプロレタリアートでも
おほよそ卑怯な下等なやつらは
みんなひとりで日向へ出た蕈のやうに
潰れて流れるその日が来る
やってしまへやってしまへ
酒を呑みたいために尤らしい波瀾を起すやつも
じぶんだ . . . 本文を読む
一〇五五 〔こぶしの咲き〕 五、三、
こぶしの咲き
きれぎれに雲のとぶ
この巨きななまこ山のはてに
紅い一つの擦り傷がある
それがわたくしも花壇をつくってゐる
花巻温泉の遊園地なのだ
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◇ この度、拙著『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』(定価 . . . 本文を読む
一〇五四 〔何と云はれても〕 五、三、
何と云はれても
わたくしはひかる水玉
つめたい雫
すきとほった雨つぶを
枝いっぱいにみてた
若い山ぐみの木なのである
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◇ この度、拙著『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』(定価 500円、税込)が出来しました。
本書 . . . 本文を読む
一〇五三 政治家 一九二七、五、三、
あっちもこっちも
ひとさわぎおこして
いっぱい呑みたいやつらばかりだ
羊歯の葉と雲
世界はそんなにつめたく暗い
けれどもまもなく
さういふやつらは
ひとりで腐って
ひとりで雨に流される
あとはしんとした青い羊歯ばかり
そしてそ . . . 本文を読む
一〇五二 ドラビダ風 一九二七、五、一、
生温い風が川下から吹いて
砂土が乾き草も乾く
ドラビダ風のかつぎして
紺紙の雲に踊るやうに耕し
また吐息して牛糞を盛り往来する
業は旋り
日は熟す
楊の芽みな黄いろにぼうけ
川は空諦と銀とを流し
生温い風が南から吹いて吹いて
植 . . . 本文を読む
一〇五一 〔あっちもこっちもこぶしのはなざかり〕 一九二七、四、二八、
あっちもこっちもこぶしのはなざかり
角をも蹄をもけぶす日なかです
名誉村長わらってうなづき
やなぎもはやくめぐりだす
はんの毬果の日に黒ければ
正確なる時計は蓋し巨きく
憎悪もて鍛へられたるその瞳は強し
小さな三角の田を
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一〇五〇 〔何もかもみんなしくじったのは〕 一九二七、四、二八、
何もかもみんなしくじったのは
どれもこっちのてぬかりからだ
電燈が霧のなかにつきのこり
川で顔を洗ふ子と
橋の方では太くたつ町の黒けむり
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◇ この度、拙著『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』(定価 500 . . . 本文を読む
一〇四九 基督再臨 一九二七、四、二六、
風が吹いて
日が暮れかゝり
麦のうねがみな
うるんで見えること
石河原の大小の鍬
まっしろに発火しだした
また労れて死ぬる支那の苦力や
働いたために子を生み悩む農婦たち
また丶丶丶丶 の人たちが
みなうつゝとも夢ともわかぬなかに云ふ
おまへらは
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