タンホイザーゲート付近より入電Ⅱ

呉(9)歴史

最後にもういちど大和。菊花紋章がまぶしい。

 

戦争の歴史に関する展示物については、すっ飛ばしてブログにしてしまいましたが、

大正から昭和に至る様々な国際情勢のなかで戦艦大和が生まれた背景、そして沈んだ理由。

目を背けてはいけませんよね。

そして、海軍軍需都市「呉」の戦後、

日本の産業の礎となった歴史があったことも。

軍需産業都市だった呉は、その技術力を生かして造船業で世界へと貢献することになるのです。。

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最近の「広島」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事