心とは、水のようなもので、
相手に注いだり、
与えてもらったりできる。
水。その正体は、満足する、ということ。
満足する事がたくさんあれば、
心は水が貯まり、
たくさん与えられる状態にもなれる。
だけどたくさん与えすぎると、
自分自身水が足りなくなってしまうかも知れない。
与え、与えあい、そこに満足心が増幅して、水がいっぱいに増えてゆく。それこそが本当の愛。
筆者がいつも言っている恋のエネルギーとはこの水のことだ。つまり満足心
これがなくなると、人は消える。
体が自らの命を絶とうとしだす。
これは、霊界からの、「もう帰って来い」という伝令である。
そこに従ってしまえば、この世で生きていく事を諦める事になる。
人間は、生まれてくる前に、
「この世を幸せにする」という使命を持って、
霊人間代表として選ばれて生まれてくる。
つまり「いかにこの世に満足心を増やせるかだ。」
それが本来の人間の使命。これこそが世界を動かす。
地球の生命の根源なのだから。
そして、PTSDとは、
この水が与えても与えても
相手に持ってかれた人の事である。
あまりに水が足りないと、
人は躍起になってそれを守ろうとする。
残りわずかの水を、
大切にしてくれる人に分け与えたい、
分かち合いたい。そうして助けて欲しい。
それによって、ふたりでたくさんの水を溢れ返したい。
そう願うのである。
水が満足なら、
器は尊厳
器は色々ある。
最初の器が木の桶で叩き壊されたとしても、
次の出会いでは陶器のカメかも知れない。
それに、その人と付き合っていれば、
前の木の桶も直す事ができるかもしれない。
そうすれば、貯められる力は2倍にもなる。
前の器に執着しているのは、
治したかったから。
それがPTSDの心理。
トラウマとは、直さなくてはいけない、
尊厳という名の桶、器なのだ。
満足心が、器を直す。
また、人に与えれるように。
自分も溢れかえるように。
悪に染まらぬ為には↓
http://blog.goo.ne.jp/takacchi1116/e/06fd6525b41647c490df5baed1779741
相手に注いだり、
与えてもらったりできる。
水。その正体は、満足する、ということ。
満足する事がたくさんあれば、
心は水が貯まり、
たくさん与えられる状態にもなれる。
だけどたくさん与えすぎると、
自分自身水が足りなくなってしまうかも知れない。
与え、与えあい、そこに満足心が増幅して、水がいっぱいに増えてゆく。それこそが本当の愛。
筆者がいつも言っている恋のエネルギーとはこの水のことだ。つまり満足心
これがなくなると、人は消える。
体が自らの命を絶とうとしだす。
これは、霊界からの、「もう帰って来い」という伝令である。
そこに従ってしまえば、この世で生きていく事を諦める事になる。
人間は、生まれてくる前に、
「この世を幸せにする」という使命を持って、
霊人間代表として選ばれて生まれてくる。
つまり「いかにこの世に満足心を増やせるかだ。」
それが本来の人間の使命。これこそが世界を動かす。
地球の生命の根源なのだから。
そして、PTSDとは、
この水が与えても与えても
相手に持ってかれた人の事である。
あまりに水が足りないと、
人は躍起になってそれを守ろうとする。
残りわずかの水を、
大切にしてくれる人に分け与えたい、
分かち合いたい。そうして助けて欲しい。
それによって、ふたりでたくさんの水を溢れ返したい。
そう願うのである。
水が満足なら、
器は尊厳
器は色々ある。
最初の器が木の桶で叩き壊されたとしても、
次の出会いでは陶器のカメかも知れない。
それに、その人と付き合っていれば、
前の木の桶も直す事ができるかもしれない。
そうすれば、貯められる力は2倍にもなる。
前の器に執着しているのは、
治したかったから。
それがPTSDの心理。
トラウマとは、直さなくてはいけない、
尊厳という名の桶、器なのだ。
満足心が、器を直す。
また、人に与えれるように。
自分も溢れかえるように。
悪に染まらぬ為には↓
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