平らな深み、緩やかな時間

311.『LATE FOR THE SKY』 Jackson Browne/言葉の世界を探究する①

今回から三回ぐらいにわたって、言葉による表現について探究しましょう。

美術に関するblogなので、例えば詩人や作家が美術についてどう語ったのか、ということに注目したいのですが、今回だけはポップ・ミュージックの詩の世界について書いてみます。私の大好きなシンガー・ソングライターが来日し、それに合わせたように知的な興味を刺激するラジオ番組が放送されたので、それがきっかけとなりました。

 

ここからが本題です。

アメリカのシンガー・ソングライター、ジャクソン・ブラウン(Jackson Browne, 1948 - )さんが来日しました。

https://ameblo.jp/high-hopes/entry-12795260999.html

私はその公演には行っていませんが、若い頃に出会ったさまざまな文化人や芸術家が逝去されていく中で、ジャクソン・ブラウンさんがいまだに元気で音楽活動を続けていることは、喜ばしいかぎりです。

そのジャクソン・ブラウンさんが1974年に発表した『LATE FOR THE SKY』という三作目のレコードを、ピーター・バラカンさんが月に一回放送しているインターFMの「名盤深堀り」という番組で取り上げました。高校時代にアナログ盤で毎日のように聴いていたレコードですが、私はその難解な歌詞を理解していたとは言えません。この番組のピーターさんの解説から、その言葉の世界を中心に振り返ってみたいと思います。

 

さて、この『LATE FOR THE SKY』というレコードですが、ジャクソン・ブラウンさんの作品の中でも、とりわけバンドとの一体感の強いレコードだと言われています。それはピーターさんの解説によれば、この前に制作した『For Everyman』という作品で制作費がかかり過ぎだと制作会社からクレームがついたので、ツアーをしていたバンドメンバーを中心に作らざるを得なかった、という事情があったそうです。結果的には、先日亡くなった弦楽器奏者のデヴィッド・リンドレー(David Lindley、1944 - 2023)さんを中心とした、素晴らしいバンド演奏のレコードとなりました。

この『LATE FOR THE SKY』は、長めの曲が8曲だけ収められたレコードです。次のサイトでそれぞれA面とB面の全曲を聴くことができます。

https://youtu.be/2-m7WDy-6XQ

https://youtu.be/MaZT3n9hBnk

また、次のサイトで全曲の歌詞を読むことができます。

https://book-jockey.com/archives/12190

それから、ジャケットの不思議な風景写真はシュール・レアリストのルネ・マグリット (René François Ghislain Magritte, 1898 -1967)の作品をもじったものだそうです。おそらく、マグリットのこの絵でしょう。

https://www.artpedia.asia/magritte-the-empire-of-lights/

この『光の帝国』にはバリエーションが複数あるようですが、ジャケット写真では手前が道になっていることから、ベルギー王立美術館にある最も有名な作品ではなくて、アメリカの美術館にある作品のどちらかかもしれません。

 

それでは、収録曲の順番にレコードを振り返りましょう。

 

まずはA面の4曲です。

 

A①レイト・フォー・ザ・スカイ - Late for the Sky

恋の終わりを予感させる内容のタイトル曲です。レコードの一曲目にスローな曲を持ってきているところが特徴的だと、ピーターさんは言っています。

ピーターさんは、とくに歌詞には触れていませんが、「Late for the Sky」という曲の成立についてだけ、言及しています。ピーターさんによると、「Late for the Sky」という言葉がはじめにジャクソンさんの頭の中に浮かんで、それから曲ができていったということでした。しかしこの「Late for the Sky」というのはどういう意味なのか、そのことについては、ピーターさんは語っていません。

こうなってくると、「Late for the Sky」が、いったいどういう意味なのか気になります。インターネットで調べてみると、いくつかのサイトで「飛行機に遅れる」という意味だと書かれています。「え、そうだったの?」と、ちょっと意外に思いました。

私のように英語ができない人間からすると、「Late for the sky」というタイトルとレコードのジャケット写真が連動していて、日没、または未明の、夜と昼の境目の空のことを「Late for the sky」というのかな、と勝手に思っていました。そして、明け方のベッドに横たわる別れ際の恋人たちをイメージしていたのですが、その数行前に「that morning flight」と書かれていますので、やはり「フライトに遅れてしまう」という意味なのでしょうか。

ここまで書いてきて、そう言えば私が持っているアナログ・レコードに歌詞がついていたことを思い出しました。その歌詞には、翻訳家の山本安見さんが対訳をつけていました。かなりの意訳ですが、この一節はこんなふうに訳されています。

 

陽が昇るまで

愛の言葉を囁きあった

あの朝の幸せを・・・

 

私の「Late for the sky」のイメージは、この対訳を読んでいたことから生じたものです。この言葉の意味が、「フライトに遅れてしまう」ということであったとしても、「sky」という言葉には「(夜明けの)空」という意味が掛け合わせてあって欲しいなあ、と思います。

ところで、私が若い頃に感銘したのは次の一節です。

 

きみの瞳を見ても、そこには僕の知っている人(きみ)はいない

ひとりぼっちだと感じることは、なんて虚しい驚きだろう

 

私はこの歌を聴いては、結局、人間は一人で生きていかなくてはならないんだなあ、と、ため息をついたものでした。でも、そのことで、その後の辛い人生を生きていく覚悟のようなものが、少しはできていたのかもしれません。



A②悲しみの泉 - Fountain of Sorrow

この曲は、ジャクソン・ブラウンさんが一時付き合っていたジョニ・ミッチェル (Joni Mitchell、1943 - )さんのことを歌った曲だそうです。その恋はジャクソンさんがジョニさんをふった形で別れたので、ジョニさんはジャクソンさんのことをかなり悪く思っていた、とピーターさんは解説していました。

『Fountain of Sorrow』は、このレコードで一番長い曲ですが、何回聞いても飽きません。ピーターさんも、繰り返してこの曲を聴いたそうで、アルバムの中でもっとも好きな曲だった、と言っていました。歌詞にもさまざまな詩的な表現が含まれています。ピーターさんが取り上げたのは、次の一節です。

 

愛の幻を見たとき、そこには危険が潜んでいた

そして完璧な恋人が、愚か者にしか見えなくなる

・・・・

 

ピーターさんは、この歌詞を解釈していません。若い頃の私はこの歌詞を単なる恋愛の歌としてではなく、理想とその幻滅のことを歌ったものだと思って聴いていました。理想的な恋人も、あるいは理想的な何かも、いつか幻のように思える時がきて、その時にすべてが愚かに見えてしまう、そしてそれ以外のものに目を向けてみたところで何も見つからなくて、どうしようもない寂しさが湧き上がってしまう・・・という感じでしょうか?

絶望的で、辛い歌のように聞こえますが、歌の最後のところに救いがあります。

 

悲しみの泉 光の泉

きみは自分の足音を 空虚だとわかっている

・・・・

でもきみは とても明るくて 澄んだ笑顔でいるんだね

 

ちょっと複雑で、単純に肯定的な意味を発しているとは言えませんが、それでも幻滅した世界の中で、一生懸命生きることを励ましているように聞こえます。

音階が上がっていくメロディーと一緒に聴くと、これからも戦っていかなくちゃ、でも朗らかさを忘れないようにしよう、という前向きな気持ちになります。弾むようなピアノの音と、複雑な気持ちの動きを表現するギターのバランスが見事です。



A③もっと先に - Farther On

この曲は、私の記憶が正しければ、ピーターさんのラジオで言及していなかった唯一の曲です。名曲揃いのレコードですから、それも仕方ないのかもしれません。しかし、このレコード全体に流れている「はかなさ」と、それを乗り越えようとする「勇気」とが、この曲でも表現されています。

とくに「はかなさ」の表現として、次の一節は強烈です。

 

天使たちも今は年老いて

日の出を待つことさえも、もうしない

 

これが山本安見さんの翻訳ですが、ネット上の翻訳では「天使は長命で」となっています。天使でさえ歳を重ねる、という意味は共通していますので、それは確かでしょう。ジャクソン・ブラウンさんは、この歌の中で夢を抱いていた幼い日のことを思い出しています。しかし、そんな日々も年月とともに色褪せてしまった、と歌っているのです。それでも、最後には次のように歌って終わります。

朝がくれば、地図と信念を携えて僕は前へ動き出す・・・、という意味だと思いますが、ロード・ムービーの主人公を見るような感じがします。



A④ザ・レイト・ショー - The Late Show

この曲の歌詞についても、ピーターさんは何も語っていませんが、番組のエンディングにこの曲が選ばれています。この曲も『Farther on』と同じようなイメージがあります。例えば次の一節はいかがでしょうか?

「調子はどう?」と口先だけの思いやりを示す人たち・・・、そういう人たちはたくさんいますね。困ったことに、私自身もそんなふうに軽々しく言うことがあります。この歌の中の若者は、そんな人付き合いにうんざりしているのです。でも、そんな孤独な人たちが出会って、本当の友人、あるいは恋人になり、悲しみを袋に詰めて捨ててしまい、出発するのです。

私はこの歌の最後の部分が、レコードのジャケット写真のイメージと重なると思っていました。だから雲が浮かんだ陰鬱な空に、暗く寂しい家と自動車が写っているだけなのですが、なぜかそこから新たな希望が生まれるような気がするのです。順風満帆の人生などは多くの人には縁がないし、人生をやり直そうと思った時には何の備えもないものなのです。でも、悲しみを捨てる覚悟と信念があれば、どこへでも行けるよ、とジャクソン・ブラウンさんは言っているような気がします。

 

A面の4曲は、どの歌も孤独な別れと、再生を歌ったものだと私は思っています。



さて、B面の4曲に行きましょう。

 

B①道と空 - The Road and the Sky

アップテンポの他愛無い曲に聞こえますが、ピーターさんの解説ではThe Road and the Skyというのは、理想と現実の比喩だそうです。

 

理想と現実がぶつかる場所で、崖っぷちから僕を投げ込んでくれ

・・・

 

この最初の一節で、ジャクソンさんは理想と現実の選択を迫られるのなら、僕は理想の方を選ぶよ、と言っているのだとピーターさんは言っています。アップテンポの軽い曲ですが、内容は意外と哲学的なのです。



B②ダンサーに - For a Dancer

ピーターさんの解説によれば、この曲は誰かはわかりませんが亡くなってしまったダンサーの友人に捧げた歌だそうです。それが、後に自殺した奥さんのことを含む意味に、ジャクソンさんの中で変わっていったそうです。この時期にジャクソンさんは奥さんを亡くし、とても辛い経験をしたそうです。

それからピーターさんは、リンドレーさんのヴァイオリンの表現力について語っていましたが、とにかくとても美しい曲です。

ピーターさんが注目した歌詞は次の部分です。

より良い世界が近づいているかもしれないけど、それは容易く消えてしまうかもしれない

あなたが見つけたかもしれないどんな意味にも、そんな不確実なものに振り回されないで、世界は回り続けているのだから・・・

こんな感じの歌詞でしょうか?ピーターさんは、この歌詞の中にも、「はかなさ」のようなものが表現されている、と言っています。この「はかなさ」がテーマのようにレコード全体に及んでいて、ポップ・ミュージックのレコードでありながら、沈鬱な雰囲気に包まれているのです。



B③ウォーキング・スロウ - Walking Slow

再び軽めの曲ですが、ピーターさんは曲の最後の歌詞に注目します。

 

I僕が言ってしまう前に、一つ、二つ言いたいことがある

今日は気分がいい

でも、もう少し先に僕が死んでしまうとしても・・・

 

楽しい歌なのに、突然、死について語られて、自分の思いを託すような一節で終わります。これは何を歌っているのか・・・、とピーターさんにもわからないようです。

 

そしてこの三作目のレコード(『LATE  FOR THE SKY』)から、ジャクソン・ブラウンさんの詩の世界は大きく広がったのだ、とピーターさんはここで語っています。その分だけ、謎めいた表現がいろんなところに見られるのです。



B④ビフォー・ザ・デリュージ - Before the Deluge

このレコードで、最も有名な曲かもしれない、とピーターさんは語っています。リンドレーさんのヴァイオリンが曲調を決定していて、バンド編成からするとカントリー・ロックということになるのでしょうが、既成のジャンルに収まらないユニークな楽曲になっています。これは作家としてのジャクソンさんと、リンドレーさんを中心としたバンドとの共同作業の賜物ではないか、と思います。

歌詞の内容についていうと、例えば次の一節を読んでください。

 

・・・

青春の勇敢で狂気じみた翼に乗って

ヤツらは雨の中を飛び立った

かつては美しかった羽も、今は破れてボロボロ

人生への服従と、すりかえられた人生の

もろい輝きとに交換してしまう

・・・

(山本安見 訳)

 

これは真ん中あたりの歌詞ですが、人類が滅んでしまう未来のことを歌った内容であるにもかかわらず、過去形で書かれていることにピーターさんは注目しています。

このレコードが制作された1974年はヒッピー・ムーヴメントが終わりを迎える頃でしたが、ベトナム戦争はまだ続いています。その一方で、環境問題などが顕在化してきた頃でもありました。

社会の体制に反対していたヒッピー(だった人たち)の中には、体制側に迎合する人たちも出てきて、それも仕方ないという思いがあると同時に、何か裏切られたような失望感とが渦巻き、それらが共存していた時代でしょう。そんな社会情勢を反映した曲ではないか、とピーターさんは語っています。

 

私はこのレコードが出た1974年は、まだ中学2年生で、ようやくビートルズやローリングストーンズを聴き始めた頃でした。1976年にジャクソンさんの第四作目の『The Pretender』が話題になり、さかのぼってほぼ同時期にこの『LATE FOR THE SKY』を聴きました。インターネットの発達した現在からすると、なんとのどかな・・・と笑われてしまうかもしれませんが、当時の私にはそれが精一杯でした。

先ほどの、ヒッピー・ムーヴメントなどの話で言えば、その頃の私たちの世代は、祭りの終わった後に遅れてきてしまったような、そんな感覚の世代だったのです。しかし、若い方に言っておきたいのですが、自分たちは遅れてきた世代だ、だとか、生まれた時代が悪かった、などというのは、歳をとってしまえば虚しい言い訳にしかなりません。その時々で、できることがあるはずですし、未来を見据えて手探りで生きるしかないのは、どの時代に生きても同じです。

 

冒頭にリンクしたジャクソンさんの来日公演のレポートを読むと、今でもジャクソンさんは最新作の曲と同様に1970年代の曲も演奏しているようです。若い頃と同じような伸びのある声で歌っていたとのこと、本当に嬉しい限りです。

ところで、ポップミュージックの歌詞を芸術表現に高めた人として、ジャクソンさんの以前にはボブ・ディランという偉大な作家がいます。私のような世代の者からすると、ボブ・ディランさんはすでに遠い存在で、実際に彼の歌は1970年代において、すでに普遍的な価値を持っていたと言えます。ジャクソンさんも才能豊かな人だと思いますが、もう少し私たちと等身大の悩みを表現してくれる人、というそんなイメージがあります。もう少し青臭くて、人生の困難に打ちのめされはするけれど、ボロボロになっても前を向いて歩く人、という感じです。

芸術家に限らず、ヴィヴィッドな感性と思いやりを持って生きていれば、傷つくことは避けられません。頼る人もいなくて、孤独を感じることもあると思いますが、ジャクソンさんの歌を聴いていると、多かれ少なかれ、みんなそうやって生きているのだなあ、という気持ちになれます。楽観的な気分とは程遠いのですが、それでも少しは楽になります。

 

残念ながら、ピーターさんの番組の聞き直しはできませんが、よかったら私の文章とともにジャクソン・ブラウンさんのレコードを聞いてみてください。新年度を迎えて不安を抱えている人がいたら、ちょっとは気持ちが強くなれるかもしれません。そうだったら嬉しいです。

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