納骨をしました
父は
先に早く逝った妻(姉兄私たちの母)と同じ室(むろ)に収まり
漸く 再会を果たし..
また
両親や 戦死した二人の兄にも出会い
皆に迎え入れられて 寂しくはないだろう..
と 一同はそんな風に思い..心の慰めとしました
👆
空を見ながら
四十九日の法要を迎えることで
ほんとうに彼方の人に成ってしまうことを
実感するのが辛く..
このコロナ渦のせいで
過去一年も会えていなかった頃..
どうしているかなぁ
と思っていた その頃のままを継続しているかのような
非現実的なままに過ごしていたい気持ちもありました
そういう思いも
この度の納骨によって断ち切ることになり..
ほんとうに最後のお別れになりました
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葬儀は
子供たち夫婦とその子供(孫)だけの
最小人数でしたので..
四十九日法要には
父にとってのひ孫たちも参列して
私たちの従兄弟も含めて
親族が一堂に会しました。
父のひ孫たち..というのは
私にとっては 姪や甥の子供たちですから
間接的には「孫」のような存在
上は高2から 下は2歳まで総勢8人
オミクロン株が蔓延している最中のために
法要後の「お斎(おとき)」を中止しようか
という悩みが生じました..
けれども
時間を最小限度に抑えての「黙食」を心がけて
ということで 会食をしました(^^;
そうは言っても...
久しぶりに揃った顔ぶれを見ては
十分に自重した とは思っても
やはり 懐かしさ余って・・の歓談も盛んになり
危ういところはありました
まったく..
コロナ渦での葬儀 法要などに際しては
悼む気持ちを どのように どの程度に為すべきか
ほんとうに 難しい思いがありました
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何はともあれ..
百箇日法要までを済ませたことへの
安堵する気持ちには至りました。。
同時に
すっかり白髪頭になった従兄弟たちが
次第に
ともに過ごした幼き日の顔に見えてきたり..
成長した甥や姪が 子どもを連れている姿は
かつての自分たちの時代に overlap する思いがして
世代交代 否、
父と母 や 祖父母や祖先から継承されている
親族一同に共通する明らかなものを
懐かしく味わった時間でした
15日 帰路の車中から撮影
そして
帰宅後に自宅から眺める夕景
親族や友とそうした対面をしたとき、悲しみと現実でなんとも言えない気持ちになります。
パワハラしてますよ~夫に(笑)
でも、今はこれが我が家なりのコミュニケーションにもなっています(*^-^*)
一時は会話すらしたくなかったので、このときに比べたらだいぶいい(笑)
在宅勤務によって、パートナーに不快を抱いて暮らすと、自分の人生が一番残念だと気がつき、あれやこれやと改革しています。
そして今はまだパワハラ鬼嫁状態です(笑)
今日、夫とも腹を割ってそういった話をしました(笑)
きっと、子供の手が離れるにつれて、わたしの鬼っぷりは小さくなっていく?
未来は分かりませんが(^-^;
自分のワガママさも認め、でも夫の足りない部分も指摘し、支えあっていけたらいいかな~。
応援p★(*^-^*)
>パワハラしてますよ~夫に(笑)
>でも、今はこれが我が家なりのコミュニケーション
↑ ↑
「コミュニケーション」の取り方にも
いろいろあると思いますが..
1. お互いの理解を深められる
2. 信頼関係の構築につながる
3. 生産性の向上
という3つのメリットが得られることが理想のようです(^^;
一方的にならない自省と自重を
私も心がけたいと思います