宮澤賢治の里より

下根子桜時代の真実の宮澤賢治を知りたくて、賢治の周辺を彷徨う。

508 本物の経埋ムベキ山〝上ン平〟

2013年01月30日 | Weblog
 さて、やっとたどり着いた本物の〝上ン平〟に関する念願の報告である。
 その名のとおり、そこには際立つピークがあるわけではなくて緩やかな斜面からなるほぼ平らな場所であった。
 なお、賢治は〝上ン平〟と『雨ニモマケズ手帳』には書いているが、五万分の一地形図「日詰」(陸軍参謀本部発行)上での記載は〝上(ウハン)平〟である。つまり、〝ン〟がないのである。

 賢治の生きていた頃はどうだったのか不明だが現在は
《1 「上平」は牧草地になっていた》(平成23年5月5日撮影)

《2 〃 》(平成23年5月5日撮影)

《3 〃 》(平成23年5月5日撮影)

《4 〃 》(平成23年5月5日撮影)


 これ以降はいずれも「上平」からの眺望である。
《5 毒ヶ森、東根山、南昌山》(平成23年5月5日撮影)

《6 姫神山方向》(平成23年5月5日撮影)

(なお手前の建物は「新山ゴルフ場」である)
《7 秋田駒ヶ岳など》(平成23年5月5日撮影)

《8 和賀山塊》(平成23年5月5日撮影)

《9 和賀岳など》(平成23年5月5日撮影)

《10 真昼岳など》(平成23年5月5日撮影)


 さぞかし色々な山野草が咲いているだろうと思って訪ねた「上平」だったが、全くといっていいほど咲いていなかった。寂しいことに、山野草でそこに咲いていたのは
《11 キクザキイチゲ》(平成23年5月5日撮影)

《12 アキタブキ》(平成23年5月5日撮影)

ぐらいのものだった。咲いている〝草本〟の花の種類も、個体数も極めて少ないことに吃驚した。

 〝木本〟にしても
《13 バッコヤナギ》(平成23年5月5日撮影)

《14 〃 》(平成23年5月5日撮影)

《15 〃 》(平成23年5月5日撮影)

《16 ネコヤナギの仲間》(平成23年5月5日撮影)

《17 〃 》(平成23年5月5日撮影)


《18 ハンノキ》(平成23年5月5日撮影)

などの花が咲いているだけだった。

 そこでこれはおかしい、どこかにもっと山野草の花が咲いているはずだと訝しく思いながらさらに探し廻ってみた結果が以下の
《19 アオヤギソウ?》(平成23年5月5日撮影)

《20 マイヅルソウ》(平成23年5月5日撮影)

《21 バイケイソウ》(平成23年5月5日撮影)

《22 サワオグルマ》(平成23年5月5日撮影)

《23 ヒメザゼンソウ?》(平成23年5月5日撮影)

《24 ツルリンドウ》(平成23年5月5日撮影)

《25 ナツトウダイ》(平成23年5月5日撮影)

であり、やっと見付けた開花中の山野草は 
《26 ネコノメソウ》(平成23年5月5日撮影)

《27 アオイスミレ》(平成23年5月5日撮影)

《28 ヒメカンスゲ》(平成23年5月5日撮影)

《29 キクザキイチゲ》(平成23年5月5日撮影)

であった。
 本当に吃驚するくらいに〝上平〟には山野草が少なかった。よその山であれば山野草はいま花盛りなはずなのに。

 翻って、念願の〝上平〟にやっとこさ来ることが出来たのだが、「経埋ムベキ山」32座のうちの一つになぜここが選ばれたのか改めて不思議に思うようになってしまった。そこに立ってみたが、私を惹きつける物もことも殆どなかった。
 一般に、殆どの「経埋ムベキ山」が持つ属性として
(1) 頂上あるいはその近くに神社や祠などがある(里人から崇められている)。
(2) 三角点がある。
(3) 花巻から見える。
などが挙げられると思うが、この〝上平〟はせいぜい(3)しか該当しないと思うからでもある。

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