キリスト教文化とイスラム教文化が移民労働者を通じて融合するなんて夢物語を信じるほうがどうかしているのであって、ちょっと景気が悪くなると....まったく逆のベクトルが働いて社会の雰囲気は移民排斥へと一気に傾いていくのである。不正投票を行わなければにっちもさっちもいかなかったアメリカ民主党の腐敗ぶりを見ていればわかりそうなものだが、本作でおそらく経済制裁国イランから西側への亡命を企ているらしい長男は、まだその“(リベラルがでっち上げた)夢”から完全には覚めていないようなのだ。
反イラン政府の立場で映画をとり続けているジャファル・パナヒさんの息子パナーが今回初のメガホンを握ったという本作。イランから他国への密入国が本来の目的なのだろうが、親父さん同様多分ハーメネイからも目をつけられているのだろう、まだオムツもとれていないようなガキんちょの弟の手前、兄さんは駆け落ちするために旅に出るというウソをついている家族のロードムービーに見掛けなっている。
三菱自動車の高級SUVパジェロを駆っているこの家族、おそらくテヘランでは中流以上の生活をしていた上級国民だろう。なぜか父ちゃんは骨折していてギブス&松葉杖状態、(とっても元気そうに見える)飼い犬のジェシーは感染症にかかっていてあまり長く生きられない。家族旅行と勘違いしているのか車内でハシャギまくる弟と、西側へ亡命する兄のことが心配でならない美人の母親。住んでいた家はその亡命費用を稼ぐために出発前に売ってしまったらしく、もうこの家族には帰る場所はない。
途中、ドーピングでツール・ド・フランス7連覇の記録を全て抹消されたランス・アームストロングに憧れるレース中の自転車選手を車で拾った家族。ズルをした奴なんて信用ならんと父は選手をたしなめるのだが、一向に聞く耳を持たない。その選手は車で距離を稼いだ後、誰も見ていないところでレース復帰という“ズル”をしでかすのである。もはや西側の拝金プロパガンダから若者を守る術などないことを、若きパナヒ監督は醒めた目で見つめているのだ。
ドライブの休憩中、美人ママに「一番好きな映画は?」と聞かれ「(父ジャファルの作品ではなく)2001年宇宙の旅」のタイトル名をあげる長男=パナー。時間や空間をこえて主人公がブラックホールへと吸い込まれていくラストシーンの魅力をとうとうと語るのである。実はその「2001年...」にオマージュを捧げたと思われるシーンが後程いくつか登場するので、それを探して見るのも一興だろう。思わずニヤリとさせられること請け合いである。
(コーラの空き缶に象徴される)西側の自由主義に対しても懐疑的姿勢を崩さない父親=ジャファルとは違って、アメリカから経済制裁を受け続けながらもそれなりに情報が入ってきているイランでは、年寄りはともかく若者の間ではアメリカ文化に対する嫌悪や拒絶反応はほぼなくなっているようだ。ランスやキューブリックに憧れを抱く彼らを見ていて私はそう感じたのである。しかし、噂を聞くのと実際に生活するのとでは大違い。差別や排斥の犠牲となって、ドイツのクリスマスマーケットに車で突っ込んだサウジアラビア人医師のようになるのがオチであろう。(行先を)知らぬが仏とはまさにこの映画のことなのだ。
君は行く先を知らない
監督 パナー・パナヒ(2023年)
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