1960年代には、曲名に『悲しき』と付けたものが、やたら多い。
特に洋楽。『悲しき足音』(60年)『悲しき街角』『悲しき片思い』(61年)
『悲しき雨音』(62年)『悲しき願い』(64年)『悲しき鉄道員』(70年)……
挙げればきりがないほどたくさんある。
ビートルズが登場する直前の、主にアメリカンポップスがそうだった。
歌詞をつぶさに見れば、さまざまな悲しさがあるのは確かだが、
原曲のタイトルには『悲しき』などという言葉は見当たらないし、
おまけにメロディーは弾み、ポップでリズミカルなビートの曲がほとんどで、
とても悲しい情感など伝わってはこない。
どうやら、たまたま曲名に『悲しき』と付けたところ、ヒットしたものだから、
味をしめた音楽業界が商魂をたくましくして戦略化してしまったらしい。
何とも他愛のない話なのだ。
そんな理屈はともかく、青春真っ盛りということもあり、
ポップスをよく聞き、口ずさんだものだ。
このアメリカンポップスに取って代わったのがビートルズで、
彼らはたちまち全世界を席巻し、僕なぞへろへろにされてしまった。
そんなところへ『悲しき』ポップスを蹴散らし、
ビートルズさえ忘れさせた日本の歌が登場した。
美空ひばりの『悲しい酒』である。
66年だから、僕は大学を卒業し、ほやほやの社会人一年生の時である。
ジャンルもまるっきり違うし、細かくには『悲しき』と『悲しい』の違いもある。
だが、ポップスのそれが一種の、まさに流行なのに対し、
美空ひばりの、この歌は何とも言えぬ本物の悲しさを感じさせた。
「ひとり酒場で飲む酒は……」なんて涙ながら歌う情感が分かろうはずもない年ごろ。
なのに、駆け出しの若造の胸にさえ哀歓が突き刺さり、
「あー、俺は日本人なのだ」と思い知らされた。
ビートルズをしばし忘れさせるほどに、『悲しい酒』には泣かされた。ほとほと参った。
どんな巡り合わせなのか、美空ひばりの初のヒット曲は
何と『悲しき口笛』である。
初めて主演した同名映画の主題歌であり
終戦間もない混乱期にあった1949年のことだった。
映画だったのか、それともポスターを見てのことだったのか、
12歳だった美空ひばりがシルクハットに燕尾服で歌う姿をかすかながら覚えている。
悲しくも……美空ひばりが亡くなって、もう35年にもなる。