宇宙の友人と意識とわたし

宇宙の友人との交流やパラレルワールドの体感
意識の世界と現実について、体験談や日々思うことを綴っています

パラレルワールド 一期一会

2024-11-17 17:44:59 | パラレルワールド

日常会話の中で過去の記憶が食い違うことってままあります。

昔の話だから、どちらかが記憶違いを起こしているのではないかな?ってそう思いがちですよね。

もちろんそういった面もあるかと思うのですが、

そうではなくてタイムラインを変更したために異なるパラレルワールドを体験している場合も多いと思います。

つまり、以前の私と過去の私とでは別なタイムラインを歩んでいるということ。

 

姉が数年前に新築の家を建てた時のこと。

「市から家を建てると木が一本贈呈されるの。それと、紫陽花5本植えた。」

と聞きました。

「紫陽花5本って、だいぶ広い庭なんだね?」

と聞くと

「え?紫陽花ってそんなに大きくなるの?それ知らなかった。植えちゃったよ?」

という答え。

おかしいな、紫陽花って珍しくないのに…そう思ったので母に話しました。

 

その1~2年後かな、最近のことです。

姉の家に遊びに行くことになったので改めて紫陽花について聞いてみました。

紫陽花は大丈夫か?と。大きくなって困っているんじゃないかなって。

「え?紫陽花?あぁ、紫陽花は体によくないらしいから(これは本当かわかりません。うちにはありますよ)

 結局芝桜植えた。」

植えたことだけじゃなくて、庭に植えるのが大変だったとかその時の様子まで説明されていましたもん。

間違いないです。

念のため母に確認すると、母も紫陽花を植えたと聞いた記憶があるとのこと。

 

その後色々とお互いに予定があって、遊びに行けたのはつい2か月前のことでした。

庭を確認すると紫陽花も、芝桜もありません。

人口芝生が敷き詰められていました…

市から貰ったらしき木は植えてありましたね。

芝桜はどうしたのか、は聞きませんでしたけれど。

もしかすると、お手入れが面倒なので人工芝に変えたのかもしれないです。

 

 

姉や私だけではなく、すべての人々や物たちや事象がパラレルに存在している。

意識は無数に手を広げるように体験している。

そのうちのたった一こまを今として具現化し自我が体現している。

その一瞬一瞬のつらなりをタイムラインとして、時間として認識しているのでしょうね…

私という意識が別な路線を歩み始めた時、別なレイヤの無数の意識たちとの出会いが待っている。

路線が変わると、過去も変わる。

つまり紫陽花の咲く姉の家も、芝桜の咲く家も、おそらく同時に存在はしている。

どこに?それはおそらく結晶化していないエネルギーの場ではないかなと想像しています。

つまり、今この瞬間以外はすべてエネルギーとしてのみ存在している。それは過去も。

 

一期一会という言葉は、現実の在り方そのものを現しているのかもしれませんね。

そう思うと、現実創造の在り方、引き寄せの在り方は想像以上に柔軟なのでしょう。

けれど、おそらくここにいる私はここに在るべくして在るのでしょう。

次はどうしますか?どうしたいですか?どのように生きていきますか?どう在りたいですか?

そんな問いかけに私自身が応答しながら

高次元の存在たち(私の高次の領域)と会話するように現実創造をしている、そんな気がしています。

 

 

少し生真面目に捉えすぎかもしれませんね、笑

でも、それもしかたがないかなぁと私は私を明らめています。

 

個々人のパーソナリティによって、各々の宇宙の在り方は異なるのでしょうね。

だから、人間は美しい。

 

他者とは何か?存在するのか?これが私の最大の疑問なのですけれど。

他者は存在する、無数の意識が存在する。

そんな風に捉えることにしました。

何故か?

その方が、より美しく優しく感じられたからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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