おや、1㌢にも満たない黒くて小さな家グモだ。
掃除機に追われるようにピョンピョンと逃げ回っている。
吸い込みそうになるが、この家グモ、決して捕らえて殺すようなことはしない。
「これはね、コバエやゴキブリの子どもを退治してくれる感心なクモさんなのよ。
決して殺さないでね」――小さい頃、母はそう言った。
なるほど調べてみると、正式には『アダンソンハエトリ』という名で、
母が言ったように、そして名前にもなっているようにコバエやゴキブリの子など
自分より小さな虫を捕食する〝益虫〟なのだそうだ。
だから母の言いつけをいまだに守り、掃除機で吸い込んだり、
押し潰したりはせず、「はい、はい、あっちへどうぞ」と逃げるに任せている。
ついでに思い出した。長女がまだ嫁に行く前、
自分の部屋の天井を徘徊する家クモに『太郎』と名付け、面白がっていた。
ゴキブリだと、見た瞬間、けたたましい悲鳴を上げるのに、
家クモにはそんな親しみ方をしているのが、何ともおかしかった。
蚊がぶんぶん飛び回る季節なのだが、なぜかそれほど多くない。
蚊も夏バテしているらしい。
夏を活動時期とする蚊が夏バテというのも変な話だが、
確かに蚊を見かけることも、さらに刺されることも少ないように思う。
妻に言いつけられて、プランターに水をやるためベランダに出ても、
それほど群がってこなかった。
例年だと、待ち構えたように一斉に脚や腕などを攻撃しにやってくるから、
ベランダに出る時は虫除けスプレーで防備しておかないと、
とてもその攻撃を防ぎ切れなかったものだ。
ところが、今年は数も少ないし、気のせいか元気がない。
蚊取り線香で有名な、あのアース製薬が「蚊は気温が25~30度の時が一番活発。
30度を超えると動きが鈍くなる」と言っていたから、
『命に関わる危険な暑さ』続きの今夏は、蚊もすっかり参っているのかもしれない。
そんな蚊には悪役のイメージしか持てないが、
家クモにはどこか可愛らしさを感じる。
これも小さい頃の母親の刷り込みのせいかもしれない。
こんなことにでも、やはり親というのはすごい存在なのだとつくづく思う。