平らな深み、緩やかな時間

226.『アメリカン・ユートピア』バーンと『批評理論入門』廣野由美子について②

デイヴィッド・バーンの『アメリカン・ユートピア』を見ました、と言ってもiPadの小さな画面ですが、それでも十分に楽しめました。前から見たかったのですが、忙しくてなかなか果たせず、やっと細切れながらも時間が取れたのです。

それではどんな映画なのか、公式サイトの紹介を覗いてみましょう。

 

映画の原案となったのは、2018年に発表されたアルバム「アメリカン・ユートピア」。この作品のワールドツアー後、2019年秋にスタートしたブロードウェイのショーが大評判となった。2020年世界的コロナ禍のため再演を熱望されながら幻となった伝説のショーはグレーの揃いのスーツに裸足、配線をなくし、自由自在にミュージシャンが動き回る、極限までシンプルでワイルドな舞台構成。マーチングバンド形式による圧倒的な演奏とダンス・パフォーマンス      元トーキング・ヘッズのフロントマン、デイヴィッド・バーンと11人の仲間たちが、驚きのチームワークで混迷と分断の時代に悩む現代人を”ユートピア”へと誘う。

https://americanutopia-jpn.com/

(『アメリカン・ユートピア』ホームページより)

 

この映画の監督はスパイク・リーです。スパイク・リーの紹介は次のようなものです。

 

 アトランタのモアハウス大学やニューヨーク大学映画科で学ぶ。卒業制作作品『ジョーズ・バーバーショップ』(83)が好評を博し、86年の長編デビュー作『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』が興行的にも批評的にも成功をおさめる。人種問題を扱った89年の『ドゥ・ザ・ライト・シング』が世界に衝撃を与え、アカデミー賞のオリジナル脚本賞候補となる。92年の大作『マルコムX』 (92)も評判を呼んだ。06年のスリラー『インサイド・マン』は全米で興行的に大成功を収めている。15年にはアカデミー賞の特別賞も受賞。18年の『ブラック・クランズマン』はアカデミー賞の作品賞・監督賞等の候補となり、見事に脚色賞を受賞。アフリカ系アメリカ人の先駆的な映画人として多くの人々にリスペクトされ続けている

(『アメリカン・ユートピア』ホームページより)

 

この映画は、小さな劇場の舞台でのデイヴィッド・バーンと11人の仲間たちの演奏を記録しただけのものですが、曲が変わるたびに新鮮な印象で見ることができました。やはりスパイク・リーのカメラ・ワークや演出が効いているのでしょう。予告編はこちらです。とりあえずご覧ください。

https://youtu.be/3hB7Wl4BNSk

私の映画の印象ですが、思った以上にシンプルな舞台だな、と思いました。観客を飽きさせないために、途中でリハーサルやメイクアップの映像、あるいは出演者の素顔などを差しはさむステージ映像をよく見かけますが、そういう演出はまったくありません。それに劇場も思ったよりも小さくて、こんなに出演者と距離の近い劇場でディヴィッド・バーンを見ることができるなんて、日本ではちょっと考えられません。そんな限定された状況の中で、紹介文にもあるようにグレーのスーツで一切の虚飾を廃し、ユーモアを交えたバーン自身のMCとともにショーは進行して行きます。見始めた時には、これで2時間近くも保つのかな、と思いましたが、杞憂でした。

なぜ、こんなに映像に引き込まれたのか、もちろん、演奏の素晴らしさや見事なグループ・ワークもありますが、やはりバーンの発するメッセージの率直さに惹かれたのだろう、と思います。彼の飾らない、開かれた感性と正義感、弱い立場の人たちへの共感がどの曲からも溢れていて、これはエンターテイメントであると同時に、バーンによる愉快な講義なのではないか、と思いました。そもそも、何かを学ぶということは楽しいものです。音楽であれ、美術であれ、文学であれ、それらを鑑賞することで開かれていく自分の感性を実感することは、何ごとにも代え難い喜びです。それは知識の学習とは違うものの、やはり何かを私たちは学んでいるのだろうと思います。そういう喜びの原点を、バーンは表現してくれたのです。

デイヴィッド・バーンについては、学生の頃にトーキング・ヘッズの『リメイン・イン・ライト』をよく聴きました。ヘッズの来日公演にも行きましたが、ステージはヘッズ以外の腕利きのサポート・メンバーが占めていて、バーンの構想を表現するには、トーキング・ヘッズというバンドでは荷が重いのかなあ、という気がしていました。その後、トーキング・ヘッズは原点回帰するようにプリミティブな音楽を指向するようになり、私はちょっと物足りないものを感じていました。ニューヨークのインテリ集団で、テクニックよりも知性で聴かせるタイプの彼らでは、その方向性ではちょっときついかな、と思ったのです。そして私自身も年齢とともに忙しくなって、バーンの音楽を追い切れなくなってしまいました。

今回、『リメイン・イン・ライト』以降のヘッズの曲、バーンの曲を聴いて、はじめて聴いた当初よりも説得力があると感じました。それは字幕によってリアルタイムで歌詞がわかることと、曲の合間のバーンの語りによって彼が何を表現したいのかが、よく理解できたことが大きかったと思います。さらに不思議なことに、自動筆記的な手法で書かれたであろうシュールな歌詞の曲も、ストレートな意味が感じられてとても説得力がありました。これは私が物足りないと思った時期の曲の中にも、音楽の底力が潜んでいたということでしょう。バーン自身は、歌唱力がある歌手だと思っていなかったのですが、今の彼の歌声には若い頃からの張り詰めたような力強さとともに、年齢を重ねた余裕や旨味が加わったような気がします。とにかく、人に何かを伝えることに関して、バーンは一つの究極の形を提示してくれたのだと思います。これはジャンルにこだわらずに、皆さんに見ていただきたい映画です。

最後に、「人が最も関心を持つのは、人を見ることだ」という趣旨のバーンのメッセージが、私にはとても身に染みました。美術でも、まったく同じことだと思います。テクノロジーを駆使した美しい映像の作品なら、いまならいくらでもありますが、肝心なことはそこに人がどのような思いを込めて、どのように作品と関わったのか、ということです。そのことさえ理解できれば、どんな分野の表現でも分け隔てなく楽しむことができる、と私は信じています。



さて、前回から学習している廣野由美子さんの『批評理論入門』に話を移しましょう。

批評の理論というものは、作品鑑賞の窓口を広げるための方法論なのだと思います。私たちはプロの批評家や学者になるわけではありませんから、すべての批評理論を網羅しようなどとは思わずに、自分にとって利用できるものをうまく使っていきましょう。批評理論を勉強するあまり、頭でっかちになって作品鑑賞が楽しめなくなってしまっては、本末転倒です。

そこで今回は、近代から現代への作品を題材に、この批評理論を少しだけ応用してみましょう。ここで取り上げてみたいのは、現代絵画の大きな転換点となったアメリカの画家、ジャクソン・ポロック(Jackson Pollock、1912 - 1956)です。ポロックについては、もう語り尽くされたのではないか、と私ぐらいの世代で美術に関わる人間なら誰もが思うのではないでしょうか。しかし、いまAmazonで検索してみると、藤枝 晃雄(ふじえだ てるお、1936 -2018)さんの名著『ジャクソン・ポロック』でさえ、通常では入手できないみたいですね。そこでポロックの基本的なところを押さえながら進めていきましょう。

なお、私のこの新しいblogでは、過去の私の記事の「芸」と「ポ」の文字が、妙な記号に文字化けしています。ということは、現代絵画に焦点をあてた文章でこの二文字が化けてしまう、というのでは話になりません。8月までは旧blogを読むことができるようなので、過去の記事をご覧になる場合は、そちらを参照してください。私のHP上のblogのリストは、まだ旧blogに接続しています。

http://ishimura.html.xdomain.jp/blog.htm

 

『批評理論入門』のどこから手をつけたものなのか、迷うところですが、とりあえず目次の通りに進みましょう。

 

はじめは「2 ストーリーとプロット」という項目に注目してみましょう。とはいっても普通に考えると、現代絵画、とくに抽象的な絵画と「ストーリー」は噛み合いません。また、ポロックの初期と晩年の具象的なイメージの作品については、「神話批評」や「精神分析批評」の項目で触れることにしましょう。それでちょっと『批評理論入門』の趣旨からズレるかもしれませんが、ポロックという画家の人生について、つまり実作者の人生を「ストーリー」と「プロット」という観点から考えてみましょう。そのために、まず彼の生涯を簡単に辿ってみます。

 

ジャクソン・ポロックは、1912年にワイオミングに生まれ、ロサンゼルスのハイスクールで学び、1930年からニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグに進学して美術を学びました。ここで地方主義の画家トーマス・ハート・ベントン(Thomas Hart Benton、1889 - 1975)の指導を受け、ポロック自身もこの頃に素朴なアメリカの開拓時代を思わせる絵画を描いています。

  • そのベントンの作品はこれです。

https://artsandculture.google.com/entity/m01ny1z?hl=ja

  • その影響で描いたとおもわれるポロックの作品です。

http://stat.ameba.jp/user_images/b9/b8/10106929892.jpg

その後、ニューディール政策の一環であった公共事業に参加し、メキシコ壁画運動の作家シケイロス'(David Alfaro Siqueiros, 1896 - 1974)らの助手を務め、大きな影響を受けます。

  • シケイロスの作品はこれです。

https://imagenavi.jp/searchb/detail.asp?id=58199775

この頃からアルコール依存症が始まり、ユング派の医師による精神分析の治療を受けています。

そして大戦中にアメリカに避難していたシュルレアリスト達との交流や、ピカソやミロらの影響により、しだいに無意識的なイメージを重視するようになります。

  • そのころのポロックの作品はこれです。

https://www.musey.net/3961

1943年頃から、キャンバスを床に広げ、刷毛やコテで空中から塗料を滴らせ、線を描く「ポーリング」あるいは「ドリッピング」という技法を使いはじめ、1947年ころからは批評家のクレメント・グリーンバーグ(Clement Greenberg, 1909 - 1994)に支持され、「地」と「図」が均質となった「オール・オーヴァー」と呼ばれる絵画を制作するようになります。、批評家のハロルド・ローゼンバーグ(

Harold Rosenberg, 1906 - 1978)は、ポロックらの絵画は描画行為の軌跡になっていると評し、「アクション・ペインティング」と名付けました。

  • 製作中のポロックの画像とその当時の作品が掲載されています。

https://euphoric-arts.com/art-2/jackson-pollock-1/

ポロックらの活躍によって、現代美術の中心はフランスからアメリカに移ったと言われますが、ポロックはアルコール依存症の再発などにより、1951年ごろから低迷してきたと言われています。そして1956年にニューヨーク郊外で若い愛人とその友人を巻き添えに自動車事故を起こし、44歳で死亡しました。

 

これが批評の言葉で言えば、ポロックの人生の「ストーリー」ということになります。もしも、あなたがポロックの画家としての人生を語るにあたり、どこから語り始めますか?と聞かれたらどうしますか。ベントンの指導を受けたところから順に語るなら、「ストーリー」に基づくものだと言えますが、「オール・オーヴァー」の絵画をポロックの絶頂期と捉え、そこから彼の人生を遡ったり、終末の悲劇へと展開するとしたら、それはある解釈を持った「プロット」だと言えるでしょう。

ポロックの芸術家としての名声は、同伴者であったグリーンバーグの批評による力が大きかったのですが、グリーンバーグがポロックを評価したのは、先ほど書いたように1947年頃から51年頃までの短い間になります。だから誰もがその時期をポロックの絶頂期と捉え、人によってはそれをアメリカン・ドリームの実現と崩壊といった文学的な解釈をするのです。そのプロットの解釈の中には、ポロックをグリーンバーグのフォーマリズム批評の典型的な画家として捉えるという、もう一つの大きな解釈が潜んでいます。私たちは、ここでそれは一つの「プロット」に過ぎない、ということを理解しておきましょう。魅力的なプロットですが、それだけに見方が偏ってしまうと、ポロックという画家のさまざまな可能性を見ないことになってしまいます。

 

その「プロット」とのかかわりで、次は「6 時間」について考えてみましょう。プロットは書き手に対して、小説の中の時間を自由に行き交う自由を与えます。それはそれで面白い話ですが、小説のプロットにあたるような大仕掛けの「時間」は、現代絵画には見当たりません。少なくともポロックのドリッピングによる霧のような絵画には、そんな時間は当てはまらないでしょう。しかし、これは私が絵画における時間を論じる際によく例に出すことなのですが、ポロックの絵画には交錯した時間表現が隠されています。ポロックはローゼンバーグが言うように、絵画に描画行為という要素を持ち込みました。そのことによって、私たちはポロックが絵を描いた時間を追体験するように、彼の行為の痕跡をなぞってしまいます。しかし、ポロックはそこにさまざまな仕掛けをしました。鮮やかな色が人間の視覚の前面に出てくるのに対し、くすんだ色は後方へと下がってしまいます。そんな色の特性を活かして、実際に絵を描いたであろう順番を巧妙に入れ替えるような色使いをしたのです。あるいはポロックは、絵の具以外のエナメル塗料を使ったりもしました。安っぽいペンキの輝きが絵具の中に混じると、画面上で独自の位置を占めるのです。このような時間の入れ替えは、小説の理論で言うと、どういうことになるのでしょうか?廣野由美子さんは次のように解説します。

 

しかし、語りの現在と物語世界の過去は、整然と隔てられているわけではない。二つの時間体系は、時として複雑に絡み合う。フランケンシュタインは、過去の出来事を回想しながら、しばしば25歳の現時点における想いを、語りのなかに織り交ぜる。たとえば、クラヴァルとの旅について振り返っている最中に、「クラヴァル!愛する友よ!いまでも私は喜んで、きみの言葉を記録し、きみに断然ふさわしい賛美の言葉を連ねる」(第18章)という言葉が挿入されたり、殺されたエリザベスを発見した場面で、「どこを見ても、私はそのときの姿を思い出す」(第23章)という言葉が挟まれたりするのである。

(『批評理論入門』「第一部 小説技法篇 6.時間」廣野由美子)

 

このように、プロットによって操作されている以外にも、作家はときに小刻みに時間を行き来します。

そして、その時間を行き来するときのスピードも、作家はさまざまな手法を使って自由に操作します。その手法というのは「省略法」、「要約法」、「情景法」、「休止法」の4つだそうです。さすがにポロックは、これほど凝った方法を取りませんでしたが、彼の絵画にもスピードを操作しようとする意図が感じられます。ポロックのドリッピング技用は、偶然性に左右されるところが大きい、という分析がよくなされますが、とんでもありません。彼の絵具の痕跡はうまくコントロールされていて、その表現はとても豊かなものです。ポロックと似たようなことをした絵画で、表現が単調でやせ細っているものが山ほどあります。彼の絵画が持っている複雑で豊かな時間性が、いつも私にとっての指標になっています。

 

さて、『批評理論入門』の後半を見ていきましょう。やはり目につくのが「4 脱構築批評」です。「脱構築」といえば、モダニズム批評に対するポスト・モダニズム批評のことですから、グリーンバーグの批評するモダニズム絵画を象徴するポロックには当てはまりそうもありません。しかし、本当にそうでしょうか?

前回も見たように、脱構築批評のおおもとには、ジャック・デリダの脱構築の考え方があります。それは二項対立に着目し、その階層の転換や解体を試みる、というものでした。グリーンバーグの批評するモダニズム絵画には、その二項対立のような曖昧なものはありません。モダニズムの絵画は、絵画表現の最大の特徴である平面性へと向かったのです。そこに迷いはありません。その考え方に基づいて、彼はポロックをオール・オーヴァーな絵画へと導いたのです。

しかし、実際のポロックの絵画は違っていました。彼の絵画は、絵画の物質的な平面性と視覚的なイリュージョン、つまり奥行きとの間を行ったり来たりしていました。ドリッピングによる霧のような彼の画面は、その二項対立を解体する奇跡のような方法でした。その技法は、少しでも油断すると視覚的なイリュージョンの方に取り込まれてしまいます。だからポロックはいつも張り詰めた緊張感で制作しなければなりませんでした。彼の人生の悲劇は、その重圧感と無縁ではなかったと思います。彼の後に来た後世の画家たちは、いともあっさりと絵画を本当の平面に塗り替えてしまいました。実はその画家たちの描いたミニマル・アートの絵画こそモダニズムを象徴するものであり、ポロックの絵画はさらにそれを超えてモダニズム絵画を脱構築するものだったのではないでしょうか?

  • Brice Marden 『The Dylan Painting』

https://www.sfmoma.org/artwork/98.200/

ここにおいて私たちが学習することは、脱構築批評は理屈っぽいものではなく、一つの理念に閉ざされてしまう表現に対して抗うこと、その抵抗する感性を評価するものだったのではないか、ということです。そう考えると、「脱構築批評」はポストモダンという限定された時期のものではなくて、常に表現の世界に存在しなければならないものではないか、という気がします。少なくとも、私はつねに脱構築的な態度を忘れないようにしよう、と心がけています。

 

さらに先に進みましょう。次に「精神分析批評」という項目があります。

先ほど触れかけたように、「5 精神分析批評」とそこに含まれる「③神話批評」という項目、この二つの批評理論は、ポロックという画家にまさしく当てはまります。ポロックがアルコール中毒の治療を受けていたときの主治医はユング派の精神分析医でした。そしてユングと言えば、皆さんもご存知のように人間の無意識の「深層」において神話的な記憶、あるいは本能のようなもの、彼の心理学の言葉で言えば「集合的無意識」とか「元型」とか言われるものですが、とにかくそういうものがあるのだと考えていたのです。ポロック自身も前半生の絵画制作では、神話に依拠したモチーフを描いていますし、彼のドリッピング技法もアメリカのネイティブ・インディアンの砂絵の描き方に影響された、といわれています。そこには神話的な、あるいは呪術的なイメージがつきまといます。

ポロックについて、この精神分析的な解釈、神話との関連性は広く指摘されていますが、いまひとつその重要性が認識されていないように思うのは、やはりグリーンバーグのモダニズム絵画の解釈があるからです。ポロックの芸術の到達点は、そのような具体的なイメージが払拭されたオール・オーヴァーな絵画、完全に抽象的な絵画だと見做されてしまうので、彼のそれ以前の具象的な絵画はその過度期だとおもわれているのです。しかし、私は日本でのポロック展で『トーテム・レッスン2』を見たときに、それが間違いだと気づきました。

  • 『トーテム・レッスン2』

https://www.musey.net/1152

とにかく、この作品は素晴らしかったのです。グリーンバーグも、この作品が発表されたときには、絶賛していました。そして私は、その後のポロックの成熟期だとおもわれている作品を遥かに凌駕して、画面に引き込まれそうな印象を受けたのです。この絵画は、ドリッピング技法で統一された後期の彼の手法では成し得なかったものでした。線と色面と、それからイメージを喚起するモチーフと、それらが自由に関係することによって成立した絵画でした。ポロックをオール・オーヴァーな絵画へと導くということは、この『トーテム・イメージ』のような絵画の可能性をつぶすことになってしまったのです。私のこのような解釈は、モダニズムを信奉する評論家や画家たちからは受け入れられないかもしれません。しかし私から見ると、それはとても不自由なことだと思います。

 

さて、最後に「13 透明な批評」について触れておきましょう。「透明な批評」とはどういうものか、『批評理論入門』には、こう書かれています。

 

「不透明な批評」とは、テクストを客体として見て、その形式上の仕組みを、テクストの外側に立って分析する方法である。主に本書の第1部は、テクストを言語的な構築物であることを前提とした形式主義的アプローチを取り上げたものであり、この範疇に属する。

それに対して、作品世界と読者の世界との間に仕切りが存在しないかのように、テクストのなかに入り込んで論じるような方法を「透明な批評」という。

<中略>

文学の世界の内側に入り込んでゆくことが、批評において妥当であるかどうはさておき、読者にその自由が残されていることはたしかだ。いかに図々しくとも、それが文学作品を読む純粋な楽しみのひとつなのだから。

(『批評理論入門』「第二部 批評理論篇 13.透明な批評」廣野由美子)

 

テクストを客観的な言葉の構築物であることを前提とした批評が「不透明な批評」であり、それを「形式主義的アプローチ」だと廣野さんは書いています。形式主義とは、すなわちフォーマリズムのことです。

ところで、作品をその外観から客観的に、つぶさに観察することが、美術におけるフォーマリズムでした。作者の経歴とか、作品を制作したときの心情とか、あるいは歴史的な意義とか、そういう作品を取り囲むあいまいなものによらずに、作品を率直に見る、というところに美術におけるフォーマリズムの意義がありました。

例えば、グリーンバーグがポロックの『トーテム・レッスン』を批評したときの言葉に注目してみましょう。

 

アート・オブ・ディス・センチュリーでのポロックの2回目の個展は、私の意見では、彼の世代のなかの最強の画家として、そしておそらくミロ以来の最も偉大な画家として彼を確立している。彼の煙った荒々しい絵画のうちにある唯一、楽観主義的なところは、彼個人にとっての、芸術の有効性を彼自身が明らかに信じ込んでいるところに由来する。キュビズムの凋落以来、パリ派の芸術には、ある程度の自己欺瞞がある。だが、ポロックには、それが全く無いし、彼は醜悪に見えることを恐れないー深遠で独創的な芸術は全て、最初は醜悪に見えるものだ。彼の油彩を見て圧倒されるように感じる人には、彼のグワッシュの作品から近づくようにアドバイスしよう、それなら、油彩ほどには、画面の隅々から可能な限りの強烈さを絞り出そうとしていないので、より卓越した明晰さに達しているし、油彩ほど息苦しいまでに詰め込まれていない。だが、油彩のなかでも、二点ー両方とも『トーテム・レッスン』と題されているーは、筆舌につくしがたいほど良い。ポロックの唯一の欠点は、キャンバスをあまりに均一に塗り込めることにあるのではなくて、あまりに唐突に色やヴァルールを並置しすぎて、ぽかんとあいた穴ができてしまうことだ。(The Nation , 7 April 1945)

(『ユリイカ 1993年2月号「グリーンバーグのポロック論集成」川田都樹子訳)

 

現代美術の中心がパリからアメリカへ移ったのだ、という気概に満ちた批評ですが、それを割引いてもグリーンバーグの筆致はしっかりと作品に寄り添っています。そしてその視線はいつの間にか、ポロックの作品に出会って感動しつつも戸惑ってしまう鑑賞者の視線に乗り移っています。「最初は醜悪に見える」、「油彩ほどには息苦しくない」、「ぽかんとあいた穴ができてしまう」という言葉は、まさに作品を見た実感にともなうものです。

グリーンバーグはフォーマリズムの評論家として名を馳せたので、彼の作品の見方は彼の理論に冷静に乗っ取ったものだと思いがちですが、彼の具体的な作品評を読むとそうでもありません。確かに、この批評の末尾のところは、ポロックの具体的な作品に感動しているのに、それを「オール・オーヴァー」な絵画へと誘導しようという無理矢理な意図を感じます。しかし、そんな冷徹な意図とは裏腹に、彼の作品を見る眼差し、『トーテム・レッスン』に感動した感性は温かいものです。

私は、グリーンバーグのフォーマリズム批評を乗り越えた先に、これからの絵画の未来があると予感するものですが、かといってグリーンバーグの批評のすべてを、とくに具体的な作品と触れ合った時の彼の感性をも否定するものではありません。彼の理論は「不透明な批評」なのかもしれませんが、彼の作品とよりそう言葉は「透明な批評」にあたるものです。評論活動も、作品の制作と同様に人間が行うものですから、しばしばこのような矛盾に至ります。日本においてグリーンバーグのような位置を占めた藤枝晃雄さんの批評も、冷徹な「不透明」さと、作品を見通す「透明」な眼差しの両方を兼ね備えたものです。作品の批評として、藤枝さんの批評以上の日本語の文章を、私は読んだことがありません。

この矛盾は文芸批評においても言えることなのか、それともフォーマリズム批評を分水嶺とした「透明な批評」と「不透明な批評」において、美術批評と文芸批評はその差異を見せているのか、私には判定ができませんが、批評というものを細かく分析することによって、グリーンバーグの両面性が認識できたのですから、やはりこういう試みはやってみるものです。

 

いつも思うことですが、哲学や思想、文学において現れた優れた言葉が、美術の分野にも現れないものでしょうか。私は美術における優れた言葉をいくつか見てきましたが、他の分野におけるほど豊穣なものではありません。だから私たちは、どんどん視野を広げていって、その言葉の光を浴びるべきです。あなたが若い方なら、その光が体の中でゆっくりと熟成していって、新たな可能性を生むに違いありません。ささやかですが、私はそのお手伝いができれば、と願っています。

それでは、今回はこの辺で・・・。

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