平らな深み、緩やかな時間

353.髙橋圀夫展とレヴィ=ストロースと小野小町

前回もお知らせしたとおり、美術家の髙橋圀夫さんの展覧会が、東京・新江古田のギャラリー「nohako」で開催されています。

https://nohako.com/

会場では、髙橋さんの2004年から2021年までの代表的な作品を掲載した作品集『偶景 画集 2004ー2021』を1,000円で購入できます。この作品集は、現代絵画の可能性を考える上で、たいへん重要な資料であると私は考えます。

さて、今回はその髙橋さんの作品について考察してみます。

そして後半部分では、私がこのところ興味を抱いているレヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss、1908 - 2009)さんの「ブリコラージュ」という概念から、あるいは『古今和歌集』の中の小野小町(おののこまち、平安時代9世紀頃の歌人)さんの和歌から、髙橋さんの「重ね描き」という表現方法について考察してみたいと思います。

どちらも私の思いつきなので、髙橋さんには了解していただけないかもしれません。どんな結論に至るのか・・・、とにかくやってみましょう。 

 

ところで私は、このblogで髙橋さんについて何回か書いたことがあります。よかったら、次のリンクをご参照ください。

https://blog.goo.ne.jp/tairanahukami/e/81c9edc23cf1201d5a2530658fd2b5b3

https://blog.goo.ne.jp/tairanahukami/e/bc45b86d7e209dcca7ccfd30e171057c

https://blog.goo.ne.jp/tairanahukami/e/015dbd364244af37a43540be5cc95012

                                

今回書くことは、これらと重なるところがあるのですが、あまり気にしないでください。まずは今回の作品集から髙橋さんの作品の移り変わりを見ていきましょう。

この作品集には、2004年から2021年までの作品の変化がわかるように、ページに年号が書かれているのです。2004年の作品のページに、髙橋さんは次のように書いています。

 

「継起(現象)する異別」

ーひとつの作品に収斂しない羅列的なものー

(『偶景 画集 2004ー2021』髙橋圀夫)

 

このページには、抽象的な絵画が4点、少し隙間を空けて並べられている写真が掲載されています。一点一点の絵画は抽象画とは言っても、それぞれの形には明暗の変化がつけられていて、ちょっと立体的な形が組み合わさったような絵になっています。絵によって色合いに微妙な変化がありますので、4点の絵の関連性は、互いに付かず離れず、といった感じです。その関係が「ひとつの作品に収斂しない羅列的なもの」という言葉になっているのでしょう。

2006年のページには一部の作品が重ねられて展示された写真、2007年には壁のコーナーのふたつの壁面にまたがって作品が展示された写真が掲載されています。いずれの写真も、この時期の髙橋さんが何点かの絵画を関係づけて、連続して見せることに絵画の可能性を感じていたことを示しています。

それが2008年頃から、一枚の絵画で表現するように作品が変わっていきます。はっきりとした描線の奥に、うっすらと薄い絵が見えているような不思議な作品です。そのような絵画を、髙橋さんは「重ね描き」という言葉で言い表しています。

2014年の作品のページに、髙橋さんは次のような言葉を書いています。

 

重ね描きひと言

以前に描いた絵の上に、別の描きたい絵を後から描き重ね、

そうしてその時その場での欲求を負う部分々が全体の相となり、

交配するようになるが、それは新たな意味を持つ、自立した作品とは言えない。

なぜなら、前の絵と後からの重ね描きが、互いに従わない、従えないという関係であり、

否定(=否定は、新たな意味体系を作り出す装置・・)ではないから。

ここでは作品制作という意味付けや、イメージに収斂することがないので、新絵画にならない。

では、そこにあるもの(作品)は、絵画への問いを、自己の生に据える、いわば自立性の低い跡形と捉えたい。

(『偶景 画集 2004ー2021』髙橋圀夫)

https://hinoki.main.jp/img2014-4/1-3.jpg

 

この頃から、髙橋さんは古い自分の作品の上に、新しい絵を重ね描きするという方法を見出したようです。

この方法は、古い絵に合わせて上から新しい絵を描くのではなく、別途に描いたエスキースをもとに新しい絵を重ねて描くのだ、というふうに私は髙橋さんから聞きました。ただし、完全に新しい絵に塗り替えてしまうのではなく、ふたつの絵が重なって見えたところで制作を終える、というふうにも聞きました。それが「自立した作品とは言えない」、あるいは「互いに従わない、従えないという関係」と書かれている意味なのだと思います。重ね描きされた古い絵と新しい絵は、完全に一枚の新作絵画として収斂していない、どっちつかずの状態であえて筆が置かれているので、「自立した作品とは言えない」と髙橋さんは書いているのでしょう。

この手法の意図について、髙橋さんは翌年の2015年のページに次のように書いています。

 

私の重ねという手法は、作品制作の全てに通貫し、時には作者を自縛し、

自閉的にしかねない意図という要素を、制作のうえでいかにときほぐし、解体し、

或は作品の自立性を相対化していくための過程であると考えてのことです。

そこに生じる偶然により、意図されたものではないだけに、純度の高いー意図性とは別のー達成があるのではないか・・・そこにひとつの地平を求めようとする試みです。

(『偶景 画集 2004ー2021』髙橋圀夫)

 

この短い文章の中には、絵画に関するさまざまな課題が含まれていて、そのことに対する髙橋さんの試行錯誤が語られています。

この髙橋さんの「そこにひとつの地平を求めようとする試みです」という部分を、もう少しその時の時流を意識した言葉で言い直すなら、モダニズム絵画の限界を乗り越えた、真のポストモダニズム絵画を試行するものだ、と言えるのだと思います。しかし、そんな言葉が浅はかに見えるほど、髙橋さんの言葉は地に足がついたものとなっています。自分の絵画表現から誠実に考察された言葉は、それほどに説得力があるのです。

それでは、もう少し細かく見ていきましょう。

まず、「時には作者を自縛し、自閉的にしかねない意図という要素」とは、どういうものでしょうか?これは作品というものが作者の「意図」によって表現されるものだ、という考え方が当たり前のように私たちの中に存在し、それが作者自身を縛ってしまう、ということを髙橋さんは指摘しているのです。もしかしたら、え、作品が作者の「意図」によって表現されるなんて当然でしょう?というふうに思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし、本当にそうでしょうか?

ここで、以前にもこのblogで参照したことがある『近代美学入門』(井奥陽子著)を読んでみましょう。

 

私たちは幼い頃から、とにかく「自由な発想で」創作することを期待されます。作品のよしあしについて語るときには、コンセプトは何か、他人にない発想があるかどうかがおもな評価軸になります。公表された作品が他人の作品に似ていたら問題になります。

しかしながら、こうした姿勢はロマン主義的な近代美学に基づいたものです。偉大な芸術作品とは独創的な天才が自己表現したもので、受容者は作品をつうじて芸術家を追体験すべきである、という思想が前提にされています。

もちろん現代では著作権が定められている以上、それに抵触しないようにする必要はあります。しかしあまりにも独創性が偏重されると、今までにないものばかりを追求して、奇を衒うことが創作の目標になることもありえます。鑑賞する側も、新奇性があるからこそ優れていて、類例があれば駄作だと評価する傾向に陥ってしまいます(伝統工芸など、独創性を目標にしていない作品はたくさんあるにもかかわらず)。芸術がコンテストのようになり、作る側も鑑賞する側も疲れてしまわないでしょうか。

さらには、アイデアがすべてで、技術を磨くことや知識を蓄えることはなおざりにしてよい、という態度を生みかねません。18世紀後半には実際、技術や知識は邪魔だと主張する人々が出てきました。

そうした態度に対して、当時から諫める声がありました。たとえば偉大な先人を模倣して学ぶときは、作品の表面を真似するのではなく、作品を丹念になぞりながら芸術家の精神を感得することが重要です。そうすることで、その先人のような独創的な芸術家になることができる、と指摘されました。絵画の模写や文芸の文体模写などは、独創性を得るためにむしろ重要な訓練だと言えます。

作る側も鑑賞する側も、そろそろ近代の「独創的な天才」という呪縛から逃れてもよいのではないでしょうか。

(『近代美学入門』「4芸術家にまつわる概念の変遷」井奥陽子)

 

読みやすい文章なので、とくに解釈は必要ないと思いますが、髙橋さんの「意図」という概念と照らし合わせながら噛み砕いていきましょう。

冒頭の引用部分に書かれているように、私たちは幼い頃から気づかないうちに「近代」の価値観を刷り込まれています。絵を描くのなら、とにかく「創造的」でなければいけない、とか「独創的」でなければいけない、というふうにです。こういう思い込みを「意図」という言葉で言い表すなら、髙橋さんの文章と共通するものが見えてきます。髙橋さんが「時には作者を自縛し、自閉的にしかねない意図」と書いているのは、「独創的」でなければいけない、「創造的」でなければいけないという「意図」が、作者自身を縛ってしまい、考え方を閉鎖的にしてしまう、というふうに解釈することが出来ます。

さらにもしかしたら、髙橋さんの「意図」はもっと広い意味で、絵を描くときの私たちの意識の全体を指しているのかもしれません。例えば、私たちは絵を描く時に「構成」はどうしようかな、とか「色合い」はどんなふうにまとめようかな、とかいうふうにいろいろと考えてしまいます。長く絵を描いていると、いつの間にかそれがパターン化してしまって、自分のパターンに自分自身が縛られてしまうのです。髙橋さんの「意図」には、そこまでの意味が含まれているのかもしれません。

仮にそうであったとしても、私たちはそういった「独創」や「創造」の概念から、あるいはそれを含めた意識全体から自由でなければなりません。井奥陽子さんが書いているように、私たちは「近代」の美意識に縛られることを、そろそろやめた方がよいのです。自分自身を深く見つめ、自分が何に縛られているのか見極めて、そこからの脱却を図らなければならないのです。

それに関連して、実は1980年代以降、日本の現代美術の世界では、そのような新しい「創造性」の神話からの解放が叫ばれた時期がありました。それが「ポストモダニズム」と呼ばれた時期です。「モダニズム」があまりにも新しいものの刷新を言い続けたために、表現者はミニマリズムの袋小路に追い込まれ、商業主義の美術関係者はめぼしい商品がなくて困ったのです。そのうちに、商業主義の売人たちは、すぐに解消方法を見つけました。古い美術様式の折衷主義の作品か、あるいは真面目なモダニストが目をむくようなイラスト作品を「ポストモダニズム」という商標を付けて、売り出すことを考えたのです。

現在は、「ポストモダニズム」という言葉も声高に言われることがなくなりましたが、状況は大きく変わっていません。だから今こそ、「モダニズム」の真の乗り越えが必要なのです。そして、その後に来るものを「ポストモダニズム」と呼ぶのであれば、私たちは本当の「ポストモダニズム」を標榜しなければなりません。

 

髙橋さんの文章に戻りましょう。

髙橋さんは、「重ね描き」の手法によって、ロマン主義以降の近代絵画が縛られてきた作者の「意図」を越えようとしています。その手法は、作者の「意図」を超えた「偶然性」によって、新たな表現をもたらすからです。髙橋さんの「そこに生じる偶然により、意図されたものではないだけに、純度の高いー意図性とは別のー達成がある」という言葉を読み返してみましょう。髙橋さんの普遍的な物言いを、あえて私なりの平易な言葉で言い変えてみると「わざとらしさのない、本当の偶然によって、絵画はこれまではなかった表現に達する」というほどの意味になると思います。その達成は、私たちを異次元の絵画の世界へと誘うのです。

 

さて、ここで私たちは、髙橋さんの絵画が、そして髙橋さんの書いていることが、決して独りよがりのものではないことを確認しておきたいと思います。

そのために、私は冒頭で掲げた二つの手がかりを用いて考察を進めたいと考えています。それは前回取り上げたクロード・レヴィ=ストロースさんの「ブリコラージュ」という概念と、もう一つは古今和歌集の中の数少ない女性の歌人、小野小町さんの和歌との関連性です。言うまでもなく、レヴィ=ストロースさんは近代を超えた知の巨人ですから、「ブリコラージュ」という概念が髙橋さんの絵画と近い関係にあることはわかりやすいかもしれません。それに比べると小野小町さんの方は、なぜ平安時代の和歌なのか?と多くの方が疑問に思われると思いますが、それは後で説明します。

 

それでは、まず「ブリコラージュ」という概念と髙橋さんの作品の関連性について考察していきましょう。「ブリコラージュ」は、「もちあわせ」の「断片」を使ってものをつくる「手仕事」、あるいは「器用仕事」や「寄せ集め細工」のことでした。くわしくは前回の私のblogを参照してください。計画的に材料を揃えて、専用の「部品」だけでものを作る近代的な「エンジニア」の仕事と対比できるということも、前回確認しました。

この「ブリコラージュ」の概念の中に、先程『近代美学入門』で確認した「独創性」や「創造性」という近代以降の概念からの脱却の可能性を感じ取ったのが、美術評論家の宮川淳(1933 - 1977)さんでした。彼は「ブリコラージュ」から「引用」という批評概念を導き出し、実際に自分の書いた文章を切り貼りした「引用」による本を書いたり、「引用」を「創造」という概念と対置させたりして、優れた評論を展開しました。

髙橋さんの「重ね描き」は、過去の自分の作品の下敷きにして描いているという点で、「ブリコラージュ」や「引用」と近い考え方をしていますが、その一方で新たな絵を重ねて描くという点で、「ブリコラージュ」という概念では収まらない制作方法となっています。前回のblogでレヴィ=ストロースさんとシュルレアリスムの芸術家との関係についても言及しましたが、髙橋さんの「重ね描き」はシュルレアリストのコラージュ技法とも、似て非なるものです。コラージュ技法は、寄せ集められたイメージの偶然の出会いによって、そこにあらたな化学反応のようなものを人間の心理の中に引き起こすことをねらっているのですが、髙橋さんの「重ね描き」は古い絵の上に重ね描きをしている髙橋さんの中で、すでにその化学反応が起こっているのです。しかも偶然の出会いの意外性をねらって断片を選ぶコラージュ技法とは違って、髙橋さんの「重ね描き」は描いている本人でさえも結果が予想できない、純粋な意味での偶然性が活用されているのです。

以前に私は髙橋さんに、何も古い作品でなくても今描いている絵の上に、他の絵を重ねて描けば良いのではないですか?と聞いたことがあります。しかし髙橋さんは、それでは他の絵が重ねられることを意識して下地の絵を描いてしまうのでだめです、と言われました。それほどに、高橋さんにとっては偶然性の純度が大切なものなのです。

このように、髙橋さんの「重ね描き」という方法は、近代の概念からの乗り越えを標榜している点で、レヴィ=ストロースさんの「ブリコラージュ」の概念と重なる部分がありますが、髙橋さんの方がより厳しく純粋性を求めている、ということが言えると思います。もしかしたら、髙橋さんの「重ね描き」には、レヴィ=ストロースさんを始祖とする「構造主義」の乗り越えも含まれているのかもしれません。それゆえに、私たちは髙橋さんの絵画に真の「ポストモダニズム」を見出すことができるのです。



そしてもう一方の、小野小町さんの古今和歌集の短歌について考察していきます。

私が取り上げたい短歌は、ベタなほどに有名な次の歌です。

 

花の色はうつりにけりないたづらにわが身よにふるながめせしまに

 

この歌の現代語訳を、『100分de名著 古今和歌集』から拾ってみましょう。

 

花の色は、むなしく褪(あ)せてしまった。しとしとと春の長雨が降り続いていた間に。私も、あれこれと物思いにふけっている間に、むなしく老いてしまった。

(『100分de名著 古今和歌集』「第1回 めぐる季節の中で」渡部泰明)

 

そしてこの歌の解説を、少々長くなりますが、やはり同じ本から引用してみます。

 

ここでは「ふる」と「ながめ」が掛詞になっています。「ふる」は「降る」と「経る」、「ながめ」には「長雨」と「眺め」が掛けられています。この歌における「眺め」は「物思いにふける」という意味です。

つまりこの歌の下の句には、長雨が降っているということと、人生に悩んで物思いにふけっているうちに時が経ち、老いてしまったという二つの意味が重ねられているのです。「いたづらに」(むなしく)は、上の句の「花の色はうつりにけりな」と、下の句の「わが身よにふるながめせしまに」の両方を形容しているので、花がむなしく色褪せてしまったように、私もむなしく齢を重ねてしまった、ということになります。

掛詞を二つ並べて詠むのは大変に難しく、これは小町だからこそできた離れ業だと言ってもいいでしょう。しかも、二つの意味が密接に結びつき、人生に悩んで気が晴れることのなかった時の長さと、長雨の時季の鬱々とした気分まで、ひたと寄り添うように表現されています。  

この歌は、自分の容貌を「花の色」に託し、恋に悩んできた人生を振り返っている、と解釈されることもあります。ただ、そのようにはっきりと解釈されるようになったのは室町時代以降のことで、才色兼備で自信家の小町というイメージは、それとともに形成されたと言われています。私は、この解釈に少し疑問を感じています。絶世の美人だったとしても、自分を「花の色」になぞらえるのはいかにも自慢が過ぎます。なにより、もしこれが美貌の衰えを嘆く小町が恋の悩みを詠んだ歌だとしたら、春の巻には収載されていないと思います。入れるとしたら「雑歌」の巻でしょうか。  

小町は、長雨に打ちしおれて花が色褪せてきたことに、ふと気がついたのでしょう。色褪せた花を見て、胸に浮かんだ「いたづらに」(むなしく)という言葉が、些事に翻弄されてきた自分の人生を思い起こさせ、それが長雨とオーバーラップしていく。そのように読むと、歌に人生を懸けた小町らしさを味わうことができるのではないかと思います。

(『100分de名著 古今和歌集』「第1回 めぐる季節の中で」渡部泰明)

 

私は和歌について詳しくないのですが、これはよく知られた解釈で、とくべつにめずらしいことは言っていないと思います。強いて言えば、後半部分の作者である小野小町さんに関する解釈が、人柄の良さそうな渡部泰明さんらしい、作者の心情に寄り添った読み方だということになるのだと思います。しかし私が、あっ、と思ったのはそういうことではなく、この歌には二つのイメージ、つまり二つの絵がみごとに重なっているということなのです。その要因は「掛詞」という技法にあります。掛詞による「花」と「自分自身」とを重ね合わせた時のイメージの鮮烈さ、その臨場感が私の驚きの原因なのですが、このことをもう少し詳しく分析してみましょう。

私は「ふる」と「ながめ」という動詞がもたらすイメージに注目したいと思います。まずは「(長雨が)降る」という映画のワンシーンのような、静かな動きのあるイメージがあります。一方、「(時が)経る」というイメージは抽象的なものですが、それを「ながめ(眺め)」という動詞が絡むことで、物思いに耽る女性の姿が浮かんできます。

この二つを合わせると、例えば庭にシトシトと降る長雨のシーンがあり、その長雨を眺めながら自分の人生の年月を顧みて物思いに耽る女性の姿のシーンがあります。その二つのシーンは互いに関連しながらも、別々の角度に向けられたカメラのように、一つのシーンとなることはありません。これらの全体を俯瞰するようなカメラは、どこにもないのです。どちらかのシーンに焦点を合わせれば、どちらかのシーンは引いていく、これがひとつの言葉で二つの意味を表現する「掛詞」の力なのだと思います。その不思議なイメージの共有が、緊張感をはらんだ表現となっているのです。

ここまで読んでいただけると、髙橋さんの絵と小野小町さんの和歌との関係が理解いただけると思います。二つのまったく違ったイメージが、不意に重なって見えてしまった時に人の心のなかで起こる感動は、「意図」されたものを裏切るものです。小野小町さんは、当然のことながら歌の効果を予想して創作されたと思いますが、それが読む人の中でどれほどの強いイメージを働かせ、二つのイメージがどれほどの緊張感も持つのか・・・、特に現代の私たちがどんなふうに彼女の歌に感動するのか、までは当然、わからなかったでしょう。それほどに小野小町さんの言葉の表現は複雑で、高度なものなのだと思います。

 

ここで私はさらに、ジャズのラジオ番組で作曲家・ギタリストの大友良英さんが、ジャズ・ドラマーのエルヴィン・ジョーンズ(Elvin Jones、1927 - 2004)さんについて言っていたことを思い出しました。エルヴィン・ジョーンズさんは、一人で異なるリズムを同時に演奏していたのだそうです。私が彼のレコードを聞いてもよくわからないのですが、このような演奏方法を「ポリリズム(polyrhythm)」というのだそうです。

https://drumstreet.net/elvin-jones/

https://www.weblio.jp/content/%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0

なぜ、このような演奏をするのかと言えば、そのことにより複雑なリズム表現が可能であったことは言うまでもありませんが、それと同時に二つのリズムが互いを牽制する緊張感が重要なのだと大友さんは言っていました。

この考察も面白そうですが、詳しいことはもう少し勉強してから綴ることにしましょう。今回は、二つの異なる表現をひとつの作品の中で展開することが、作品にどのような影響をもたらすのか、という事例として挙げておくにとどめておきます。音楽好きの方なら、この事例から髙橋さんや小野小町さんの表現を理解できるかもしれませんね。

 

最後になりますが、髙橋さんの今回の展覧会の作品の変化について、少しだけ書いておきます。髙橋さんはこれまで抽象的な作品を描いていく中で、線と面の二つの要素をうまく絡ませながら表現してきました。2004年の頃は、それらがかなり明確に分かれて表現されていましたが、2013年ごろから線と面が融合し始め、今回の展覧会では微妙な色調の変化の中でそれらが完全に合わさり、より強度の高い画面になっているような気がします。色彩そのものは淡く、描かれた形象もぼんやりと見えているだけなのですが、不思議なことに画面としての強度はこれまで以上に高くなっているのです。そして線と面が完全に融合することによって、画面上の動きがよりダイナミックになっている、という効果も生んでいます。

 

このような髙橋さんの絵画には、私自身も魅かれるものが多々あります。しかし同じようなことをやってうまくいくはずがありません。それはそうなのですが、二つ以上のイメージをひとつの画面上で表現して、そこにこれまでの絵画にはない複雑さを取り入れたり、そのイメージがぶつかる緊張感を味わったり、ということは私も日頃から考えていることでした。

ですから、私は私なりのアプローチで、この試みが切り拓く新たな絵画の可能性を探究してみたいと思っています。

 

最後になりますが、とにかく、この貴重な展覧会を見にいくことをオススメします。そして重要な資料である『偶景 画集 2004ー2021』を手にしてみてください。このような画家と同時代に生きていること、そして今なお、このベテランの画家が新たな変革を試みていること、さらに私たちがその現場に立ち会っていること、これらの幸運を噛みしめましょう。

もしもあなたが美術史を勉強していて、初めて印象派の展覧会を見た人はどんなふうに感じたのだろう、とか、キュビスムの作品と初めて出会った人はどれほどびっくりしただろう、などと想像をめぐらしているのだとしたら、そういうお勉強も大事ですが、うっかりすると今の自分がそういう現場にいることを見過ごしてしまいますよ。

今、私たちが生きていることを大切にしましょう。それには、まだ社会的な評価の定まらない絵を自分の目で見て、感じて、考えることが重要です!

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