御寺 泉涌寺
泉涌寺が「御寺(みてら)」と呼ばれていたことを初めて知った。
「門跡」はよく聞くが、時の皇室から深く帰依せられ、四条天皇が葬られてからは歴代天皇の山稜がここにいとなまれるようになり皇室の篤い信仰をあつめている。
「御寺」とよばれる所以だ。
全く知らなかった。
「御寺」の、そんな雰囲気いっぱいのなか参拝の人もまばらで、しっとりと落ち着いて参拝することができた。
御所の門を移築したという「大門」
中国・南宋時代の作である楊貴妃観音、
泉涌寺および塔頭寺院所蔵の文化財を順次公開している「心照殿」
釈迦・阿弥陀・弥勒の3体の如来像を安置する「仏殿」
舎利殿、霊明殿、浴室、泉涌水屋形、月輪陵とゆっくりと回らせてもらった。
ゆったりと泉涌寺お参りの後は、日頃の運動不足を解消しようと今熊野商店街から新熊野神社を通りJR東海道線ぞいに京都駅まで歩きで帰った。
一日一万歩めざしての上り坂、下り坂のある格好の散歩道になった。
明治維新後は,神仏分離で御寺での葬儀は行われなくなりました。
そんな歴史を知るのも旅の面白さですね(*^-^*)
>皇室の葬儀は御寺で行われていたのが
そうなんです。
皇族や貴族の方が住職を務められた門跡は知っていましたが、「御寺」の名称は初めて知りました。
皇室の菩提寺だったんですね。
今回は楊貴妃観音など、いろいろ知ることが出来ました。
拝観していて格式高いなぁ~と思った御寺でした。