○ ビールも運べる安定走行、すかいらーくがネコ型配膳ロボットに込めたこだわり。
ファミリーレストランで料理を注文すると、ロボットが料理を運んでくる――。決して近未来を描いたSF小説の話ではなく、ここ1年ほど外食産業の店舗で頻繁に見かけるようになったリアルな光景である。
こうした先進的な設備の導入を先駆けて進めてきた企業の1つが、すかいらーくホールディングスだ。同社は2021年8月、全国の店舗に対して配膳を担当する「フロアサービスロボット」の導入をスタート。翌2022年の12月27日時点で、全国約2100店舗に3000台の導入を完了している。
この配膳を担当するロボットは、どのような狙いで大量に導入されたのだろうか。フロアサービスロボットの導入を進めた、すかいらーくレストランツの花元浩昭氏に、導入の目的と背景、効果について話を聞いた。
自律駆動型の「ネコ型配膳ロボット」が活躍。
すかいらーくグループが導入したフロアサービスロボットは、一般に「配膳ロボット」と称される自律駆動型のロボットである。同グループが導入した機体は、中国深センに本社を構えるPudu Roboticsが製造する「BellaBot(ベラボット)」。4段の大容量トレイを備え、約40kgの荷物を載せて運べる。脚部にはタイヤが付いており、その場での方向転換なども可能だ。上部に耳の付いたディスプレーが備わっており、そこに様々なネコの表情を表示することから、「ネコ型配膳ロボット」とも称されている。
このBellaBotを、すかいらーくグループは「ガスト」「バーミヤン」「しゃぶ葉」「ジョナサン」「ステーキガスト」「魚屋路」「夢庵」といった主力ブランドの店舗に導入した。特にガスト、バーミヤン、しゃぶ葉、ジョナサンの4ブランドでは、ほぼ全店舗への導入が完了している。
BellaBotの店舗導入に関するプロジェクトを率いたのが花元氏だ。店舗導入のためのインストラクターチームを立ち上げ、2022年のピーク時には17人ほどのスタッフで、全国の店舗へのBellaBot配備を進めていた。新規導入が落ち着いた現在では、チームの人数は6人まで縮小したものの、新店舗の開店やリニューアルなどに合わせて、ロボットの導入やオペレーション周りの整備を関連部署と連携して進める立場にある。
決め手はネコのモチーフと安定した走行。
そもそも、フロアサービスロボットの導入は、社内のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進プロジェクトの一環だった。もともとすかいらーくグループでは、キャッシュレス決済やセルフレジ、タブレットを用いたデジタルメニューブックの導入などを率先して進めてきた経緯もあり、フロアサービスロボットの導入も脈絡のない奇抜な試みだったわけでは決してない。
企画検討段階を含めると、フロアサービスロボットの導入プロジェクトが発足したのは2021年6月。そして、実際に機種の選定や試験導入などを開始したのが同年8月だった。このタイミングで、複数の候補の中からBellaBotを選定した。実際の店舗への本格的な導入をスタートしたのが同年10月頃。プロジェクト発足から数カ月という準備期間で、スピード感の伴った導入が実行された印象だ。
BellaBotを選んだ決め手について、花元氏はこう話す。「BellaBotの良かった点は、そのキャラクター性と、料理を載せて走行したときの安定性だった。まず、ネコがモチーフになっており、家族のお客様が訪れるファミリーレストランの形態に向いていると判断した。走行の安定性については、ビールのような炭酸を含む飲料を配膳できるのか、走行時に補助の部品を使う必要があるのかなどを、実際に検証してチェックした」。
現在、BellaBotがすかいらーく系列の店舗において実際に担う業務は、「調理が完了した料理を客のテーブルまで搬送する」に特化している。衛生面などを考慮し、清掃や食後の皿の回収などは基本的に人間のスタッフが行うというオペレーションだ。
スタッフは、料理が完成したらBellaBotの棚に置き、タッチディスプレーで注文のあった席番号をタップする。するとBellaBotが動き出し、指定のテーブルの前まで進んで、客席から料理を取りやすい角度で停止する。そして客が料理を受け取り、棚から皿が無くなったと判断すると、キッチンの方へと戻っていく。
導入の狙いは顧客満足度の向上、人とロボットは“協働”できる。
フロアサービスロボットは、どのような目的で導入されたのか。花元氏は、人員削減に勘違いされがちだがそれは違うと指摘する。「一見、フロアサービスロボットが人間の業務を奪うように見えるかもしれないが、実際の現場で起こっている事実は違うし、目的もそこにはない。我々が目指しているのは顧客満足度の向上だ」(花元氏)。
昨今はコロナ禍が落ち着いて、飲食店の業績も回復しつつある。客数が戻ってきつつある中で、スタッフの人数はむしろ足りていない状況だ。配膳ロボットが機能すると、同じスタッフの人数でより多くの来店客に対応できるようになり、店舗としての回転率は上がっていく。
また花元氏は「そもそもスタッフを減らすつもりはない」として、次のように話している。「常連客の中には、スタッフとのコミュニケーションを楽しみにしている方もいる。ロボット自体が万能ではないという事情もあるが、ファミリーレストランという形態である以上、人間のスタッフはなくせないと我々は考えている。一方で、ロボットが配膳業務を肩代わりするので、スタッフはフロアに目を配り、細やかなサービスを提供する余裕が生まれる。また、ロボットの存在自体がきっかけとなり、お子さんとコミュニケーションを取れるなど、今までなかった体験を提供できている面もある」。
すかいらーく系列の店舗では、基本的に「料理を配膳するスタッフ」「レジを担当するスタッフ」などに役割が分かれている。ただしピーク時には、レジの担当が配膳のヘルプに回るなど、一時的に他の業務を担う場合があるという。フロアサービスロボットはこうした課題の解消に貢献している。
例えば、ピーク時に料理の配膳をロボットに任せられれば、レジスタッフはより多くの会計をこなせるし、サービス担当のスタッフは食事が終わった席をスムーズに清掃できるようになる。その結果、満席時の回転が速くなり、サービス品質の向上につながるわけだ。このように「ロボットの有効なところを生かしながら、サービスの質を上げていくのが、すかいらーくの意図したDXだ。我々はこれを『人とロボットの協働』と呼んでいる」(花元氏)。
フロアサービスロボットの導入によって、別の効果も得られているようだ。「シニア層が働きやすい環境が整ったり、新人がより早く活躍できるようになったりと、副次的な効果が生まれている」(花元氏)という。
わずかな「床の段差」が問題に。
導入時、花元氏が率いるインストラクターチームの仕事は主に2つあった。1つは、店舗スタッフがフロアサービスロボットを使いやすいように設定すること。もう1つは、接客担当者が客席作業を効率よく進めるための「仮作業台」などを整える作業だ。これらを本社側の指示で統一しておくことで、店舗ごとの独自判断が生まれてしまう可能性を排除できる。
導入時の店舗スタッフの反応について、花元氏は次のように話す。
「導入の際には、そもそも使えるのだろうか、と疑問に思うスタッフも当然いた。動画マニュアルを作っていたが、未知のものなので想像しづらいのは仕方ない。しかし実物を目の前にすると、店舗スタッフの目の色が変わり、これは使えそうだと思ってもらえているのが伝わってきた。今は、店舗スタッフから“ロボットがない店舗運営は想像できない”と言われる場合もある」。
店舗スタッフは、閉店時にBellaBotを充電して、電源を切った状態にする。そして、オープン前に「起動ポイント」と呼ばれる場所に、決まった向きでセッティングし、起動する。これによって、センサーが認識した情報と、記録してある地図情報が照らし合わされて、フロアサービスロボットが自身の位置を正しく認識できる。
現実的なバッテリーの持続時間は、10~14時間。店舗によって営業時間は異なるが、充電しなくてもギリギリ閉店まで持つ場合も多いという。バッテリーは交換可能であるため、バッテリー残量が厳しいときには営業中に交換できる。
その他の維持管理作業としては、基本的な清掃のほか、タイヤが巻き取った繊維などの除去を週1回以上するくらいだという。運用ルーティンはシンプルだと言える。
一方で、導入時に苦労したのは「床」だったと花元氏は話す。
「運用直後に直面した問題は、我々が“サービスエリア”と呼んでいるスタッフ専用エリアと客席とで床のタイルが違っていることだった。その境目には、人間が歩くときには意識しなくても済むような小さな段差が存在する場合がある。しかしフロアサービスロボットは、小さい段差でも乗り越えると盛り付けが崩れてしまったり、汁物がこぼれてしまったりする可能性が出てくる。こうした段差を1つひとつ解消するための工夫は欠かせなかった」。
こうした経験を踏まえ、現在は新店舗のオープンや店舗リニューアルのタイミングで、担当部門がこうした段差を解消するように設計・施工するようになったという。
今後は、フロアサービスロボットの部品が何年くらいで摩耗するのかなど、実際の現場における耐久性に関するデータの把握が必要不可欠だという。「3000台以上を導入した当社だからこそ知見を得られる。メーカーや代理店とも協力しながら、実運用で得られるこうしたデータを蓄積していけるよう取り組んでいく」(花元氏)。
さらに花元氏は「ロボットを進化させられるような提案もしていきたいと考えている。3年後の姿は我々にも分からないが、実現するための未来像は描いておかないといけない」と語ってインタビューを締めくくった。