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白鳥省吾研究会会報にて啄木と省吾の関係を調べていたところ、賢治とも接触があったと、貴ホームページで知り、色々と調べてみましたが、省吾の資料からは賢治の記事が見つかりませんでした。
ホームページで検索してみましたが、接触があったようだとの記事しか見つかりませんでした。
確たる証拠文献がありましたなら、ご教示願いたく、書き込みました。
研究結果は会報15号で発行する予定です。
よろしくお願いいたします。
先ほどはお電話ありがとうございました。
その際にお話しいたしました例の件ですが、
『宮澤賢治研究 Annual Vol.10』2000年
宮澤賢治賢治学会イーハトーブセンター
の中の論考
宮沢賢治の同時代評価
―<生前無名>神話の再検討―
平澤信一
です。二人の鞘当て部分は236pにございます。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
025-0068 花巻市下幅21-11
鈴木 守
ご訪問いただきありがとうございます。
済みません、私の投稿の仕方が悪かったです。
千葉恭自身はそう言っていたとご子息からは教わりましたが、後刻「月夜のでんしんばしら」の成立時期を調べてみますとそれはあり得ないと思いました。千葉恭と一緒に暮らす前にこの童話は既に出来上がっていたようです。
多分、戯れに父が息子に話したのだと今は思っております。
鈴木 守