平らな深み、緩やかな時間

312.『手の変幻』清岡卓行が語るヴィーナスなど/言葉の世界を探究する②

詩人、作家の清岡 卓行(きよおか たかゆき、1922 - 2006)さんには、『手の変幻』という有名なエッセイ集があります。その中の「失われた両腕」という章の「ミロのヴィーナス」という文章は、ヴィーナス像がどうして人を惹きつけるのかをていねいに語っていることでよく知られた名文です。

私は学生の頃にこの本を読んだのですが、その後すっかり忘れていました。当時は私自身がそれほど文章を書いていなかったので、清岡卓行さんのエッセイの価値が分からなかったのだと思います。ことにこの「ミロのヴィーナス」については、いまさらヴィーナス像の美しさを語っても意味がない、と思ったのでした。生意気盛りだったので、それも仕方ありません。しかし今読むと、両腕のないこの像の美しさについてごまかすことなく語っていてみごとだと思います。今回は、言葉の専門家である詩人が、「ミロのヴィーナス」をどのように語ったのか、ということを入り口として言葉と美術の関係について探究してみましょう。

清岡卓行さんは、「ミロのヴィーナス」を次のように書き始めています。

 

ミロのヴィーナスを眺めながら、彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかったのだと、ぼくはふとふしぎな思いにとらわれることがある。

(『手の変幻』「ミロのヴィーナス」清岡卓行)

 

この文章の後で、清岡さんはミロのヴィーナスの来歴について、簡単に紹介しています。このblogを読んでいらっしゃる方なら、そんなことは知っていると言われそうですが、念のためにこの両腕のないヴィーナス像がどのように発見されたのか、確認しておきましょう。

ミロのヴィーナスは、1820年に農民によってエーゲ海にあるミロス島で発見された、前2世紀ごろ古代ギリシアで制作されたと思われる彫刻の女性像です。ミロス島は、当時オスマン帝国(トルコ)の統治下にありましたが、その像はフランス海軍提督によって買い上げられ、後にルイ18世に献上されました。ルイ18世はこれをルーヴル美術館に寄付し、現在に至っています。

https://www.louvre-m.com/collection-list/no-0010

ヴィーナス像は数個の断片として見つかりましたが、それをつなぎ合わせてこのような美しい像となっているのです。そして、そのときから両腕を失っていたそうです。清岡卓行さんは、そのことを「彼女はその両腕を、自分の美しさのために、無意識に隠してきたのであった」という詩的な表現で書いています。この文章と合わせて、冒頭の文章からも分かる通り、清岡さんはこの像が両腕を喪失していることによって美しさが際立っていると言いたいのです。

清岡さんの言い分を読んでみましょう。

 

ミロのヴィーナスは、いうまでもなく、高雅と豊満の驚くべき合致を示しているところの、いわば美というものの一つの典型であり、その顔にしろ、その胸から腹にかけてのうねりにしろ、あるいはその背中のひろがりにしろ、どこを視つめていても、ほとんど飽きさせることのない均整の魔がそこにはたたえられている。しかも、それらに比較して、ふと気づくならば、失われた両腕はある捉えがたい神秘的な雰囲気、いわば生命の多様な可能性の夢を深深とたたえている。つまり、そこでは、大理石でできた二本の美しい腕が失われたかわりに、存在すべき無数の美しい腕への暗示という、ふしぎに心象的な表現が思いがけなくもたらされたのである。それは、確かに、なかばは偶然の生み出したものだろうが、なんという微妙な全体性への羽搏きであることだろうか。その雰囲気に一度でもひきずり込まれたことがある人間は、そこに具体的な二本の腕が復活することを、ひそかに怖れるにちがいない。たとえ、それがどんなに見事な日本の腕であるとしても。

(『手の変幻』「ミロのヴィーナス」清岡卓行)

 

ミロのヴィーナスが両腕を失っているがゆえに美しい、ということならば、誰でも似たようなことが言えるでしょう。しかし清岡卓行さんの文章が素晴らしいのは、一般的にはあいまいなままに済ませてしまいがちなことについて、しっかりと言葉にして語っていることです。

上記の文章の中で言えば、例えば「二本の美しい腕が失われたかわりに、存在すべき無数の美しい腕への暗示という、ふしぎに心象的な表現」というところに注目しましょう。「存在すべき無数の美しい腕」という言葉が秀逸です。ミロのヴィーナスの失われた腕がどのような形をしていたのか、それを想像した絵や彫像は無数にあります。しかし、それがどんなに優れたものであっても、出来上がってしまえばそれはあらゆる可能性の中の一つにすぎないものになってしまいます。ミロのヴィーナスは「二本の美しい腕が失われたかわりに」無限の空想の可能性を獲得したのだ、と清岡さんは言いたいのです。

清岡さんは、続けて次のように書いています。

 

たとえば、彼女の左手は林檎を掌の上にのせていたかもしれない。そして、人柱像に支えられていたかもしれない。あるいは、楯を持っていただろうか?それとも、笏を?いや、そうした場合とはまったく異なって、入浴前か入浴後のなんらかの羞恥の姿態を示すものであるのかもしれない。さらには、こういうふうにも考えられる、実は彼女は単身像ではなくて、群像の一つであり、その左手は恋人の肩の上にでもおかれていたのではないか、と。ー復元案は、実証的に、また想像的に、さまざまに試みられているようである。ぼくは、そうした関係の書物を読み、その中の説明図を眺めたりしながら、おそろしく空しい気持ちにおそわれるのだ。選ばれたどんなイメージも、すでに述べたように、失われていること以上の美しさを生みだすことができないのである。もし真の原形が発見され、そのことが疑いようもなくぼくに納得されたとしたら、ぼくは一種の怒りを持って、その真の原形を否認したいと思うだろう、まさに、芸術というものの名において。

(『手の変幻』「ミロのヴィーナス」清岡卓行)

 

このように、ミロのヴィーナスは失われた腕によって、さらに表現豊かなものになっていることは、疑いようがありません。そのことを清岡さんは、詩人らしいエロティシズムやロマンティシズムがほのかに感じられる文章で、しかし理知的に語っているのです。

 

ここまででも十分に興味深い考察ですが、清岡卓行さんはさらに次のステップへと進みます。清岡さんは、ミロのヴィーナスが美しいのは、その失われた部分が腕であったからではないか、と考察するのです。その部分を読んでみましょう。

 

なぜ、失われたものが両腕でなければならないのか?ぼくはここで、彫刻におけるトルソの美学などに近づこうとしているのではない。腕というもの、もっときりつめて言えば、手というものの、人間存在における象徴的な意味について、注目しておきたいのである。それが最も深く、最も根源的に暗示しているものはなんだろうか?ここには、実体と象徴のある程度の合致がもちろんあるわけだが、それは、世界との、他人との、あるいは自己との、千変万化する交渉の手段である。いいかえるなら、そうした関係を媒介するもの、あるいは、その原則的な方程式そのものである。だから、機械とは手の延長であるという、ある哲学者が用いた比喩はまことに美しく聞こえるし、また、恋人の手をはじめて握る幸福をこよなく讃えた、ある文学者の述懐はふしぎに厳粛な響きをもっている。どちらの場合も、極めて自然で、人間的である。そして、たとえばこれらの言葉に対して、美術品であるという運命を担ったミロのヴィーナスの失われた両腕は、ふしぎなアイロニーを提示するのだ。ほかならぬその欠落によって、逆に可能なあらゆる手への夢を奏でるのである。

(『手の変幻』「ミロのヴィーナス」清岡卓行)

 

この文章の中に、『手の変幻』という書物全体の趣旨が書き表されているようです。清岡さんは「手というものの、人間存在における象徴的な意味」ということを書いています。手はあまりに雄弁に、その人の「人となり」について語ってしまうものなのです。

私たちは、ふだんそんなことを思って手を眺めることはありません。それは当たり前のようにそこにありますし、絵や彫刻に表された手についても、とくに意識することもなく眺めてしまうことでしょう。

しかし、画家や彫刻家はそうではありません。人物の像を描く、あるいは作るとなれば、手のポーズがたいへんに重要な問題となるのです。うまく表現できれば、手の表情が作品の魅力を数倍にも増幅させるでしょうし、失敗すればそれはどうにも気になる欠点になってしまいます。ミロのヴィーナスは、手の不在という特殊な表現によって、その存在感をより際立たせている、と清岡さんは書いているのです。「ほかならぬその欠落によって、逆に可能なあらゆる手への夢を奏でるのである」という最後の文章、あるいはその前の「ミロのヴィーナスの失われた両腕は、ふしぎなアイロニーを提示する」というところです。このように考察している点において、私は文学者としての清岡さんの深い読みを感じます。清岡さんはマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp、1887 - 1968)に代表されるような、それまでの世界観を再検討しようという、先鋭的な芸術の動きについても熟知した上で、このような考察を展開しているのでしょう。しかしデュシャンがしばしば挑発的な表現方法を用いるのに対して、清岡さんは「アイロニー」をきわめて穏当に、そして丁寧に提示しているのです。

 

さて、このように文学者、詩人、小説家、批評家として清岡さんの眼差しの優れた点を認めた上で、いま読み直すと私は若干の物足りなさを感じてしまいます。それは、清岡さんがさらっと書いているところに関連したことです。

「ぼくはここで、彫刻におけるトルソの美学などに近づこうとしているのではない。」

これは何を意味しているのでしょうか?清岡さんがここで書こうとしているのは、あくまで「失われた両腕」に関することです。これは両腕のないヴィーナスを当たり前のこととして、つまり「トルソ像」として受け止めて、その美しさについて考察することはしない、という意味なのでしょう。

このような考察を面白く思う一方で、私はミロのヴィーナスについて考える時に、その失われた腕の形を気にすることはほとんどありません。腕のないヴィーナス像そのものが、過不足のない彫像に見えているからです。そして空想上の腕のある画像を見てしまうと、ますます腕のないヴィーナス像が完璧であることを認識するのです。それは、清岡さんが語ったような「両腕の不在」について考えることとは違います。両腕のないミロのヴィーナスをそのまま受け入れているのです。

その上で、ヴィーナスの美しさについて語るとしたら、つまりあえて「トルソの美学」を語るとしたら、どのような言葉を紡ぐことができるのでしょうか?

例えば清岡さんは、ヴィーナスの本体について次のように書いていました。

「ミロのヴィーナスは、いうまでもなく、高雅と豊満の驚くべき合致を示しているところの、いわば美というものの一つの典型であり、その顔にしろ、その胸から腹にかけてのうねりにしろ、あるいはその背中のひろがりにしろ、どこを視つめていても、ほとんど飽きさせることのない均整の魔がそこにはたたえられている。」

これも素晴らしい表現ですが、ミロのヴィーナスのトルソとしての美しさを語り尽くすものとしては、いささか短い表現であると思います。

そんなことを考えていたら、清岡卓行さんがこの『手の変幻』という書物の中で、「半跏思惟像(広隆寺)に」という詩を書いているのを見つけました。これは広隆寺の有名な「半跏思惟像」について歌ったものです。次の一節は、その真ん中あたりの文章です。

 

きみの思惟の指は   

それより高くあっても また   

それより低くあってもならない位置で   

実は 感覚的に   

この地上の人間の高貴を   

示しつづけているのではないかと。   

しかし それはおそらく   

忘れがたい醜悪と無残の中の   

気が遠くなるほど長く絶望的な忍耐。   

そして   

死ぬほどさびしい安らぎ。   

睡蓮の花のようにほとんど閉じられた   

切れ長の瞳も。   

洞窟のように開かれた大きな耳   

その異様に垂れさがった耳朶(みみたぶ)も。   

左右の眉からそれぞれ鼻梁へかけて   

つと 星が流れ去ったような   

鋭い線も。   

わずかに微笑んでいる唇の

蝶の翅(はね)のようにくっきり刻まれた

淡く肉感的な形も。

細い腰も。

髪も。

(『手の変幻』「半跏思惟像(広隆寺)に」清岡卓行)

 

広隆寺の半跏思惟像を見たことがない方はいないと思いますが、わからない方は次のリンクを見てください。

https://butsuzolink.com/koryuji/

この像は正確には弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしゆいぞう、みろくぼさつはんかしいぞう)と言うのだそうです。片足を他の足の股(もも)の上に組んですわることを「半跏」と言い、肘をついて思索するポーズをしていることから「半跏思惟像」と言われるのです。この像は7世紀頃に日本で制作されたとも、朝鮮半島から渡来したのだとも言われています。

この像について清岡さんは、当然のことながら、あるがままの全身像を受け入れて、その繊細な指先から顔の表情までをていねいに描写しています。例えば引用部分のはじめの「きみの思惟の指は それより高くあっても また それより低くあってもならない位置で 」というふうに、特別に気の利いた言葉を使わなくても、とにかく丹念に彫像を見て正確にその印象を記すことが大切なのだ、と教えられているような気分になります。しかしその一方で、そうは言ってもなかなかこのようには書けないものです。やはり詩人によって鍛えられた言葉は違います。

 

このように、優れた詩人である清岡卓行さんが二つの彫像について書いた言葉を読むと、美術作品への鑑賞のアプローチにはさまざまな方法があるなあ、と改めて思い知らされます。そして過去のさまざまな美術批評や鑑賞を経験してきた現在の私たちは、どのような見方でミロのヴィーナスについて語っても良いのです。いずれの見方にも、多かれ少なかれ批判される要素がありますし、完璧な批評も鑑賞も存在しません。そのような不完全さを怖れるよりも、それぞれの批評の欠点を承知の上で、自分にとって切実な見方や方法を選択すれば良いのだと私は思います。

 

今回、そんなことを考えたのは、久しぶりに『手の変幻』を拾い読みしたから、ということもあるのですが、もう一つには先日の私の個展についてある尊敬する作家からお手紙をいただいたことが影響しています。その方は、私の絵に画題がないことについて、それが表現の発展を妨げてはいませんか?と書いてくださいました。数年前から私は自分の作品について「触覚性絵画」とだけ名付けて、それにナンバーを振るだけですから、事実上は画題(タイトル)のない、言わば言葉による表現のない作品を発表してきたのです。その方は、そんな私の作品を見て、そのような助言をくださったのです。

私も言葉と作品の関わりについて日頃から考えてきたので、この手紙をいただいたことをきっかけとして、さらに絵画作品と画題について真剣に考えてみようと思っています。モダニズムの絵画においては、とかく絵の題名はどうでも良いものと思われているか、あるいは絵のコンセプトを説明するような、場合によってはタイトルそのものがアートと見なされるようなものか、のいずれかになっていると思います。そしてモダニズム以前の絵画においては、画題が何かロマンチックな想像を喚起するものとして設定されていたり、絵の内容を過剰に説明したり、というふうに、モダニズムの立場から見ると絵そのものから鑑賞者の目を逸らしかねない、弊害の多いものだと考えられきたのだと思います。

しかし、近代以前も、近代以降も、あらゆる時代の考え方を経験した今、私たちはそのような制限を設けずに、先ほども同じようなことを書きましたが、さまざまな表現上の弊害を分かった上で、あらゆる表現の可能性をもう一度試みてみても良いのではないか、と私は考えます。

言葉と美術作品との関係について、これからも少しずつ考えていきたいものです。

 

さて、最後になりますが、時代を一気に現代に戻して、詩人であり美術評論家でもあった大岡 信(おおおか まこと、1931 - 2017)さんが、アメリカの抽象表現主義の画家、アーシル・ゴーキー(Arshile Gorky, 1904 - 1948)さんの作品について書いた詩の一節を書き写しておきましょう。『死んでゆくアーシル・ゴーキー』という詩です。

 

世界はやわらかい骨と眼でできている

アルメニアの古いうたは骨と眼にしみる

かれは見えない湾にかこまれたアトリエで

家具のむれが裸かになるのを見た

パレットの<あれ>の妖精が

粗末なベッドでおとなしくフォークをつかっている

雄鶏のトサカは充血して

花の奥をつついている

空気はやわらかく

テントウムシは溶けかかっている

 

やがてすべてが透明な

やわらかい骨と眼にかえるのだ

かれは窓の外にヴァージニアの野原を夢見る

密生する豆科の草花

その茎のひとつひとつ

光を吸っているやわらかい骨盤を見る

(『死んでゆくアーシル・ゴーキー』大岡信)

 

この詩が歌っていると思われる絵を次のリンクからご覧ください。

https://buffaloakg.org/artworks/k19564-liver-cocks-comb

『The Liver Is the Cock's Comb』(1944)

「肝臓は雄鶏のとさか」というこの絵のタイトルには、シュール・レアリスムの影響が見られます。作品の内容も、シュール・レアリスム絵画のオートマティズムの手法と、深層心理のイメージを喚起する手法とが、ゴーキーさんの中でうまく融合したものとなっています。大岡信さんの詩は、そのゴーキーさんの創作の秘密に迫ろうとするものです。ゴーキーさんが見たかもしれない幻視と、彼を取り囲む現実の風景とがどのようにゴーキーさんの内面で溶け合ったのか、大岡さんはその過程を言葉の力によって私たちに示そうとしているようです。

このように、言葉が絵を説明するのではなく、言葉と絵が相乗して表現を高めるようなことができないものでしょうか。そのことを今一度考えてみても良いと私は思います。

これは一生をかけて考えていくべき問題ですが、とりあえず今考えられることを、もう少し続けて書いてみたいと思います。

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