青城澄作品集

詩人あおきすむの書いたメルヘンや物語をまとめます。

2025-03-13 03:22:42 | 月の世の物語・余編第三幕

狭い研究室に、黄色い服を着た七人の役人が、椅子を丸く並べて座り、その真ん中に立っている、人形のように動かない女性を取り囲んで、しげしげとその姿を見ていました。眼鏡をかけた一人の役人だけが、壁際の知能器の前に座り、画面を流れていく文字を追いかけていました。

「サンプルD-287、24歳、西方大陸某先進国の人気歌手です」
知能器の前の役人が言うと、手に持った資料と、目の前の女性の立体映像をかわるがわる見ながら、役人たちは難しい顔をして話し合いました。

「この人怪も、だいぶ古い怪だね」「ええ、二万年はやっています」「人気歌手か。確かに美しいが、何か妙だ」「髪は明るい茶色。瞳は菫色、これは非常に珍しい。しかし、足が細すぎないか?」「ええ、計算上、このスタイルでは、人類は歩くことができません。バックから怪が助けない限り、彼女は自分の足で自分の体重を支えることができないはずです」「美しくしようとして、足を細くし過ぎたんだな」「それにしても、この奇妙さはなんだろう? 何かが、今までと違う」

「次のサンプルを出します」知能器の前の役人が言うと、目の前にいた女性の姿は瞬時に消え、今度はがっしりとした体格の、東洋系の男性の姿が現れました。役人たちは書類を繰りながら、また、目を歪めたり、ため息をついたり、指を躍らせて、導きの印を宙に描いて、自分の霊感を刺激したりしました。

「サンプルB-079、32歳、東方先進国の、プロスポーツ選手です」知能器の前の役人が言うと、役人たちはまた議論を始めました。

「スポーツ選手にしては少し背が低いね」「男性は、女性に対する罪業がありますから、学びのすすんだ男性以外は平均的に皆、身長が低くなってきています。その傾向は、先進国にいくほど、顕著です」「人怪もその傾向には逆らえないか?」「背を高くすることはできますが、何らかの原因で失敗したか、裏から操作している怪が、面倒がってこれ以上高くするのをやめたんでしょう」「それにしても、線が細すぎないか? まるで女性というか…、漫画の中の登場人物のようだ」誰かのその声に、別の役人が、「あ!」と何かに気づいて声をあげました。

「わかったぞ! この奇妙さ。見てください、この男、絵に見えませんか?」
「絵?」
そう言われて、他の役人たちは目を見開いて、まじまじと人怪の立体映像を見ました。誰かが、知能器の前にいる役人に、立体映像を回してくれるように頼みました。すると、立体映像は、役人たちの目の前で、ゆっくりと回り始めました。

「立体だな。確かに」「ええ、三次元の存在です」「だが、確かに、絵に見える。どの方向から見ても平面的というか、薄っぺらいというか…」「美しいが、顔の作りが、単純すぎる。わずかだが、体全体に、絵画的にデフォルメされているような感がある」「…写実主義じゃありませんね。印象派か、マニエリスムか」「そんなもんじゃない、コミックイラストレーションだ」「何にしろ、下手な画家だ。絵の具の塗り込みようが足らない。絵の具も粒子の粗い粗悪品だ。…人間には見えるが、線が単調で陰が軽い」「これは一体何を意味するのだ?」

立体映像がまた変わり、今度は少し太った五十代くらいの女性が現れました。

「これもまた古い怪だ」「しかし、絵には見えませんね」「ああ、しっかりとした人間には見える」「彼女は某国の政治家、元女優です」「それなりの美人だったわけだな」「人怪は、美しくなりたがりますから」「ふむ、次のサンプルを」

すると立体映像はすぐにまた変わり、今度は猿のようにおどけた表情をした男が現れました。

「サンプルD-865、33歳、コメディアンです。人怪は芸能界が好きですね」「ステータスというもんだろう」「妙な顔をしているな。美男に見えないこともないが、どこかずれている」「美しくしようとして失敗した例でしょう」「これも、妙に薄っぺらで影が薄い。まるで、写真を切り抜いて空気に貼りつけたかのようだ」「一体何が起こっているのだろう?」

室内の役人たちは、資料と映像を見ながら、議論しました。知能器の前の役人が、カチカチとキーボードを打っていると、突然、きん、という音を知能器が鳴らしました。役人は白い画面を見ながら少しため息をつき、後ろを振り向きながら、言いました。「計算上では、人怪がこのようになりだしたのは、五年ほど前からですね。五年前当時、三十歳以下だった人怪は、ほとんどこうなっているようです」「五年前? 五年前に何があった?」「残念ながら、結界にぶつかって答えを出すことができません」「接触不可能が出たか」「ええ、聖域です」「ふむ」役人たちはしばし、人怪の立体映像を見ながら、どこかに何かヒントはないかと、注意深く細かいところを観察していきました。

役人の一人は、人怪の手を見て、まるで猿の手のようだと感じました。顔やスタイルはほとんどが現代的で標準以上に美しいのに、手だけがまるで千年以上前の人間のようでした。それを隣の役人にささやいてみると、彼はしばし口をつぐんで考えたあと、「なるほど、魂の進歩度というか、本性がこういうところに出てくるのだな」とつぶやくように答えました。やがて、一人の役人が、言いました。

「とにかく、怪が、人体形成に関して、決定的に何かの力を失ったのは確かなようだ。それは多分…」「はい、おそらく、いと高きところにおわす方々が、彼らのための愛の糸を一本、お切りになられたのでしょう」「すべては愛ゆえだ。神はそれが彼らのためによいことだとお考えになった」
「このままいくと、どうなると思います?」「地球人類は、人怪の存在に気づくかもしれない」「それは多分、気付くだろう。いずれは必ず。神は、これからだんだんと、人類が隠し続けている嘘が白日のもとに暴かれてくるとおっしゃっている。これはそれが、地球上の現実に現れてきた現象の一つではないか?」「ふむ、なるほど」

役人たちは、何人かの人怪の立体映像を見ながら、多くの人怪の中に、様々な形で絵画化の現象が現れてきていることを確かめ、持っている帳面に気付いたことを書き記していきました。その途中、ふと、何人かの役人が何かに気づいて顔を上げ、天井を見ました。残りの役人もまた、気付いて、顔をあげました。
それは風にも香りにも似た、柔らかな暗喩の布に包まれた、赤子のような一つの言葉でした。役人の中でひときわ力の高い役人が、まるで誰かに口を取られたかのように不思議なことを言いました。

「鍵を左に回せ」

瞬間、室内に凍ったような静寂が落ちました。目の前の人怪の立体映像が、まるで新聞紙をくしゃくしゃにするように縮んでいき、やがて粉々になって散って行きました。知能器の前にいた役人は、ほとんど無意識のうちにキーボードを打って、画面を切り替えると、いつものパスワードを、末尾のほうから逆に打ちこみました。すると、知能器の画面が真珠のミルクを流したように白くなり、その真ん中にひとくさりの短い詩が現れたのです。

『人なるもの、人なるもの、これまでなせることのすべてを、ちいさき薔薇の若葉のごときことたまにてこたえよ。』

役人たちは知能器の周りに集まってきて、言いました。「何だこれは?」「詩だ。いや、詩の形をした鍵穴だ。つまりは、人類が、これまでやってきたことは一体なんだったのか、それを短い言葉で答えよ、と我々は問われている」「なるほど、その答えが聖域へのパスワードだな」「おそらく」

数分の静寂があり、やがて一人の役人が、静かな声でその問いに答えました。

「人なるもの、人なるもの、なせしことのすべては、人を辱め、自らのみを高めんとせしことなるか」

すると知能器はその言葉にすぐに反応し、画面に「可なり」という言葉が見えたかと思うと、知能器の結界が解け、画面が扉のように開いて、その奥が見えたのです。それを見て、誰かが、ほう、と驚きの声が上げました。

「ああ…、そうだ。人類は様々なことをやってきた。殺し合い、奪い合い、侮辱し合い、様々な悪を行ってきたが、それらは全て、自分以外の人間を馬鹿にし、自分の方を偉くするためというだけのことだったのだ。あまりにも、自分の存在が痛いがために」

誰かがため息とともに、悲しげに言いました。吸い込まれるように画面を見ていた役人の一人が、柔らかな声で、知能器の画面に現れた詩の一部を、朗読しました。

「美しいものは美しく、正しいものは正しくなる。虚無の風を脱ぎ、耳をすませ若き人よ。帰るべき故郷の声が、波のごとく繰り返し君の耳を洗う。沈黙する星の凍りついた涙を溶かし、いと高き愛を求め、…帰って来なさい」


 
 
 
 

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