「蟹工船」日本丸から、21世紀の小林多喜二への手紙。

小林多喜二を通じて、現代の反貧困と反戦の表象を考えるブログ。命日の2月20日前後には、秋田、小樽、中野、大阪などで集う。

福元館離れ保存を訴える

2009-11-12 23:24:01 | 仲間たちから多喜二への手紙
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小林多喜二が1931年に滞在した七沢温泉福元館「離れ」が築90年を経、このままでは見学不能になる日がやってきます。そのため、「離れ」存続のための基金募集が行われています。私も賛同します。みなさんも、ぜひご協力ください。

 費用概算  建物補修工事費150万円、丹前その他展示品保存ケース購入費45万円、写真再生費用5万円、合計200万円

 協力金  一口千円
 特別協力金 一口一万円

 賛同者(敬称略)  伊豆利彦、大田努、大畑哲、澤田章子、島村輝、津上忠、土井大助、浜林正夫、藤田廣登、増本一彦  09.9.25現在

 多喜二ゆかりの七沢を知らせる歴史と文学を広める会(神奈川多喜二の会)
 事務局 蛎崎澄子 ℡&ファックス 045-304-5889

 郵便振替の時は次の口座にお振込み下さい。
 口座番号 00250-4-53161
 加入者(口座名称) 神奈川多喜二の会

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1 コメント

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私も一口・昆布温泉 (akio)
2009-11-13 22:27:48
こんばんは♪
「福本館」の最新記事を開きました。私も一口応援します。(遠く離れてなかなか行くことは出来ませんが、一度は、と思っています。)
 多喜二は、1930年2月(選挙前で又検束があると考え、札幌・地方に隠匿(逃げます)
 (1930年2月。「工場細胞」を執筆していた頃です。):昆布温泉に逗留していることが先学者で知られていますが。旅館名がはっきりしていませんでした。
 当時(1930年2月)、昆布温泉(宿泊・女中常勤)には2軒しか在りませんでした。     ① 北大のスキー部の合宿・皇室(1928・3)  が宿泊(秩父宮殿下)=現在廃業している。
 ② 1930年小樽の経済人によって再建・小樽  高商スキー部合宿・現在も湯船は当時(1930  年)のままである。(管理人)
 ※ 過去の「村史」・「新聞記事」を検証し  たところ。多喜二が逗留した「温泉旅館」  が特定出来る段階になりました。いずれ   「北の七沢温泉=昆布温泉」に招待できる  かな???   akio
  
 
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